『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』 河邑厚徳監督インタビュー

「沖縄戦の図」は地上戦の悲劇の永遠の証言者

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河邑監督には、『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』の時にインタビューさせていただいたのですが、その折に、「この10年くらいの中で一番やろうとしたのは昭和史なんです。あの時代と、あの戦争を知っている人が減ってきた中で、ちゃんと記録して映像に残して、なんらかの形で後世に知らせないといけないというのは、この仕事をしてきた者の責任かなと思い意識しています」と語られていました。『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』 も、まさにそれが具現化した映画だと思いました。本作について、お話を伺う機会をいただきました。
取材:景山咲子



『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』 
水墨画で風景画家の丸木位里(1901‐1995)と人間画家の丸木俊(1912‐2000)夫妻。二人は、「原爆の図」「南京大虐殺」「アウシュビッツ」と40年に渡り、戦後一貫して戦争の地獄図絵を描いてきた。
二人は、1982年から1987年に沖縄で取材し、「沖縄戦の図」14部(「久米島の虐殺1」 「久米島の虐殺2」 「暁の実弾射撃」 「亀甲墓」 「喜屋武岬」 「ひめゆりの塔」 「沖縄戦―自然壕」 「集団自決」 「沖縄戦の図」 「ガマ」 「沖縄戦―きやん岬」 「チビチリガマ」 「シムクガマ」 「残波大獅子」)を制作した。
その「沖縄戦の図 全14部」は、戦後米軍基地として接収されていた館長・佐喜眞道夫の先祖の土地を、交渉の末に返還させた特別な土地に建てられた佐喜眞美術館に収められている。

*さらに詳しい作品内容は、こちらでご覧ください。
公式サイト:https://okinawasennozu.com/





河邑厚徳(かわむらあつのり)プロフィール(公式サイトより)
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映画監督。元NHKディレクター
1971年にNHK入局以来、40年以上、ETV特集・NHKスペシャルを中心に現代史、芸術、科学、宗教、 環境などを切り口にドキュメンタリーを制作。現代の課題に独創的な方法論で斬り込み、 テレビならではの画期的な問題提起をするスタイルが特徴。これまで制作してきた番組は、 国内外の賞で入賞するなど、その独自の手法は評価を得ている。定年後はフリーで映像制作を続ける。

【映画】
「天のしずく 辰巳芳子 “いのちのスープ”」(2012)
「3D大津波 3.11未来への記憶」(2015)
「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」(2017)
「天地悠々 兜太・俳句の一本道」(2019)
「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図全14部」(2022)
「鉛筆と銃長倉洋海の眸」(2023)



◎河邑厚徳監督インタビュー

◆絵や歌が世代を越えて沖縄戦の悲劇を伝えてくれる
― 沖縄戦の図に、ただただ圧倒されました。丸木さんご夫妻の思いの伝わる素晴らしい映画をありがとうございます。
佐喜眞美術館の沖縄戦の絵の前で、若い民謡歌手の新垣成世さんが『戦場を恨む母』という歌を三線で弾き語りする場面で始まって、戦争の時代を知らない世代の方が、丸木さんご夫妻が絵で遺した庶民を巻き添えにした悲惨な沖縄戦を、歌で後世に語り継いでくださっていることをとても心強く思いました。《沖縄戦の図》14部を順番に紹介するのに、合間合間に、若い民謡歌手の新垣成世さんと、同級生で平和ガイドでもある平仲稚菜さんの二人を登場させるという構成がよかったです。
このような構成にされたのは?

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新垣成世さん ©2023 佐喜眞美術館 ルミエール・プラス


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平仲稚菜さん ©2023 佐喜眞美術館 ルミエール・プラス


監督:若い二人を入れることは、最初から考えていたわけではありませんでした。あの絵が描かれたのは1987年から6年間だけれど、戦争を考えたり平和を考えたりする、重要なアート。世代を越えて継承していくものだと思います。彼女たちは、戦争を体験した方たちから4世代目。さらに、昨年(2022年)6月23日の「沖縄全戦没者追悼式典」で、「平和の詩」を朗読した徳元穂菜さん(山内小学校2年・当時)の「こわいをしって、へいわがわかった」のスピーチのモチーフになったのも沖縄戦の図です。世代を越えて、戦争で起きたことを伝えていく意味があって、若い二人の女性を入れようと思いました。

― 彼女たちとは取材している中で知り合われたのですか?

監督:YouTubeで「すくぶん」(沖縄の言葉で「役目、役割」という意味)というチャンネルを配信されているのを観て、すごくいいなと思いました。民謡と沖縄戦というコンセプトが、今回の映画の「アートと沖縄戦」というテーマに合うと思いました。絵画も音楽もアートですので、同じコンセプトになると思いました。

― 「すくぶん」は、沖縄の言葉で発信されていて、新垣成世さんの着物や髪形も沖縄独特のものでいいですね。

監督:それが大事ですよね。


◆「沖縄戦の図」に感銘し、映画製作を提案する
― 監督は、2020年にはじめて「沖縄戦の図」の前に立たれたとプレス資料にありましたが、絵の存在は前からご存じだったのでしょうか? 

監督:存在は知っていたのですが、たまたま 別件で沖縄に行っていたときに、これは一回観たいと思って観に行きました。

― そもそも、この映画の製作は佐喜眞美術館館長の佐喜眞道夫さんからの依頼で始まったわけではないのでしょうか?

監督:こちらから 「沖縄戦の絵を中心に記録映画を作りたい」とお願いしました。美術館がクライアントという形です。映画は、依頼されて作るとクライアントからの制約を感じてしまいます。 私のほうから、「映画を作れば、佐喜眞美術館のことも知ってもらえるし、平和教育で来る修学旅行生の事前学習の資料としても役立つ」とプレゼンして、製作費を出していただきました。

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左:河邑監督  右:佐喜眞道夫さん


― 10年ちょっと前ですが、リンダ・ホーグランド監督の『ANPO』(2010)という映画の中に佐喜眞美術館が出てきて、修学旅行生が来ているのを知り、こんな美術館があるのだと思いました。こんなすごい絵があるとは知りませんでした。
佐喜眞美術館は今年開館29周年で、14作品全部を一挙公開しているとのことですが、通常はどのくらい展示されているのでしょうか?

監督:14部すべては普段展示されていないのですが、場合によって4作品だったり、6作品だったり、入れ替えて展示されています。
今年は映画も公開されるので、その機会に14枚すべて展示しています。

★2023年5月26日(金)〜2024年1月29日(月) ★3月24日(日)まで延長されました
 詳細は、佐喜眞美術館のサイトで確認ください、https://sakima.jp/


◆美術館自体がメッセージを発している
― 沖縄の方たちの写真が美術館の壁一面にありましたが、沖縄戦のことを語ってくれた方たちでしょうか?

監督:あれは証言者の方たちの写真で、比嘉豊光さんという写真家があるプロジェクトの過程で撮影し たものです。美術館の考えで常設展示されています。

― 美術館の建物の屋上に階段が伸びていましたが・・・

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©2023 佐喜眞美術館 ルミエール・プラス


監督;美術館の建物自体すごく考えられていて、あの白い階段をのぼると、普天間基地が見えるだけでなくて、突き当たったところに窓があって、慰霊の日である6月23日に夕陽が東シナ海に沈むときに窓の中に見えるように設計されています。これも建設家のコンセプトです。
(注:階段は、6月23日にちなみ、6段と23段)

― 6月23日に行けるといいですね。
(河邑監督が撮影された6月23日の佐喜眞美術館屋上の窓から見えた夕陽の写真を見せていただきました。俄然、行きたくなりました!)

監督:絵も展示されているのですが、美術館そのものも大きな作品としてメッセージを発しているのですね。佐喜眞家のご先祖の亀甲墓が敷地にあって、屋上からは米軍が上陸した読谷が見えます。
館長の佐喜眞道夫さんは、もともと東京で針灸師をしていて、東松山の丸木夫妻のところに治療に通っていたそうです。その時に二人からいろいろな話を聞いていて、沖縄戦の図 14枚を描き終えたところで、沖縄で展示したいと相談を受けて、あちこち探したけれど置いてくれるところが見つからなくて、佐喜眞さんが普天間基地内にあるご先祖様の土地を美術館にしたいと米軍に掛け合って、そういう事情ならばと返還させたのです。


― 絵があって美術館が出来たのですね。

監督:絵のために美術館を作ったのです。

― 米軍も絵のためならと太っ腹ですね。場所的にも返還可能だったのですね。

監督:普天間基地の端っこでしたから。滑走路の真ん中だと無理でしたね。いろいろな偶然が重なってますよね。

★米軍基地を返還させるため、約3年に及ぶ軍用地に関する条件闘争や当時の市役所、米軍の窓口になった担当者など、多くの方々との奇跡的な出会いや協力がありました。
(佐喜眞美術館)


◆生き証人に取材して戦争の真実を描いた丸木夫妻
― 母を連れて沖縄に行ったことがあって読谷の城や海軍の地下壕などにも行きました。母は戦前台湾に10年ほどいて、同級生で沖縄に引き揚げた人もいます。ひめゆり部隊と同じ世代ですので、沖縄では特に心が痛むと言ってました。父は学徒出陣で実戦にはいかずに済んだのですが、沖縄に行っても戦争の跡を感じるところはつらくて行けなかったと言ってました。私は両親から戦争体験を直接聞いている世代なのですが、今の若い方は直接聞くこともないですね。

監督:本当にもう、生の体験者の話を聞けない時代になりましたが、絵は永遠に残る生き証言のようなものですね。

― 丸木夫妻が生き証人がいるうちに沖縄で直接話を聞かれて描かれたことは大きいと思いました。
丸木夫妻にはお会いになったことはあるのでしょうか? 

監督:お二人にはお目にかかっていないのです。私がNHKで仕事をしていた時代に沖縄にも行っていて、その時期にお二人は絵を描かれていたのですが・・・

― 生前のお二人に会った方たちにお話を聞くことで、間接的にお二人のことを感じられたのですね。

監督:あと、お二人の写真ですごくいいものが残っていました。本橋成一さんが読谷で二人が描かれていたときに通って撮られた写真と、石川文洋さんが丸木夫妻が首里のアトリエで描かれているときに俯瞰で撮られた大きな写真があったでしょう。あの写真があったから、もう存命されていないけれど、二人の姿を描くことができました。

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写真:石川文洋


― 丸木夫妻の動画や声はどのように発掘したのでしょうか。

監督:NHKの番組はアーカイブにありますが、もう一つ、シグロの読谷の記録を残した映像がとてもいい作品です。 

― 丸木夫妻と読谷の人たちとの交流がとても素敵でした。

監督:丸木俊先生が「記念写真撮ってよ」と本橋さんに言っていましたが、珍しいでしょう。丸木さんたちは、想像で描いたりしないで、現場に足を運んで沖縄の人たちにちゃんと話を聞いて、モデルになってもらって描かれていました。本や文献もたくさん読まれていたようです。普通の画家がアトリエで自分のイマジネーションで描くのと違って、一種のルポルタージュ。起きたことを生かしながら描いています。描き方には二人の美意識も反映されていますが、ちゃんと事実そのものが描かれています。


◆日本兵は住民を盾にして犠牲にした
― 集団自決の跡が生々しく残る「チビチリガマ」と、「一億玉砕」の教育から離れて「民主主義」を生活の中で知っていたハワイ移民の方のお陰で全員が助かった「シムクガマ」の対比が強烈でした。ほかの映画でも、日本兵のいたガマと、いなかったガマで生死を分けたことを知りました。そういう事例はたくさんあるのでしょうか?

監督:そうですね。沖縄のあちこちで日本兵は住民を盾にしたようなところがありました。赤ん坊が泣くと黙らせるために殺させています。兵隊は自分たちが助かるために行動しています。それが戦争の真実です。最初の久米島の虐殺の絵も、村人たちが米軍のスパイではないかと疑って、日本兵が村人を虐殺したことを描いています。自分たちの保身ですよね。しかもあれは終戦後まで続いていますからね。どうしてああいうことをやるのかと思います。

― 地上戦になってしまった悲しさ、さらに戦争が終わっているはずの時ですよね。

監督:玉音放送のあとに日本兵がこういうことをするとは驚きますね。我々が聞いてきた軍の規律や、日本兵が勇敢だとかいったことは全部嘘じゃないかと感じますよね。

― 本来は国民を守るべき立場だと思うのに悲しいですね。そういうことを若い人が絵から学んで、よりよき未来を作ってくれればと思います。

監督:真実をみることが必要ですよね。一方的に与えられた知識には疑いを持って、自分で判断できるようにすることが大事ですね。


◆戦後40年経って、ようやく体験を語り始めた
― 知花昌一さんという方が丸木ご夫妻を読谷のガマに案内されていますが・・・

監督:知花さんは読谷の方で、米軍が上陸したときに住民が逃げ込んだチビチリガマとシムクガマに丸木夫妻を案内されたのですが、戦後の1948年生まれの知花さんにとって、チビチリガマが生き方の柱になったとおっしゃっています。

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左:知花昌一さん  右:平仲稚菜さん
©2023 佐喜眞美術館 ルミエール・プラス


― 知花さんはご自身の両親などから体験をしっかり聞いておられたのでしょうか?

監督:沖縄の人は実はあまり語らなかったんですよ。知花さんも丸木さんたちを案内している段階になって、沖縄の人たちが体験したことをようやく口を開いてくれ、初めて聞いたということもあります。

★チビチリガマの惨劇は、1983年頃から下嶋哲朗さんというドキュメンタリー作家の方が読谷村で調査を行ったことを機に、約40年間、村の人びとの心のなかで深く悲しい沈黙に覆われていた出来事がようやく明るみになりました。知花さんはその頃から下嶋さんに大変協力しています。丸木夫妻が読谷村に滞在されたのは1986年末からです。
(佐喜眞美術館)

― 身内同士では話題にしたくないですよね。

監督:話したくないですよね。つらい話ですから。丸木さんたちが沖縄に行った1986年は、終戦から40年過ぎているのに基地はなくならない、ベトナム戦争は終わっているかもしれないけれど、世界には平和がやってこない。このままだとまた戦争が始まるかもしれないと沖縄の人たちが危機感を持ち始めて、過去のことを黙っていては未来のためにならない、平和を作る為、つらいけれど見たこと起きたことをちゃんと語っておきたい。そんな時期だったんですね。

― 日本に返還されたけれど基地はなくならない、ますます状況はひどくなるという中で、歳も取ってきたので、今言っておかなければという気持ちになったのでしょうね。

監督:体験した人たちはそのことをすごく考えて、子供たちにも語り継いでおきたいし、原爆の絵以来戦争のことを絵画で描かれてきた丸木さん夫妻に協力したいという思いで丸木さんたちに口を開き、一緒になって絵を作ったのだと思います。


◆平和学習として「沖縄戦の図」を観てほしい
― 先ほども触れましたが、修学旅行で沖縄を訪れることが多いのでしょうか。

監督:平和学習として沖縄は修学旅行の対象になることが多いですね。摩文仁の丘や、ひめゆりの塔には必ず行きますが、佐喜眞美術館を訪れるケースが少ないので、これからは行ってほしいですね。

― 慰霊の碑よりも、もっと戦争の現実が見られますよね。映画を通じて佐喜眞美術館に行く人が増えてくれるといいですね。

監督:日本人としては、あのような絵が14枚残されていることをぜひ知って、一度は観てほしいですね。大事なことだと思います。

― 一枚一枚が直視できないくらい凄い絵ですが、直視して考えないといけないなと思いました。
6月17日から沖縄の桜坂劇場で先行上映が始まっていますが、反応はいかがですか?

監督:沖縄の人も映画を観て、佐喜眞美術館にそういう絵があることを初めて知った人もいましたし、あの絵にはそういう意味があったのかと発見して、新たな気持ちで絵を観にいきたいという人もいました。
佐喜眞美術館に行って、一度は観てもらいたいですね。画家たちの力量がすごいので、むごたらしく描いてないですよね。一人一人の顔もきれいに描いていますしね。


― 私もぜひ佐喜眞美術館に行って、実物の沖縄戦の図を観たいと思います。
本日はありがとうございました。


****
◆助監督の佐喜眞淳さんについて 
 (後日、文書でお伺いしました)
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佐喜眞淳さん(左端)


― 佐喜眞道夫さんのご子息である佐喜眞淳さんを助監督に起用された経緯をお聞かせください。

監督;まず佐喜眞美術館での撮影全般の協力と助手をお願いしたこと。もともと音楽関係が専門で民謡収録のミキサーを頼んだこと。それと沖縄戦の図を次世代に守り継承するために。映画の現場で様々な体験をしたので未来へのバトンタッチが出来るようにという思いでした。


― 淳さんから丸木夫妻と会った時の思い出をお聞きになっていますか?

監督:淳さんは1985年生れで二歳の時に丸木位里の膝に抱かれた写真がありますが、それ以降の接点はないので直接の記憶はないようです。

*******

*取材を終えて*
42年前に初めて沖縄を訪れたときに、城(グスク)を巡るツアーだったのですが、真っ先に連れていかれたのが、大きな大きな亀甲墓でした。3日間の滞在中、亀甲墓や家型のお墓をいくつも見かけて、独特の文化に興味津々でした。本作でも、佐喜眞美術館の敷地にある大きな亀甲墓が最初の方に出てきて、俄然興味を惹かれました。基地の中にも、いくつもご先祖様のお墓が残されていて、河邑監督にお伺いしたら、祖先供養のシーミー(清明祭)の時には、申請手続き後に特別許可が出て、お墓詣りができるようです。
日本で唯一、地上戦になった沖縄。地獄をみた沖縄の人たちのことを絵にして遺してくださった丸木夫妻、その絵を沖縄に展示するために奔走された佐喜眞道夫さん、そのほか様々な沖縄の方たちの思いを丁寧に紐解いてくださった河邑監督に感謝です。(咲)




「金曜ロードショーとジブリ展」

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日本テレビ放送網株式会社 杉山美邦氏、スタジオジブリ 鈴木敏夫氏、
特別協賛 KDDI株式会社 竹澤浩氏


6月29日(金)天王洲アイル寺田倉庫にて、内覧会と会見が執り行われました。満員の記者席を前に、お三方がそれぞれにジブリとのなれそめからこれまでの関わりについて、語られました。詳細はまた後日。
(この写真のみ白石撮影)


★開催概要★
■金曜ロードショーとジブリ展 東京展
会期:2023年6月29日(木)~9月24日(日)
会場:東京・天王洲 寺田倉庫 B&C HALL/E HALL
通常チケット:大人 ¥1,800(税込)/中・高校生 ¥1,500(税込)/小学生 ¥1,100(税込)
特典付きチケット:大人 ¥2,700(税込)/中・高校生 ¥2,400(税込)/小学生 ¥2,000(税込)
             ※日時指定予約制、チケットはローチケ、日テレゼロチケで購入できます。
公式サイト: https://kinro-ghibli.com/
お問合せ:ハローダイヤル TEL:050-5541-8600(全日9:00~20:00)
主催:日本テレビ/ローソンチケット/ディスクガレージ/第一通信社/TOKYO FM
特別協賛:au(KDDI株式会社)
特別協力:スタジオジブリ
協賛:寺田倉庫/図書印刷


PART1 “金ローとジブリ“のヒストリーを辿る

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(C)Studio Ghibli

ジブリ作品が日本テレビで初放映されたのは1985年。『風の谷のナウシカ』でした。それ以来200回以上に渡ってジブリ作品を放映してきた足跡を辿ります。作品と同じときに流行していたエンターテイメントの数々。キャラクターグッズやゲーム、CD、書籍なども並んでいます。具体的なものを見てまわると、思い出がより一層鮮やかによみがえってきます。

PART2 ほぼ全作品の絵コンテを展示!

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(C)Studio Ghibli

PART3 初登場!ジブリ映画ポスタースタジオ
階段を上ると、懐かしい作品のポスターがずらりと並んでいます。ポスターの主人公になりきって自分仕様写真を撮影できるスポットが嬉しい。さらに特別協賛のau(KDDI)の協力により提供されたARコンテンツ、アプリ「SATCH X」をダウンロード(無料)し、『借りぐらしのアリエッティ』ポスター付近のARマーカーを読み込むと、アリエッティと同じ目線で巨大な植物と虫たちが溢れる世界をARで体験できます。

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(C)Studio Ghibli

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(C)Studio Ghibli

観るだけでも大迫力の腐海。造形家 竹家隆之氏の手掛けた三次元の世界。平面を立体にするには、想像力と創造力がより必要です。足を踏み入れたとたん思わずうわー!と声が出るか、驚きのあまり声を飲んでしまうかのどちらになるでしょう?目の前にある世界を、隅々までご覧ください。前述のアプリ「SATCH X」をダウンロードしておくと、”あることが起きます”??
どうぞお楽しみに。

■富山展も開催決定!
日程:2023年10月7日(土)~2024年1月28日(日)
会場:富山県美術館
チケット:日時指定、詳細は後日発表
主催:富山県、金曜ロードショーとジブリ展富山展実行委員会(富山県美術館、北日本放送、北日本新聞社)

『めんたいぴりり パンジーの花』公開記念舞台挨拶

6月9日(金)新宿バルト9にて、公開記念の舞台挨拶が行われました。
MC:伊藤さとりさん

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左から:博多大吉さん、瀬口寛之さん、富田靖子さん、博多華丸さん、余貴美子さん、森永悠希さん、江口カン監督


作品紹介はこちら
笑いあり涙ありの福岡発の人情物語。みんな言いふらかして映画ば、応援して〜!
(C)2023「めんたいぴりり」製作委員会
https://mentaipiriri.com/
★2023年6月9日(金)より新宿バルト9にて公開中
●前作『めんたいぴりり』初日舞台挨拶(2019/1/27)はこちら
●前作の江口カン監督インタビュー(2019/1/10)はこちら


―先週九州で先行公開されましたが、今日は九州出身の方もたくさん来ているんですよね。手をあげてください。そうじゃない方も、この『めんたいぴりり』を愛してくださっている方々、ご来場いただきました。ありがとうございます!
ではさっそくみなさんから一言ずつご挨拶いただきます。
まず初めにふくのや店主海野俊之を演じられました博多華丸さんです。

華丸 こんにちは!本日は数ある娯楽施設の中から当劇場、しかも『めんたいぴりり』をチョイスしていただきましてまことに御礼申し上げます。短い間ではございますが、ゆっくり楽しんで、映画も楽しんでいただきたいと思います。本日はよろしくお願いいたします。(拍手)

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―おかみさん海野千代子を演じられました富田靖子さんです。
富田 みなさんこんにちは、富田靖子です。今日は『めんたいぴりり』を選んでいただき、ほんとにありがとうございます。実は今回次男の勝(菊池拓眞)もあそこに座ってくれて(客席を指す)、私は次男が作ってくれた折り紙の小物をつけてまいりました。
とてもあったかい作品になっていると思います。珍しく恋の話もありますので、ぜひ楽しんでいってください。(拍手)

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―今回重要な役割の八重山さんを演じられています瀬口寛之さんです。
瀬口 みなさんこんにちは、瀬口寛之です。本日はありがとうございます。
こうしてみなさんにお届けできる日を迎えることができて、たいへん嬉しく思っています。あったかい作品になっていますので、この後お楽しみください。よろしくお願いします。(拍手)

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―スケトウダラの妖精を演じられています博多大吉さんです。
大吉 どうもこんにちは、大吉でございます。みなさんから「スケトウダラで来ないんだな、女装で来い」みたいな感じで言われますけれども(笑)。映画の中で僕もちらほら出ていますが、事前に言っておきます。「こいついったいなんなんだろう?」と考えるだけ時間の無駄だと思いますので、華麗にスルーしながら楽しんでいただきたいと思います。今日はご来場ありがとうございま~す。(拍手)

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―今回ゲストとして、ヒロインの元彼あつしを演じられました森永悠希さんです。
森永 みなさんこんにちは、ありがとうございます。今回あつし役を演じさせていただきました森永悠希です。今日こうやって皆様の前でご挨拶させていただけることがほんとに嬉しいです。ありがとうございます。短い時間ではございますが、よろしくお願いいたします。(拍手)

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―もうお一人ゲスト参加していただきましたたこ焼き屋台の店主、吉田ツル役の余貴美子さんです。
 余貴美子です。みなさんもう何年も一緒にやられていて、一つのチームが出来上がっている中で、ゲストとしてお邪魔させていただきました。物語の登場人物のようにみなさん優しくてほんっとにいい方たちで、いいお話で。私の荒れている心が本当に癒されました。撮影が終わってお別れするのが悲しかったくらいです。私の心、人の気持ちを優しくしてくれるような良い作品ですのでどうかお楽しみください。(拍手)

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―そしてこの作品の生みの親になります江口カン監督です。
監督 今日はみなさんどうもありがとうございます。僕の大好きな『めんたいぴりり』をまた作ることができて、こうしてみなさんに観ていただくことができ、そして再び”ふくのやメンバー” プラス、余さん森永くんとここに立てることを幸せに思っています。今日はよろしくお願いします。(拍手)

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―映画の公開おめでとうございます。(客席から「めんたい!」と声がかかる)華丸さんと靖子さん、2013年にドラマがスタートして、映画になったり舞台になったりして、10年になるわけです。ずっと『めんたいぴりり』に参加されて、久々の映画の現場、どんなお気持ちでしたか?

華丸 最初やったときは、もちろん続いたらいいなとは思っていましたけど、ここまで賞味期限が長いとは(笑)。
去年の夏に撮影に入ったんですけど、ふくのやのメンバー、10年経っても奇跡的にあか抜けないんで(笑)、ずっといい意味で成長を止めているんで(笑)。だから10年前と変わらない雰囲気で撮影ができたので、ほんとに変わらない良さをあらためて感じます。
富田 10年前にはなるんですが、いつも通りにちゃぶ台の自分の席でご飯を食べれる、いつも通りに撮影ができたという感じです。スケトウダラさんのメイクが毎回すてきになっていって、そこだけは楽しみにしておりました。
大吉 そうですね。10年前とは僕も年齢が違いますので、あの頃は40代ですが、今はもう50代なので、今回めちゃめちゃメイクが濃いです(笑)。濃いですけどもね、やらしていただきました。
華丸 ちょっと最近はあか抜けてました(笑)。ふくのやメンバーはね、奇跡的にあか抜けない(笑)。

―ここに”ふくのやメンバー”の瀬口さんがいらっしゃいますけど、今回はメインどころのパートがございました。
瀬口 はい、わたくし八重山が恋をしまして(笑)。台本読んだときは「大丈夫かな?」と思いましたけれども。頭に浮かんだのが、10年前のドラマの中でおかみさんが「一生懸命生きとる人間に綺麗も汚かもなか」って言うセリフがあるんです。それが浮かんできて…
富田 覚えとらん(笑)
瀬口 一生懸命恋をしようと思って、頑張りました!あの言葉大好きなんです。
富田 忘れた…今回はもう世界の中心で叫んでいますから、森永(あつし)さんと八重山さんが。大人女子「きゅんきゅん」です。
華丸 いつから福岡市早良区が世界の中心になったんですか?(笑)室見駅と藤崎駅の間あたりのあそこが?(笑)
富田 あそこが中心で、2人が叫んでいるのがもう「きゅん」です。

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マリ(地頭江音々)とあつし(森永悠希)

―『めんたいぴりり』に今回ロマンスが描かれているんですが、森永さん、こうやってメンバーと共演してどうでしたか?
森永 10年愛されている作品の中に入らせていただけるっていうのが、すごい。やっぱり制作陣にも愛がないといけないし、見てもらっている方々にも愛されてないといけない、でないとここまで続けることってできないですし。短い期間だったんですけど、ほんとに愛がたくさんある現場だなって思います。”ふくのやのメンバー”にも愛をたくさんいただいて参加できて幸せだと思いながら過ごさせていただきました。
―どんな愛情をもらったんですか?
森永 富田さんとかすごい話しかけてくださってて。
富田 はい。おかみさんとしてマリさんと八重山さん、森永(あつし)さんを盛り上げるために。
瀬口・森永 ありがとうございます。

―余貴美子さんも今回はゲストで、たこ焼きで苦労されて。
 はい、たこ焼きいっぱい焼いて練習しました。たこ焼きを焼くのと、屋台を引くのと、あと福岡の言葉をいっぱい勉強しました。初日が(従業員 松尾竹吉役の)斉藤優さん(パラシュート部隊)と一緒だったんです。夜に福岡の空港に着いて、そのまま撮影だったので最初に会った福岡の人が斉藤優さん。
華丸 彼、出身は大阪です(笑)。福岡在住の大阪人。
 そうなんですか。言葉も教えてもらって。今日いらっしゃらないんで寂しいんですけどね。
―華丸さんや富田さんとご一緒していかがでしたか?
 ほんとにやさしくて気を遣っていただいて、気ぃ遣ってますよね?
華丸 気ぃ遣ってました。(笑)大先輩ですから。
 ほんとに映画の中のような人たちなんですよ。この方たち、ほんとに。
―華丸さん、余さんが作られたたこ焼きは召し上がったんですか?
華丸 そこのシーンは少なめだったんです。食べさせていただいたことは、あります。はい。
―いかがでした?
華丸 すばらしい。日本一!(笑)

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―大吉さん、あの(スケトウダラの)シーンが出てくるといつも嬉しくなるんです。今回あのシーンを撮るために何か役作りとかは?

大吉 みなさん役作りって役柄とか背景を考えて、台本を読み込んでみたいな、話を聞いていたので僕もやろうと思ってたんです。最初から僕出てくるんですけど、ライバル企業の商品を持って出てくるんですよ。何度読み込んでも意味がわからない(笑)。首をかしげながら江口さん…監督に「いいんですか?」って聞くとOK出すんですよ。みなさんには厳しいけど僕には甘い。
監督 いち観客になりきっちゃいます。
大吉 ほんとに大丈夫かな?って。
―毎回、大吉さんと華丸さんのシーンはアドリブじゃないかと思ってるんです。
大吉 今回はどうやったっけ?(華丸さんへ)
華丸 えー、一応その~箇条書きがあるみたいな感じ。「全部おまかせ」って書いてあるんです。(キャスト・会場ざわめく)
大吉 華丸とのシーンはアドリブで全然いけるんですけど、後半のゴリけん(でんさん役)とのアドリブは地獄に等しいです(笑)。華丸さんは何か返ってくるんですけど、ゴリけんは、まさかの「黙る」っていう(笑)。黙秘権使ってくる(笑)。なかなか大変でした。
そのへんも「これ、いいのかな?」って思ったら監督が「OK!」ってすぐ出すから、ちょっと心配な楽しい部分でもあります。ぜひ注目していただけたら嬉しいです。
―そこはもう江口監督が大信頼しているわけですね。
監督 決して職務放棄しているわけではなく、それが一番面白くなるんで、はい。僕は楽しんで見てるだけです(笑)。
富田 大吉さんには優しかったんですけど、こわいですよ。キャストにはめっちゃ厳しい。
大吉 だから申し訳なかったです。大変だったでしょ、みなさんは?(みなさん頷く)
富田 はい。(笑)
大吉 八重山さん思い出すだけで汗かくのやめてください(笑)。めっちゃ汗かいてる。
富田 これが「めんたいぴりり」のめりはりだとは思うんですけど、ゴリけんさんがお二人(スケトウダラと)のシーンの後に、いつもお二人でものすごく長い時間反省会をされているんです。
―次に演じる時のための反省会なんですね?
大吉 そうですね。後は僕が遠まわしにゴリけんに「降りてくれ」って(笑)。もうそろそろ引っ越しとか(笑)。

―今話題の「サンクチュアリ」(江口監督作。Netflixで配信中)を見ている方もいらっしゃると思うんですよ。映画だと『ザ・ファブル』もございます。全く違う作風のこの『めんたいぴりり』を作り続けているというのは、江口監督にとって『めんたいぴりり』というのは、どういう存在なんでしょうか?
監督 これ以外は、”血まみれの力士”(Netflix『サンクチュアリ-聖域-』)が出てきたり、”殺さないと言って殺しちゃう殺し屋”(映画『ザ・ファブル』)が出てきたりというようなのが多いんで、こういう優しくていい話を作らないとですね、僕の人気が危ういなと思って(笑)。
華丸 つじつま合わせなんですか?(笑)
監督 「バランス」と言ってください(笑)。
華丸 バランス?
監督 僕の中の優しさをこのために何年間か取っておいて、これにバンっとぶつけるというか。
―そこは華丸さんはどういう風にお考えですか?
華丸 ほんとにはっきりしているというか。「サンクチュアリ」をご覧のみなさんはそれを求めて来られたら、ほんとに何もない(笑)。
大吉 何もない。ちょっとだけ流血シーンがあります。質が違います。
華丸 暴力シーンがないです。そこはご了承いただきたい。とても平和な。
―いつかシリーズの中にアクションシーンとか華やかなのがあるかもしれませんね。
華丸 いつかはね、「ファブル」にも狙われてみたいです(笑)。
―そうなったらすごい展開だと思います。

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―福岡の物語がこうやって全国に広がっていくっていうのもすごいことだと思うんですよね。
そこは華丸さんや富田さんどんな風にお考えですか?

華丸 九州の福岡県のみのドラマだったんで。しかも朝ドラじゃなくて、「ブランチ・ドラマ」みたいな、55分。ローカル枠のところだった地域限定のドラマが、少しずつ、10年かけてこうやって世に出て新宿で舞台あいさつ。感激しております。福岡で先週舞台挨拶だったんですけど、マイクの本数が全然違うんですよ(笑)。福岡はマイクが3人に1つ(笑)。全部東京にあります!ものは。
ね、ここにあったか!って(笑)。日本の中心でこうやってやらせていただけることに成長を感じています。マイク一本ずつ(笑)。
富田 小物やセットもね。

―富田さんもファミリーがこうやって全国に広がって知られていくっていうのは嬉しいんじゃないですか?
富田 そうですね。キャストも今まで子どもたちはずっと福岡、博多、九州の子が多かったんです。今回次男は東京の子で、これまで博多の言葉を耳にしたことがなかったんですけど、2日か3日経ってると普通に博多弁を喋っていました。こうやって『めんたいぴりり』が言葉の枠をどんどん越えて、日本のいろんな方に愛されたら嬉しいなと思います。
―ほんとにそう思います。瀬口さん、地元の方たちも見ていると思います。今回こうやってメインどころになるというのは感慨深いんじゃないですか?
瀬口 ちょっと恥ずかしい気持ちもありますけど、頑張ったんで友達とかみんないろんな人に見てもらいたいです。
―反響は届きましたか?
瀬口 今のところ身内からだけです。
―これからどんどんね。楽しみですね。
富田さん、今回恋のお話があるちょっと甘口な『めんたいぴりり』のお話というのをご覧になって、どういう風に感じられましたか?

富田 いやー10年経ったなぁと思うのは…そこに私たちの恋の話は入れませんでした。
華丸 もう…
富田 もう良か、って感じで。ちょっぴり寂しかったです。愛の話には入りますけど、恋の話はやっぱり若いみなさんにお任せしてって感じで、ちょっと後ろできゅんきゅんしていました。

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―大吉さん、客観的にどうでした?
大吉 華丸さんから今度の話は「八重山さんのラブストーリーだ」って聞いたときは「無理だ」(笑)。「そんなの誰が観るんだよ」って楽屋では言いましたけど、試写会で観たときはジーンとしましたね。
八重山さんのアップめちゃくちゃあるんですよ。大画面で八重山さんが演技するのは…ストーリーも面白いんですけど、ここ10年くらいの軽~いお付き合いはあるので、あ、軽いって言い方はあれですけど(笑)。ずっと勝手に応援してたので「ああ、良かったな、八重山さん」と思ったし、「もっと頑張れよ、笹嶋(ふくのや従業員笹嶋辰雄役:福場俊策)!」とも思いました(笑)。今日来てるのに、舞台にあげてもらってないんで(笑)。頑張ってね。みっちゃん(ふくのや従業員岡村ミチエ役:井上 佳子)も来てるんです。代わろうか?って言うたんですけど。
もう見どころいっぱいです。話がいっぱいあるよね。
華丸 今回はそうですね、トータルで3つの話が。パルプフィクション的なね(笑)。
富田 余さんの(演じる)ツルさんの恋の話と、八重山さん、森永(あつし)さんの恋の話、ちょっと喧嘩しちゃったかなという私たちの話。
華丸 うん。いろいろ幕ノ内弁当になっています。楽しんでいただきたいと思います。
―きゅんきゅんしながら、ほっこりして涙が出るような作品です。ぜひみなさん楽しんでいってください。ありがとうございました。(拍手)

主題歌の流れる中、中心に集まってフォトセッション、パネルありパネルなし。観客の撮影タイムも

―これからご覧になるみなさまへ、華丸さんからメッセージをお願いします。

華丸 今日、朝から生放送やって来たんです。ゲストは安藤サクラさんで『怪物』の紹介をしました(笑)。公開初日にこういうこともあるのはある意味「縁」だと。10年続く作品も僕は「怪物」だと思います。「怪物」対「魚卵」で(笑)頑張っていきたいと思います。(拍手)
(まとめ・写真 白石映子)

=取材を終えて=
前作から4年経っての第2弾です。テレビドラマからだと10年、大きくなった子どもたちは交代しましたが「ふくのや」のみんなが変わらずにいてくれたと、ほっとします。大将は相変わらずお人よしののぼせもんで、おかみさんはそんな夫をしっかり支えています。
舞台挨拶も映画の雰囲気そのままに、和気あいあいとしています。ほんとはキャスト&会場の(笑)がもっとあるのですが(笑)だらけになってしまうので、省略しています。記者席でも笑い声が上がるので、録音にかぶって聞き取れなかったり。
華丸さんの「頑張っていきたいと思います」で綺麗にしめくくられたのですが、その後に実はこんな会話も。

華丸『怪物』を観に行ったんですけど、映画の宣伝で『リトルマーメイド』予告編が流れていたんです。
あれ、大吉さん出てない?
大吉 僕(笑)。
華丸 あれ!?(笑)

おあとがよろしいようで。

『光をみつける ヴァイオリニスト穴澤雄介からのメッセージ』舞台挨拶

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*プロフィール*
穴澤雄介[ヴァイオリン奏者/ヴィオラ奏者/作・編曲家/講演家]
 1975年千葉県生まれ。心臓と目に障害をもって生まれ、高校時代にほぼ視力を失う。筑波大学附属盲学校高等部本科音楽科、同専攻科音楽家卒業。コロナ以前は年間150本以上のライブ活動のほか、学校関係を中心に年30回以上の講演活動を行う。2020東京・2022北京オリンピック・パラリンピック時のNHKユニバーサル放送TV特番にコメンテータとして出演するなど、ダイバーシティ(多様性)・SDGs時代の要請にも応える。

永田陽介[監督・編集 日本映画TVプロデューサー協会会員]
1961年生まれ。撮影スタジオの世田谷109スタジオ、西武百貨店を経てビデオソフト黎明期のビデオ企画制作販売までを手掛ける会社に入り、海外映画など数百の商品を手掛ける。
1991年、作家・映画監督 村上龍氏の映画『TOPAZ-TOKYO DECADENCE-』の制作プロデューサーを担当、海外での映画賞やセールスに成功する。俳優・映画監督の勝新太郎氏の依頼で編集した、勝新太郎の最期の舞台『夫婦善哉~東男京女』はリマスター版が日本映画チャンネルで放送公開された。

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(C)2022 FUJIYAMACOM

作品紹介はこちら
公式HP https://anazawa-cinema.com/

6月7日(土)恵比寿の東京都写真美術館ホールにて、このドキュメンタリーの主人公穴澤雄介さん、出演&ナレーションの元小結・相撲解説者の舞の海秀平さん、永田陽介監督の舞台挨拶がありました。司会は構成も担った桂いちほさん。ほぼ書き起こしでお届けします。
上映会場は6月15日(木)から30日(金)田端の「シネマ・チュプキ・タバタ」に代わり、以後順次全国公開の予定です。
穴澤雄介さん、永田陽介監督のご挨拶の後、ナレーションをつとめた舞の海秀平さんが拍手の中登場しました。


 舞の海さん、ひとことどうぞ。
舞の海 みなさん こんにちは~(拍手)
 当初、舞の海さんには、ナレーションだけをお願いする予定だったのが、穴澤さんが駄々をこねたんですよね?
穴澤 ナレーションをお引き受けしていただいたのはすごく嬉しかったんですけど、ナレーションだけ担当されると、私はお会いできない!(会場笑)
「やだやだ~!会えないとやだ~!」と駄々をこねたんです。監督に「対談の時間を設けませんか?」と提案をさせていただきまして(笑)。
 監督、お二人の対談は、初対面の方がいいという判断だったそうですね?
監督 はい。穴澤さんと舞の海さんは初対面でした。ご本人と会うのはぶっつけ本番がいいんじゃないかと、お寺の和室をお借りして撮影しました。
 みなさん映画をご覧になったからわかると思うんですけど、穴澤さんの喜びようがね。まるで、子どもが憧れの人に会うみたいな感じでした。
舞の海さん、会う前は穴澤さんのことはご存じなかった?
舞の海 そうですね。全くなかったです。
 最初、どんな印象でしたか?
舞の海 最初はですね。やけに明るい人だなぁと思いました。(穴澤さん爆笑)
お洒落ですし、この人はなぜこんなに物事を前向きに考えられるんだろうと。私とそこは正反対でしたね。
 正反対?
舞の海 私は常に後ろ向きで(笑)。
穴澤 相撲は後ろ向きだと負けちゃう(笑)。
 最初は30分くらいの予定だったそうですね?
穴澤 30分って言われました。
 ところが実際は2時間くらい喋っていた(笑)。もう、だからね、監督が編集するの大変でしたよ。

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永田陽介監督

監督 皆さんドキュメンタリー映画をたくさん観ていると思いますけど、予測不可能なこととかね、いろんな事件が起こったりする。あの対談もぶっつけ本番でしたから、どんな話になるのかわからない、そこをとらえています。こちらは非常にスリリングでしたし、何回観ても面白い会話ですよね。
舞の海 そうですか?
監督 はい。
舞の海 私も、どういう展開になっていくのかわからなかったんですけど、お話ししているうちに「あれっ、ここ感覚が一緒だな」とか、共通するところがたくさん出て来て、あっと言うまでしたね。
穴澤 そうですね。
 舞の海さんがすごく聞き上手なうえに、質問上手なんですよね。
舞の海 いやいや、そんなことないです。
 うまいこと起承転結があるように話を運んでいただいたので、使いどころが明確でした。

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舞の海秀平さん

 穴澤さんとの対談が終わられた後、印象は変わりましたか?
舞の海 うーん、「この人ってほんとは、目が見えるんじゃないか」って(会場笑)。
なんかすごく、こう・・・昔から知り合いだったような感覚になりましたね。それと、知られているだけじゃなく、心の中まで見られているような。そういう、普通の人にはない鋭い感覚の持ち主なんだなと思いました。
 と言われて、穴澤さん的にはどうですか?
穴澤 いや、鋭くないですよ(笑)。でも嬉しいですよ、親近感持っていただけるのは。これはもう「”対談映画”でいいんじゃないかな」っていうくらい対談していただいたので。
 そりゃ、お客さんが困る(笑)。穴澤さんの大好きな大相撲の話が多かったですよね。
穴澤 極力、控えていたんですよ。ええ。
 ほんとに穴澤さん相撲が好きで。先日穴澤さんのライブが7時くらいからあったんです。リハーサル終わって控室に私もいたんですけど、ちょうど結びの一番くらいで、真剣にスマホを聞いているんです。
穴澤 みなさん私の楽屋に訪ねてこられると、「すみませ~ん。本番前の集中力高めている時間なのに」って言われるんですけど・・・相撲が流れているんです(笑)。
緊張感なくてすみません。さっきはソフトバンク(野球)の試合を聞いてました(笑)。

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桂いちほさん、穴澤さん

舞の海  相撲を聞きながら、頭の中でどういう映像が出てくるんですか?
穴澤 合っているかどうかわかりませんけれども、アナウンサーさんの実況を聞きながら、こんな感じに組んでいるのかなって、"想像"します。
舞の海 はあ。
穴澤 私の場合ラジオが多いんですけど、取組み終わってから、改めてアナウンサーさんが説明してくださいますよね。あれがやっぱりすごく頭に残ります。
舞の海 ああ、そうですね。細かい描写がありますね。
穴澤 あれ、すごいなと思って。やっぱりVTRを見ながら喋っているんですか?
舞の海 あれはですね、見てないんですよ。スローが流れるのを待っていると、時間がかかるので、終わった次の瞬間からアナウンサーは喋り出します。
穴澤 じゃあ記憶で全部喋るんですね。
舞の海 そうです、そうです。
穴澤 すごい!
舞の海 若手のアナウンサーは、結構ざっくり。そういう説明をせずに(笑)、大雑把ですね。
穴澤 ちょっと違うんだけどなって、正直思ったりします?
舞の海 思いますね。ラジオなのになぁって(笑)。若い人ですからこれから経験を積んでいくんでしょうねえ。ベテランはすごいですね。
 舞の海さんは、「ラジオを聞いている人にわかるように」と気をつけている事はありますか?
舞の海 特に穴澤さんとお会いしてからは、「こういう風に説明したら想像できるのかな」とか。難しいときもありますけどね。
土俵際でもつれたりしたときに、もう自分のこの乏しい語彙だと説明できない、ってこともあります。
 大体もう一瞬で決まってしまうことの方が多いから、その中で説明や解説するというのはねえ。
穴澤 もともと舞の海さんの解説はわかりやすい。私、本にも書かせていただいたんですけど、舞の海さんは、仕切り線の間が70cmとか、土俵の直径は4m55cmとか、数字を出してくださるんです。これは視覚障碍者的にも、ラジオ的にもすごくありがたいことです。
舞の海 ほう。
穴澤 見えている方でも、そういうのをご存じないですよね、たぶん。
すごく想像もできますし、あれはちょくちょく入れていただいた方が(笑)。
舞の海 わかりました。今日来てよかったです。解説も行き詰っていて・・・(会場笑)。
穴澤 ほかの解説者の方はあんまりおっしゃらないから、舞の海さんの特権じゃないですけど、もう出るたびに言ったほうが(笑)。だって、その日初めてラジオ聞く人もいるわけですから、毎回おっしゃるくらいでもいいかもしれない。

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 ちょっと映画の話に戻して(笑)。
穴澤 あ、すみません!
 舞の海さん、今回ナレーションをやってみた感想などを。
舞の海 もっとたくさん喋るのかなと思ったら、意外と少なかった。ちょっと物足りないかなと思ったんですけど、でも私が主役じゃないので。少し、何かこう味付けになって、お役に立ったならよかった。
監督が鋭くてですね。ちょっと速かったり、言葉がちょっと強かったりすると・・・私は大雑把なのでこれでいいかなと思ってると「もう一回」って(笑)。さっきと今と同じなんじゃないかなと思ってもやっぱり違うんでしょうね(笑)。
監督 何年もやってると(笑)。
舞の海  逃しませんね。
 今日映画をご覧になった皆さんは、舞の海さんのナレーションがすごく聞きやすい、耳にすーっと入ってくるお声だったんじゃないかと。(拍手)
舞の海 ありがとうございます。
 最初は、硬い感じがするんですけど、対談を終えた辺りから声が柔らかい感じに聞こえるんですよね。穴澤さんとの関係が深まった感じに聞こえて、すごく素敵だなぁと思いました。
穴澤 舞の海さん、もともと声がいい。
監督 そうなんですよ。
舞の海 嫌ですけどね、自分の声が。
 たぶん歌もうまいんですよね。
穴澤 と、思います!
舞の海 いやあ~。
 CDとか出されてませんでしたか?
舞の海 いや、まだ。
監督 まだ?(会場笑)期待したい。
穴澤 お手伝いさせていただきます。(拍手)

 ということで穴澤さん、もうそろそろ時間なんですけど。
穴澤 え!もうそんなに時間経っちゃってるんですか!
監督 今日、ヴァイオリンを持たされているということは、演奏をしていただける?
穴澤 あ、まだ準備ができていないんで、もうちょっと舞の海さんにお話しいただいて。
 映画の中に出てきましたけど、耳の聞こえない方が穴澤さんの演奏を(見て)「素晴らしい演奏だ」と言う場面があるんですが、音だけじゃなく演奏している姿が、すごく伝えようとしているエネルギーみたいなのか見えるのかなと思ったんです。
舞の海 私も知ってしまったからか、四角四面に弾いているのではなく、じわ~っとしみ込むような感覚になりますね。
 監督、穴澤さんの色んな曲を場面、場面で使われていますけど?
監督 そうですね・・・
(穴澤さんスタンバイ)あ、もういい?
穴澤 すみません、準備できちゃいました(笑)。
(会場拍手)
穴澤 ありがとうございます。じゃあスポーツ好きの話が出たので、スポーツにちなんだ自作の曲を。映画にも登場しています。2020年の東京オリンピック、パラリンピック(NHK放送)、ユニバーサル特番のときに長く出演させていただいているんですけど、その出演日の最後に「穴澤さん、パラアスリートの皆さんにエールをこめて」と言われて弾いた「伴(とも)に走る」。これは、ブラインドランナーとガイドランナーが一緒に伴走する、その絆を書いた曲です。

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♪「伴(とも)に走る」
(演奏終了後)
 やっぱり生演奏はいいですね。
ではフォトセッションです。映画のためにぜひ宣伝していただいて。
(声かけに応じて会場の皆さんに笑顔を向けるゲスト)

 では最後に、皆さんから一言ずつ。
監督 たくさんおいでいただいてありがとうございました。天気がよくて良かったです。引き続きよろしくお願いします。(拍手)
舞の海 今日はみなさん、ありがとうございました。穴澤さんの考え方で、好きな言葉がありまして「置かれた環境の中でベストを尽くす」という。現役終わって、その気持ちがなくなっておりました。もう一度、穴澤さんの言葉を大切にしながら、私もこれから、死ぬまで暇つぶし(会場笑)をしながら歩いてまいりたいと思います。ありがとうございました。(拍手)
監督 ぜひCDを出してください。(拍手)
穴澤 本日はみなさんありがとうございました。こちら「東京都写真美術館ホール」は11日(日)までの上映で、15日(木)から30日(金)は田端の「シネマ・チュプキ・タバタ」。
7月4日から大阪での上映も決まっております。関西方面にお友達のいらっしゃる方はぜひお伝えいただけたら嬉しいです。私も大阪のほうへ舞台挨拶に行けるかと思います。引き続きよろしくお願いいたします。ありがとうございました。(拍手)

(写真・まとめ:白石映子)

『こころの通訳者たち What a Wonderful World』プロデューサー  CINEMA Chupki TABATA代表  平塚千穂子さんインタビュー

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『こころの通訳者たち』再上映中!
5/1(月)~7(日) 19:10〜20:54/5/8(月)〜16(火)19:30~21:14 
*3日(水・祝)上映あり、10日(水)休映
ゲストトークあり

*プロフィール* 平塚千穂子(ひらつか ちほこ)
1972年9月29日生まれ。
早稲田大学教育学部教育学科卒。飲食店や映画館「早稲田松竹」勤務。
2001年 バリアフリー映画観賞推進団体“City Lights”を設立。
以後、視覚障害者の映画鑑賞環境づくりに従事。
2003年 第37回「NHK障害福祉賞 優秀賞」受賞。
2016年 日本初のユニバーサルシアターCINEMA Chupki TABATAを設立。
第24回「ヘレンケラー・サリバン賞」
2017年「日本映画ペンクラブ賞 特別奨励賞」
平成30年度「バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰 内閣府特命担当大臣表彰優良賞」
2019年 読書工房より「夢のユニバーサルシアター」出版。
2022年 山路ふみ子映画賞にて第36回 福祉賞受賞。
2022年 『こころの通訳者たち What a Wonderful World』(山田礼於監督)プロデューサー・出演。
2023年 文化庁 芸術選奨 芸術振興部門 新人賞受賞
2023年 日本映画復興賞 日本映画復興奨励賞 受賞

★『こころの通訳者たち What a Wonderful World』山田礼於監督インタビュー(2022/9/17取材)はこちら
★4月末発行の「シネマジャーナル106号」に山田礼於監督と平塚千穂子代表のインタビュー(2023/3/6取材)記事を掲載しています。

―平塚さんはCINEMA Chupki TABATA代表ですね。スタッフさんは何人いらっしゃるんですか?

はい、代表と支配人を兼ねています。チュプキのスタッフは社員3人、アルバイト3人です。うち男性は社員の2人です。今まで社員は2人だったんですけど、つい最近新人が増えました。
この本「夢のユニバーサルシアター」〈2019/平塚千穂子著/読書工房/2200円〉に載っている和田支配人は、いまは島根の益田市で頑張っています。2008年に閉館した映画館を復活させて2022年に「Shimane Cinema ONOZAWA」として夫婦で始めたんです。

―そちらはユニバーサルシアターなんですか?

”ユニバーサル”とは「全てのお客様を対象に」という意味で、そう呼んでいます。どんな方でも安心して映画をお楽しみいただけるよう、設備とツールを用意しているユニバーサルシアターです。もちろん一般の方にもご鑑賞いただけるシアターです。

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入口のチョーク絵

―平塚さんは『こころの通訳者たち What a Wonderful World』のプロデューサー&出演で、この映画ができてから、舞台挨拶のために全国に行かれているんですよね。

そうなんです(笑)。この配給業も業務に追加されてきているので、スタッフを一人補充したんです。

―作った人が来ると来ないではお客様の反応が違いますね。作ったほうも反応がわかって嬉しいですし。

そうですね。やっぱりお客様と直に交流ができるのは。これまで届けるというのをずっとやってきたので、よそでかかったら、一日くらいはご挨拶に行きたいなぁと思って極力回っています。ま、半分旅を楽しんでる感じです。

―私たちもそうです。映画祭に行けるとなると「わーい!」って、美味しいもの調べたりして(笑)。一番最近はどこへ?

つい昨日(取材は3月6日)上田映劇へ行きました。(http://www.uedaeigeki.com/

―お客様とのトークがあったんですか?

ええ、やりました。とっても良かったです。「舞台手話通訳者になりたい」という若い女の子がいて、ちょうどこの春から”国立障害者リハビリテーションセンター”で、手話の勉強をするそうです。そういう方とも出会えましたし、結構長めのトーク時間をとってくださっていて、『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』という作品を同時上映していたので、その三好大輔監督が進行に入ってくださいました。質問が監督目線で「どんな風に作っていったのか」という、ほかの舞台挨拶ではあまりしていないような話ができて面白かったです。

―それはどこかに書き起こしとか残っていないんでしょうか?

書き起こしまでは(笑)。それがうっかり録音も忘れちゃって・・・いつも記録係が同行するんですけど、この日は来れなかったので。

―それは惜しかった!スマホで録っておけばよかったですねえ。
その女の子のように、映画で将来の夢や進路ができる人もいるんですね。平塚さんも映画で人生が変わりましたよね。


人生変わりましたね。ほんとにチャップリンの『街の灯』がなければ、今こうしていないと思いますね。

―その映画が「見えない方に映画を観てもらう」というところにつながるわけですね。原題の『City Lights』が2001年にできたボランティア団体「City Lights(シティ・ライツ)」や、チュプキ(アイヌ語で光)の名前にもなって。

そうです。それがきっかけでした。

―生涯ベストの映画にもなりますか?

ええと~、自分にとってのベストの映画は『バグダッド・カフェ』(1987)です。なかなか一本には絞れないけれど、これは学生時代に自分とも重ねたりして、すごく印象に残って特別ですね。

―好きな方が多い作品ですね。いちばん古い映画体験はなんですか?

うちは、あまり家族が映画を観に行くとかなくて。恥ずかしい話、父が競馬好きで(笑)。馬が好きだったので『優駿』(1988)に連れて行ってもらったのが、たぶん家族で行った初めての映画。
あと、小さいころは『ユニコ』(1981、1983)とか、サンリオ映画を観に行っていました。サンリオが映画に力を入れていた時代だったんです。一番、心に残っているのは『シリウスの伝説』(1981)『くるみ割り人形』(1979)は人形を使ったものでした。

―この本を読んで平塚さんは「想いがいっぱいあって、それがとても強くて行動に移せる人」と思ったんです。想うだけじゃなく、ちゃんと動くところがすごい。初めてのことって怖くないですか?

せっかちなんだと思います(笑)。早く形にしたくなっちゃうんでしょうね。誰かの後をついていくのは型ができちゃっていて、そのとおりに行くっていうのは面白くないなぁと。それよりは、開拓する方が大変そうにみえるけど、本人は楽しいんですよ。やっぱり失敗もするけど、自分で経験して身につけたことじゃないと信じられない。

―ああ、わかります。役所勤めはダメなほうですね(笑)。

ダメです(笑)。組織は全然ダメ。集団行動とか、学校という場所がなんかもうなじめなかったですね。
きのう(取材は3月6日)上田映劇に行ったら、”こどもシネマクラブ”っていう、フリースクールみたいなこどもの居場所づくりを、映画館がやっているんですよ。山田礼於監督と素敵ですね、って話をしてて。「私、幼稚園のときから登園拒否をしてました」って言ったら「あ、一緒だ!」(笑)。山田監督も「幼稚園は3日間行ってイヤになって行ってないんだよ」って。「あ、私も3日間です!」(笑)

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幼稚園は3日間だけのお二人

―クリエイティブな仕事をしている人に、多い気がします。そういう人が世の中進めているんです、きっと(笑)。「面白い」っていうのが大事ですね。これは、作品選びにもつながっていますか?

作品もそうですね。やっぱりこう、初めて見るような手法だったりすると面白いですし、こんな感情を引き出されるんだみたいに、揺さぶられるとね。最近はわかりやすい映画が増えちゃってて、なんだろ、先が見えちゃうとつまんないですもんね。

―うーん、私もそれ思うんですけど、たくさん数見ていると先が読みやすくなるんですよね。でも世の中そういう人ばっかりじゃなくて、年に数本見たり見なかったりの人は「今のは何だったんだろ?どうなってるの?」となるかもしれない。

ああ、そうですね。映画ファンが面白いと思う映画が、必ずしもお客様が入るわけじゃなくて。

―そこが難しいですよね。商売だと。

ええ、ええ、そうです。ほんとに。今ドキュメンタリーがよく入るんですけど、ナレーションですごくわかりやすく作ってあるドキュメンタリーはやっぱり一番入ります。人それぞれですけど。

―こういう特色ある映画館は、閉館した岩波ホールや飯田橋ギンレイホールもそうでしたけど、その映画館のチョイスが好きで、と通われる方いますでしょう。

岩波のファンクラブみたいなのを自主的に作っていた方々が、閉館しちゃったので「チュプキにシフトしました」って来られました。(笑)お客様に入っていただかないと、劇場も寂しくなっちゃいますし、(選定の)バランスを取りながらやっています。

―チョイスは難しいですね。でもチュプキのラインナップ好きです。
平塚さんは試写に行かれるんですか?


いや、全然行けてなくて。最近全然観れなくなっちゃってるんです。時間足りないんですよ。それもあって社員一人増やしたんですけど。経営者だから社員には週休2日はとらせないと。
音声ガイドと字幕の製作もやっているので、ほとんど行けません。試写の視聴リンクもいただいて、そっちのほうが観やすいですけど、2時間がなかなか取れません。周りの・・・チュプキの前に作った団体”シティ・ライツ”が、映画好きな人がボランティアで関わっているんです。そういう人たちなので、こっちが聞かなくても「これ、良かったよ!」と教えてくれるし、お客様からのリクエストもあるし。
あと、スタッフたちがグループウェアで「番組編成相談室」っていうのを作って、そこにいろいろ投稿したのを参考にしながら。ファーストランでかかっている劇場さんの入りや評判、似たような編成をやっているほかのミニシアターさんが、どれを選んでいるかな、と参考にしながらですね。

―劇場は1階、事務所が2階。賃貸料の支払いがある。

はい、賃貸料と人件費ですね。それは絶対に払わなくちゃいけない。吹っ飛んでしまいます(笑)。

―私たちもなんとか次の本誌が出せればと。好きで集まって、ウェブ記事に変わっても(本誌は年に1回)今まで残っています(笑)。

ほんとに好きなことがやれるっていうのが何より。楽しくてやりがいがあれば。

―そうですよね。やりたくないことを我慢して続けられない。

いやぁ、そのほうが時間がもったいないです。だから全然悔いのない生き方をしてるんで、いつ死んでもいい感じ(笑)。

―いや、まだ死んだらダメです!(爆)私くらいになったら明日目がさめないかもしれないけど、そんなお年で、まだダメ。(笑)悔いがないって言える生き方をしているって、何より幸せなことですね。

そうですねぇ、ほんとに。

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壁にはゲストのサインがいっぱい!

―「ああすればよかったな~」とか、「失敗したな~」とか、たとえあっても苦にしないんですね。

あんまりくよくよしないですね。引きずらないです。ケロッと忘れちゃうタイプです。(笑)
だから繊細な人たちの気持ちに、なかなか同じレベルで共感してあげられないから、そういう人は「わかってくれない」と思ってるかもしれないけど。

―そういう人はそういう人で、ちゃんとわかってくれる人いますよ、きっと。振り返ると、私も好きなことだけして生きてこれました。

自分で喜びとか、楽しみとか見つける習慣があればいいですよね。人に求められているかとか、役立てているかとか、周りの評価ばかり気にしちゃうようなんじゃなくてね。
ユニバーサル上映の意義とか、価値とかという話も積極的にするようにしています。「映画を文化として大事にしていこうという同じ土俵上にユニバーサル上映があるんだよ」と。いつでも映画が楽しめるようにどんどん便利になったら配信で観ればいいや、ってなるかもしれないけれど。
見えない人聞こえない人は、欠けた感覚を担うかのように使える感覚ですごいよく観てらっしゃるんですよ、映画を。そういうことから学ぶことが多くて、作品に向かう姿勢を見ていると、もっと大事にしなきゃ、と思わされます。そういう人たちと「一緒に観ている空間」「場」から、ちゃんと作品を観ている空気が生まれているんです。
福祉の問題じゃなくて、「文化を一緒に守っていく」っていうところに、今の時代必要な人たちだからもっとユニバーサル上映が広まって、いろんな人と大切に映画を観るという意識を持っていければいいな、という話をよくしています。

―ここは誰でも一緒に映画が観られる、だから20席よりあともう少し多いといいなと思うんです。せっかくゲストさんが来てもすぐいっぱいになっちゃうし。

そうなんです。もうちょっと、50席くらいあるといいんですけどね。
遠くは青森から、奈良から来てくださる常連さんも、いらっしゃいます。ここだけに来るというよりは、東京に来たついでに寄ってくださる方とか。田端は都民にもあまり知られてないというか、降りたことがなかったという場所なので。

―「シネマ・チュプキ・タバタ」でずいぶん名前を広めたと思いますよ。

ここに映画を観に来たついでに田端散策も(と壁の絵地図)。この映画館と周りのお店も連携したスタンプカードを作っているんです。6ポイントためると、たとえばその向いのソフトクリームが50円引きになりますとか、お花屋さんでは10%割引になりますとか。そういうコラボレーション、あとOGUMAGというギャラリーさんも映画と連携しています。こないだは『手でふれてみる世界』(2022/岡野晃子監督)っていう”ヴァンジ彫刻庭園美術館”(静岡県長泉町)の副館長さんが作られたドキュメンタリー映画があって、それ見ると触ってみたくなるんですよ。触って鑑賞できる作品をいくつか展示していただいて、映画を観たあとギャラリーへ、というの。

―それはいいですね。「触れてはいけません」ばかりで触ってみることってできないです。

見えない人は「触察」(何かを獲得・理解するために「触れる」こと)のプロなので。
ワークショップなんかもやっていただいて。

―身近に障害のある人がいないとほんとにわからない。

出会う機会もなかなかないし、やっぱりここがそういうきっかけを作れたらいいなぁと思ってて。出会って、知り合ってみないと、はなしかけるのもおずおずしちゃったりするじゃないですか。ここは映画を一緒に観てたあとだと、なんか。

―近くなる?

そうなんです。ほんとに意気投合して、「駅までですか?」「じゃ、ご一緒に」なんて帰るお客様もいらっしゃいます。

―結ぶお手伝いをしたみたいで。

そういうのが自然と生まれる。ただ、しかけを作ってるだけで、自然に生まれるんです。

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天井の葉っぱにはクラファン協力者のお名前が

―今、さかんに「居場所」と言われています。こういう居場所が、増えていくと嬉しいです。贅沢言えばここにカフェがあれば。

そうなんです!それ、カフェを作りたいんです!

―本屋さんで本を買ったら、それ持ってカフェで読みたいと思うし、映画観た後は語りあいたいですから。
希望はなるべく声に出したり、知らせておくといいです。どこでつながるかわからない。ここにも書いておこう(笑)。

書いといてください!(笑)

―誰かに届くかもしれないですから。

それはほんとにそうですね。ここの映画館も「音のいい映画館を作りたい」と言ってたら、音響監督と結びついたわけですし。人が人を連れて来てくれるんです。
 
―音声ガイド・字幕はこれまで何本くらい作られたんですか?

400本くらい作りました。数年経って、以前の音声ガイドをきいてみると「何をやっているんだ!」と、過去の自分にツッコミを入れたくなります。『ニュー・シネマ・パラダイス』『ローマの休日』など長く何度も上映される作品は、何度か作り直しました。でも、それは成長している証とも言えますよね?

―映画館経営と音声ガイド・字幕作り、二つの仕事の割合は?上映は毎日(水曜定休・特別上映があることも)ですが、字幕づくりは何曜日とか決まっているんですか?

今は月ごとに作品を変えていますけど、よほど人気の作品でないとひと月持たなくて2週交代くらいになっています。切り替わる直前は台本が出来上がって収録して仕上げるので、ぎゅっと忙しくなります。月でいうと、2週目と4週目は製作にとられて、上映作品が切り替わった直後は宣伝活動にとられる感じです。

―隙間なく働かれて、忙しいですねえ。

製作は長年シティ・ライツでやってきているので、手伝ってくれる人たち(劇場のスタッフ以外)のコーディネーター、誰が何を作るかというのをを私がやっています。届いたものを仕上げていく作業は私。映画館の社員は映画館の運営だけにほぼ集中しています。一人、製作にも興味のある子がいて、最近編成を決めた作品の音声ガイドを「自分が作りますから」とやってくれたんです。こないだ原一男監督の『水俣曼荼羅』(2020)、6時間を超える作品をやりたい!って本人が言って・・・「それはボランティアにお願いできる尺(長さ)じゃないから無理だよ」って言ったんですが、「僕がやります!」「じゃやってもいいよ」って(笑)。

―6時間って3本分だから1日1回上映ですか?

年末にオールナイトと、丸々一日2回転でやりました。
この前DVDBOXが出たときも、記念上映でもう一回オールナイトで。もう満席でした。

―それはみなさん待っていたんですね。まさかできると思わなかったんじゃないかな。

そうですねぇ。しかも鑑賞された中に、聴覚障害のお客様がいらっしゃったんです。原一男監督、必ず舞台挨拶つけてくださるんですけど、6時間以上映画観たあと、2時間くらいお話しになって、それに手話通訳つけたり、文字起こしつけたりしなくちゃいけないので、大変でした。

―その舞台挨拶2時間分は観られないんですか?

ああ、そのとき来場したお客様の特典ですね。それは。

―チュプキの何周年記念・これまでの名トークとかで(笑)。

録音だけはあるかな。リアルタイム文字起こしは大変でしたよ。聴覚障害のお客様がいらしたときにはつけなきゃならないので。手話通訳の方もオールナイトのあと、明け方に2時間手話通訳。無茶ぶりができる人しか頼めません。

―監督も前もって2時間喋りますとか、おっしゃいませんよね。始まったら勢いで終わらなかったんでしょうか。きっと原監督よほど嬉しかったんでしょう。

ここね、すごく距離が近いし、こじんまりしているので、すごく話しやすいんだと思います。よくみなさんおっしゃいますけど、ほかの大きな劇場に行くと、一方的に話して終わっちゃう舞台挨拶が多いけど、ここはキャッチボールでくる。だからついお話続いちゃった。

―ここは全員の顔が見えますね。監督さんがまめに来てくださいますし、こんなにゲストがしょっちゅういるミニシアターもないかも。

都内だから来やすい、というのもあると思うんですけど。私はこんなにちっちゃい映画館だし、公開も始まってだいぶ経ってからの興行だし、って最初はお呼びするのにひけめを感じて、積極的にはお願いしていなかったんですよ。だけど、コロナがあって劇場の役目って何だろう?って考えたときに、「お客様と製作者を結ぶ場」かなって。それから積極的にどんどんお願いしちゃう。
コロナでなかなか対面もできなかったり、届けられないもどかしさっていうのもあったと思うので。リモートでもやりましょう、と結構やってくださるようになって。

―コロナも大変でしたけど、考える時間もできたし、まあいいこともあったと。

ほんとに立ち止まって考えた人多かったんじゃないかな。「ほんとは自分、何をやりたかったんだろう」みたいなことに向き合って。「映画館作りたかったんだ、そういえば!」っていう人が結構来ましたよ。で、「このサイズでどうやっているんですか?」とか自分もやれるんじゃないか、とかお話しに来る人が増えました。

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チラシや手作りグッズも並んでいます

―それは種まいてどこかで小さい花が咲くみたい。楽しみなことですね。

そう。コロナのときにみんな閉館しなくちゃならなかった、つぶれそうになったときに「ミニシアター・エイド」がすごく助けたじゃないですか。あのうねりもすごかった。

―3億も集まってびっくりしましたが、みんなに分けると少ないでしょう?

それでも助かりましたよー、すごく。家賃の高い繁華街の映画館さんとか、新宿や渋谷のような街に行きたがらなくなったりで大変だったと思います。地方は地方でいまだに大変です。車で行こうとなるとショッピングモールに入っているシネコンに行きがちですし、おうちにホームシアター環境を作っちゃうと、おうちで映画がいいかとなっちゃいます。

―人が動かなくなったから、飲食店もずいぶん閉店したりで町が変わっちゃいましたね。そしてスマホで配信を観るようになると、背景など作りこまなくなって映画も変わっていくのかな、寂しいなと思います。それでも映画館で観たい人も、映画をつくりたい人、監督になりたい人いますから。
平塚さんは「目標を持たない」「リーダーシップを持たない」って本にありましたけど(笑)これからは?


そうなんですよ(笑)。だから「風のように」(笑)。
カフェは作りたいですね。若い子たちは「映画で人生を学べる」作品にであってないんじゃないかと思うので、そういう機会が作れたらいいし、上田映劇さんがやっている「子どもシネマクラブ」みたいな、家でも学校でもないところ、居場所をを作りたい。『こころの通訳者たち』の出演者のみなさんは魅力的で、こういう大人たちに早いうちに出会って、話ができたりしたら変わるんだろうなとかいろいろ思うんです。
出会わせたい人がいっぱいいるんです。ワークショップみたいなのも丁寧にやれたらいいですね。

―ユニバーサルシアターは、ほかに増えてはいないんでしょうか?

作品ごとに対応するシアターは増えてきていると思います。映連に加盟している配給には義務化されますので。ただチュプキのように全作品に対して音声ガイドと字幕を作って、どの回でもやっているところはないです。

―ここで作った音声ガイドをほかへ貸し出すというのは?

やりますやります。ユニバーサルシアターをやりたいという人は結構いらっしゃいます。やりたい人たちがそれぞれ作ってみんなでシェアするというのができれば、だいぶ楽になるんじゃないかと思います。

―youtubeでウェブラジオもされていますね。聞きました。

あ、”きら星radio”です。あれも二人がやりたいと言って。一人は音声ガイド制作のお手伝いを主にしてくれている、プロのナレーターになりたい子なんです。それで、製作でもナレーターをやってもらっています。もう一人は、劇場スタッフでここの受付にいますよ。元々クラファンの途中経過をお知らせするのに始めたんですけど、作品紹介をかねて続けることになりました。何曜日と決めると苦しくなるので、編成が決まったら発信することにしています。

―発信する手段は多いほうがいいですよね。いろんな方法で受け取れるように。平塚さんもやりたいことをやりつつ、無理のないようにお体大事にしてください。今日はありがとうございました。 
(取材・写真:白石映子)

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全席に音声ガイド用イヤホンジャック(左右の音量調節可)
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親子鑑賞室(完全防音なので泣いても大丈夫+映画の音量調節も可能+照明をつけたままでも可+)