『メモリーズ・オブ・サマー』アダム・グジンスキ監督インタビュー

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試練にさらされた親子の絆 母親と息子はどうなるのか

映画『メモリーズ・オブ・サマー』は母と子を結びつける特別な絆とその崩壊を軸に、初めての恋や友情、性を取り巻く感情に戸惑う思春期の痛々しさをサスペンスフルに描く。主人公のピョトレックを演じたマックス・ヤスチシェンプスキはワルシャワの小学校に通っていたときにグジンスキ監督に見いだされ、本作が俳優デビュー作。あどけなさが残る少年が精神的に成長していく様が瑞々しい。舞台となった1970年末ポーランドの音楽やファッション、インテリアが見事に再現されているのも見どころである。
公開を前に来日したアダム・グジンスキ監督に物語の着想や作品への思いを聞いた。

<プロフィール>
アダム・グジンスキ監督 Adam Guziński
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1970年、ポーランドのコニンに生まれ、14歳の頃、父親の仕事の都合で中央部のピョートルクフに移る。ウッチ映画大学でヴォイチェフ・イエジー・ハスの指導を受け、短篇「Pokuszenie」(96)を発表。続いて、父親のいない少年を主人公にした短編『ヤクプ Jakub』(97)がカンヌ国際映画祭学生映画部門で最優秀映画賞を受賞したほか、数々の映画祭で賞を受賞する。本作は、2007年に東京国立近代美術館フィルムセンター(現国立映画アーカイブ)で開催された「ポーランド短篇映画選 ウッチ映画大学の軌跡」でも上映された。短篇「Antichryst」(02)を手がけた後、2006年、初の長編映画となる「Chlopiec na galopujacym koniu」を発表。作家の男とその妻、7歳の息子の静かなドラマを描いたこのモノクロ映画は、カンヌ国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に正式出品された。『メモリーズ・オブ・サマー』はグジンスキ監督にとって長編2作目となる。

『メモリーズ・オブ・サマー』(原題:Wspomnienie lata)

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1970年代末―夏、ポーランドの小さな町で、12歳のピョトレックは新学期までの休みを母ヴィシアと過ごしている。父は外国へ出稼ぎ中。母と大の仲良しのピョトレックは、母とふたりきりの時間を存分に楽しんでいた。だがやがて母はピョトレックを家に残し毎晩出かけるようになり、ふたりの間に不穏な空気が漂い始める。一方ピョトレックは、都会からやってきた少女マイカに好意を抱くが、彼女は、町の不良青年に夢中になる。それぞれの関係に失望しながらも、自分ではどうすることもできないピョトレック。そんななか、大好きな父が帰ってくる。

監督:アダム・グジンスキ
撮影:アダム・シコラ 
音楽:ミハウ・ヤツァシェク、
出演:マックス・ヤスチシェンプスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ

2016年/ポーランド/83分/カラー・DCP
配給:マグネタイズ 
© 2016 Opus Film, Telewizja Polska S.A., Instytucja Filmowa SILESIA FILM, EC1 Łódź -Miasto Kultury w Łodzi
公式サイト:http://memories-of-summer-movie.jp/
2019年6月1日(土)より YEBISU GARDEN CINEMA 、 UPLINK吉祥寺ほか全国順次ロードショー

作品紹介はこちらから

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―本作は監督のオリジナル作品です。物語の着想を得たきっかけをお聞かせください。

母親と息子、父親と娘という感情的に最も強い親子の結びつきが以前から気になっていました。これが試練にさらされるとどうなるか。
ポーランドでは1970年代後半、父親が母親と子どもを家に残して、外国へ出稼ぎに行くことがよくありました。そこで、この時代の母親と息子でストーリーを考え始めました。
私自身が子どもだった時代ですが、描かれている母親と息子の関係は私が経験したことではありません。子どもたちの関係性に私の周りで起きたことが反映されています。

―監督はウッチ映画大学でヴォイチェフ・イエジー・ハスの指導を受けたとのことですが、ハスの作品は幻想的な手法が取られています。この作品にも何か影響を与えていますか

ハスの指導の下で初めての劇映画を撮りました。ご存知のようにハスはヨーロッパの映画界でとても重要な人物です。ハスは言葉の力ではなく、映像の力で物語ることを学生に教えてくれました。俳優の顔を映す。いろいろなディテールを映す。たくさんのオブジェを組み合わせることで新しい文脈を作っていく。そもそもハスの授業のテーマはセリフなしの映画を作ること。カメラを使って映画の新しい可能性を見せてみろというのが課題でした。
ハスのことを尊敬し、たくさんのことを学びました。だからといって、この作品に直接、影響を与えたというような単純なことでありません。
世界には他にも多くの監督がいます。素晴らしい監督だけれど、私の創作には何の関係もない人もいます。そういう意味で言えば、ハスは私に影響を与えた、多くの監督の1人だとは言えます。

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―白いワンピース、白いテーブルクロス、白いシーツ。これらはアンジェイ・ワイダ監督へのオマージュでしょうか。

ワイダへのオマージュとして、意識的にやっていたわけではありません。ワイダに限らず、いろいろな監督が白に象徴性を込めて使っています。
例えばワンピースが赤いバルシチ(ポーランドの伝統的なスープで、鮮やかな赤色が特徴)で汚れますが、ある種の理想に傷が付くイメージです。ピョトレックがテーブルでバルシチをこぼすかどうか迷っているのは、母親が家を出て行ってしまうのを止めることができるかどうかというメタファ。洗濯が終わったシーツを2人で両端を持って広げ、引っ張ってから畳む作業でピョトレックが手を放してしまうのも2人の関係性の現れ。そういうものを意識下に伝えたい。
ワイダに限らず、タルコフスキーやフェリーニといった監督がオブジェや色彩を機能させることでメタファ化を行っている。つまり、私とワイダが同じ手法を使ったのです。

―ピョトレックの行動には倫理的選択があるのでしょうか。

ピョトレックを動かしているのは倫理観ではなく、感情です。ピョトレックは湖で知り合ったメガネの男の子から見ているよう頼まれたけれども、こっそり逃げてしまいました。彼とは住んでいる世界が違う、彼とは関わりを持ちたくないという感情的な判断が働いたのです。良いか悪いかを考え抜いた末に判断したわけではありません。
その後で子どもが溺れて亡くなる事故が起こりました。ピョトレックは自分が見ていなかったから、あのメガネの男の子が溺れてしまったのではないかという罪の意識に襲われます。別の世界の子どもだから、関わり合いを持ちたくないという単純なエモーションが道徳的な責任感から罪悪感に転じる。つまり、逃げたときではなく、後になって生まれてきたのです。それは移動遊園地で再会するまで続きました。再会は彼の罪悪感が清められる瞬間です。

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―湖での水難事故の際、カメラワークはピョトレックが人垣の合間から覗くような視点になっていました。このカメラワークにはどんな意味があるのでしょうか。

人垣の間から見えるのは、断片に過ぎません。それはこの作品、全体に言えること。何か隙間から物事を見るような、少年の視点で全ての物事を見ていくという方法論を貫きました。

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―夜、出掛けた母をピョトレックが追っていたときに小鹿が現れました。あの小鹿は何を象徴しているのでしょうか。

ピョトレックは12歳です。まだ大人になり切っていません。大人の世界で起きていることを見ることができないのです。
つまり、子どもの側にいるという境界線のシンボルとして、小鹿を出しました。ピョトレックは鹿が象徴するような子どもの世界にいる人間であって、夜、母親たちが何をやっているのか、何が起きているのかを見ることができないのです。

―ラスト近くにマイカと出掛けた以降、ピョトレックの唇が切れていました。

ピョトレックがマイカと2人だけでいたときに何かが起きたことを暗示するような痕跡を残そうと思ったのです。余計なものを具体的に指示し過ぎたかもしれません。

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―家族で回転ブランコに乗るシーンが印象に残りました。

大きな都市に移動遊園地がやってくる。そこに行って、メリーゴーランドや回転ブランコに乗るのは子どもにとっての憧れ。移動遊園地は中東欧社会に娯楽があまりなかった時代の娯楽のシンボルです。幸せの象徴でもありました。それはポーランドに限らず、ハンガリー、ルーマニア、チェコ、ロシアでも同じでした。

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―次はどのような作品を考えていますか。

実はシナリオを書き終わったところです。多くは語れませんが、少しだけお話しますと、主人公は35歳くらいの女性。彼女は父親が亡くなったばかりで、まだ心の整理がついていません。そんなときに、父親と瓜二つの男性と出会います。それをきっかけに自分にとって父親は何だったのかと考え始め、精神的に不安定になりますが、そこから立ち直っていく姿を描いています。
(取材・写真:堀木三紀)


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