『熱帯魚』デジタルリストア版公開記念 日本初公開時 チェン・ユーシュン(陳玉勲)監督インタビュー

2019年 8月17日(土)より新宿K’s cinema 他全国順次公開

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(c) Central Pictures Corporation

原題:熱帯魚
1995年製作/108分/台湾
配給:オリオフィルムズ、竹書房
(c) Central Pictures Corporation
日本初公開:1997年4月5日

さっそうとしていて、やることもスマートということとは程遠い、世間からは一歩ずれているような人々を主人公にして、なんともいえないユーモア感をかもし出す映画で登場したチェン・ユーシュン(陳玉勲)監督。それまで日本で上映されてきたホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督やエドワード・ヤン(楊德昌)監督などの作品とは、まったく違うテイストの、明るく楽しいクスッと笑ってしまうような作品で、台湾映画の多様性を感じさせてくれた。
そんな、チェン・ユーシュン監督が1990年代に発表した『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』のデジタルリストア版が公開されます。それを記念して、最初に日本公開された時のインタビュー記事を両作品ともリニューアルして、HPにてアップします。
『熱帯魚』はチェン・ユーシュン監督が1995年に発表した長編デビュー作。

作品紹介
 1人の少年がひょんなことから誘拐事件に巻き込まれ、人質として犯人宅で過ごすうち、犯人とその家族に励まされ受験勉強に勤しむことになる。少年のナイーブな心情と、人情の温かみを気負うことなくユーモアたっぷりに描いたこの作品は、ラストのクレジットにある通り「すべての夢みる人たちに」捧げられている。 都会での受験漬けの環境で悶々としていた少年は、海沿いの田舎町で過ごしたわずかな日々を通して、美しく希有な熱帯魚のような「夢」の大切さ、そして周囲の人々が夢を見ることさえ忘れてしまっていることに気づく。
 この作品の一番の面白さは、誘拐されて不幸なはずのツーチャンが、気のいい 犯人一家に囲まれてのびのびとした生活を送ってしまうことだ。犯人に促されて 受験勉強はするものの、ここには気分転換に出掛ける大好きな海もあるし、成績が悪いとガミガミ怒る先生も親もいない。都会で見せなかった笑顔を 徐々にみせるようになるし、気持ちに余裕が出た彼は、一緒に誘拐されてしまった小学生のタウナンを思いやる面もみせる。愛人の子供であるために、身代金を払ってもらえないタウナンの寝顔をじっと見つめるシーンはことに印象的だ。また過酷な受験戦争、都会の喧噪と地盤沈下が続く寂しい漁村、加熱するマスコミ合戦など今の台湾の姿を上手に掬った背景も見所の一つである。
 陳監督は1962年生まれ。台湾映画の代表である侯監督や楊監督より10歳以上下の世代である。ファンタジーを織り込んだ巧妙なストーリー展開、軽快なフットワークで撮られた『熱帯魚』の背景を中心に聞いてみた。
シネマジャーナルHP 作品紹介
公式HP https://nettai-gogo.com/

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チェン・ユーシュン監督インタビュー
(1996年12.16 ぴあ株式会社本社にて)
シネマジャーナル40号(1997)に掲載されたものをリニューアルして転載します。

ー この作品は監督第一作目とのことですが、前はテレビ界にいらしたそうですね。

陳玉勲監督「そうです。主にホーム・ドラマ、もしくは青少年モノ、コメディ・ドラマのディレクターをしていましたがドキュメンタリーの演出経験はありません」

ー 『熱帯魚』の脚本は、その時期の経験を元に書かれたのでしょうか。

「おっしゃる通りです。この時期はいい勉強の機会にもなりました。台湾の若手映画監督の大半は、映画監督になる前にテレビドラマで訓練するという機会が 非常に少ないので私は運がよかったと思います」

ー 昔から映画監督になる夢をお持ちでしたか。

「私は大志を抱いて邁進していくタイプではないので(笑)、それはありませんでした。大学を出てテレビ制作会社に入社して演出をすることになったときも、それはそれで満足していました。たまたま会社のオーナー(王小棣女史)の薦めがあって、この作品を撮ることになったのです」

ー 日本と酷似している加熱した受験が背景の一つになっていますが、ご自分の経験を元にしていらっしゃるのでしょうか。

「ほとんどが自分の経験を元にしています。日本もそうだと思いますが、台湾でも若者が感じている受験へのプレッシャーは非常に強いものなのです。台湾では高校に上がる時と大学に上がる時に全国統一入学試験というのが あります。私はこの経験がとても面白くありませんでした。予備校の先生に 手を叩かれ、とても痛かったことをよく覚えています。映画の中で、主役のツーチャンが担任の女の先生に手を叩かれているのは、まさに私の経験が元です」

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ー 作品の中にアニメーションと、巻頭とラストにラジオの番組放送のナレーションが入りますが、これは脚本段階から決まっていたのですか。

「両方とも脚本段階からアレンジしてありました」

ー テレビではなくラジオに着眼したのはやはり受験生の友という視点からでですか。

「私が受験生の頃は、今よりもっと厳しく、テレビを見ていると親によく叱られたものです。ですからラジオをよく聞いていました。今の若い人たちの受験戦争は、私の頃より緩くなっていますが、ラジオの内容も 豊富になったことも手伝って、彼らはテレビよりラジオを好んでいるようです」

ー 熱帯魚がビルの谷間を泳いでいくラストシーンは非常に印象的ですが、これはCGですか。

「町中に出掛けてカメラを回してビルの風景を撮ったのですが、CGの技術者が その映像を見て、風景が動いてしまっているというのです。ですから、もう一度 出掛けて行って、同じ風景をスチール写真で撮りました。これを元にCGの担当者に熱帯魚を書いて動かしてもらいました」

ー 作品のテーマは、このラストシーンに集約されると感じているのですが、監督としてはこのシーンにどのような思いを込められていらっしゃいますか。

「夢を見る希望の象徴です。主人公のツーチャンは、あのまま夢を見ていたかったし 学校に戻りたくないし、受験もしたくなかったわけですが、憧れを抱いていた 誘拐犯の妹に、手紙で“いつまでも夢を見ていちゃダメよ。目を醒ましなさい” といわれてしまう。彼女がいう通り、日常の生活はそう毎日ハッピーなわけじゃない。 それでも生活のどこかに夢が残っていてもいいんじゃないかという意味でこのラストシーンを作りました」

ー 主人公が中学三年生、準主役が小学生ということで、商業映画としての客層の ターゲットは、主人公のような若年層を狙っていたのですか。

「私がテレビのディレクターをしていた時、テレビというのは各家の茶の間にありますから、誰もが見れるものということで演出していました。この『熱帯魚』も、どの年代の 人も見られるものということで作りました。特別どの年代にターゲットをおくという 観点はありません。ただ自分個人としては、特に私と同じ年代の人が見てくれたらと思っています。きっと共感を覚えてくれると思います」

ー 担任の女教師がいつも首にむち打ち症のコルセットを巻いている、誘拐報道を 報じる女性テレビキャスターが出てくる度に衣装を替えて、しかもキャスターとは思えないほど徐々に派手な服装になっていく、誘拐事件に絡めて的外れで大仰な テレビ討論会が放映される。町中の人たちがやたらにテレビ画面に出たがるなど、 こうしたコメディ要素は、脚本の段階から決まっていたのですか。

「脚本段階からこれらの部分はきちんと入っていました。海外にいくとこれらの 部分はずいぶんコミカルにしましたねっと言われてしまうのですが、実際あのようなのですから(笑)」

ー 事件が起こるとテレビの各チャンネルともワイドショー化した番組を競って放送するのは、日本だけでなく台湾も同じなのですか。

「この現象は台湾の方がもっと加熱していると思います。テレビのチャンネル数が とても多いので、その中で生き残っていくためには、小さな事件も必要以上に 大きく報じてしまう傾向があります。私が4年前に脚本を書いた時には、ケーブル・テレビがここまで多くなるとは 思わなかったのですが、この作品で描いたテレビ業界の現象は、まさに今いろんな意味で表面化してきています。
 例えば、一カ月ほど前に台湾で起きた虐殺事件なのですが、被害者は知事並みの 社会的地位のある人で、その人がプロの殺し屋に殺された事件です。その時の警察は、存在もしない人物を犯人として捜査していたのです。この映画の中でボケてしまったおばあさんが口走った架空の人物を警察が必死に探すのと全く同じ状況でした。 警察も加熱して先走りするマスコミに踊らされてしまったのです」

ー 心やさしい誘拐犯を好演した(ほとんど主役のようにスクリーンに度々登場) 林正盛監督を起用なさった経緯は?

「私がテレビ制作会社で初めて担当したドラマのスクリプターと端役出演を、林さんが務めてくれた時に知り合いました。その時に“なんて個性的で存在感のある人なんだろう”と思いました。
 当初この誘拐犯役には、日焼けした背が高くて逞しいハンサムな漁村の若者を 想定していたのですが、なかなか適材が見つからなかったのです。そこで、テレビドラマに何度か出演してもらった林さんにお願いしたのです。ですから 私が初めて演出した作品には彼が出演しているわけです。周囲には不安じゃない? って言われたのですが、彼がついトチってしまう箇所など彼のことをよくわかっていたので、とても使いやすい役者でした。林さんを見ているとなぜか笑いがこみあげてしまい、監督である私自身が NGを出してしまったこともありました(笑)。
 彼に関しては台詞は覚えてもらわず、ある程度の状況を話して、全部アドリブで 演じてもらいました。元々とても緊張しやすい人なので、キャラクターとしても 何か事が起こると、すぐあわててしまうような役がぴったりなのです」
(注:林正盛監督は、監督デビュー作『浮草人生』で1996年東京国際映画祭 ヤングシネマ部門でシルバー賞を受賞。『熱帯魚』での演技力を買われて 呉念真監督の新作『太平、天国』では主役に抜擢された)

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ー 主役を演じた林嘉宏(リン・ジャーホン)くんは、夢見がちな中学三年生、劉志強(リュウ・ツーチャン)役を好演していましたが、児童劇団出身なのですか。

「数々の中学校で募集を呼び掛けたり、町中でスカウトをして探しました。 100人ほどの候補が集まった時点でオーディションをして絞り込んでいきました。その時に非常に活発でおどけて踊ってくれたりもした林嘉宏くんに決めたのです。しかし、いざ撮影に入るとモジモジしはじめて演技指導に苦労しました。
 誘拐犯の妹・阿娟(チュエン)役の黄美文(ファン・メイウェン)さんもツーチャンの 友人役の梁丁元(リャン・ティンユァン)くんもオーディションで選びました」

ー 演技経験のある子役を起用しなかったのはなぜですか。

「プロは演技にくせがあって、この作品には不似合いだと感じていたからです。
キャラクターの雰囲気にあうかどうかを一番の目的として先の3人を選びました」

ー 素人の役者の演技指導で具体的に苦労なさった点とは。

「集中力がないので、演技に集中させることが第一の課題でした。次に緊張しやすいこと。スタッフがいてカメラが回るとたちまち緊張してしまう。ですから長いショットは 無理でしたね」

ー テレビドラマではプロの役者だけを演出なさっていたわけですが。

「確かに大人の役者に関してはプロばかりでしたが、子役で素人を使ったことは 何度もあります。ですから彼らとのコミュニケーションの仕方はわかっていました」

ー 誘拐される眼鏡をかけた小学生・王道南(ワン・タオナン)役の席敬倫 (シー・チンルン)くんもオーディションで選ばれたのですか。

「彼だけが唯一演技経験のある子役です。五歳の時からテレビに出演しています。
ですから環境に順応するのが一番早かったですね。ツーチャン役の林くんに “この場合はこうした方がいいよ、ああした方がいいよ”と色々指図してましたね(笑)」

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ー 台湾には映画に政府からの補助金システムがあるとのことですが。

「補助金システムは、近年できたものです。台湾映画界が徐々に不景気になってきて、政府が梃子入れをしようと設けたものなのですが、まず脚本を提出しなければならないし、 それには企画書も必要です。その企画書には撮影の意図だけでなく、バックアップする 企業名も必要です。その上で撮影するだけの能力があるか吟味されるわけですが、 毎年要綱や条件が違ってくるので複雑です。
 今、台湾映画界はあまりにも不景気で、金銭になる業界ではないので、逆に政府の補助金が取れればバックアップしてもいいという企業がほとんどです。だから 審査員に投資の対象にしている企業が参入してくるなど錯綜している部分があるのがこのシステムです」


ー ではテレビ業界はどうなのでしょうか。

「私がテレビの制作を始めた頃は、映画はすでに不景気でしたが、まだテレビは多少利益につながる業界でした。しかし今年あたりは、テレビ業界もかなりの不景気になっていて、私がいた頃の5分の1の収入にしかなっていません。 だいたい3大チャンネル自体が資金難なのですから、その下請けの制作会社は 安い価格で仕事を受けざるをえません。それができない場合は、日本から番組を買う (台湾には東映などのチャンネルがある)とか、座談会など金銭の比較的かからない番組を作るなどの方法をとっているのです。
 ですから私が以前制作していたドラマなどの類は、どうしても経費がかかるので少なくなっているのです」

ー では日本やイギリス、フランスのようにテレビ業界から映画に資金が出資されるということはないのですね。

「そうです。それはまず無理ですね。台湾が香港の番組に投資することはあっても その逆はありえませんし」

ー 王童監督が製作協力をなさっていますね。

「彼はこの映画の製作会社、中央電影公司の副所長なのです。私の師である王小棣さんとも気があう人で、『熱帯魚』の製作では二人には大変お世話になりました」

ー 音楽に大変興味がおありで、この作品の中のギターも担当なさっていますね。

「高校生の頃からヘビー・メタルやハード・ロックに熱中してまして、 社会人になってからもアマチュアバンドでギターを弾いてました。反面、 國語でも台湾語でも古いナツメロが好きですね。流行歌にはあまり興味は ありません。
 『熱帯魚』の中で使う曲も音楽の予算がなかったので、始めは全部自分で作ろうと 思っていたのですが、体力的にもそれは無理だと思ったので、蔡明亮監督が テレビ・ディレクター時代によく頼んでいた音楽担当者(余光彦)に頼みました。 私にとって音楽はとても大事な要素なので、彼の元をたびたび訪ねて打ち合わせをしました」


ー 次作は音楽モノの映画にしたいですか。

「次作には台湾の昔のナツメロを沢山入れたいと思います。台北を舞台にした4人の若者の物語で、コミカルかつペーソスのある作品に仕上げていくつもりです」

取材/文 地畑寧子

受賞データ
*95年ロカルノ映画祭 ブルーレバード賞・フェリーニ賞
*モンペリエ映画祭 ゴールデンパンダ賞
*台湾金馬奬脚本賞、助演女優賞(文英)

95年/台湾映画
中央電影公司/稲田電影工作室 出品
中央電影公司 発行
製作/ワン・シャウディー(王小棣)
製作協力/ワン・トン(王童)
監督・脚本・アニメーション作画・ギター/チェン・ユーシュン(陳玉勲)

『ラブ ゴーゴー』デジタルリストア版 公開記念
日本初公開時 チェン・ユーシュン(陳玉勲)監督インタビュー
http://cineja-film-report.seesaa.net/article/468765261.html

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