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    <title>シネマジャーナル　インタビュー＆記者会見報告</title>
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    <description>シネジャのメンバーによる、映画監督・俳優インタビューや舞台挨拶・記者会見報告、映画人の追悼記事などをお届けします。</description>
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      <title>『わたしの聖なるインド』　専修大学文学部「映像ジャーナリズム論」ノウシーン・ハーン監督特別講義</title>
      <pubDate>Sun, 31 May 2026 12:57:49 +0900</pubDate>
            <description>【日時】4月23日(木)14:50～16:20【会場】専修大学生田キャンパス10号館10101教室専修大学文学部　ジャーナリズム学科　山田健太教授より、ノウシーン・ハーン監督紹介。（学生たちは、前週の講義の時間に『わたしの聖なるインド』を鑑賞し、感想を提出済）『わたしの聖なるインド』　　 原題：Land of My Dreams  監督･撮影･編集：ノウシーン・ハーン2019年12⽉、モディ政権はイスラム教徒を意図的に排除した市⺠権改正法(CAA）を制定。イスラム教徒の間で市..</description>
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【日時】4月23日(木)14:50～16:20
【会場】専修大学生田キャンパス10号館10101教室

専修大学文学部　ジャーナリズム学科　山田健太教授より、ノウシーン・ハーン監督紹介。
（学生たちは、前週の講義の時間に『わたしの聖なるインド』を鑑賞し、感想を提出済）


『わたしの聖なるインド』　　 原題：Land of My Dreams  
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監督･撮影･編集：ノウシーン・ハーン
2019年12⽉、モディ政権はイスラム教徒を意図的に排除した市⺠権改正法(CAA）を制定。イスラム教徒の間で市⺠権を剥奪される危機感が⾼まる中、反対運動の拠点だったジャミア・ミリア・イスラミア⼤学構内に警察が乱⼊。この暴⼒的な対応と差別的な法案への抗議として、デリー南部のシャヒーン・バーグで、⼤規模な座り込みが始まる。その中⼼にいたのはムスリムの⼥性たちだった…
<a href="https://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520810704.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a>


ノウシーン・ハーン監督　特別講義
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_060111706.NIGHT.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260423_060111706.NIGHT.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_060111706.NIGHT-thumbnail2.jpg" width="320" height="220"></a>
通訳：若井真木子さん（山形国際ドキュメンタリー映画祭・東京事務局）

ドキュメンタリーを作り始めて10年。いろいろ紆余曲折がありましたが、日本で公開されることになりました。

◆自分が何をしたいかを探る
ジャミア・ミリア・イスラミア大学でマスコミニケーションで修士号。その後、ムンバイで映画製作に携わりました。最初は編集の仕事。撮影が終わった映画のポストプロダクションをする会社でした。でも、自分は映画を作ることをしたいと思い、アシスタントカメラマンとして、まず映画のメーキングを作成しました。映画製作の中で、どういう仕事があるかを学べました。次にカメラマンの助手の仕事に就きました。しばらく撮影監督の助手をしていましたが、監督の意図したものに沿って撮影するだけとわかって、自分が面白いと思うものを撮りたいと思いました。
その後、テレビのプロデューサーや、ＣＭ制作などを経験して、何が自分に向いているのかを探りました。通常、カメラマンをずっとやって、助手から監督とキャリアアップするのですが、私は違いました。

◆カシミールに拠点を置き映画のテーマを模索する
北インドのカシミールは、紛争地域という一方、美しい山岳地帯の観光地なのですが、そこに拠点を置いて、インディペンデント監督として、映画を撮り始めました。
美しい風景の陰に隠された紛争に興味を持つようになりました。いかに住民、特に女性や子どもが苦しんでいるかを知りました。2018年にドキュメンタリーを撮り始めました。2019年に法律が改正されて、カシミールの既得権が剥奪されました。ネットなどが遮断されました。いろいろなドキュメンタリーを撮って、模索しました。2年ほどテレビや映画の企画を提案していきました。現地の人たちとの信頼関係を築きながら模索しました。ジャーナリストの精神がインディペンデントで映画を作ることの原動力でした。
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_061348757.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260423_061348757.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_061348757-thumbnail2.jpg" width="320" height="156"></a>

◆市民権改正法へのデリーでの抗議運動を撮る
2019年、市⺠権改正法(CAA）が問題化しました。デリーに行って、ジャミア・ミリア・イスラミア大学の抗議運動を取材しました。ものすごい暴力で、抗議運動が妨害されているのに、正しく報道されないことを目の当たりにしました。記録しなければと思いました。インドの大手メディアは政府の息がかかっていることが多いので、違う視点で報じなければと思いました。ニューデリー南部のイスラム教徒居住区のシャヒーン・バーグでの座り込み抗議運動は、女性が中心。発端は、大学の図書館に警官が侵入し学生に暴行を行ったことでした。学生は、インドの未来。そんな風に扱うことに耐えられないと、母親など女性たちが立ち上がりました。　
市民権改正法についても知ることになりました。
抗議運動の中心は、ムスリマ(イスラーム教徒の女性)でした。普段、外に出ない女性たちが、表に出て声をあげたことに驚きました。インド政府に不満を持つ人たちが、彼女たちに触発されてインド全土に抗議運動が広まりました。
座り込みしていた人たちの内、100人以上が暴力によって亡くなりました。コロナでロックダウンになり抗議活動は終わってしまいました。
暴力の風が吹き荒れたのは、ムスリムが標的だったのに、ムスリムが悪いという風に報道が捻じ曲げられました。
3年、編集にかかって、最初、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されて市民賞（観客賞）をいただきました。ようやく日本で公開されることになりました。


◎学生たちとのＱ＆Ａ
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_062843329.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260423_062843329.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_062843329-thumbnail2.jpg" width="242" height="320"></a>

―　映画を観るまで、インドで起きていることを全く知りませんでしたので驚きました。ドキュメンタリー映画を作って、インドへの思いは変わりましたか？
（女子学生から、英語での質問でした）

監督：大学の図書館に警察が突入して暴力をふるいました。大きな痛みと怒りを感じました。証拠を記録として集めました。暴力をした側が裁かれると思っていたのに、力でもって無きものにしようとしました。すべてを記録することで、抵抗することのアーカイブにしたいと思いました。人々の希望や連帯がコロナでロックダウンになって、圧倒的に違う世界になってしまいました。何が自分の生活だったかを思い出せないくらいでした。
ロックダウン前の抗議運動を記録しておいてよかったと思いました。映画を作りながら、諦めや絶望もありましたが、作ってよかったと思っています。人々に希望も与えられればと願っています。

―　多くのメディアが政府の息がかかっているとのこと。ムスリムを迫害している側について、多数のメディアはどう報道しているのでしょうか？

監督：テレビは影響力があって、皆が見ています。今、起きている政治状況が、彼らなりの目線でマイノリティの姿を見せていて、権力を守ることに必死です。マジョリティの人たちに、ムスリムやダリットなどマイノリティが悪い影響を与えているようにストーリーを作って流していくのです。裁判所も与党が牛耳って、その時の権力者に有利な状況です。

―　製作資金についてお伺いします。

監督：実際、すべて自分で資金を調達しました。私自身、ムスリマで、ムスリムのコミュニティの映画を撮るのに、誰かから資金を貰うと隙が出来てしまいます。あとから資金源について何か言われてしまいます。自分の物語として作りたかったので、資金を誰かから貰うことはしたくありませんでした。全編、編集も自分で行い、ナレーションもスタジオを借りて自分で行いました。時間をかけて作ったので、テーマと向き合っていろいろと考えることができました。

―　体制側でないメディアはあるのですか？

監督：テレビや新聞は広告収入で成り立っているので、与党の宣伝に使われています。反政府的発言をするジャーナリストが逮捕されています。いかに沈黙させるかに躍起になっています。政府に意見するＮＴＴＶというチャンネルがあって、唯一の希望だったのですが、去年、与党支援者が買収してしまい、政府批判が出来なくなって、YouTubeから発信しています。

―　映画の中で意見を発した人が暴力を受けている場面が映っていますが、撮っている時に警察などからの圧力はありませんでしたか？

監督:撮っている時、危険は常にありました。暴力を目の当たりにしましたが、撮っている時、警察の暴力は激しさを増すばかりでした。抗議活動は暴力にさらされながら続いていました。撮影している私にも危険がおよびそうになるので、なるべく目立たないようにしていました。編集している時に感じたのは、パラノイアです。
南アフリカで上映した時には、在南アフリカのインド大使館から妨害を受けました。

山田健太教授：　学生たちはシャイでなかなか質問が出ないのではないかと心配していました。事前に提出してもらっていた学生たちの質問の中に、最後の台所のシーンについて、何を表したかったのかという質問が結構あがっていました。

監督：とてもいい質問。気づいてくださって、ありがとうございます。最後のシーンは、時系列では、最後ではないのですが。
デリーの多くのムスリムが、コロナの時に殺される事件が起こりました。その中で、希望や連帯を感じさせるものを入れたかったのです。未来を予測しているのも、その一つです。
最後の台所の場面で、入れ物に水を注いでいくうちに水が噴き出すというのは、抑圧に我慢できなくなったという比喩です。これ以上無理と、人々が立ち上がったきっかけとなったのが、市民権改正法でした、

山田教授：ムスリマに焦点をあてていますが、インドの女性が抑圧されていることや、モディ政権批判をクリアに表していました。

監督：私自身、ムスリムで女性であることを映画に反映するつもりは、最初はありませんでした。あくまでジャーナリスティックな目線で作ろうと思っていました。編集しているうちに、自分の中に沸き上がった感情が反映されていないと思いました。少し前は、自己紹介する時に、ムスリムの女性とは、あえて言いませんでした。アイデンティティを見つめなおす機会になりました。座り込みしている女性たちから、教えられました。マイノリティとしてのアイデンティティは自信に繋がるものだと。ムスリム女性の私自身も主人公であると変わっていきました。
抗議活動が内包している様々なものは、私自身が一番考えていることです。

山田教授：監督から、学生に質問をしてください。それを今日の学生たちの宿題にします。

監督：皆さんが感じている「怒り」を描写してください。その源も含めて。
メディアで働くということは、自分の直感が重要。「怒り」という入口を通して、自分自身が見えてくるのではないかと思います。自分自身の好奇心にも気が付けるのではないでしょうか。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊

講義終了後、30分程して学生さんたちから回収した「宿題」をさっそく読む監督。時折、笑みもこぼれました。今は、スマホをかざすと手書きの日本語も寸時に英語に翻訳されるので、便利な世の中になったものです。

今回の来日中、個別インタビューの時間も設けられたのですが、出遅れて、私が申込みした時にはすでに枠がいっぱい。宣伝のリガードの西晶子さんから、この専修大学での特別講義の取材の案内をいただきました。実は、配給のきろくびとの中山和郎さんが、専修大学で講義の枠を持っていらっしゃって、その中での映画上映と監督の特別講義でした。このような機会を持てる学生さんたちを羨ましく思いました。
受講生は女性の割合が多かったとはいえ、質問はすべて女子学生からでした。頼もしいです。

講義の中で、カシミールに滞在していた時期があると語っていらしたので、『カシミールの秋』や『カシミール 冬の裏側』のアーミル・バシール監督のことを伺ったら、もちろん親交があるとのことでした。
取材：景山咲子


◆スタッフ日記
生田の森　登戸研究所、そして『わたしの聖なるインド』ノウシーン・ハーン監督特別講義　（咲）
https://cinemajournal.seesaa.net/article/520534448.html?1777203766

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/vuzjh5oj.png" target="_blank"><img border="0" alt="vuzjh5oj.png" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/vuzjh5oj-thumbnail2.png" width="239" height="320"></a>
2023年 山形国際ドキュンメンタリー映画祭市民賞受賞

<a></a>

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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />監督･撮影･編集：ノウシーン・ハーン<br />2019年12⽉、モディ政権はイスラム教徒を意図的に排除した市⺠権改正法(CAA）を制定。イスラム教徒の間で市⺠権を剥奪される危機感が⾼まる中、反対運動の拠点だったジャミア・ミリア・イスラミア⼤学構内に警察が乱⼊。この暴⼒的な対応と差別的な法案への抗議として、デリー南部のシャヒーン・バーグで、⼤規模な座り込みが始まる。その中⼼にいたのはムスリムの⼥性たちだった…<br /><a href="https://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520810704.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a><br /><br /></blockquote><br /><strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#ff0099;">ノウシーン・ハーン監督　特別講義</span></span></strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_060111706.NIGHT.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260423_060111706.NIGHT.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_060111706.NIGHT-thumbnail2.jpg" width="320" height="220" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260423_060111706.NIGHT-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />通訳：若井真木子さん（山形国際ドキュメンタリー映画祭・東京事務局）<br /><br />ドキュメンタリーを作り始めて10年。いろいろ紆余曲折がありましたが、日本で公開されることになりました。<br /><br /><strong><span style="color:#990099;">◆自分が何をしたいかを探る</span></strong><br />ジャミア・ミリア・イスラミア大学でマスコミニケーションで修士号。その後、ムンバイで映画製作に携わりました。最初は編集の仕事。撮影が終わった映画のポストプロダクションをする会社でした。でも、自分は映画を作ることをしたいと思い、アシスタントカメラマンとして、まず映画のメーキングを作成しました。映画製作の中で、どういう仕事があるかを学べました。次にカメラマンの助手の仕事に就きました。しばらく撮影監督の助手をしていましたが、監督の意図したものに沿って撮影するだけとわかって、自分が面白いと思うものを撮りたいと思いました。<br />その後、テレビのプロデューサーや、ＣＭ制作などを経験して、何が自分に向いているのかを探りました。通常、カメラマンをずっとやって、助手から監督とキャリアアップするのですが、私は違いました。<br /><br /><strong><span style="color:#990099;">◆カシミールに拠点を置き映画のテーマを模索する</span></strong><br />北インドのカシミールは、紛争地域という一方、美しい山岳地帯の観光地なのですが、そこに拠点を置いて、インディペンデント監督として、映画を撮り始めました。<br />美しい風景の陰に隠された紛争に興味を持つようになりました。いかに住民、特に女性や子どもが苦しんでいるかを知りました。2018年にドキュメンタリーを撮り始めました。2019年に法律が改正されて、カシミールの既得権が剥奪されました。ネットなどが遮断されました。いろいろなドキュメンタリーを撮って、模索しました。2年ほどテレビや映画の企画を提案していきました。現地の人たちとの信頼関係を築きながら模索しました。ジャーナリストの精神がインディペンデントで映画を作ることの原動力でした。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_061348757.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260423_061348757.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260423_061348757-thumbnail2.jpg" width="320" height="156" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260423_061348757-thumbnail2.jpg.html'; 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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>―　映画を観るまで、インドで起きていることを全く知りませんでしたので驚きました。ドキュメンタリー映画を作って、インドへの思いは変わりましたか？</strong><br />（女子学生から、英語での質問でした）<br /><br /><strong>監督：</strong>大学の図書館に警察が突入して暴力をふるいました。大きな痛みと怒りを感じました。証拠を記録として集めました。暴力をした側が裁かれると思っていたのに、力でもって無きものにしようとしました。すべてを記録することで、抵抗することのアーカイブにしたいと思いました。人々の希望や連帯がコロナでロックダウンになって、圧倒的に違う世界になってしまいました。何が自分の生活だったかを思い出せないくらいでした。<br />ロックダウン前の抗議運動を記録しておいてよかったと思いました。映画を作りながら、諦めや絶望もありましたが、作ってよかったと思っています。人々に希望も与えられればと願っています。<br /><br /><strong>―　多くのメディアが政府の息がかかっているとのこと。ムスリムを迫害している側について、多数のメディアはどう報道しているのでしょうか？</strong><br /><br /><strong>監督：</strong>テレビは影響力があって、皆が見ています。今、起きている政治状況が、彼らなりの目線でマイノリティの姿を見せていて、権力を守ることに必死です。マジョリティの人たちに、ムスリムやダリットなどマイノリティが悪い影響を与えているようにストーリーを作って流していくのです。裁判所も与党が牛耳って、その時の権力者に有利な状況です。<br /><br /><strong>―　製作資金についてお伺いします。</strong><br /><br /><strong>監督：</strong>実際、すべて自分で資金を調達しました。私自身、ムスリマで、ムスリムのコミュニティの映画を撮るのに、誰かから資金を貰うと隙が出来てしまいます。あとから資金源について何か言われてしまいます。自分の物語として作りたかったので、資金を誰かから貰うことはしたくありませんでした。全編、編集も自分で行い、ナレーションもスタジオを借りて自分で行いました。時間をかけて作ったので、テーマと向き合っていろいろと考えることができました。<br /><br /><strong>―　体制側でないメディアはあるのですか？</strong><br /><br /><strong>監督：</strong>テレビや新聞は広告収入で成り立っているので、与党の宣伝に使われています。反政府的発言をするジャーナリストが逮捕されています。いかに沈黙させるかに躍起になっています。政府に意見するＮＴＴＶというチャンネルがあって、唯一の希望だったのですが、去年、与党支援者が買収してしまい、政府批判が出来なくなって、YouTubeから発信しています。<br /><br /><strong>―　映画の中で意見を発した人が暴力を受けている場面が映っていますが、撮っている時に警察などからの圧力はありませんでしたか？</strong><br /><br /><strong>監督:</strong>撮っている時、危険は常にありました。暴力を目の当たりにしましたが、撮っている時、警察の暴力は激しさを増すばかりでした。抗議活動は暴力にさらされながら続いていました。撮影している私にも危険がおよびそうになるので、なるべく目立たないようにしていました。編集している時に感じたのは、パラノイアです。<br />南アフリカで上映した時には、在南アフリカのインド大使館から妨害を受けました。<br /><br /><strong>山田健太教授：</strong>　学生たちはシャイでなかなか質問が出ないのではないかと心配していました。事前に提出してもらっていた学生たちの質問の中に、最後の台所のシーンについて、何を表したかったのかという質問が結構あがっていました。<br /><br /><strong>監督：</strong>とてもいい質問。気づいてくださって、ありがとうございます。最後のシーンは、時系列では、最後ではないのですが。<br />デリーの多くのムスリムが、コロナの時に殺される事件が起こりました。その中で、希望や連帯を感じさせるものを入れたかったのです。未来を予測しているのも、その一つです。<br />最後の台所の場面で、入れ物に水を注いでいくうちに水が噴き出すというのは、抑圧に我慢できなくなったという比喩です。これ以上無理と、人々が立ち上がったきっかけとなったのが、市民権改正法でした、<br /><br /><strong>山田教授：</strong>ムスリマに焦点をあてていますが、インドの女性が抑圧されていることや、モディ政権批判をクリアに表していました。<br /><br /><strong>監督：</strong>私自身、ムスリムで女性であることを映画に反映するつもりは、最初はありませんでした。あくまでジャーナリスティックな目線で作ろうと思っていました。編集しているうちに、自分の中に沸き上がった感情が反映されていないと思いました。少し前は、自己紹介する時に、ムスリムの女性とは、あえて言いませんでした。アイデンティティを見つめなおす機会になりました。座り込みしている女性たちから、教えられました。マイノリティとしてのアイデンティティは自信に繋がるものだと。ムスリム女性の私自身も主人公であると変わっていきました。<br />抗議活動が内包している様々なものは、私自身が一番考えていることです。<br /><br /><strong>山田教授：</strong>監督から、学生に質問をしてください。それを今日の学生たちの宿題にします。<br /><br /><strong>監督：</strong>皆さんが感じている「怒り」を描写してください。その源も含めて。<br />メディアで働くということは、自分の直感が重要。「怒り」という入口を通して、自分自身が見えてくるのではないかと思います。自分自身の好奇心にも気が付けるのではないでしょうか。<br /><br />＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br /><br />講義終了後、30分程して学生さんたちから回収した「宿題」をさっそく読む監督。時折、笑みもこぼれました。今は、スマホをかざすと手書きの日本語も寸時に英語に翻訳されるので、便利な世の中になったものです。<br /><br />今回の来日中、個別インタビューの時間も設けられたのですが、出遅れて、私が申込みした時にはすでに枠がいっぱい。宣伝のリガードの西晶子さんから、この専修大学での特別講義の取材の案内をいただきました。実は、配給のきろくびとの中山和郎さんが、専修大学で講義の枠を持っていらっしゃって、その中での映画上映と監督の特別講義でした。このような機会を持てる学生さんたちを羨ましく思いました。<br />受講生は女性の割合が多かったとはいえ、質問はすべて女子学生からでした。頼もしいです。<br /><br />講義の中で、カシミールに滞在していた時期があると語っていらしたので、『カシミールの秋』や『カシミール 冬の裏側』のアーミル・バシール監督のことを伺ったら、もちろん親交があるとのことでした。<br /><div style="text-align:right;">取材：景山咲子</div><br /><br /><br /><strong>◆スタッフ日記</strong><br />生田の森　登戸研究所、そして『わたしの聖なるインド』ノウシーン・ハーン監督特別講義　（咲）<br /><a href="https://cinemajournal.seesaa.net/article/520534448.html?1777203766" target="_blank">https://cinemajournal.seesaa.net/article/520534448.html?1777203766</a><br /><br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/vuzjh5oj.png" target="_blank"><img border="0" alt="vuzjh5oj.png" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/vuzjh5oj-thumbnail2.png" width="239" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/vuzjh5oj-thumbnail2.png.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />2023年 山形国際ドキュンメンタリー映画祭市民賞受賞<br /></div><br /><a name="more"></a>

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            <category>トークショー</category>
      <author>sakiko</author>
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      <title>『LOST LAND／ロストランド』藤元明緒監督インタビュー</title>
      <pubDate>Tue, 21 Apr 2026 03:23:33 +0900</pubDate>
            <description>＊藤元明緒監督プロフィール＊1988年大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪 放送・映画学科に入学し、映画制作を学ぶ。卒業後、拠点を東京に移し『僕の帰る場所』ではミャンマー人家族、『海辺の彼女たち』では日本の農漁村で働くベトナム人女性たちにフォーカス。第3弾の本作『LOST LAND/ロストランド』はベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員特別賞を日本人で初めて受賞した。作品紹介はこちら公式サイト　https://www.lostland-movie.com/(C)202..</description>
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＊藤元明緒監督プロフィール＊
1988年大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪 放送・映画学科に入学し、映画制作を学ぶ。卒業後、拠点を東京に移し『僕の帰る場所』ではミャンマー人家族、『海辺の彼女たち』では日本の農漁村で働くベトナム人女性たちにフォーカス。第3弾の本作『LOST LAND/ロストランド』はベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員特別賞を日本人で初めて受賞した。
作品紹介は<a href="https://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520497650.html" target="_blank">こちら</a>
公式サイト　https://www.lostland-movie.com/
(C)2025 E.x.N K.K.
★2026年4月24日（金）より全国順次公開

ー初めにベネチア国際映画祭での3冠おめでとうございます。
海外からお帰りになったばかりなのに、今日はありがとうございました。

シャフィが、映画の最初と最後に、１から１０まで数える場面が印象的でした。
数字のいくつかが、ペルシア語と共通していて、さらに、ロヒンギャ語の英語の題にある「Watan」もペルシア語で、祖国、故郷という意味です。ロヒンギャ語のことをこれまで意識したことがなかったのですが、調べてみて、インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派、インド語群に属する言語と知りました。ロヒンギャ語はベンガル語に近いとのことですが、ベンガル語にペルシア語系の単語が、１万語入っていますので、なるほどと納得しました。

そうですね。今の新しいロヒンギャ語は通じると思います。

―姉弟が「だるまさんころんだ」で遊んでいましたが、ロヒンギャ語ではなんと言っているのでしょう？

あれは韓国語なんです。Netflixシリーズの「イカゲーム」本編でなく、ミーム（SNSなどネットで大流行したパロディや部分的に模倣されて拡散したもの）が世界中で流行っていて「だるまさんころんだ」は部分的にそのままの韓国語で使われています。

ー韓国語だったんですか。
韓国語で「ムクゲの花が咲きました」（무궁화 꽃이 피었습니다ムグンファ コチ ピオッスムニダ）というのと同じですか。

訳したらそうなると思います。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3E794BBE5838F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30E1;&#x30A4;&#x30F3;&#x753B;&#x50CF;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3E794BBE5838F-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
―シャフィ君とソミーラちゃんは今何歳になりましたか？

映画の撮影が一年半くらい前のことなので、6歳と１１歳です。

―２人は今、勉強できる環境にありますか？

公的な滞在資格や教育には、アクセスできない状況です。ロヒンギャの子どもたちは、有志の大人たちが開校したスクールで勉強しています。

―映画祭後の反響を見ていると、この映画を作るのはほんとに大変なことだったんだなと思いました。いろんな心配があるかもしれないというのを考えられて、覚悟した上で製作されたのだと思いますが。

それは最初から考えての出演交渉でしたから。ただ僕がわかって理解していることと、彼らがどう理解し考えているかということはまた別問題だと思うので。これが出演してすぐなのか、10年20年後にどう思うのかは、やはりわかりかねます。そこの責任を取るというのは不可能です。

―これがいい記念になるといいですね。

そうですね。せめて。

―二人は完成した映画を観ていますか？どんな感想でしたか？

2回見ています。モニターと映画館での上映と2回。
基本的に僕は出演者に感想を聞かないようにしているんです。

―じゃあ反応はいかがでしたか？

反応は…笑ってました。撮影当時のことを振り返って言っていたのは「シャフィくんが重かった」ということです。お姉ちゃん疲れちゃったと。

―二人の場面が多かったですが、思ったようにいかなかったり、苦労したりはありましたか？

思ったとおりに行かなかったのは、二人がよく笑っちゃうことですね。シリアスなシーンなのに笑顔になってしまうという。船の上とか、泳いで逃げるところとか、アトラクションみたいに楽しかったらしいです。いくら言っても笑っちゃって、編集で切ったり暗くしたりしました。船のシーンをコマ送りすれば笑っているのが見えます。
事故が起きたり、いやがられたりよりは笑ってるほうがいいですけど。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5-087db.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5-087db-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
―海と船のシーンは撮影にどのくらいかけられたんでしょう？海の上って怖いですよね。

僕も大丈夫かなと思いました。周りをいろんな船で囲んで、スキューバダイビングの人も20人ほど。海の中にもいました。一番たいへんなのはクラゲです。
刺すクラゲもいますし。船の場面には10日間くらいかかっています。

―10日間。人数も多いですしね。

そうですね。船に乗ったキャストは50人～60人です。

―ほんとはもっとぎゅうぎゅう詰めですよね。難民の船はそんなイメージです。

100人200人とか。（撮影ですから）定員をオーバーしない人数です。周りには４隻くらい。着替えボート、トイレボート、プロダクションボートいろいろ。
山が映りこまない沖合まで毎朝１時間～１時間半くらいかけて出かけて、一回休憩を入れてまた戻る、時間になったら帰る、という感じでした。移動にかかるので、一日で撮れる時間は短いです。

―劇中で歌が出てきます。海の上で男性が歌うのがとても印象的でした。メロディと故郷を思う歌詞が良くて、それも途中でさえぎられて悲しさが増しました。

やっぱりロヒンギャの人々は、文化や言葉とか含めて奪われ続けてきた。それを「歌う」ことも止められる。子どもは最初に「遊ぶ」ということを止められる。この二つを序盤に置くというのは、必要な部分でした。そこから彼らの旅が始まる。
メロディ、フレーズは既存のもので、歌詞はオリジナルです。その場の心情を言葉に乗せて歌っています。子守歌も良かったです。

―今回言葉の面はいかがでしたか？

通訳は英語とロヒンギャ語の二人でした。もう言葉がわからない映画３本目なので慣れましたけどね（笑）。僕は、ロヒンギャ語で「立って」「座って」「振り向いて」とか、あと「静かにして」「ゆっくり」とか・・・簡単な指示の言葉を両手で収まるくらい（笑）。

―１０個で足りるんですか！動作でもわかりますものね。
『僕の帰る場所』のカウンくんが、弟の反応を補って余りある勘の良い子でした。今回のソミーラちゃんもそうでは？と思いました。

素晴らしかったですね。カウン君と同じくらい、それ以上に。すごい似てましたね。演技の仕方が。

―監督の見る目がすごい！チョイスがドンピシャです！

それはもうそこに関しては間違ったことがないです！キャスティングだけで持っているようなもの（笑）。素晴らしい人と出逢えるんです。ほんとにありがたいですね。

―それは監督の「引き（寄せ）の強さ」があるんですね。

カタログから選ぶようなことはできないので。カウンくんの時はこの子しかいない、というところから始まったので、撮るまで知らなかったです。
今回は最初から「わかってる」状態で臨めました。

―それも最初にシャフィ君を見つけて、家に行ったらお姉ちゃんがいたという。

はい。弟だけで行くか、二人で行くというのはずっと悩んでいたんです。最初は弟だけの旅、と書いています。コンセプト上は弟が大人に守られていろんなところに行く。

―お姉ちゃんがいるといないではずいぶん違いますよね。

違います。まあ物理的に４歳でジャングルは無理だろうということになりました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub7.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub7.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub7-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
―観客としてはこの二人のうちどちらかがいなくなるんじゃないかと、ハラハラしました。ソミーラちゃんの勘の良さはどんなところで発揮されたんでしょうか？

勘というより、演技に対する真剣さですね。自分の役割をすごいまじめに考えています。こういう素質がある子もあの年齢では少ないです。性格もあります。
自分がどこから撮影されているのか、カメラの位置をすごく良く観ていました。そこは、なんていうか、いい意味でのナルシスト。自分がどう見られているかというのを把握している、そこが勘が良いというところ。

―子どもたちが天才的に良かった！　では、大人のほうは？

大人もすごかったですよ。総じて全員すごかった（笑）。
あのジャングルでの3人の青年もよくセリフを覚えて、しっかりと演じてくれました。

―夢を語る人でした！

あの人たちも素晴らしかったですよ。たぶんできるなとは思っていたんです。ミャンマー人って演技上手いんですよ。映画以外の撮影もしてきましたがうまい人が多いです。

―すごく自然ですよね。撮られているとぎこちなくなってしまう人もいるんですよね。

そうなんです。恥ずかしいですし。でもそのふるまいがみなさん素敵で。

―みな自分が出る意義をしっかり感じて出てくださったわけですね。
上映会のとき、自分が出ているのを見て、みなさんどうでしたか？

みんな（映像の）写真撮っていましたね。「出てるぞ～」とか、知り合いがブローカーに怒られているシーンのところはどっかーんと笑いが起きる。そういう感じでした。

―え～（笑）。

英語を喋れる方はほとんどいないんですが、何人かに聞いたら「観ていて辛くなった。でもロヒンギャの名前が出ること、物語を伝えることは嬉しいし、そこに期待している」と。

―責任重大ですね。これから押し出していかなければ。

他の国のロヒンギャとは反応が違いますね、シーンによっては笑いが起きたりしますが、ほかの国にいる人は、日本人のようにシリアスに観ています。

―海外での映画祭のときに観てくれた方々ですか？

映画祭とかフランスでの公開とか。

―その国で暮らしが成り立っているのですか。

暮らしは立っていないですね。そもそも国籍がないので。

―国籍がないまま外国に住めるんですか？

住めますよ。

―結局たどり着いてもその国での居住権がもらえない、

日本だったらもらえます。日本に来るというのは相当至難の業です。９０年代くらいだったら、日本に来た人が群馬県とかにいます。今、難民キャンプを出てくるっていうのはかなり難しいです。国籍がないというのが、普通の難民たちとは違う。難民でも国籍があれば、できる手段はあります。

―国籍ってどうしたら取れるのでしょう？

ミャンマーの法律を変えるしかないです。

―外国に行けた人がその国の国籍を取ることはできないんですか？

先進国はできるところがあります。それでも大人数ではない。

―これを聞いていると時間がなくなっちゃうので、映画のことに戻ります。逃避行なので夜の撮影シーンがいくつもありましたが、特別気を遣うことは？

どっちかというと技術的な面です。ライティングとカメラ。
普通、映画となると、照明を当てて「夜を作る」。見える状態の夜を作るんです。
それは基本的に僕はしたくない。映らないっていうのが映画と思っているので。このご時世、暗闇って映画館でしかできないんです。明るい部屋で暗いシーンを映しちゃうと、そう見えない。暗闇の中で音、声だけが聞こえるというのは緊張感が全然違うと思うんです。ライティングには非常に気を使いました。

―それはカメラの北川さんや照明さんたちと話し合われるんですね。
姉弟の衣装が白っぽかったり、オレンジ色だったりは闇に溶けてしまわないためですか？

いや、そういうことではなく、この映画全体として、姉のソミーラの存在を観客の記憶に焼き付けるための仕掛けがあります。その一つ。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
―ロヒンギャの方からアドバイスを受けたシーンはありますか？

いろんなディティールがありますけど、記憶しているのは「国境の越え方」です。どう金網を破るのかとか細かいところです。グループはどこに潜んでいるのかとか、そういう部分です。旅のしかたのディティールですね。あと重要だったのは「お祈りの仕方」です。礼拝のタイミングとか。普通は何時と何時など決まった時間ですが、船に乗っている場合、一斉にみんなでやるのだと思っていましたがそうでもない。個人によって違う。

―一緒にやる場合もあるけどわりと個人の自由ですね。

習慣的なものを教えてもらったりしました。

―助け合いの精神などはイスラムから来ているのかなと思います。これまで過激な部分が強調されてきましたけど、自分が辛くても人を助ける精神など。

ロヒンギャの人は特に強いなと取材していて思いました。これまでずっと家族内の結びつきを描いてきたんですが、今回はそうじゃなくて、血縁関係を越えて他人でも躊躇なく、助け合うその連帯性を描きました。

―村が焼けたときにマンゴーの木が残ったというのが、心に残りました。
シャフィくんもおじさんの家にはマンゴーの木があると言っていました。

あれはめちゃくちゃ僕の完全オリジナルです。

―マンゴーの木はシンボルだからグッズの図案になったと思っていました。

木が倒れないっていうのが重要なんです。僕が提案したんですが、満場一致でマンゴーに決まりました。

―大木が出てきますが、あれはマンゴーなんですか？

いや、違います。この映画にマンゴーの木はいっさい出てきません。あれはただの木で、想像でしかマンゴーの木に出逢えない。という構造の映画です。
「わぁ！ビューティフルマンゴー!」なんて言われるんですけど。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
―これから映画を観る方へひとことどうぞ。

ロヒンギャは存在も、そう名乗ることさえも故郷では認められていません。映画を観るみなさんの眼差しが彼らを可視化し、心に刻まれていく作品です。劇場でお待ちしています。

―とても余韻の残る映画でした。今日はありがとうございました。
（取材：景山咲子、白石映子）

★シャフィとソミーラが描いたイラストと文字入りのTシャツとトートバッグを、上映会場で販売しています。利益は全額ロヒンギャの子どもたちの支援に充てられます。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/bag.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="bag.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/bag-thumbnail2.jpg" width="270" height="320"></a>
詳細は以下公式サイトを。
https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/08/0408_2/

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★取材を終えて

まさに取材を終えて、外に出たところで、一服中の藤元監督にもう一度お会いできたので、「川添ビイラルさんが助監督でしたね。監督作『ＷＨOLE』公開の折にインタビューさせていただきました。私と同じ神戸生まれで、映画に我が家の裏山の神社が出てきてびっくりしたんです」と、取材中に話題に出しそびれたことをお伝えしました。「彼が英語の通訳をしてくれて、僕より（主演の）子どもたちにすごく慕われてたんですよ」と、ちょっと嫉妬されてました。「もちろん、すごくお世話になって感謝してます」とも。ビジュアルアーツ専門学校大阪の後輩にあたるそうです。
川添ビイラルさんは、お父さんがインド生まれのパキスタン国籍の方で、お母さんが日本人。そして、イスラーム教徒。ロヒンギャの方たちと同じ宗教ということもあって、撮影現場で、いい橋渡し役だったと察します。（咲）

藤元監督が長編を完成させるたびに取材させていただき、インタビューはこれが3回目です。海外映画祭にたくさん選ばれて取材や挨拶の場数を重ねたからか、まとう空気が違ってきた感じがします。ロヒンギャの人たちのことは、この作品でとても身近になりました。ミャンマーではアンタッチャブルというのがどうしてもピンときません。どこの為政者も最下層を作ることで国民を分断し、不満の矛先を決めているのではないかと思ってしまいます。仏教徒は慈悲深いはずです。キリスト教やイスラム教だって、互いに赦し愛し合いなさいと言っているはず。
時代の都合に教義が歪められることなく、人がみな尊厳を持って生きられるために私たちは何をすればいいのか、二人の姿を通じて考えさせられました。ともかくも一人でも多くの方に届きますように。（白）

＝公開記念舞台挨拶情報＝
シャフィ＆ソミーラのオンラインでの登壇が決定！！
４月２５日（土）１２：３０の回（上映後）ポレポレ東中野
　　　　　　　　１４：１５の回（上映後）kino cinéma新宿

あの可愛い二人に画面越しですが会えます！もちろん藤元監督も登壇。
ほかの舞台挨拶情報は公式サイトで。
https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/17/0417/
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260409_125949.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_20260409_125949.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260409_125949-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_20260409_125949-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><blockquote><strong>＊藤元明緒監督プロフィール＊</strong><br />1988年大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪 放送・映画学科に入学し、映画制作を学ぶ。卒業後、拠点を東京に移し『僕の帰る場所』ではミャンマー人家族、『海辺の彼女たち』では日本の農漁村で働くベトナム人女性たちにフォーカス。第3弾の本作『LOST LAND/ロストランド』はベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で審査員特別賞を日本人で初めて受賞した。</blockquote><br />作品紹介は<a href="https://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520497650.html" target="_blank">こちら</a><br />公式サイト　<a href="https://www.lostland-movie.com/" target="_blank">https://www.lostland-movie.com/</a><br />(C)2025 E.x.N K.K.<br /><strong><span style="color:#3300ff;">★2026年4月24日（金）より全国順次公開</span></strong><br /><br /><strong>ー初めにベネチア国際映画祭での3冠おめでとうございます。<br />海外からお帰りになったばかりなのに、今日はありがとうございました。<br /><br />シャフィが、映画の最初と最後に、１から１０まで数える場面が印象的でした。<br />数字のいくつかが、ペルシア語と共通していて、さらに、ロヒンギャ語の英語の題にある「Watan」もペルシア語で、祖国、故郷という意味です。ロヒンギャ語のことをこれまで意識したことがなかったのですが、調べてみて、インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派、インド語群に属する言語と知りました。ロヒンギャ語はベンガル語に近いとのことですが、ベンガル語にペルシア語系の単語が、１万語入っていますので、なるほどと納得しました。</strong><br /><br />そうですね。今の新しいロヒンギャ語は通じると思います。<br /><br /><strong>―姉弟が「だるまさんころんだ」で遊んでいましたが、ロヒンギャ語ではなんと言っているのでしょう？<br /></strong><br />あれは韓国語なんです。Netflixシリーズの「イカゲーム」本編でなく、ミーム（SNSなどネットで大流行したパロディや部分的に模倣されて拡散したもの）が世界中で流行っていて「だるまさんころんだ」は部分的にそのままの韓国語で使われています。<br /><br /><strong>ー韓国語だったんですか。<br />韓国語で「ムクゲの花が咲きました」（무궁화 꽃이 피었습니다ムグンファ コチ ピオッスムニダ）というのと同じですか。<br /></strong><br />訳したらそうなると思います。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3E794BBE5838F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="メイン画像.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3E794BBE5838F-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/E383A1E382A4E383B3E794BBE5838F-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>―シャフィ君とソミーラちゃんは今何歳になりましたか？</strong><br /><br />映画の撮影が一年半くらい前のことなので、6歳と１１歳です。<br /><br /><strong>―２人は今、勉強できる環境にありますか？</strong><br /><br />公的な滞在資格や教育には、アクセスできない状況です。ロヒンギャの子どもたちは、有志の大人たちが開校したスクールで勉強しています。<br /><br /><strong>―映画祭後の反響を見ていると、この映画を作るのはほんとに大変なことだったんだなと思いました。いろんな心配があるかもしれないというのを考えられて、覚悟した上で製作されたのだと思いますが。<br /></strong><br />それは最初から考えての出演交渉でしたから。ただ僕がわかって理解していることと、彼らがどう理解し考えているかということはまた別問題だと思うので。これが出演してすぐなのか、10年20年後にどう思うのかは、やはりわかりかねます。そこの責任を取るというのは不可能です。<br /><br /><strong>―これがいい記念になるといいですね。</strong><br /><br />そうですね。せめて。<br /><br /><strong>―二人は完成した映画を観ていますか？どんな感想でしたか？</strong><br /><br />2回見ています。モニターと映画館での上映と2回。<br />基本的に僕は出演者に感想を聞かないようにしているんです。<br /><br /><strong>―じゃあ反応はいかがでしたか？</strong><br /><br />反応は…笑ってました。撮影当時のことを振り返って言っていたのは「シャフィくんが重かった」ということです。お姉ちゃん疲れちゃったと。<br /><br /><strong>―二人の場面が多かったですが、思ったようにいかなかったり、苦労したりはありましたか？</strong><br /><br />思ったとおりに行かなかったのは、二人がよく笑っちゃうことですね。シリアスなシーンなのに笑顔になってしまうという。船の上とか、泳いで逃げるところとか、アトラクションみたいに楽しかったらしいです。いくら言っても笑っちゃって、編集で切ったり暗くしたりしました。船のシーンをコマ送りすれば笑っているのが見えます。<br />事故が起きたり、いやがられたりよりは笑ってるほうがいいですけど。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5-087db.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5-087db-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub5-087db-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>―海と船のシーンは撮影にどのくらいかけられたんでしょう？海の上って怖いですよね。</strong><br /><br />僕も大丈夫かなと思いました。周りをいろんな船で囲んで、スキューバダイビングの人も20人ほど。海の中にもいました。一番たいへんなのはクラゲです。<br />刺すクラゲもいますし。船の場面には10日間くらいかかっています。<br /><br /><strong>―10日間。人数も多いですしね。</strong><br /><br />そうですね。船に乗ったキャストは50人～60人です。<br /><br /><strong>―ほんとはもっとぎゅうぎゅう詰めですよね。難民の船はそんなイメージです。</strong><br /><br />100人200人とか。（撮影ですから）定員をオーバーしない人数です。周りには４隻くらい。着替えボート、トイレボート、プロダクションボートいろいろ。<br />山が映りこまない沖合まで毎朝１時間～１時間半くらいかけて出かけて、一回休憩を入れてまた戻る、時間になったら帰る、という感じでした。移動にかかるので、一日で撮れる時間は短いです。<br /><br /><strong>―劇中で歌が出てきます。海の上で男性が歌うのがとても印象的でした。メロディと故郷を思う歌詞が良くて、それも途中でさえぎられて悲しさが増しました。</strong><br /><br />やっぱりロヒンギャの人々は、文化や言葉とか含めて奪われ続けてきた。それを「歌う」ことも止められる。子どもは最初に「遊ぶ」ということを止められる。この二つを序盤に置くというのは、必要な部分でした。そこから彼らの旅が始まる。<br />メロディ、フレーズは既存のもので、歌詞はオリジナルです。その場の心情を言葉に乗せて歌っています。子守歌も良かったです。<br /><br /><strong>―今回言葉の面はいかがでしたか？</strong><br /><br />通訳は英語とロヒンギャ語の二人でした。もう言葉がわからない映画３本目なので慣れましたけどね（笑）。僕は、ロヒンギャ語で「立って」「座って」「振り向いて」とか、あと「静かにして」「ゆっくり」とか・・・簡単な指示の言葉を両手で収まるくらい（笑）。<br /><br /><strong>―１０個で足りるんですか！動作でもわかりますものね。<br />『僕の帰る場所』のカウンくんが、弟の反応を補って余りある勘の良い子でした。今回のソミーラちゃんもそうでは？と思いました。</strong><br /><br />素晴らしかったですね。カウン君と同じくらい、それ以上に。すごい似てましたね。演技の仕方が。<br /><br /><strong>―監督の見る目がすごい！チョイスがドンピシャです！</strong><br /><br />それはもうそこに関しては間違ったことがないです！キャスティングだけで持っているようなもの（笑）。素晴らしい人と出逢えるんです。ほんとにありがたいですね。<br /><br /><strong>―それは監督の「引き（寄せ）の強さ」があるんですね。</strong><br /><br />カタログから選ぶようなことはできないので。カウンくんの時はこの子しかいない、というところから始まったので、撮るまで知らなかったです。<br />今回は最初から「わかってる」状態で臨めました。<br /><br /><strong>―それも最初にシャフィ君を見つけて、家に行ったらお姉ちゃんがいたという。</strong><br /><br />はい。弟だけで行くか、二人で行くというのはずっと悩んでいたんです。最初は弟だけの旅、と書いています。コンセプト上は弟が大人に守られていろんなところに行く。<br /><br /><strong>―お姉ちゃんがいるといないではずいぶん違いますよね。</strong><br /><br />違います。まあ物理的に４歳でジャングルは無理だろうということになりました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub7.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub7.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub7-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub7-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>―観客としてはこの二人のうちどちらかがいなくなるんじゃないかと、ハラハラしました。ソミーラちゃんの勘の良さはどんなところで発揮されたんでしょうか？</strong><br /><br />勘というより、演技に対する真剣さですね。自分の役割をすごいまじめに考えています。こういう素質がある子もあの年齢では少ないです。性格もあります。<br />自分がどこから撮影されているのか、カメラの位置をすごく良く観ていました。そこは、なんていうか、いい意味でのナルシスト。自分がどう見られているかというのを把握している、そこが勘が良いというところ。<br /><br /><strong>―子どもたちが天才的に良かった！　では、大人のほうは？</strong><br /><br />大人もすごかったですよ。総じて全員すごかった（笑）。<br />あのジャングルでの3人の青年もよくセリフを覚えて、しっかりと演じてくれました。<br /><br /><strong>―夢を語る人でした！</strong><br /><br />あの人たちも素晴らしかったですよ。たぶんできるなとは思っていたんです。ミャンマー人って演技上手いんですよ。映画以外の撮影もしてきましたがうまい人が多いです。<br /><br /><strong>―すごく自然ですよね。撮られているとぎこちなくなってしまう人もいるんですよね。</strong><br /><br />そうなんです。恥ずかしいですし。でもそのふるまいがみなさん素敵で。<br /><br /><strong>―みな自分が出る意義をしっかり感じて出てくださったわけですね。<br />上映会のとき、自分が出ているのを見て、みなさんどうでしたか？</strong><br /><br />みんな（映像の）写真撮っていましたね。「出てるぞ～」とか、知り合いがブローカーに怒られているシーンのところはどっかーんと笑いが起きる。そういう感じでした。<br /><br /><strong>―え～（笑）。</strong><br /><br />英語を喋れる方はほとんどいないんですが、何人かに聞いたら「観ていて辛くなった。でもロヒンギャの名前が出ること、物語を伝えることは嬉しいし、そこに期待している」と。<br /><br /><strong>―責任重大ですね。これから押し出していかなければ。</strong><br /><br />他の国のロヒンギャとは反応が違いますね、シーンによっては笑いが起きたりしますが、ほかの国にいる人は、日本人のようにシリアスに観ています。<br /><br /><strong>―海外での映画祭のときに観てくれた方々ですか？</strong><br /><br />映画祭とかフランスでの公開とか。<br /><br /><strong>―その国で暮らしが成り立っているのですか。</strong><br /><br />暮らしは立っていないですね。そもそも国籍がないので。<br /><br /><strong>―国籍がないまま外国に住めるんですか？</strong><br /><br />住めますよ。<br /><br /><strong>―結局たどり着いてもその国での居住権がもらえない、</strong><br /><br />日本だったらもらえます。日本に来るというのは相当至難の業です。９０年代くらいだったら、日本に来た人が群馬県とかにいます。今、難民キャンプを出てくるっていうのはかなり難しいです。国籍がないというのが、普通の難民たちとは違う。難民でも国籍があれば、できる手段はあります。<br /><br /><strong>―国籍ってどうしたら取れるのでしょう？</strong><br /><br />ミャンマーの法律を変えるしかないです。<br /><br /><strong>―外国に行けた人がその国の国籍を取ることはできないんですか？<br /></strong><br />先進国はできるところがあります。それでも大人数ではない。<br /><br /><strong>―これを聞いていると時間がなくなっちゃうので、映画のことに戻ります。逃避行なので夜の撮影シーンがいくつもありましたが、特別気を遣うことは？</strong><br /><br />どっちかというと技術的な面です。ライティングとカメラ。<br />普通、映画となると、照明を当てて「夜を作る」。見える状態の夜を作るんです。<br />それは基本的に僕はしたくない。映らないっていうのが映画と思っているので。このご時世、暗闇って映画館でしかできないんです。明るい部屋で暗いシーンを映しちゃうと、そう見えない。暗闇の中で音、声だけが聞こえるというのは緊張感が全然違うと思うんです。ライティングには非常に気を使いました。<br /><br /><strong>―それはカメラの北川さんや照明さんたちと話し合われるんですね。<br />姉弟の衣装が白っぽかったり、オレンジ色だったりは闇に溶けてしまわないためですか？</strong><br /><br />いや、そういうことではなく、この映画全体として、姉のソミーラの存在を観客の記憶に焼き付けるための仕掛けがあります。その一つ。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>―ロヒンギャの方からアドバイスを受けたシーンはありますか？</strong><br /><br />いろんなディティールがありますけど、記憶しているのは「国境の越え方」です。どう金網を破るのかとか細かいところです。グループはどこに潜んでいるのかとか、そういう部分です。旅のしかたのディティールですね。あと重要だったのは「お祈りの仕方」です。礼拝のタイミングとか。普通は何時と何時など決まった時間ですが、船に乗っている場合、一斉にみんなでやるのだと思っていましたがそうでもない。個人によって違う。<br /><br /><strong>―一緒にやる場合もあるけどわりと個人の自由ですね。</strong><br /><br />習慣的なものを教えてもらったりしました。<br /><br /><strong>―助け合いの精神などはイスラムから来ているのかなと思います。これまで過激な部分が強調されてきましたけど、自分が辛くても人を助ける精神など。</strong><br /><br />ロヒンギャの人は特に強いなと取材していて思いました。これまでずっと家族内の結びつきを描いてきたんですが、今回はそうじゃなくて、血縁関係を越えて他人でも躊躇なく、助け合うその連帯性を描きました。<br /><br /><strong>―村が焼けたときにマンゴーの木が残ったというのが、心に残りました。<br />シャフィくんもおじさんの家にはマンゴーの木があると言っていました。</strong><br /><br />あれはめちゃくちゃ僕の完全オリジナルです。<br /><br /><strong>―マンゴーの木はシンボルだからグッズの図案になったと思っていました。</strong><br /><br />木が倒れないっていうのが重要なんです。僕が提案したんですが、満場一致でマンゴーに決まりました。<br /><br /><strong>―大木が出てきますが、あれはマンゴーなんですか？</strong><br /><br />いや、違います。この映画にマンゴーの木はいっさい出てきません。あれはただの木で、想像でしかマンゴーの木に出逢えない。という構造の映画です。<br />「わぁ！ビューティフルマンゴー!」なんて言われるんですけど。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>―これから映画を観る方へひとことどうぞ。</strong><br /><br />ロヒンギャは存在も、そう名乗ることさえも故郷では認められていません。映画を観るみなさんの眼差しが彼らを可視化し、心に刻まれていく作品です。劇場でお待ちしています。<br /><br /><strong>―とても余韻の残る映画でした。今日はありがとうございました。</strong><br /><div style="text-align:right;">（取材：景山咲子、白石映子）</div><br /><br />★シャフィとソミーラが描いたイラストと文字入りのTシャツとトートバッグを、上映会場で販売しています。利益は全額ロヒンギャの子どもたちの支援に充てられます。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/bag.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="bag.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/bag-thumbnail2.jpg" width="270" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/bag-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />詳細は以下公式サイトを。<br /><a href="https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/08/0408_2/" target="_blank">https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/08/0408_2/</a><br /><br />＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br /><br /><strong>★取材を終えて</strong><br /><br />まさに取材を終えて、外に出たところで、一服中の藤元監督にもう一度お会いできたので、「川添ビイラルさんが助監督でしたね。監督作『ＷＨOLE』公開の折にインタビューさせていただきました。私と同じ神戸生まれで、映画に我が家の裏山の神社が出てきてびっくりしたんです」と、取材中に話題に出しそびれたことをお伝えしました。「彼が英語の通訳をしてくれて、僕より（主演の）子どもたちにすごく慕われてたんですよ」と、ちょっと嫉妬されてました。「もちろん、すごくお世話になって感謝してます」とも。ビジュアルアーツ専門学校大阪の後輩にあたるそうです。<br />川添ビイラルさんは、お父さんがインド生まれのパキスタン国籍の方で、お母さんが日本人。そして、イスラーム教徒。ロヒンギャの方たちと同じ宗教ということもあって、撮影現場で、いい橋渡し役だったと察します。（咲）<br /><br />藤元監督が長編を完成させるたびに取材させていただき、インタビューはこれが3回目です。海外映画祭にたくさん選ばれて取材や挨拶の場数を重ねたからか、まとう空気が違ってきた感じがします。ロヒンギャの人たちのことは、この作品でとても身近になりました。ミャンマーではアンタッチャブルというのがどうしてもピンときません。どこの為政者も最下層を作ることで国民を分断し、不満の矛先を決めているのではないかと思ってしまいます。仏教徒は慈悲深いはずです。キリスト教やイスラム教だって、互いに赦し愛し合いなさいと言っているはず。<br />時代の都合に教義が歪められることなく、人がみな尊厳を持って生きられるために私たちは何をすればいいのか、二人の姿を通じて考えさせられました。ともかくも一人でも多くの方に届きますように。（白）<br /><br /><blockquote>＝公開記念舞台挨拶情報＝<br />シャフィ＆ソミーラのオンラインでの登壇が決定！！<br />４月２５日（土）１２：３０の回（上映後）ポレポレ東中野<br />　　　　　　　　１４：１５の回（上映後）kino cinéma新宿<br /><br />あの可愛い二人に画面越しですが会えます！もちろん藤元監督も登壇。<br />ほかの舞台挨拶情報は公式サイトで。<br /><a href="https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/17/0417/" target="_blank">https://lostland-movie.filmtopics.jp/2026/04/17/0417/</a></blockquote><br /><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>shiraishi</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,cineja-film-report/520491402</guid>
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      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/520253872.html</link>
      <title>『津田寛治に撮休はない』先行上映舞台挨拶</title>
      <pubDate>Sat, 21 Mar 2026 00:38:35 +0900</pubDate>
            <description>開催日: 2026年1月9日(金)会場: 新宿K&#39;s cinema 登壇者：主演 津田寛治、萱野孝幸監督、MC中村祐美子（出演・プロデューサー）★2026年3月28日（土）より新宿K&#39;s cinemaほか全国順次公開(C)映画「津田寛治に撮休はない」製作委員会https://satsukyu.com/作品紹介はこちら津田寛治　今日は先行上映ということで、もし客席が埋まらなかったらどうしようかと思っていました。晴れて満席ということで、すごく嬉しいし、皆様に感謝しております。ほん..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3719-c1265.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_3719.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3719-c1265-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>
開催日: 2026年1月9日(金)
会場: 新宿K's cinema 
登壇者：主演 津田寛治、萱野孝幸監督、MC中村祐美子（出演・プロデューサー）

★2026年3月28日（土）より新宿K's cinemaほか全国順次公開
(C)映画「津田寛治に撮休はない」製作委員会
https://satsukyu.com/
作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520257637.html" target="_blank">こちら</a>

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sakkyu.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sakkyu.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sakkyu-thumbnail2.jpg" width="226" height="320"></a>
津田寛治　今日は先行上映ということで、もし客席が埋まらなかったらどうしようかと思っていました。晴れて満席ということで、すごく嬉しいし、皆様に感謝しております。ほんとに寒い中、K’sシネマまで足をお運びくださいましてありがとうございます。今日は寒いけれど熱気を感じております。

萱野孝幸監督　年始の遅い時間にこれだけの方に集まっていただけてほんとに嬉しいです。今日は楽しんでいってください。

ｍｃ中村祐美子　上映前の短い時間ですがネタバレについて話していきたいと思います（笑）。

津田　本来上映前にあいさつはすべきじゃないんですよ。まっさらな気持ちで観ていただきたいんで…。

中村　上映前に聞いてもたくさん楽しんでいただける作品です。
映画企画のきっかけを教えてください。

監督　きっかけですよね　あるようなないような…。端的に話しますと、「津田さんとお茶に行けるよ」ってタイミングがありまして。僕はもともと津田さんのファンで、かってに一方的にお慕い申し上げていて。
地元は大分なんですけど、津田さんが別府のブルーバード劇場のカフェにへ行くときに、僕も大分に行く。「お茶していただける」それが決まったんです。津田さんと何話そうかなぁ、津田さんに撮休はないっていうの撮ったらおもしろそうだなぁ。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kayano.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="kayano.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kayano-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
津田　まじっすか？それは「●●の撮休」のパロディですか？

監督　パロディをしようって感じではなかったんですけど、この映画の核になるアイディアがひとつありまして。これ、津田さんがご本人役で映画にしたら面白いんじゃないかなとダメ元で企画して、企画書を持っていきました。

津田　お茶をするっていうのが先行だったんですか？それは初耳でした。それから考えられた企画だったんですね。僕は数年ぐらいあたためた企画だと…衝撃を受けました。

監督　（笑）めちゃくちゃ思いつきです。

津田　すごいですね、思いつき！

strong&gt;中村　企画聞いたときどうでした？

津田　企画書に大々的に「津田寛治に～～」となってて、これは萱野監督の大分のテレビ局かなんかのバラエティの企画？と思ったら全く違くて、映画の話。僕が撮影所を渡り歩くような話なんですと。じゃ、ちゃんと取材を受けないといけないなと「取材は別日でやりましょうね」と監督に言ったら、あっというまに台本がきたんですよ。台本用意してた？それから書いたってことなんですね？

監督　それから書きました。

津田　その台本観てびっくりしたのが「なんでこんなに俺の事知ってるんだ？！」っていうくらい
リアルな僕がそこに書かれていて、しかも全体を通してとてもタイトルの内容とは思えないくらいのハード、っていうのかな？中身の濃いストーリーだったので、これはほんとに「津田寛治でなくてもこの映画に参加したい」な気持ちになりました。

中村　嬉しいですね。ハードで内容が濃いという。新春一発のこの劇場に来たお客様は身構えてしまうかもしれない（笑）

津田　身構えてほしいですね、逆に。そのぐらいこれは一人でも多くの人に見てもらいたい映画です。

中村　実際津田さんは撮休がないという噂を方々からうかがうんですけど。

津田　俳優やっている人はわかると思うんですけど　僕ら撮休のときにセリフを覚えているんで（笑）

中村　そうですね。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260109_203555.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_20260109_203555.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260109_203555-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
津田　ちなみに僕はだいたいカラオケボックスでセリフを覚えているんで、僕の職場の半分はからおけボックス（笑）、あとの半分は撮影現場。だからそんな感じで言えばたしかに撮休がないのかも。あえていうと、撮休といえば「娘と映画に行く」ときぐらい。娘は今年から大学で大きいんですけど、それでもまだ一緒に映画に行ってくれる。

中村　いいですね～

監督　それは津田さんが出られている映画を観るんですか？

津田　一切見ないんです（笑）。

中村　津田さんが出てない映画探すのジ結構大変かも。

津田　いやいやそんなことはない。

監督　出ているかどうかチェックして？

津田　いや邦画じたい観ないんです（笑）。娘と行くのは全部洋画です。

監督　なるほど。お父さんが出てくるおそれがない（笑）。

中村　でもついにドイツで撮影もされてますから。

津田　ああそうですね、それはなんか娘がお父さん出ていても観たいよって。

中村　監督はこの作品、特にこだわったシーンは？

監督　こだわったシーンはたくさんあるんですけど、何がネタバレにならないのか難しいところで（笑）冒頭はスタッフ一同で気合を入れて撮ったシーンです。

津田　長ーく。
　　
監督　まあまあまあ（と遮って）気合を入れました。

中村　もうあと１０分１５分後には答え合わせができます。撮影が３年前の７月？

津田　そうですね。２年半前？けっこう頑張りましたね。

中村　暑い中頑張りました。

津田　でも僕またあの日に戻りたいくらい楽しかったです、撮影が。

監督　ほんとに戻りたいて言ってるの津田さんだけです（笑）

津田　楽じゃなかったとは思うんですけど。

監督　楽じゃない（笑）

津田　スタッフさんがみなさん役者なのにスタッフをやられていて。すごく優秀な方が多いところにお願いしたから。スタッフやプロデューさんの中にも俳優さんが紛れていた現場だった。

監督　そうですねぇ…

津田　みんな俳優の気持ちがわかる人にサポートしてもらっていたから、すごくやりやすかったし、楽しかった。チーフ助監督さんが毎日のようにスケジュール表になぞなぞを書いてる（笑）
萱野監督がすぐ１秒くらいで解いてしまう（笑）。そういう楽しいおまけもついてた。それも楽しかった。

監督　何よりでございます（笑）。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/satsukyu_E382B5E383965.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="satsukyu_&#x30B5;&#x30D6;5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/satsukyu_E382B5E383965-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
中村　津田さんの体力がすごいんですよ。

津田　でもね、ほかの現場だとそうでもない。やっぱり楽しい現場ってめちゃくちゃエネルギーをくれるんです。休みたいって気持ちは全くなかったです。早く明日になんないかな、早く現場に行きたいって日の連続でした。物語と現実の境がほぼなかったんです。

中村　今回「ご自身役」ですものね。

津田　そうなんです。なおさら現実と虚構の境がなくなって。それは僕が俳優人生の中で一番目指していることなんです。
物語の中にすっぽり入って「覚えたセリフなんだっけ？」とかそんなこといっさい考えず、ただ気持ちのままにわーっと喋ってるみたいな。登場人物に１００％なりきるみたいなのはなかなかできないんだけど、この映画は最初から終わりまでそれができたというか。できるように皆さんに準備してもらったんで、こんな俳優として幸せなことはないなぁって思いましたね。

監督　なんだか現実と虚構があいまいになった瞬間ありましたよね​？

中村　監督、カメラの反対側にいて、感じられたことがありましたか？

監督　明らかに「お芝居じゃないもの」が映ってしまっているカットが何個かある。

中村　え～～～

監督　当ててほしい（ニヤニヤ）。

中村　それは監督から皆さんへの「なぞなぞ」ということですね？

監督　そうです。どこかで答え合わせができればと思っています。お芝居を超えたというか。

中村　今日上映後も舞台挨拶します？そしたら答え合わせができます。（監督＆津田さん笑）みなさん帰れなくなっちゃいます。
本人役だったので現実と虚構があいまいになったとおっしゃっていましたけど、アドリブだったところは？

津田　それがないんですよ。台本通り喋っている気持ちもないんですけど、振り返ると台本通りだったという感じではありました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1699_0708.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="1699_0708.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1699_0708-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
中村　へぇ～。監督はどうやってそんなに津田さんのことを知ったんですか？

津田　そこが不思議でしょうがない。

監督　一回お会いできた、っていうのがほんとに大きくて。

津田　一番最初に言った、あんなことだけで何にもわからないんじゃ。

監督　こういう喋り方なんだ、とか。もうそれで想像で書いた。

津田　僕は娘との関係なんて言ってなかった・・・

監督　そうですね。「勘」で書きました。

津田　すごいですね！

監督　そこから調整して、津田さんご本人に近づけようと思ったんですけど、ほぼそのままでしたもんね？

津田　はい、そのまんまでしたね。

監督　すいません。なんか勝手にいろいろ。

津田　いえいえいえ、僕は嬉しかったです。

監督　あることないこと…

津田　いや、基本フィクションなんで。

監督　そうです！フィクションです。

津田　フィクションとして台本がすごい面白かったんです。そこがやっぱりめちゃくちゃ惹かれたところでもありました。この役をやることによって、自分がこれまで試したいと思っていたことをたくさん試せるなぁって。

中村　試したいというのは役者としての「技術」みたいなところですか？

津田　技術をなくしたかったんです。技術で芝居してたらもう俺終わるなっていうところがあったので。とにかくこれを捨てなきゃいけない。もう演技を捨ててカメラの前に立とうと。奇しくも僕のデビュー作『ソナチネ』で北野監督に言われたことと一緒だったんです。「芝居はしないで」って（笑）。この年になって再認識して、回帰するみたいなことがありました。

監督　はあー
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3715copy.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_3715copy.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3715copy-thumbnail2.jpg" width="239" height="320"></a>
中村　思い返せばデビュー作も役名は「津田」ですね。

津田　そうなんです！同じ。あれも自己紹介をいきなり監督がやるんだって言って、「キュー出したらここから出て」って。あれ？俺役名なんかなかったよな、って（笑）。助監督さんに「あの、僕役名ないんですけど」「君、名前なんていうの？」「あ、津田です」「じゃ、津田で」。それで「津田です」っていうシーンになった。

中村　本人の名前の役のときは何かあるのかもしれないですね。

津田　あるかもしれないです。役者だから「自分とは全然違う役をやってみたい」というのはたぶん皆さんないと思うんです。どんな役をやるかというより、どんな気持ちになるのかという方がすごく大事。回ってるときにそこが撮影現場なのか物語の中なのか、どっちに居れるかで決まってくるんですよ、俳優って。この現場は常に物語の中にいれる現場だったんで、なかなかこういう経験はできないと思います。
「光石研に撮休はない」とか、「松重豊に撮休はない」とか、それぞれ作ったの観てみたいですね（笑）。

監督　シリーズで（笑）

中村　津田さんの中で、自分と同じくらい「この人撮休はない」ちという人いますか？オフレコで（笑）

津田　「ミツケン（光石研）」ですね（笑）

監督　そうですね。調べ上げましょうか（笑）勝手に。

中村　監督がずっと津田さんとお仕事ご一緒したいというの、私は伺っていて。どうですか？念願の津田さんと。

監督　いやあもう、幸せですよ。

津田　ちょっと想像と違ったな、とかはあったんじゃないですか？

監督　ああ、いやいや。普通の喋りはこんな感じなんだっていうのはありましたけど。あたりまえですけど、「お芝居うまっ！！」って思って。こういう芝居もできるし、こういう芝居もできるんだ。

津田　演出にものすごいこだわりがあって、俳優さんに対するNGの量がほかの監督の何倍もあったんですよね。

監督　すいません

津田　いえいえ、それがたとえば相米慎二監督だったら「もう一回」「もう一回」しか言わないとか「はい、もう一回。なんも出てこねぇな」みたいな。

監督　巨匠！（笑）

津田　萱野監督の「次、こんな感じでやってみましょう」「あ、そういう感じになるんですね。だったら、なし、をもう一回見せてください」っていうふうに役者と一緒に歩んでる感じがあって。
「あ、もうちょっとたぶん行けると思うんです。もう一回あのう今度はこういう感じでやってみてください」って。ここまでちゃんとゴールが見えてる監督って。今なかなかいないなと思って。

監督　嬉しい。

津田　役者って最初NGを出されると、固くなって芝居がダメになってくるケースが多いんですけど、そこから何回もNGを出すことによってその人をちゃんと導けるかどうかっていう、のが、監督の技術の一つとしてあるんですけど。そのゴールが見えない人も多いんだろうなっていう気がしてて。撮影のシステムも変わってきてるんだけど、久々にちゃんとゴールが見えてて、役者と伴走してくれる監督さんに出会えたなぁと。

監督　ほおー。

津田　そうやってあがりを観たときに、監督が何回もNGを出された俳優さんがみんなキラキラ輝いていたんですよね。特におじさん俳優たちは。それはやっぱり僕が一番嬉しかったことです。

監督　良かったです（一礼）。そう言っていただけて。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3712copy.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_3712copy.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3712copy-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>
津田　カラオケで酔っぱらってなだれ込んでくるおじさんもいるんですけど（笑）

中村　お兄さんくらいにしといてあげれば（笑）。

監督　何回か撮りましたからね。

中村　すごくいいお話をいただいている中なんですけど、もうお時間が近づいているということで、最後にお二人から皆様にひとことずついただければと思います。

津田　この映画は2年半くらい前、ものすごく暑い夏にみんなで「ほんとに良いものにしよう」と思って作った映画です。そこで一番頂点に立っていたのが、萱野監督。みんな思っていたのは萱野監督の頭の中にあるものを具現化しようと頑張って撮った映画なんです。だから誰も「俺が目立ちたい」とか「俺が仕事しやすいように」とか思ってやってた人は全くいなかったんです。
だから、この映画が上映されることというのは、僕とか監督以外にいろんな人が泣くほど嬉しいことだと思います。もし今日ご覧になってほんとに面白かったと思ったら、拡散していただけたら嬉しく思います。本日は来ていただいて有難うございました。どうぞ皆さんよろしくお願いします。（拍手）

監督　あのね、今の話で「この映画やばいね」だとか、ハードルをあげちゃったふしがあるんですけど、僕は本心から「津田さんの可愛いところがたくさん観れる、津田寛治のアイドルムービーだと思いながら撮りました。

津田　確かに裸のシーンもありましたね（笑）。

監督　そうなんです、そうなんです。濡れてるとか。

中村　待って待って、勘違いしちゃうから、もう（笑）。

監督　あんな津田さんやこんな津田さんが観れる映画はそうそうないと思うので、津田さんのチャーミングさに癒されながら、ほのぼのと観ていただけると幸いでございます。ありがとうございます。（拍手）
（まとめ・舞台挨拶写真　白石映子）
<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3719-c1265.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_3719.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_3719-c1265-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_3719-c1265-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />開催日: 2026年1月9日(金)<br />会場: 新宿K's cinema <br />登壇者：主演 津田寛治、萱野孝幸監督、MC中村祐美子（出演・プロデューサー）<br /><br /><strong>★2026年3月28日（土）より新宿K's cinemaほか全国順次公開</strong><br />(C)映画「津田寛治に撮休はない」製作委員会<br /><a href="https://satsukyu.com/" target="_blank">https://satsukyu.com/</a><br />作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520257637.html" target="_blank">こちら</a><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sakkyu.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sakkyu.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sakkyu-thumbnail2.jpg" width="226" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sakkyu-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>津田寛治</strong>　今日は先行上映ということで、もし客席が埋まらなかったらどうしようかと思っていました。晴れて満席ということで、すごく嬉しいし、皆様に感謝しております。ほんとに寒い中、K’sシネマまで足をお運びくださいましてありがとうございます。今日は寒いけれど熱気を感じております。<br /><br /><strong>萱野孝幸監督</strong>　年始の遅い時間にこれだけの方に集まっていただけてほんとに嬉しいです。今日は楽しんでいってください。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>ｍｃ中村祐美子</strong>　上映前の短い時間ですがネタバレについて話していきたいと思います（笑）。</span><br /><br /><strong>津田</strong>　本来上映前にあいさつはすべきじゃないんですよ。まっさらな気持ちで観ていただきたいんで…。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　上映前に聞いてもたくさん楽しんでいただける作品です。<br />映画企画のきっかけを教えてください。</span><br /><br /><strong>監督</strong>　きっかけですよね　あるようなないような…。端的に話しますと、「津田さんとお茶に行けるよ」ってタイミングがありまして。僕はもともと津田さんのファンで、かってに一方的にお慕い申し上げていて。<br />地元は大分なんですけど、津田さんが別府のブルーバード劇場のカフェにへ行くときに、僕も大分に行く。「お茶していただける」それが決まったんです。津田さんと何話そうかなぁ、津田さんに撮休はないっていうの撮ったらおもしろそうだなぁ。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kayano.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="kayano.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kayano-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/kayano-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>津田</strong>　まじっすか？それは「●●の撮休」のパロディですか？<br /><br /><strong>監督</strong>　パロディをしようって感じではなかったんですけど、この映画の核になるアイディアがひとつありまして。これ、津田さんがご本人役で映画にしたら面白いんじゃないかなとダメ元で企画して、企画書を持っていきました。<br /><br /><strong>津田</strong>　お茶をするっていうのが先行だったんですか？それは初耳でした。それから考えられた企画だったんですね。僕は数年ぐらいあたためた企画だと…衝撃を受けました。<br /><br /><strong>監督</strong>　（笑）めちゃくちゃ思いつきです。<br /><br /><strong>津田</strong>　すごいですね、思いつき！<br /><br /><span style="color:#9900cc;">strong>中村</strong>　企画聞いたときどうでした？</span><br /><br /><strong>津田</strong>　企画書に大々的に「津田寛治に～～」となってて、これは萱野監督の大分のテレビ局かなんかのバラエティの企画？と思ったら全く違くて、映画の話。僕が撮影所を渡り歩くような話なんですと。じゃ、ちゃんと取材を受けないといけないなと「取材は別日でやりましょうね」と監督に言ったら、あっというまに台本がきたんですよ。台本用意してた？それから書いたってことなんですね？<br /><br /><strong>監督</strong>　それから書きました。<br /><br /><strong>津田</strong>　その台本観てびっくりしたのが「なんでこんなに俺の事知ってるんだ？！」っていうくらい<br />リアルな僕がそこに書かれていて、しかも全体を通してとてもタイトルの内容とは思えないくらいのハード、っていうのかな？中身の濃いストーリーだったので、これはほんとに「津田寛治でなくてもこの映画に参加したい」な気持ちになりました。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　嬉しいですね。ハードで内容が濃いという。新春一発のこの劇場に来たお客様は身構えてしまうかもしれない（笑）</span><br /><br /><strong>津田</strong>　身構えてほしいですね、逆に。そのぐらいこれは一人でも多くの人に見てもらいたい映画です。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　実際津田さんは撮休がないという噂を方々からうかがうんですけど。</span><br /><br /><strong>津田</strong>　俳優やっている人はわかると思うんですけど　僕ら撮休のときにセリフを覚えているんで（笑）<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　そうですね。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260109_203555.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_20260109_203555.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_20260109_203555-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_20260109_203555-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>津田</strong>　ちなみに僕はだいたいカラオケボックスでセリフを覚えているんで、僕の職場の半分はからおけボックス（笑）、あとの半分は撮影現場。だからそんな感じで言えばたしかに撮休がないのかも。あえていうと、撮休といえば「娘と映画に行く」ときぐらい。娘は今年から大学で大きいんですけど、それでもまだ一緒に映画に行ってくれる。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　いいですね～</span><br /><br /><strong>監督</strong>　それは津田さんが出られている映画を観るんですか？<br /><br /><strong>津田</strong>　一切見ないんです（笑）。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　津田さんが出てない映画探すのジ結構大変かも。</span><br /><br /><strong>津田</strong>　いやいやそんなことはない。<br /><br /><strong>監督</strong>　出ているかどうかチェックして？<br /><br /><strong>津田</strong>　いや邦画じたい観ないんです（笑）。娘と行くのは全部洋画です。<br /><br /><strong>監督</strong>　なるほど。お父さんが出てくるおそれがない（笑）。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　でもついにドイツで撮影もされてますから。</span><br /><br /><strong>津田</strong>　ああそうですね、それはなんか娘がお父さん出ていても観たいよって。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　監督はこの作品、特にこだわったシーンは？</span><br /><br /><strong>監督</strong>　こだわったシーンはたくさんあるんですけど、何がネタバレにならないのか難しいところで（笑）冒頭はスタッフ一同で気合を入れて撮ったシーンです。<br /><br /><strong>津田</strong>　長ーく。<br />　　<br /><strong>監督</strong>　まあまあまあ（と遮って）気合を入れました。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　もうあと１０分１５分後には答え合わせができます。撮影が３年前の７月？</span><br /><br /><strong>津田</strong>　そうですね。２年半前？けっこう頑張りましたね。<br /><br /><span style="color:#9900cc;"><strong>中村</strong>　暑い中頑張りました。</span><br /><br /><strong>津田</strong>　でも僕またあの日に戻りたいくらい楽しかったです、撮影が。<br /><br /><strong>監督</strong>　ほんとに戻りたいて言ってるの津田さんだけです（笑）<br /><br /><strong>津田</strong>　楽じゃなかったとは思うんですけど。<br /><br /><strong>監督</strong>　楽じゃない（笑）<br /><br /><strong>津田</strong>　スタッフさんがみなさん役者なのにスタッフをやられていて。すごく優秀な方が多いところにお願いしたから。スタッフやプロデューさんの中にも俳優さんが紛れていた現場だった。<br /><br /><strong>監督</strong>　そうですねぇ…<br /><br /><strong>津田</strong>　みんな俳優の気持ちがわかる人にサポートしてもらっていたから、すごくやりやすかったし、楽しかった。チーフ助監督さんが毎日のようにスケジュール表になぞなぞを書いてる（笑）<br />萱野監督がすぐ１秒くらいで解いてしまう（笑）。そういう楽しいおまけもついてた。それも楽しかった。<br /><br /><strong>監督</strong>　何よりでございます（笑）。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/satsukyu_E382B5E383965.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="satsukyu_サブ5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/satsukyu_E382B5E383965-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/satsukyu_E382B5E383965-thumbnail2.jpg.html'; 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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>shiraishi</author>
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      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/520117770.html</link>
      <title>『めぐる』『エイン』ティンダン監督インタビュー</title>
      <pubDate>Wed, 04 Mar 2026 21:43:06 +0900</pubDate>
            <description>2月10日（火） アップリンク吉祥寺〓合同会社CHAMP ASIA＊ティンダン監督プロフィール＊1984年6月29日生まれ、ミャンマー、ヤンゴン出身。6歳で日本に家族で移住。日本で育つ。2006年日本映画学校18期卒業。卒業制作作品の『エイン』はアジア・フォーカス福岡映画祭及び伊参スタジオ映画祭に正式出品された。2017年『めぐる』を監督。ボンダンス国際映画祭最優秀短編賞、ライジングサン国際映画祭日本短編部門グランプリ、小布施短編映画祭鴻山部門 作品賞、ワッタン映画祭 審査員..</description>
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2月10日（火） アップリンク吉祥寺

<a href="https://cinemajournal.up.seesaa.net/image/ein20pos.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ein pos.jpg" src="https://cinemajournal.up.seesaa.net/image/ein20pos-thumbnail2.jpg" width="226" height="320"></a>〓合同会社CHAMP ASIA
＊ティンダン監督プロフィール＊
1984年6月29日生まれ、ミャンマー、ヤンゴン出身。
6歳で日本に家族で移住。日本で育つ。2006年日本映画学校18期卒業。卒業制作作品の『エイン』はアジア・フォーカス福岡映画祭及び伊参スタジオ映画祭に正式出品された。2017年『めぐる』を監督。ボンダンス国際映画祭最優秀短編賞、ライジングサン国際映画祭日本短編部門グランプリ、小布施短編映画祭鴻山部門 作品賞、ワッタン映画祭 審査員特別賞を受賞。
2019年ミャンマーでChamp Asia Production を設立。2021年4月ミャンマーのクーデターに遭遇し、ドキュメンタリーの撮影中に政治犯として拘束され、2年1ヶ月拘留される。現在は長編製作に向けて準備中。

『めぐる』『エイン』公式サイト　https://meguruein.com/
作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520068802.html" target="_blank">こちら</a>
<a href="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy.jpg" src="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
ー『エイン』の始まりをお聞かせください。

日本映画学校演出コースに入りまして、天願大介(今村昌平長男 )さんのもとで学びました。『エイン』は卒業制作です。はじめは全く違う映画を作る予定でした。1988年、ミャンマーで民主化を求めるクーデターがあり、その運動をしていた若者たちが夢破れて海外に出ていきました。日本に来た若者の10年後、30代に入った彼らが、自分の国やアイデンティティ、民主主義って何だろうと、葛藤する姿を描こうと思っていました。自分の疑問でもありました。
それを出したところ、先生に「今これを描いたら、危険な目に遭う」と言われました。2005年は軍政だったんですが、僕は日本で育ったので、そういう危機感がなかったんです。締め切りも間近だったので、最終的に自分の経験や自分の好きなロードムービーを盛りこんだ家族の物語をつくったところ、「これがいいよ」と。

ーそれで日本にやってきた兄弟が主人公に。弟のウィンタウンくんが無邪気で可愛くて、難しい年ごろの兄のアウンメインくんを知らず知らず助けていました。キャストはどのように集めたんですか?

はい。こちら、みなさん素人の方でした。ミャンマー料理屋さんや雑貨屋さんにチラシを貼って応募を募り、面談してきめました。
僕は6歳のときに両親と日本にやってきました。下の弟と妹の2人は日本生まれです。『エイン』の弟ウィンタウンに自分の経験を重ねています。アウンメインのキャラには、クラスにいた転校生の友達を重ねました。彼は日本人ですが、仲間に入りたいのになかなか溶け込めないでいました。先輩から後輩への暴力というのは当時僕も目にしました。先輩も始めは興味から話を振ったのが、だんだん変な方向にいってしまったんです。いじめを容認したくなかったのでそこの演出には気をつけました。

ー自分たちと違う人は珍しいのでかまいたくなります。でも慣れてないので方法がよくわからない。いじめかどうかは「悪意のあるなし」じゃないでしょうか。

まさにそうなんです。アウンメインはミャンマーでは人気者で、楽しく過ごしていて日本に来たくなかったんですね。実は、あの中学校は自分の通っていた母校です。お願いして夏休み中のロケに協力してもらえました。生徒さんがたくさんエキストラで出てくれました。

―喜ばれたでしょう。エキストラの経験をした子が後でスタッフになったりしますね。

田舎なので、映画の撮影なんてそうはありません。初めて映画に触れて、喜んで出てくれました。出来上がってから上映会をして観てもらえました。主人公のクラスメート役で出てくれた子が、後でお笑いの世界に入って、今も続けているんですよ。

―まあ、それは面白いですね。ロケで人生変わりました。
「笑われる」んじゃなくて「笑わすんだよ」というセリフが良かった。

ミャンマーでもお笑いは人気なんですよ。日本のお笑いをつなげてみたら面白いんじゃないかとやってみました。

ーお父さんが体調が悪いのに仕事を休めなかったり、近所の奥さんが持ってくる古着にお母さんがお礼を言ったりするのにアウンメインくんがプンプン怒りました。

お兄ちゃんはプライドが高いですから。プライドは必要ですけど、高すぎる不要なプライドは捨てたほうがいいときもあります。自分の考え方を変えてみれば周りも変わっていきます。それは僕自身も学んだことです。お笑いは解決策の一つで、この映画を観てそれぞれ考えてもらえたらと思っています。

ー今はほんとに外国の方が多くなりました。体験が増えてくれば受け入れる側もだんだん慣れて、おつきあいも楽になるはずです。近所の奥さん、無関心じゃないのは良いんですが、あの古着も差し上げ方がちょっと...。

袋に入れるんじゃなく、ちゃんとたたむとか(笑)。

ー光石研さんが出演していて、あら！とびっくりしました。デビュー作の『博多っ子純情』(1978)から観ているんです。

光石さんは業界人も大好きです。大ベテランなのに僕はどうしても出演してほしくて、ダメ元でお手紙を書きました。台本を送ったところ、なんと出演していただけることになって、本当に嬉しかったです。光石さんがいるシーンは特別です。駄菓子屋で兄弟と3人並んで座っているシーンが大好きです。海岸で何も言わずに観ているシーンも、光石さんだから出てきた風格だと思います。

ーミャンマーの人たちはすごく家族を大事にしますね。

はい、親戚も同じで、いとこたちも兄弟のように育ちました。日本は今ちょっと家族の繋がりが薄いような感じがします。ミャンマーの人たちが今たくさん日本にいます。まだ日本語がよくわからない人たちのために、会話の日本語部分にミャンマー語の字幕を入れて観てもらいたいと考えています。

ーたくさんの方が観てくださるといいですね。

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ー次は全くテイストの違う『めぐる』です。ここまで間があきましたね。

脚本は書いていたんですけど、作品として出来上がったのは2本だけです。
ミャンマーで取材中に逮捕される前に、完成したデータを友人に預けていたので、今回公開することができたんです。パラデータ（素材）がないので、予告編を作るのに苦労しました。

―今度は卒業制作と違って俳優さんがたくさん出演しています。

オーディションで選んで撮ることができました。脚本を気に入って集まってくださって。素敵な俳優さんたちに出演していただきました。現在活躍中の小野花梨さんも出演しています。

―脚本は『愛に乱暴』の山﨑佐保子さんです。他の人の脚本を監督するのはいかがでしたか？

面白かったです。自分が創作したのでない脚本があって、僕の演出でキャラクターに肉付けするというのは面白い行程でした。脚本を大事にしつつ、変えるときは山崎さんに許可を取り、完成したときにはお褒めの言葉をいただきました。

ー撮影日数とスタッフの数はどのくらいでしたか?

5、6日間で、スタッフは8人くらいです。脚本の山﨑も撮影(山本周平)、照明(鳥内宏二)、編集(辻田恵美)もみな映画学校の同期です。当時独り立ちしたばかりのころでしたが、できることを精一杯やりました。僕も演出をしただけでなく、お弁当を配ったり忙しかったけど、楽しかったです。

―同期ってありがたいですね。学校に行った強味ですよね。

ありがたいです。この前会って「この映画を今撮ったら、あんなこと、こんなことができる」という話になりました。拘束で僕は2年間止まったままだったのに、ミャンマーから戻ってきたらみんな先へ進んでいて、すごくいい仕事をしています。

―その空白の2年間の体験が、いつか生かせるときが来ると思います。来てほしいです。
『めぐる』は主人公の名前とも繋がっていますね。駅に走った「めぐみ」が、コーヒーカップを持った男性とぶつかるのが始まりです。「めぐる」も別の日に同じ人にぶつかります。人混みでカップを持つのはやめてほしいです。せめてペットボトルで（笑）。

自業自得（笑）。めぐみが起きられなかったのは、妹の悪夢を見ていたせいで、それはまた別の人が関わっています。言いたかったのは、僕らはちょっとした行動でも、他人に影響を与えてしまっている、めぐりめぐって影響しあっているということです。この社会も他人（ひと）が作ったんじゃなく、自分たちが作っている。今日お会いできたのも何かのめぐり合わせで。日本にはご縁という言葉がありますけど。

―ほんとに。ご縁がいい方に向いていけば嬉しいです。

<a href="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/ono.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ono.jpg" src="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/ono-thumbnail2.jpg" width="320" height="172"></a>〓合同会社CHAMP ASIA
―映画を目指すきっかけになった作品はありますか？

一番好きなのは『ライフ・イズ・ビューティフル』です。あのお父さんが子どものために、泣かせないように一生懸命笑わそうとするところがすごく好きでした。映画学校にいたころ観たんですが。

―映画学校に行くとものすごくたくさん観るようになりませんか？

それまで僕が観ていたのは、すごくスタンダードな作品ばかりだったんですよ。それが映画学校では映画バカ、映画マニアばっかりで「小津安二郎のあのカットがさぁ」と言われ、「なんだそれ？」、「岡本喜八がさぁ」と言われ、「なんだそれ？」（笑）。
それからいろいろ観るようになりました。ミャンマーで映画を観たことがなかった両親は、映画というものがわからなくて。映画を説明するために『青い春』を観せたら困っていました。

―『青い春』は観ていないんですが、親が観て困るような映画？（笑）青春ものですか？

青春ものです。高校生が屋上のフェンスの外で手を叩いて、回数が多い人が番長になれるんです。不良高校生の話ですが、淡々と描かれていてすごく面白かったんです。親は「こういう映画が作りたいの?」と驚いていました。
＊『青い春』2002年公開/豊田利晃 監督。10代から20代の松田龍平、新井浩文、高岡蒼佑。EITA(永山瑛太)、KEE(渋川清彦)さんたちが出演

ー映画で食べていけるのかと心配されたでしょう？

されました。いまだに心配されています（笑）。

―親は、子どもが50、60でも心配するんです。そのうち親子が逆転します。
こういう監督を目指したいという目標としている方は？

北野武監督の映画には影響を受けました。でもやりたいのは山田洋次監督作品のような人情ものです。
だから『めぐる』に関しては僕の中では挑戦でした。どうしても『エイン』のように家族ものだったり、ラストもハッピーエンドになったりするものを書くことが多いので。全く違うタイプの山﨑さんの脚本を監督することで、自分の力量も試してみたかったんです。

―あれもまた別の面白さがあっていいですよね。３本目はまた違うタイプになりますか？

主人公が生き生きとして、映画を観終わった後に自分なりに周りを見る、考えるものを撮りたいなと思っています。「観たー！」「良かったー！」で終わるだけでなく、何かが心に残る映画を作っていきたいです。

―面白かった～が一番なエンタメ好きです。でも後でひっかかること、知らなかったことに気づかせてもらえると、お金と時間を使った甲斐があります。配信も多くなって1本あたり安く観られるようになりましたが。

配信は時代だと思いますけど、映画館はなくならないです。映画館で観た後の感覚ってやっぱり特別ですから。劇場では『めぐる』の後に『エイン』を上映する予定です。当時より外国人はうんと多くなっていますし、ミャンマーのことにも想いを馳せてもらえたらいいなと思います。

―今日はありがとうございました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/copytate.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="copytate.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/copytate-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
取材・監督写真：白石映子

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
＝取材を終えて＝
話が広がって、まとめるのに時間がかかりました（私の質問があちこちに飛ぶもので、すみません）。た～くさんお話をうかがえたのですが、公開前なのであまりネタバレになりそうなことはあげていません。2年間の空白についても最少限にしています。その中で印象的だったのが、「余談ですが」と話してくださった本について。
拘留中1年間本を読むことを禁じられていたのが、とても辛かったそうです。文字を目にできない間は、自分で地面に棒で文字を書いては消し、を繰り返したとか。2年目にやっと支援者から届いた本を読んだ時は嬉しくて落涙。解放されてからは、2年分の新聞を読み漁ったとか。
80年も戦後の平和が続いた日本は、世界でもとても珍しい国です。「すごいことです」とティンダン監督。
ただ、戦後生まればかりになり、すでに先人が手に入れた民主主義（国民主権、平和主義、基本的人権の尊重）を当たり前と感じている気がします。ティンダン監督が身をもって知ったそのありがたみを、私たちはもっと大切にしなくては。最近のニュースを見ても、生命や自由がいとも簡単に奪われています。本や映画にはそんな前例がいくらでもあります。生活と政治は直結しています。無関心でいてはいけないとつくづく思いました。話が別方向にいきました。
『エイン』は故国と家族への想いで胸がいっぱいになるお話。『めぐる』は、人は見えなくともつながって世界ができていること。良いことも悪いことも巡ることを見せてくれます。観た方の胸に響くはず。（白）


<a></a>

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2月10日（火） アップリンク吉祥寺<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cinemajournal.up.seesaa.net/image/ein20pos.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ein pos.jpg" src="https://cinemajournal.up.seesaa.net/image/ein20pos-thumbnail2.jpg" width="226" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/ein20pos-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">〓合同会社CHAMP ASIA</div><br /><blockquote>＊ティンダン監督プロフィール＊<br />1984年6月29日生まれ、ミャンマー、ヤンゴン出身。<br />6歳で日本に家族で移住。日本で育つ。2006年日本映画学校18期卒業。卒業制作作品の『エイン』はアジア・フォーカス福岡映画祭及び伊参スタジオ映画祭に正式出品された。2017年『めぐる』を監督。ボンダンス国際映画祭最優秀短編賞、ライジングサン国際映画祭日本短編部門グランプリ、小布施短編映画祭鴻山部門 作品賞、ワッタン映画祭 審査員特別賞を受賞。<br />2019年ミャンマーでChamp Asia Production を設立。2021年4月ミャンマーのクーデターに遭遇し、ドキュメンタリーの撮影中に政治犯として拘束され、2年1ヶ月拘留される。現在は長編製作に向けて準備中。<br /><br />『めぐる』『エイン』公式サイト　<a href="https://meguruein.com/" target="_blank">https://meguruein.com/</a><br />作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/520068802.html" target="_blank">こちら</a></blockquote><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy.jpg" src="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/12841982-59b3-4a5f-af4e-ca0a0f3f2617copy-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#3300ff;">ー『エイン』の始まりをお聞かせください。<br /></span><br />日本映画学校演出コースに入りまして、天願大介(今村昌平長男 )さんのもとで学びました。『エイン』は卒業制作です。はじめは全く違う映画を作る予定でした。1988年、ミャンマーで民主化を求めるクーデターがあり、その運動をしていた若者たちが夢破れて海外に出ていきました。日本に来た若者の10年後、30代に入った彼らが、自分の国やアイデンティティ、民主主義って何だろうと、葛藤する姿を描こうと思っていました。自分の疑問でもありました。<br />それを出したところ、先生に「今これを描いたら、危険な目に遭う」と言われました。2005年は軍政だったんですが、僕は日本で育ったので、そういう危機感がなかったんです。締め切りも間近だったので、最終的に自分の経験や自分の好きなロードムービーを盛りこんだ家族の物語をつくったところ、「これがいいよ」と。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ーそれで日本にやってきた兄弟が主人公に。弟のウィンタウンくんが無邪気で可愛くて、難しい年ごろの兄のアウンメインくんを知らず知らず助けていました。キャストはどのように集めたんですか?</span><br /><br />はい。こちら、みなさん素人の方でした。ミャンマー料理屋さんや雑貨屋さんにチラシを貼って応募を募り、面談してきめました。<br />僕は6歳のときに両親と日本にやってきました。下の弟と妹の2人は日本生まれです。『エイン』の弟ウィンタウンに自分の経験を重ねています。アウンメインのキャラには、クラスにいた転校生の友達を重ねました。彼は日本人ですが、仲間に入りたいのになかなか溶け込めないでいました。先輩から後輩への暴力というのは当時僕も目にしました。先輩も始めは興味から話を振ったのが、だんだん変な方向にいってしまったんです。いじめを容認したくなかったのでそこの演出には気をつけました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー自分たちと違う人は珍しいのでかまいたくなります。でも慣れてないので方法がよくわからない。いじめかどうかは「悪意のあるなし」じゃないでしょうか。</span><br /><br />まさにそうなんです。アウンメインはミャンマーでは人気者で、楽しく過ごしていて日本に来たくなかったんですね。実は、あの中学校は自分の通っていた母校です。お願いして夏休み中のロケに協力してもらえました。生徒さんがたくさんエキストラで出てくれました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―喜ばれたでしょう。エキストラの経験をした子が後でスタッフになったりしますね。</span><br /><br />田舎なので、映画の撮影なんてそうはありません。初めて映画に触れて、喜んで出てくれました。出来上がってから上映会をして観てもらえました。主人公のクラスメート役で出てくれた子が、後でお笑いの世界に入って、今も続けているんですよ。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―まあ、それは面白いですね。ロケで人生変わりました。<br />「笑われる」んじゃなくて「笑わすんだよ」というセリフが良かった。</span><br /><br />ミャンマーでもお笑いは人気なんですよ。日本のお笑いをつなげてみたら面白いんじゃないかとやってみました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ーお父さんが体調が悪いのに仕事を休めなかったり、近所の奥さんが持ってくる古着にお母さんがお礼を言ったりするのにアウンメインくんがプンプン怒りました。</span><br /><br />お兄ちゃんはプライドが高いですから。プライドは必要ですけど、高すぎる不要なプライドは捨てたほうがいいときもあります。自分の考え方を変えてみれば周りも変わっていきます。それは僕自身も学んだことです。お笑いは解決策の一つで、この映画を観てそれぞれ考えてもらえたらと思っています。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー今はほんとに外国の方が多くなりました。体験が増えてくれば受け入れる側もだんだん慣れて、おつきあいも楽になるはずです。近所の奥さん、無関心じゃないのは良いんですが、あの古着も差し上げ方がちょっと...。</span><br /><br />袋に入れるんじゃなく、ちゃんとたたむとか(笑)。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー光石研さんが出演していて、あら！とびっくりしました。デビュー作の『博多っ子純情』(1978)から観ているんです。</span><br /><br />光石さんは業界人も大好きです。大ベテランなのに僕はどうしても出演してほしくて、ダメ元でお手紙を書きました。台本を送ったところ、なんと出演していただけることになって、本当に嬉しかったです。光石さんがいるシーンは特別です。駄菓子屋で兄弟と3人並んで座っているシーンが大好きです。海岸で何も言わずに観ているシーンも、光石さんだから出てきた風格だと思います。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ーミャンマーの人たちはすごく家族を大事にしますね。</span><br /><br />はい、親戚も同じで、いとこたちも兄弟のように育ちました。日本は今ちょっと家族の繋がりが薄いような感じがします。ミャンマーの人たちが今たくさん日本にいます。まだ日本語がよくわからない人たちのために、会話の日本語部分にミャンマー語の字幕を入れて観てもらいたいと考えています。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ーたくさんの方が観てくださるといいですね。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/2E58589E79FB3E7A094E38081E38395E382A9E383B3EFBDA5E38386E382A7E38383E382ADE383B3EFBDA5E382A6E382A3E383B3E38081E38392E3829AE382A4EFBDA5E38392E3829AE383A7E382AAEFBDA5E3838FE3829AE382A4E383B3_E98193.png" target="_blank"><img border="0" alt="2光石研、フォン･テェッキン･ウィン、ピイ･ピョオ･パイン_道.png" src="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/2E58589E79FB3E7A094E38081E38395E382A9E383B3EFBDA5E38386E382A7E38383E382ADE383B3EFBDA5E382A6E382A3E383B3E38081E38392E3829AE382A4EFBDA5E38392E3829AE383A7E382AAEFBDA5E3838FE3829AE382A4E383B3_E98193-thumbnail2.png" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/2E58589E79FB3E7A094E38081E38395E382A9E383B3EFBDA5E38386E382A7E38383E382ADE383B3EFBDA5E382A6E382A3E383B3E38081E38392E3829AE382A4EFBDA5E38392E3829AE383A7E382AAEFBDA5E3838FE3829AE382A4E383B3_E98193-thumbnail2.png.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">〓日本映画大学</div><br /><span style="color:#3300ff;">ー次は全くテイストの違う『めぐる』です。ここまで間があきましたね。</span><br /><br />脚本は書いていたんですけど、作品として出来上がったのは2本だけです。<br />ミャンマーで取材中に逮捕される前に、完成したデータを友人に預けていたので、今回公開することができたんです。パラデータ（素材）がないので、予告編を作るのに苦労しました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―今度は卒業制作と違って俳優さんがたくさん出演しています。<br /></span><br />オーディションで選んで撮ることができました。脚本を気に入って集まってくださって。素敵な俳優さんたちに出演していただきました。現在活躍中の小野花梨さんも出演しています。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―脚本は『愛に乱暴』の山﨑佐保子さんです。他の人の脚本を監督するのはいかがでしたか？</span><br /><br />面白かったです。自分が創作したのでない脚本があって、僕の演出でキャラクターに肉付けするというのは面白い行程でした。脚本を大事にしつつ、変えるときは山崎さんに許可を取り、完成したときにはお褒めの言葉をいただきました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー撮影日数とスタッフの数はどのくらいでしたか?</span><br /><br />5、6日間で、スタッフは8人くらいです。脚本の山﨑も撮影(山本周平)、照明(鳥内宏二)、編集(辻田恵美)もみな映画学校の同期です。当時独り立ちしたばかりのころでしたが、できることを精一杯やりました。僕も演出をしただけでなく、お弁当を配ったり忙しかったけど、楽しかったです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―同期ってありがたいですね。学校に行った強味ですよね。</span><br /><br />ありがたいです。この前会って「この映画を今撮ったら、あんなこと、こんなことができる」という話になりました。拘束で僕は2年間止まったままだったのに、ミャンマーから戻ってきたらみんな先へ進んでいて、すごくいい仕事をしています。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―その空白の2年間の体験が、いつか生かせるときが来ると思います。来てほしいです。<br />『めぐる』は主人公の名前とも繋がっていますね。駅に走った「めぐみ」が、コーヒーカップを持った男性とぶつかるのが始まりです。「めぐる」も別の日に同じ人にぶつかります。人混みでカップを持つのはやめてほしいです。せめてペットボトルで（笑）。</span><br /><br />自業自得（笑）。めぐみが起きられなかったのは、妹の悪夢を見ていたせいで、それはまた別の人が関わっています。言いたかったのは、僕らはちょっとした行動でも、他人に影響を与えてしまっている、めぐりめぐって影響しあっているということです。この社会も他人（ひと）が作ったんじゃなく、自分たちが作っている。今日お会いできたのも何かのめぐり合わせで。日本にはご縁という言葉がありますけど。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―ほんとに。ご縁がいい方に向いていけば嬉しいです。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/ono.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ono.jpg" src="https://cinejour2019ikoufilm.up.seesaa.net/image/ono-thumbnail2.jpg" width="320" height="172" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/ono-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">〓合同会社CHAMP ASIA</div><br /><span style="color:#3300ff;">―映画を目指すきっかけになった作品はありますか？<br /></span><br />一番好きなのは『ライフ・イズ・ビューティフル』です。あのお父さんが子どものために、泣かせないように一生懸命笑わそうとするところがすごく好きでした。映画学校にいたころ観たんですが。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―映画学校に行くとものすごくたくさん観るようになりませんか？</span><br /><br />それまで僕が観ていたのは、すごくスタンダードな作品ばかりだったんですよ。それが映画学校では映画バカ、映画マニアばっかりで「小津安二郎のあのカットがさぁ」と言われ、「なんだそれ？」、「岡本喜八がさぁ」と言われ、「なんだそれ？」（笑）。<br />それからいろいろ観るようになりました。ミャンマーで映画を観たことがなかった両親は、映画というものがわからなくて。映画を説明するために『青い春』を観せたら困っていました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―『青い春』は観ていないんですが、親が観て困るような映画？（笑）青春ものですか？</span><br /><br />青春ものです。高校生が屋上のフェンスの外で手を叩いて、回数が多い人が番長になれるんです。不良高校生の話ですが、淡々と描かれていてすごく面白かったんです。親は「こういう映画が作りたいの?」と驚いていました。<br /><span style="color:#009900;">＊『青い春』2002年公開/豊田利晃 監督。10代から20代の松田龍平、新井浩文、高岡蒼佑。EITA(永山瑛太)、KEE(渋川清彦)さんたちが出演</span><br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー映画で食べていけるのかと心配されたでしょう？<br /></span><br />されました。いまだに心配されています（笑）。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―親は、子どもが50、60でも心配するんです。そのうち親子が逆転します。<br />こういう監督を目指したいという目標としている方は？</span><br /><br />北野武監督の映画には影響を受けました。でもやりたいのは山田洋次監督作品のような人情ものです。<br />だから『めぐる』に関しては僕の中では挑戦でした。どうしても『エイン』のように家族ものだったり、ラストもハッピーエンドになったりするものを書くことが多いので。全く違うタイプの山﨑さんの脚本を監督することで、自分の力量も試してみたかったんです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―あれもまた別の面白さがあっていいですよね。３本目はまた違うタイプになりますか？<br /></span><br />主人公が生き生きとして、映画を観終わった後に自分なりに周りを見る、考えるものを撮りたいなと思っています。「観たー！」「良かったー！」で終わるだけでなく、何かが心に残る映画を作っていきたいです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―面白かった～が一番なエンタメ好きです。でも後でひっかかること、知らなかったことに気づかせてもらえると、お金と時間を使った甲斐があります。配信も多くなって1本あたり安く観られるようになりましたが。<br /></span><br />配信は時代だと思いますけど、映画館はなくならないです。映画館で観た後の感覚ってやっぱり特別ですから。劇場では『めぐる』の後に『エイン』を上映する予定です。当時より外国人はうんと多くなっていますし、ミャンマーのことにも想いを馳せてもらえたらいいなと思います。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―今日はありがとうございました。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/copytate.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="copytate.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/copytate-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/copytate-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><div style="text-align:right;">取材・監督写真：白石映子</div><br /><br />~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~<br /><strong>＝取材を終えて＝</strong><br /><span style="color:#006699;">話が広がって、まとめるのに時間がかかりました（私の質問があちこちに飛ぶもので、すみません）。た～くさんお話をうかがえたのですが、公開前なのであまりネタバレになりそうなことはあげていません。2年間の空白についても最少限にしています。その中で印象的だったのが、「余談ですが」と話してくださった本について。<br />拘留中1年間本を読むことを禁じられていたのが、とても辛かったそうです。文字を目にできない間は、自分で地面に棒で文字を書いては消し、を繰り返したとか。2年目にやっと支援者から届いた本を読んだ時は嬉しくて落涙。解放されてからは、2年分の新聞を読み漁ったとか。<br />80年も戦後の平和が続いた日本は、世界でもとても珍しい国です。「すごいことです」とティンダン監督。<br />ただ、戦後生まればかりになり、すでに先人が手に入れた民主主義（国民主権、平和主義、基本的人権の尊重）を当たり前と感じている気がします。ティンダン監督が身をもって知ったそのありがたみを、私たちはもっと大切にしなくては。最近のニュースを見ても、生命や自由がいとも簡単に奪われています。本や映画にはそんな前例がいくらでもあります。生活と政治は直結しています。無関心でいてはいけないとつくづく思いました。話が別方向にいきました。<br />『エイン』は故国と家族への想いで胸がいっぱいになるお話。『めぐる』は、人は見えなくともつながって世界ができていること。良いことも悪いことも巡ることを見せてくれます。観た方の胸に響くはず。（白）<br /></span><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>shiraishi</author>
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      <title>『湯徳章―私は誰なのか―』黃銘正監督、連楨惠監督インタビュー　</title>
      <pubDate>Wed, 25 Feb 2026 17:09:46 +0900</pubDate>
            <description>左：黃銘正監督、右：連楨惠監督『湯徳章（トゥン・テッチョン）―私は誰なのか』　映画紹介激動の時代を生きた湯徳章　台湾は日清戦争後、1895年（明治28年）下関条約によって、中国・清朝から日本に割譲され、日本の降伏で第二次世界大戦が終結した1945年までの50年間、日本の統治下にあった。　1947年３月13日、台南の今では整備されたロータリーの中心にある公園で一人の男が処刑された。彼・湯徳章が生まれたのは1907年。40年の生涯だった。　湯徳章は日本人の父・新居徳蔵（警察官）と..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
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左：黃銘正監督、右：連楨惠監督

『湯徳章（トゥン・テッチョン）―私は誰なのか』　映画紹介
激動の時代を生きた湯徳章
　台湾は日清戦争後、1895年（明治28年）下関条約によって、中国・清朝から日本に割譲され、日本の降伏で第二次世界大戦が終結した1945年までの50年間、日本の統治下にあった。
　1947年３月13日、台南の今では整備されたロータリーの中心にある公園で一人の男が処刑された。彼・湯徳章が生まれたのは1907年。40年の生涯だった。
　湯徳章は日本人の父・新居徳蔵（警察官）と台湾人の母・湯玉のもと台南で生まれた。８歳の時、父が殉職。湯徳章本人も1927年20歳の時に警察官になった。
　1935年、叔父・坂井又蔵の養子になり、母の「湯」姓から「坂井」姓に。1940年33歳の時日本に渡り、司法を学び弁護士資格を取得し、1943年36歳で台南に戻り、弁護士として働き始めた。
そして終戦前の1945年1月、彼は「坂井」姓から、姓を元の「湯」に戻す。
　日本の敗戦後、台湾は蒋介石率いる中華民国の統治下に置かれたが、国民党政権の抑圧や腐敗に台湾の民衆は不満と怒りを募らせ、1947年２月28日、「二二八事件」が勃発。蒋介石は徹底的に弾圧。多数の虐殺事件も起こった。湯徳章は混乱の収拾に尽力し多くの市民を守ったが、1947年３月11日、高雄から台南に進駐してきた軍に逮捕され拷問を受け、３月13日、台南市の中心部にある民生緑園（現・湯徳章記念公園）で公開処刑された。
　1949年に戒厳令が敷かれ、1987年戒厳令が解除されるまで長きに渡る言論弾圧が続いた。事件に関する事を語ることは禁じられ、台湾の記憶の奥に静かに封じられていった。湯徳章の名誉が回復されたのは、38年間続いた戒厳令が解除されてから。現在、台南には湯徳章の名を冠した公園や住宅、道路などがあるが、地元民でさえ、日本と台湾の間で生きた彼の人物像を知る人は少ない。数奇な運命をたどった彼の人生を、ジャーナリスト、彼の養子、民間の研究者など、台湾の人々が彼の足跡をたどり、「湯徳章とは誰か」をたどる。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub2_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
シネマジャーナルHPの作品紹介は<a href="https://thngtek-chiong.com/" target="_blank">こち</a>ら
公式HPは<a href="https://thngtek-chiong.com/" target="_blank">こちら</a>
劇場情報は<a href="https://thngtek-chiong.com/theater/" target="_blank">こちら</a>
場面写真クレジット　(C)2024角子影音製作有限公司

黃銘正（ホァン・ミンチェン）監督、連楨惠（リェン・チェンフイ）監督インタビュー　　　
取材：景山咲子、宮崎暁美　2026年１月21日　　

＊この映画を作るまで

宮崎：おふたりが作った前作『湾生回家』（2015年製作）でも黃銘正監督にインタビューさせていただきましたが、この作品でもお話を聞かせていただこうと思います。よろしくお願いします。

と前作のHPのインタビュー記事を見せると、一瞬にして顔がほころび、「その記事と一緒に記念写真を撮りましょう」といい、その写真は黃銘正監督のFacebookに掲載されました。
https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=25684666817840076&id=100001703306131&mibextid=wwXIfr&rdid=uz4lU46NyEBvtMJP#
 ＊『湾生回家』黄銘正監督インタビュー記事は<a href="http://www.cinemajournal.net/special/2016/wansei/index.html" target="_blank">こちら</a>

景山：私の母は、神戸生まれなので湾生ではないのですが、６歳頃から終戦までの10年ほどを台湾の基隆で暮らしていました。女学校時代の台湾人の親友が、二二八事件で基隆川も血に染まったということを話してくれたのは、戒厳令が解けて、数年経ったころのことでした。母は時々中国本土に旅行していたのですが、その話をすると、まぁ～中国に！と、あまりいい顔をされなかったそうです。
今回の映画ですが、私の父方の祖父母が、父の生まれる1922年９月直前まで、台南で暮らしていましたので、台南にこのような方がいたことに、親しみを感じました。壮絶な最期でしたが、学校の制服はお金がないから着ないと反抗したり、退学したあと、炭焼きをしていたのに、急に警官になり、さらに日本で司法科と行政科を卒業するという快挙。すごい方だなと思いました。
 
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
ロータリーと湯徳章紀念公園

宮崎：台南にあるロータリー、かつては「民生緑園」と呼ばれていた公園が、1998年に「湯徳章記念公園」と名前が変わり、湯徳章（日本名坂井徳章）の像が立てられたとのことですか、公園や道路に名前がつけられるほど、認知されるきっかけは？

黃銘正監督：湯徳章はこのロータリーで処刑されたんです。このロータリーには７本の路がありますが、ロータリーのメインストリートは中正路。これは蒋介石の名前から由来するものです。結果として、複雑な思いを抱く人も少なくなく、この「中正路」の名前は変えるべきという人もいます（2022年、中正路の一部が「湯徳章大道」と改名された）。
70年生まれの私が受けた授業では、蒋介石は我々の民族（国家）を救った人物として教わってきました。戦後のこの部分（二二八事件）の歴史には触れるなとなっていて、二二八事件について語ることは長いことタブーでした。

『湾生回家』が公開されて、映画を観た女性から、父親が有名な新聞の編集者で、二二八事件で殺されたのでもっと触れてほしいと言われました。台湾協会の方で、私が「台湾の母」と呼んで親しくしていました。「二二八事件の資料を持っているので監督がこの事件のことを映画にするのならお見せすることが出来ます」と、アプローチされたのですが、当時、私は二二八事件について詳しくなかったし、触れたくなかったので、そのままになってしまいました。彼女には４人の子どもがいるのですが、二二八事件の資料を子どもには絶対見せないと言っていました。それくらいタブーなわけです。その方にこの映画を作ったことを報告したいと思っていたら亡くなられてしまい、残念です。『湾生回家』に出演してくださった方も、だいぶ亡くなり、今、生きている方は5、6人です。

景山： 養子の湯聡模（トゥン・ツォンボォ）さんも、2023年に亡くなられたとのこと。ぎりぎり取材が間に合ったといえますね。　

黃銘正監督：証拠として残すことができたのは有意義なことです。二二八事件の被害者の方たちはあまりに辛い記憶なので、口を閉ざしています。

宮崎：台南に住む人たちでも湯徳章さんのことを知る人が少ないようですが、昨日、台北に住む元シネジャスタッフ（日本人）に、「湯徳章」や、この映画について知っているか聞いてみました。彼女は知らなかったけど、SNSでこの作品が日本で公開されることを知ったと言っていました。彼女の夫は台湾人で弁護士をしています。なので、彼は湯徳章のことを知っていました。でもこの映画のことは知らなかったそうです。彼女たちはこの作品を観ていないので、ぜひ観てみたいと言っていました。
台湾では、いつ頃公開されたのですか？　またどのような形で公開されたのでしょう。これからも自主上映活動などありますか？　
 
黃銘正監督：台湾での上映は終わりました。台南と台北の弁護士会で自主上映会も開きました。今後、自主上映があるかもしれません。お友達にもお伝えください。

＊映画の制作過程でのエピソード

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320872_R.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="&#x25CF;P1320872_R.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320872_R-thumbnail2.JPG" width="320" height="240"></a>

宮崎：黃銘正さん、連楨惠さん、おふたりの役割、あるいはどういう形でこの作品を作り上げたのでしょう。

連楨惠監督：私は湯徳章の関係者の方たちを訪ねていく旅人の一人です。

宮崎：映画を観た時は連さんの顔を知らなかったのですが、記者と二人で訪ね歩くシーンで、もう一人の人が連さんかな？と思いました。

黃銘正監督：私は、映画のストーリーテーリングとかプロットとか、どういう風に形作っていくのかそういうのが得意なので、それを主動してやっています。
連さんとのエピソードを。
ドキュメンタリーの魅力はどこにあるのかをいつも考えているのですが、今、おきていることを映像として記録しておくことはすごく大事です。計算した話でなく偶然も。冨永さん（『湾生回家』に出演）のお宅を訪ねた時のことです。私がトイレに入っている時に、冨永さんが吹くハーモニカが聴こえてきて、台湾民謡の「雨夜花」という曲でした。撮らなくてはと思ったのですが、トイレの中だったので撮れませんでした。でも、連さんがちゃんと撮っていてくれました。この人は私が求めているものをわかっていて、ドキュメンタリー映画を撮るセンスを持っていると思いました。また、インタビューするときに、相手に配慮する必要がありますし、忍耐力だけでなく、こだわりも必要です。あるいは寄り添って、相手の心の扉を開けるにはどうしたらいいかということも必要です。これは連さんにしかできないと思います。素材を集めるとか、インタビューする人をみつけてくるとかの段取りは連さんのほうが上手です。特に今回、養子の湯聡模さんは、最初は語りたくなかったのですが、連さんが時間をかけてアプローチしたら、心の扉を開いて話してくれるようになったんです。だから、この映像は非常に貴重なものです。これは連さんにしかできなかったと思います。

宮崎：まさに二人三脚ですね。湯徳章さんの姪の陳銀さん（聡模さんの姉）と聡模さんの二人は封印していて、最初はしゃべらなかったけど、後半、心を開いて、語ってくれるようになったなと思ったのですが、連さんの働きがあったからですね。

黃銘正監督：でもすごく時間がかかりました。聡模さんはドキュメンタリーの撮影は経験したことがなかったのです。二二八事件の日が近づくと、いろいろ取材が来るけれど、湯聡模さんは応じてくれなかったのですが、1998年ロータリー内の公園「民生緑園」の名前が「湯徳章記念公園」に変わって、やっと姿を現してくれるようになりました。それでも、電話しても、本人が電話口で「彼はいない」と濁すのです。台南市長が電話口に出て、やっと話してくれました。でも、湯徳章の銅像ができた時のセレモニーに彼が来たかどうかは不明です。湯聡模さんのお兄さんいわく、遠くから見ていたと。セレモニーの中心には行きたくなかったのでしょう。それまでのことがあるから。次第に民主化が進んで、ようやく話せるようになった感じです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
湯徳章紀念公園の片隅にある湯徳章さんの胸像

宮崎：莉莉青果店の店主　李文雄（リー･ブンヒョン）さんは、どういう方なのでしょう。昔、湯家の近所に住んでいて、湯さんのことをご存じの方？

黃銘正監督：莉莉青果店は、銅像のあるところから2~300ｍ離れたところにあります。カキ氷が有名なお店で、タクシーで乗ってくる人たちが運転手に「湯徳章さんって誰？」と聞くので、運転手たちが李さんに聞いてくるのだそうです。それで、李さんは台南の歴史のことを調べて、養子の聡模さんも李さんが７～８年かけて探しだしました。

宮崎：ああ、そうでした。この莉莉青果店の前にタクシーが止まって、中から男の人が出てきた時、「誰だと思います？」というシーンがありましたが、それが湯聡模さんでした。聡模さんを探すのがミッションだったのでしょう（笑）。その後、交流があったのですね。
あの歴史家の先生も面白かったです。あの家、資料の量がすごかったですね。

黃銘正監督：私たちも扉が開かなくて、家の中に入れなくてびっくりしました。入ったら出られなくなるのではと思いました。資料の山が崩れるんじゃないかという状態でしたし、照明もなくて、暗くておばけが出そうでした（笑）。

景山：先生的には、何がどこにあるというのはわかるのですよね（笑）。
宮崎・景山：私たちの家も似たようなものです。以前住んでいた家は映画資料に埋もれて、部屋の中に資料の山がいくつも連なっていて、家の中の移動に苦労するくらいになっていました。自分にとっては大事な資料だけど、他の人にはゴミですよね。だから、先生のことがよくわかります（笑）。

黃銘正監督：李さんと先生の関係ですが、李さんの集めた資料のほとんどが日本語で、それを先生が読んでくれたという間柄です。先生は早稲田大学に留学して、日本に10数年住んでいたそうです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub8_RE8A39CE6ADA3_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub8_R&#x88DC;&#x6B63;_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub8_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
左：養子の湯聡模さん

＊歴史的資料の保管について

宮崎：冒頭、「児玉源太郎」（第4代台湾総督）の像と「孫文」の像が、並んで出てきたのが印象的でした。この二つの像は、この場所にあるのですか？　あるいは「児玉源太郎」の像はどこかからもってきのですか？　
また、古い資料が保管されていることに驚きました。台湾では、支配する人が変わっても歴史的なものを保存する習慣があるのかなと思いました。

黃銘正監督：そうです。児玉源太郎さんの像は、別のところからもってきて、並べて撮りました。台南市の歴史的なものを保管する場所にあります。

宮崎：あのシーン面白かったです。

連楨惠監督：台南市に文物を保管する場所があります。　焼却されたものも多いのですが、戸籍の資料があったお陰で、湯徳章の親戚を調べることができました。台湾の戸籍ではわからなかったけれど、門田さんを通じて、日本の親戚に繋がりました。門田さんが湯徳章さんのことを調べて本にしていますが、彼からもいろいろ情報をいただきました。
注）門田隆将さんのノンフィクション小説「汝、ふたつの故国に殉ず」（角川書店）
もしかしたら東京の親戚については聡模さんの娘さんから聞いたのかもしれません。宇土への取材は門田さんがコーディネートしてくれて実現しました。

＊湯徳章さんの想いはどうだったのでしょう

景山：姓が何度も変わりましたが、最終的には、「湯」となり、彼にとっては、日本人の父親のルーツよりも、生まれ育った台湾への思いが強かったのかなと感じました。タイトルに、「私は誰なのか」と、付いていますが、彼のアイデンティティについての思いをどのように感じていますか？　　

黃銘正監督：最後、「湯」姓に変えましたが、途中、何度も姓を変えていますね。東アジアは父系社会。父親の姓を名乗ることが多いですが、植民地時代には日本人になった方が有利でした。姓を何度も変えたということから、彼の心情的な気持ちを読み取ることができると思います。

宮崎：日本で弁護士の資格を取る時には、叔父の「坂井姓」になっていましたが、やはり、日本人名のほうが弁護士の資格を取りやすかったのでしょうか。

黃銘正監督：当時、日本では台湾名でも弁護士資格は取れました。たくさんの台湾からの留学生が弁護士の資格を取るために来ていました。映画の中に、台湾からきた留学生で司法試験に合格した人たちの集合写真が出てきましたよね。アイデンティティは、明確に線引きできるものではないと思います。条件によって変わるかもしれない。日記などが残っていれば、ある程度、心情がわかったのですが、なかったので、資料から判断するしかありません。手紙も１通も見つかっていません。二二八事件以降、燃やしてしまったのかもしれません。写真の多くは、聡模さんのお兄さんがまとめて箱に保管して、屋根裏に隠していました。

宮崎：まだ、これから写真や資料などが出てくるかもしれませんね。

黃銘正監督：まだ作業を終えていないことがたくさんあります。それに、他の人も写真を持っているかもしれません。ほかにもできることがあるかもしれませんね。

宮崎：ここで時間が来てしまいました。まだ、いろいろ聞きたいこともありましたが、再度、映画を観て確認したいと思います。激動の時代を生きた「湯徳章」さん。「二二八事件」に関する映画は、いくつか観てきましたが、このような方もいたというのを知ることができました。ぜひ、日本人にも知ってほしいと思いました。

メモ起こし　景山　まとめ・写真　宮崎
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320892E8A39CE6ADA34_R.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="●P1320892補正4_R.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320892E8A39CE6ADA34_R-thumbnail2.JPG" width="320" height="238" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/E2978FP1320892E8A39CE6ADA34_R-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />左：黃銘正監督、右：連楨惠監督</div><br /><br /><strong>『湯徳章（トゥン・テッチョン）―私は誰なのか』　映画紹介</strong><br />激動の時代を生きた湯徳章<br />　台湾は日清戦争後、1895年（明治28年）下関条約によって、中国・清朝から日本に割譲され、日本の降伏で第二次世界大戦が終結した1945年までの50年間、日本の統治下にあった。<br />　1947年３月13日、台南の今では整備されたロータリーの中心にある公園で一人の男が処刑された。彼・湯徳章が生まれたのは1907年。40年の生涯だった。<br />　湯徳章は日本人の父・新居徳蔵（警察官）と台湾人の母・湯玉のもと台南で生まれた。８歳の時、父が殉職。湯徳章本人も1927年20歳の時に警察官になった。<br />　1935年、叔父・坂井又蔵の養子になり、母の「湯」姓から「坂井」姓に。1940年33歳の時日本に渡り、司法を学び弁護士資格を取得し、1943年36歳で台南に戻り、弁護士として働き始めた。<br />そして終戦前の1945年1月、彼は「坂井」姓から、姓を元の「湯」に戻す。<br />　日本の敗戦後、台湾は蒋介石率いる中華民国の統治下に置かれたが、国民党政権の抑圧や腐敗に台湾の民衆は不満と怒りを募らせ、1947年２月28日、「二二八事件」が勃発。蒋介石は徹底的に弾圧。多数の虐殺事件も起こった。湯徳章は混乱の収拾に尽力し多くの市民を守ったが、1947年３月11日、高雄から台南に進駐してきた軍に逮捕され拷問を受け、３月13日、台南市の中心部にある民生緑園（現・湯徳章記念公園）で公開処刑された。<br />　1949年に戒厳令が敷かれ、1987年戒厳令が解除されるまで長きに渡る言論弾圧が続いた。事件に関する事を語ることは禁じられ、台湾の記憶の奥に静かに封じられていった。湯徳章の名誉が回復されたのは、38年間続いた戒厳令が解除されてから。現在、台南には湯徳章の名を冠した公園や住宅、道路などがあるが、地元民でさえ、日本と台湾の間で生きた彼の人物像を知る人は少ない。数奇な運命をたどった彼の人生を、ジャーナリスト、彼の養子、民間の研究者など、台湾の人々が彼の足跡をたどり、「湯徳章とは誰か」をたどる。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub2_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub2_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub2_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />シネマジャーナルHPの作品紹介は<a href="https://thngtek-chiong.com/" target="_blank">こち</a>ら<br />公式HPは<a href="https://thngtek-chiong.com/" target="_blank">こちら</a><br />劇場情報は<a href="https://thngtek-chiong.com/theater/" target="_blank">こちら</a><br />場面写真クレジット　(C)2024角子影音製作有限公司<br /><br /><strong><span style="color:#993366;"><span style="font-size:large;">黃銘正（ホァン・ミンチェン）監督、連楨惠（リェン・チェンフイ）監督インタビュー</span>　</span></strong>　　<br /><div style="text-align:right;">取材：景山咲子、宮崎暁美　2026年１月21日</div>　　<br /><br /><strong>＊この映画を作るまで</strong><br /><br />宮崎：おふたりが作った前作『湾生回家』（2015年製作）でも黃銘正監督にインタビューさせていただきましたが、この作品でもお話を聞かせていただこうと思います。よろしくお願いします。<br /><br />と前作のHPのインタビュー記事を見せると、一瞬にして顔がほころび、「その記事と一緒に記念写真を撮りましょう」といい、その写真は黃銘正監督のFacebookに掲載されました。<br /><a href="https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=25684666817840076&id=100001703306131&mibextid=wwXIfr&rdid=uz4lU46NyEBvtMJP#" target="_blank">https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=25684666817840076&id=100001703306131&mibextid=wwXIfr&rdid=uz4lU46NyEBvtMJP#</a><br /> ＊『湾生回家』黄銘正監督インタビュー記事は<a href="http://www.cinemajournal.net/special/2016/wansei/index.html" target="_blank">こちら</a><br /><br />景山：私の母は、神戸生まれなので湾生ではないのですが、６歳頃から終戦までの10年ほどを台湾の基隆で暮らしていました。女学校時代の台湾人の親友が、二二八事件で基隆川も血に染まったということを話してくれたのは、戒厳令が解けて、数年経ったころのことでした。母は時々中国本土に旅行していたのですが、その話をすると、まぁ～中国に！と、あまりいい顔をされなかったそうです。<br />今回の映画ですが、私の父方の祖父母が、父の生まれる1922年９月直前まで、台南で暮らしていましたので、台南にこのような方がいたことに、親しみを感じました。壮絶な最期でしたが、学校の制服はお金がないから着ないと反抗したり、退学したあと、炭焼きをしていたのに、急に警官になり、さらに日本で司法科と行政科を卒業するという快挙。すごい方だなと思いました。<br /> <br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/main_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />ロータリーと湯徳章紀念公園</div><br /><br />宮崎：台南にあるロータリー、かつては「民生緑園」と呼ばれていた公園が、1998年に「湯徳章記念公園」と名前が変わり、湯徳章（日本名坂井徳章）の像が立てられたとのことですか、公園や道路に名前がつけられるほど、認知されるきっかけは？<br /><br />黃銘正監督：湯徳章はこのロータリーで処刑されたんです。このロータリーには７本の路がありますが、ロータリーのメインストリートは中正路。これは蒋介石の名前から由来するものです。結果として、複雑な思いを抱く人も少なくなく、この「中正路」の名前は変えるべきという人もいます（2022年、中正路の一部が「湯徳章大道」と改名された）。<br />70年生まれの私が受けた授業では、蒋介石は我々の民族（国家）を救った人物として教わってきました。戦後のこの部分（二二八事件）の歴史には触れるなとなっていて、二二八事件について語ることは長いことタブーでした。<br /><br />『湾生回家』が公開されて、映画を観た女性から、父親が有名な新聞の編集者で、二二八事件で殺されたのでもっと触れてほしいと言われました。台湾協会の方で、私が「台湾の母」と呼んで親しくしていました。「二二八事件の資料を持っているので監督がこの事件のことを映画にするのならお見せすることが出来ます」と、アプローチされたのですが、当時、私は二二八事件について詳しくなかったし、触れたくなかったので、そのままになってしまいました。彼女には４人の子どもがいるのですが、二二八事件の資料を子どもには絶対見せないと言っていました。それくらいタブーなわけです。その方にこの映画を作ったことを報告したいと思っていたら亡くなられてしまい、残念です。『湾生回家』に出演してくださった方も、だいぶ亡くなり、今、生きている方は5、6人です。<br /><br />景山： 養子の湯聡模（トゥン・ツォンボォ）さんも、2023年に亡くなられたとのこと。ぎりぎり取材が間に合ったといえますね。　<br /><br />黃銘正監督：証拠として残すことができたのは有意義なことです。二二八事件の被害者の方たちはあまりに辛い記憶なので、口を閉ざしています。<br /><br />宮崎：台南に住む人たちでも湯徳章さんのことを知る人が少ないようですが、昨日、台北に住む元シネジャスタッフ（日本人）に、「湯徳章」や、この映画について知っているか聞いてみました。彼女は知らなかったけど、SNSでこの作品が日本で公開されることを知ったと言っていました。彼女の夫は台湾人で弁護士をしています。なので、彼は湯徳章のことを知っていました。でもこの映画のことは知らなかったそうです。彼女たちはこの作品を観ていないので、ぜひ観てみたいと言っていました。<br />台湾では、いつ頃公開されたのですか？　またどのような形で公開されたのでしょう。これからも自主上映活動などありますか？　<br /> <br />黃銘正監督：台湾での上映は終わりました。台南と台北の弁護士会で自主上映会も開きました。今後、自主上映があるかもしれません。お友達にもお伝えください。<br /><br /><strong>＊映画の制作過程でのエピソード</strong><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320872_R.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="●P1320872_R.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/E2978FP1320872_R-thumbnail2.JPG" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/E2978FP1320872_R-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br />宮崎：黃銘正さん、連楨惠さん、おふたりの役割、あるいはどういう形でこの作品を作り上げたのでしょう。<br /><br />連楨惠監督：私は湯徳章の関係者の方たちを訪ねていく旅人の一人です。<br /><br />宮崎：映画を観た時は連さんの顔を知らなかったのですが、記者と二人で訪ね歩くシーンで、もう一人の人が連さんかな？と思いました。<br /><br />黃銘正監督：私は、映画のストーリーテーリングとかプロットとか、どういう風に形作っていくのかそういうのが得意なので、それを主動してやっています。<br />連さんとのエピソードを。<br />ドキュメンタリーの魅力はどこにあるのかをいつも考えているのですが、今、おきていることを映像として記録しておくことはすごく大事です。計算した話でなく偶然も。冨永さん（『湾生回家』に出演）のお宅を訪ねた時のことです。私がトイレに入っている時に、冨永さんが吹くハーモニカが聴こえてきて、台湾民謡の「雨夜花」という曲でした。撮らなくてはと思ったのですが、トイレの中だったので撮れませんでした。でも、連さんがちゃんと撮っていてくれました。この人は私が求めているものをわかっていて、ドキュメンタリー映画を撮るセンスを持っていると思いました。また、インタビューするときに、相手に配慮する必要がありますし、忍耐力だけでなく、こだわりも必要です。あるいは寄り添って、相手の心の扉を開けるにはどうしたらいいかということも必要です。これは連さんにしかできないと思います。素材を集めるとか、インタビューする人をみつけてくるとかの段取りは連さんのほうが上手です。特に今回、養子の湯聡模さんは、最初は語りたくなかったのですが、連さんが時間をかけてアプローチしたら、心の扉を開いて話してくれるようになったんです。だから、この映像は非常に貴重なものです。これは連さんにしかできなかったと思います。<br /><br />宮崎：まさに二人三脚ですね。湯徳章さんの姪の陳銀さん（聡模さんの姉）と聡模さんの二人は封印していて、最初はしゃべらなかったけど、後半、心を開いて、語ってくれるようになったなと思ったのですが、連さんの働きがあったからですね。<br /><br />黃銘正監督：でもすごく時間がかかりました。聡模さんはドキュメンタリーの撮影は経験したことがなかったのです。二二八事件の日が近づくと、いろいろ取材が来るけれど、湯聡模さんは応じてくれなかったのですが、1998年ロータリー内の公園「民生緑園」の名前が「湯徳章記念公園」に変わって、やっと姿を現してくれるようになりました。それでも、電話しても、本人が電話口で「彼はいない」と濁すのです。台南市長が電話口に出て、やっと話してくれました。でも、湯徳章の銅像ができた時のセレモニーに彼が来たかどうかは不明です。湯聡模さんのお兄さんいわく、遠くから見ていたと。セレモニーの中心には行きたくなかったのでしょう。それまでのことがあるから。次第に民主化が進んで、ようやく話せるようになった感じです。<br /><br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub1_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />湯徳章紀念公園の片隅にある湯徳章さんの胸像</div><br /><br />宮崎：莉莉青果店の店主　李文雄（リー･ブンヒョン）さんは、どういう方なのでしょう。昔、湯家の近所に住んでいて、湯さんのことをご存じの方？<br /><br />黃銘正監督：莉莉青果店は、銅像のあるところから2~300ｍ離れたところにあります。カキ氷が有名なお店で、タクシーで乗ってくる人たちが運転手に「湯徳章さんって誰？」と聞くので、運転手たちが李さんに聞いてくるのだそうです。それで、李さんは台南の歴史のことを調べて、養子の聡模さんも李さんが７～８年かけて探しだしました。<br /><br />宮崎：ああ、そうでした。この莉莉青果店の前にタクシーが止まって、中から男の人が出てきた時、「誰だと思います？」というシーンがありましたが、それが湯聡模さんでした。聡模さんを探すのがミッションだったのでしょう（笑）。その後、交流があったのですね。<br />あの歴史家の先生も面白かったです。あの家、資料の量がすごかったですね。<br /><br />黃銘正監督：私たちも扉が開かなくて、家の中に入れなくてびっくりしました。入ったら出られなくなるのではと思いました。資料の山が崩れるんじゃないかという状態でしたし、照明もなくて、暗くておばけが出そうでした（笑）。<br /><br />景山：先生的には、何がどこにあるというのはわかるのですよね（笑）。<br />宮崎・景山：私たちの家も似たようなものです。以前住んでいた家は映画資料に埋もれて、部屋の中に資料の山がいくつも連なっていて、家の中の移動に苦労するくらいになっていました。自分にとっては大事な資料だけど、他の人にはゴミですよね。だから、先生のことがよくわかります（笑）。<br /><br />黃銘正監督：李さんと先生の関係ですが、李さんの集めた資料のほとんどが日本語で、それを先生が読んでくれたという間柄です。先生は早稲田大学に留学して、日本に10数年住んでいたそうです。<br /><br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub8_RE8A39CE6ADA3_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub8_R補正_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub8_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub8_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />左：養子の湯聡模さん</div><br /><br /><strong>＊歴史的資料の保管について</strong><br /><br />宮崎：冒頭、「児玉源太郎」（第4代台湾総督）の像と「孫文」の像が、並んで出てきたのが印象的でした。この二つの像は、この場所にあるのですか？　あるいは「児玉源太郎」の像はどこかからもってきのですか？　<br />また、古い資料が保管されていることに驚きました。台湾では、支配する人が変わっても歴史的なものを保存する習慣があるのかなと思いました。<br /><br />黃銘正監督：そうです。児玉源太郎さんの像は、別のところからもってきて、並べて撮りました。台南市の歴史的なものを保管する場所にあります。<br /><br />宮崎：あのシーン面白かったです。<br /><br />連楨惠監督：台南市に文物を保管する場所があります。　焼却されたものも多いのですが、戸籍の資料があったお陰で、湯徳章の親戚を調べることができました。台湾の戸籍ではわからなかったけれど、門田さんを通じて、日本の親戚に繋がりました。門田さんが湯徳章さんのことを調べて本にしていますが、彼からもいろいろ情報をいただきました。<br />注）門田隆将さんのノンフィクション小説「汝、ふたつの故国に殉ず」（角川書店）<br />もしかしたら東京の親戚については聡模さんの娘さんから聞いたのかもしれません。宇土への取材は門田さんがコーディネートしてくれて実現しました。<br /><br /><strong>＊湯徳章さんの想いはどうだったのでしょう</strong><br /><br />景山：姓が何度も変わりましたが、最終的には、「湯」となり、彼にとっては、日本人の父親のルーツよりも、生まれ育った台湾への思いが強かったのかなと感じました。タイトルに、「私は誰なのか」と、付いていますが、彼のアイデンティティについての思いをどのように感じていますか？　　<br /><br />黃銘正監督：最後、「湯」姓に変えましたが、途中、何度も姓を変えていますね。東アジアは父系社会。父親の姓を名乗ることが多いですが、植民地時代には日本人になった方が有利でした。姓を何度も変えたということから、彼の心情的な気持ちを読み取ることができると思います。<br /><br />宮崎：日本で弁護士の資格を取る時には、叔父の「坂井姓」になっていましたが、やはり、日本人名のほうが弁護士の資格を取りやすかったのでしょうか。<br /><br />黃銘正監督：当時、日本では台湾名でも弁護士資格は取れました。たくさんの台湾からの留学生が弁護士の資格を取るために来ていました。映画の中に、台湾からきた留学生で司法試験に合格した人たちの集合写真が出てきましたよね。アイデンティティは、明確に線引きできるものではないと思います。条件によって変わるかもしれない。日記などが残っていれば、ある程度、心情がわかったのですが、なかったので、資料から判断するしかありません。手紙も１通も見つかっていません。二二八事件以降、燃やしてしまったのかもしれません。写真の多くは、聡模さんのお兄さんがまとめて箱に保管して、屋根裏に隠していました。<br /><br />宮崎：まだ、これから写真や資料などが出てくるかもしれませんね。<br /><br />黃銘正監督：まだ作業を終えていないことがたくさんあります。それに、他の人も写真を持っているかもしれません。ほかにもできることがあるかもしれませんね。<br /><br />宮崎：ここで時間が来てしまいました。まだ、いろいろ聞きたいこともありましたが、再度、映画を観て確認したいと思います。激動の時代を生きた「湯徳章」さん。「二二八事件」に関する映画は、いくつか観てきましたが、このような方もいたというのを知ることができました。ぜひ、日本人にも知ってほしいと思いました。<br /><br /><div style="text-align:right;">メモ起こし　景山　まとめ・写真　宮崎</div><br /><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>akemi</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,cineja-film-report/520054277</guid>
                </item>
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      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/519979085.html</link>
      <title>『神社　悪魔のささやき』公開記念舞台挨拶</title>
      <pubDate>Sun, 15 Feb 2026 13:13:59 +0900</pubDate>
            <description>2月６日より公開されている JAEJOONG（ジェジュン）主演、熊切和嘉監督の新作ホラー『神社　悪魔のささやき』の公開記念舞台挨拶が、2026年2月11日、東京・新宿バルト9で開催されました。神社　悪魔のささやき　　原題：신사: 악귀의 속삭임監督：熊切和嘉出演：キム・ジェジュン、コン･ソンハ、コ･ユンジュン、木野花2025年／韓国／96分／5.1ch／シネマスコープ配給：クロックワークス公式サイト：https://klockworx-asia.com/jinja/★2026..</description>
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2月６日より公開されている JAEJOONG（ジェジュン）主演、熊切和嘉監督の新作ホラー『神社　悪魔のささやき』の公開記念舞台挨拶が、2026年2月11日、東京・新宿バルト9で開催されました。


神社　悪魔のささやき　　原題：신사: 악귀의 속삭임
監督：熊切和嘉
出演：キム・ジェジュン、コン･ソンハ、コ･ユンジュン、木野花
2025年／韓国／96分／5.1ch／シネマスコープ
配給：クロックワークス
公式サイト：https://klockworx-asia.com/jinja/
★2026年2月6日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開
<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/519863621.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a>　



◎『神社　悪魔のささやき』公開記念舞台挨拶

登壇者：JAEJOONG、木野 花、熊切和嘉監督
MC：奥浜レイラ

満席の観客の前に、JAEJOONG、木野 花、熊切和嘉監督が登壇。

MC：ご挨拶をいただきたいと思います。まずは祈祷師のミョンジンを演じられましたJAEJOONGさんからお願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064426019.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_064426019.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064426019-thumbnail2.jpg" width="265" height="320"></a>
JAEJOONG：こんにちは！　祈祷師のミョンジンを演じたJAEJOONGです。よろしくお願いします。

MC：日韓文化交流プロジェクトに参加していた大学生たちの大家・佐藤さんを演じた木野花さん、お願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064313826.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_064313826.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064313826-thumbnail2.jpg" width="230" height="320"></a>
木野：こんにちは。劇場に足を運んでいただいたのが嬉しくて、それだけで感激しています。大家の佐藤を演じました木野花です。


ＭＣ：監督を務められました熊切和嘉監督、お願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070051894.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070051894.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070051894-thumbnail2.jpg" width="280" height="320"></a>
熊切監督：こんにちは。皆さん、ようこそおいでくださいました。こんなに大勢来てくださって・・・　映画はいかがでしたでしょうか？　（会場：拍手）
ありがとうございます。短い時間ではありますが、よろしくお願いします。


◆観客席で観ていたJAEJOONGに誰も気づかず！
MC：今、皆さんに映画を観ていただいたところですが、なんと、JAEJOONGさんは、今、観客席で皆さんと一緒にお座りになって映画をご覧になっていたのですよね。
（Ｖサインで、そうですと合図するJAEJOONGに、え～！っと観客から歓声があがりました）
このスクリーンで観る作品、いかがでしたか？

JAEJOONG：今、この３人の中で、僕だけですね。映画館で映画を観たのは。映画を撮影してから結構時間が経ったので、もう一度リマインドするために皆さんと同じ席で観ていたのですけど・・・　面白いね～！　面白かったですね。

MC：皆さん、気づいてましたか？　　誰も気づいてない！　JAEJOONGさん、どうやってそのオーラを隠して観ていたんですか？

JAEJOONG：僕ですか？　だってムーダン（祈祷師）ですから！　


◆韓国のキリスト教文化や祈祷師の存在があったからこそ撮れた
MC：一緒にご覧になっていたという、まさかのサプライズもございましたが、木野花さんは完成して、この映画を観た率直なご感想はいかがでしたか？

木野：私は自慢じゃないけどホラーは苦手で。ここぞというところで、目を薄めて、耳を塞いでみるという・・・。小さなiPadで観たのですが、それでも怖かったです。　JAEJOONGさんもですが、私も初めてのホラー映画で、なんというか、自分で観ると自分の演技がオーバーなのじゃないかと。怖くて追いつめられるというシーンの映画の経験があまりなかったので、どれくらいやったらいいかわからなくて、手探りで撮ってました。私がどういう演技をしたかも忘れてしまって、普通に映画にのめりこんで観てました。

MC：熊切監督、木野花さんになんていうことを！　すごい役でしたね。木野さんがこんな役をやるというのも驚きましたが、JAEJOONGさんもホラー初主演作品でしたね。熊切監督は、神様と悪魔の戦いを日本を舞台に描かれましたが、日本ではあまりない印象ですが、完成した時の手ごたえはいかがでしたか？

監督：完成したときですか・・・　もともと『エクソシスト』を子ども時に観て、ずっとすごく好きで、魔憑きの映画をずっとやってみたいと思っていたのですが、なかなか日本だと文化的にも、そういう映画は説得力がないのではないかと思っていました。今回のように韓国人がやってくるという設定ならば、キリスト教文化が韓国にはありますので、できるのではないかと思いました。思い切って照れずに撮ることができたと思っています。大学時代の同級生が観てくれて、「熊らしい映画」と言われました。

MC：JAEJOONGさんにとっては、記念すべきホラー作品初主演となりました。祈祷師という職業、特殊で神秘的な役どころでしたが、演じていて、大変だったところ、面白かったところ、ありますか？

JAEJOONG：ムーダンやシャーマニズムについてなど文化的な知識もあまりなかったので、ネットでいろいろ調べたり、監督にも相談をして、どうやって演じたらいいのか長い時間をかけて考えていたのですが、さっき映画を観て、大丈夫だったかなと感じました。演技をちょっと抑え過ぎたような気もしたのですど……　どうでしたか？

熊切監督：いや、そこは大丈夫だと思います。

MC:　熊切監督とJAEJOONGさんは、映画に関して、どんなお話をされたのですか？

監督：ムーダンに関しては、JAEJOONGさんの方が知ってると思うので、逆にお聞きしたのと、あとは、活躍するヒーローなのですが、どこか後ろめたさがあるというヒーローといったことを話していたと思います。

◆JAEJOONGとの共演に感無量の木野花さん
MC: 映画を観ますと、なるほど、そこがポイントと思います。　そして、木野さんは、学生たちに寄り添う大家さんという役でしたが、どんな撮影現場の雰囲気でしたか？

木野：ほんとに大家さんみたいな気持ちでいました。若い学生さん役の俳優さんがたくさんいて、ユミ役のコン・ソンハさんとも翻訳アプリで結構おしゃべりできました。込み入った話や、コン・ソンハさんが、伝統芸能をやってることとか、空き時間にも結構おしゃべりしてましたね。それがすごく楽しくて、韓国映画に出たいという私の夢、熊切監督と一度お仕事したいと思いもあり、そしてJAEJOONGさんと共演ということで、ぜひやりたいと思って出た映画なので、幸せな時間ではありました。大変ではありましたけど、すごく楽しかったですね。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065059286.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065059286.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065059286-thumbnail2.jpg" width="320" height="221"></a>
MC：JAEJOONGさん、木野さんとの共演シーンで思い出に残ることはありますか？

JAEJOONG：トンネルの中の撮影が凄かったですね。空気が・・・

木野：もわ～っとした中に長い時間いるじゃないですか。休憩の時に外にでると、ほんとうに何か取りついているんじゃないかというくらいに、ちょっと怖い空間でした。あれが、ほんとうに映像に乗ってくるんだなと思いました。あのトンネル、よく見つけましたね。

監督：嫌な場所でしたよね。すみません。

MC：今回、ロケーション、それぞれちょっと何かあるなと思わせる場所が多かったですね。家もそうですし、教会も。

監督：結構、よどみのあるような場所を探していたので、佐藤さんが大家の家も、半分物置で使われていた場所を片付けて使わせてもらいました。

MC：トンネルの中での共演シーンが印象的だったとのことですが、木野さんから見たJAEJOONGさんは、どんな方でしたか？

木野：ある意味憧れの方じゃないですか。お会いできないような。それが、気さくに降りてきてくださって、すごくおしゃべりした気がするんですよ。他愛のない話だったりするんですけど、日本語が達者でいらっしゃるから、普通にお話できたのですけど、舞い上がって何話したかよく覚えてないんです。JAEJOONGさんとお話してるのが、ちょっと感激でしたね。

JAEJOONG：正直、僕もあまり覚てない・・・

木野：わ～わ～キャーキャー、今日は何食べるとか、美味しいとか美味しくないとか言いながら、他愛もなくおしゃべりしてたのが。私には幸せな時間だったのですけど。

JAEJOONG：僕も滅茶苦茶幸せでしたよ！

木野：ファンの方には申し訳ないくらいに、ほんとうに楽しかったです。


◆監督も追い込まれたトンネルでの撮影
MC:熊切監督は、お二人をご覧になっていて、圧倒された瞬間ですとか、印象に残っているシーンはありましたか？

監督：さっきも出ましたように、トンネルのところで何日間か撮影していて、ほんとに気が滅入ったりもしていたのですけど、その中で二人のお芝居に意気込みを感じました。それは撮っていて、すごくよかったです。

JAEJOONG：僕や監督もそうでしたが、あそこで風邪引いた人が多かったですね。ほんとに寒かったですし、空気がちょっと汚くて、長いし、煙もすごかったですし、そこで演じながらも激しいシーンが多かったので、呼吸も激しくなってくるじゃないですか。ずっ～っと暗いんで、おかしくなって、家に帰っても寝れなくなりました。

木野：私は場所として、もう芝居というより、自分の感覚がちょっと狂っていって、もうどうでもいいやという気持ちになりました。

JAEJOONG：もう諦めちゃった？

木野：ある意味、この空間に身を任せるという感じで、追い込まれたかなという感じがします。演技がどうとか考えないで、出たとこ勝負でやってたようなところもあります。

MC：ほんとに大変だったのですね。

監督：僕も追い込まれて撮ってました。

木野：監督、追い込まれて・・・(笑いが止まらない木野さん)、韓国の撮影監督と、がちがちに喧嘩になるかと思うくらい言いあっていて、いいぞ！いいぞ！　この感じ面白いぞ！と、自分は関係ないから陰から見ていました。頑張ってましたよね。監督。

熊切監督：普段、全然そういう感じじゃないんです。あっけに憑りつかれていました。

MC:本編でも闘いが描かれていましたけど、裏でもいろいろ闘いがあったのですね。


◆手に入れたい能力

MC: 本作では、JAEJOONGさんが祈祷師という設定でしたので、それにちなんで「手に入れたい能力」を絵馬型パネルに事前に書いていただいておりますので、一斉にオープンしていただけますか。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065733579.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065733579.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065733579.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="239"></a>
熊切監督：「眼で映画を撮る能力」
映画で、今しかない瞬間を撮ろうということがあるじゃないですか。もちろん、その瞬間を撮るように準備して本番を迎えるのですけど、どうしてもその瞬間を逃すことがあるじゃないですか。日常でも。この光を今、捉えたいなとか。そういうところで、眼が３５ｍｍフィルムが撮れるようになればいいなと。

JAEJOONG：眼を改良すればいいじゃないですか。

監督：そうなると映画を撮るのが楽しくなくなるかも。

木野：「全てのものと会話できる能力　人も動物も植物も石も」
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065839458.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065839458.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065839458-thumbnail2.jpg" width="261" height="320"></a>
人間だけじゃなくて、犬でも猫でも動物、植物、石とも話せる、会話できたらどうなんだろうと思うことがあります。子どもの時から思ってました。孤独ってことはどうことかと思うくらい、世界が変わると思います。

MC:さっき木野さんがおっしゃっていましたように、翻訳アプリがどんどん進化してますから、その延長にワンちゃんとも、もしかしたら会話できることがあるかもしれないですね。

JAEJOONG：「瞬間移動した～い」
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065949482.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065949482.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065949482-thumbnail2.jpg" width="259" height="320"></a>
今日の朝、一便で東京に着きました。最近はいろいろな国に行っていて、瞬間移動ができたらもっと早くファンの皆さんに近づけるし、物理的な問題が無くなれば、この人生もっと楽しめるかなと。ファンの皆さんを待たせることも僕は心配。どこかに逃げるのではないかと！

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065714914.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065714914.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065714914-thumbnail2.jpg" width="237" height="320"></a>

◆映画館の暗闇で何度も観てください！

熊切監督：今日はありがとうございます。自分にとって初めての本格的ホラー映画を撮ったのですが、怖いだけでなく、いろんな感情が巻き起こるといいなと思って撮りました。今日観ていただいた方は、わ～怖かったでも、グロかったでも、意外とグッときたでもいいですし、知り合いの方に伝えていただければと思います。映画館の暗闇でこそ映える映画と思っていますので、ぜひ劇場に足を運んでください。

木野：この映画はよくある伝統的なホラー映画とは、ちょっと違うかなと思います。薄暗くて、神経に触るような音楽が流れるのでなくて、いろいろな面で楽しめる映画です。いろいろ発見もあって、ホラー映画なのに、楽しく観れました。一度ならず二度三度と観て、いろんなシーンを発見して楽しんもらえるといいかなと思います。

JAEJOONG：この映画は1回観ても、すっきりできないシーンがたくさんあると思うんです。監督の頭から仕込んだヒントがたくさんあるんですね。そういうところを探すには、少なくとも10回くらいは観ないとわからないと思います。周りの方にもご覧いただけると嬉しいです。今日はありがとうございます。

★フォトセッション
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070700946.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070700946.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070700946-thumbnail2.jpg" width="320" height="241"></a>

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400-04108.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070650733 400.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400-04108-thumbnail2.jpg" width="320" height="228"></a>
最後に、観客の皆さんにもフォトタイム。

★Facebookのアルバムに、こちらに掲載しなかった写真も含めて大きなサイズの写真をアップしています。
https://www.facebook.com/photo/?fbid=1508758741251706&set=a.1508773851250195


過酷だけど、和気あいあいで楽しかった撮影現場が伝わってくる舞台挨拶でした。

報告：景山咲子



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      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070650733 400.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400-thumbnail2.jpg" width="320" height="228" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_07065073320400-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div></div><br />2月６日より公開されている JAEJOONG（ジェジュン）主演、熊切和嘉監督の新作ホラー『神社　悪魔のささやき』の公開記念舞台挨拶が、2026年2月11日、東京・新宿バルト9で開催されました。<br /><br /><blockquote><br /><strong><span style="color:#660066;">神社　悪魔のささやき</span></strong>　　原題：신사: 악귀의 속삭임<br />監督：熊切和嘉<br />出演：キム・ジェジュン、コン･ソンハ、コ･ユンジュン、木野花<br />2025年／韓国／96分／5.1ch／シネマスコープ<br />配給：クロックワークス<br />公式サイト：<a href="https://klockworx-asia.com/jinja/" target="_blank">https://klockworx-asia.com/jinja/</a><br />★2026年2月6日(金)より、新宿バルト9ほか全国公開<br /><a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/519863621.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a>　<br /></blockquote><br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#990066;">◎『神社　悪魔のささやき』公開記念舞台挨拶</span></span></strong><br /><br /><strong>登壇者：JAEJOONG、木野 花、熊切和嘉監督<br />MC：奥浜レイラ</strong><br /><br />満席の観客の前に、JAEJOONG、木野 花、熊切和嘉監督が登壇。<br /><br /><strong>MC：</strong>ご挨拶をいただきたいと思います。まずは祈祷師のミョンジンを演じられましたJAEJOONGさんからお願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064426019.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_064426019.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064426019-thumbnail2.jpg" width="265" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_064426019-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>JAEJOONG：</strong>こんにちは！　祈祷師のミョンジンを演じたJAEJOONGです。よろしくお願いします。<br /><br /><strong>MC：</strong>日韓文化交流プロジェクトに参加していた大学生たちの大家・佐藤さんを演じた木野花さん、お願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064313826.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_064313826.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_064313826-thumbnail2.jpg" width="230" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_064313826-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>木野：</strong>こんにちは。劇場に足を運んでいただいたのが嬉しくて、それだけで感激しています。大家の佐藤を演じました木野花です。<br /><br /><br /><strong>ＭＣ：</strong>監督を務められました熊切和嘉監督、お願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070051894.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070051894.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070051894-thumbnail2.jpg" width="280" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_070051894-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>熊切監督：</strong>こんにちは。皆さん、ようこそおいでくださいました。こんなに大勢来てくださって・・・　映画はいかがでしたでしょうか？　（会場：拍手）<br />ありがとうございます。短い時間ではありますが、よろしくお願いします。<br /><br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆観客席で観ていたJAEJOONGに誰も気づかず！</span></strong><br /><strong>MC：</strong>今、皆さんに映画を観ていただいたところですが、なんと、JAEJOONGさんは、今、観客席で皆さんと一緒にお座りになって映画をご覧になっていたのですよね。<br />（Ｖサインで、そうですと合図するJAEJOONGに、え～！っと観客から歓声があがりました）<br />このスクリーンで観る作品、いかがでしたか？<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>今、この３人の中で、僕だけですね。映画館で映画を観たのは。映画を撮影してから結構時間が経ったので、もう一度リマインドするために皆さんと同じ席で観ていたのですけど・・・　面白いね～！　面白かったですね。<br /><br /><strong>MC：</strong>皆さん、気づいてましたか？　　誰も気づいてない！　JAEJOONGさん、どうやってそのオーラを隠して観ていたんですか？<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>僕ですか？　だってムーダン（祈祷師）ですから！　<br /><br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆韓国のキリスト教文化や祈祷師の存在があったからこそ撮れた</span></strong><br /><strong>MC：</strong>一緒にご覧になっていたという、まさかのサプライズもございましたが、木野花さんは完成して、この映画を観た率直なご感想はいかがでしたか？<br /><br /><strong>木野：</strong>私は自慢じゃないけどホラーは苦手で。ここぞというところで、目を薄めて、耳を塞いでみるという・・・。小さなiPadで観たのですが、それでも怖かったです。　JAEJOONGさんもですが、私も初めてのホラー映画で、なんというか、自分で観ると自分の演技がオーバーなのじゃないかと。怖くて追いつめられるというシーンの映画の経験があまりなかったので、どれくらいやったらいいかわからなくて、手探りで撮ってました。私がどういう演技をしたかも忘れてしまって、普通に映画にのめりこんで観てました。<br /><br /><strong>MC：</strong>熊切監督、木野花さんになんていうことを！　すごい役でしたね。木野さんがこんな役をやるというのも驚きましたが、JAEJOONGさんもホラー初主演作品でしたね。熊切監督は、神様と悪魔の戦いを日本を舞台に描かれましたが、日本ではあまりない印象ですが、完成した時の手ごたえはいかがでしたか？<br /><br /><strong>監督：</strong>完成したときですか・・・　もともと『エクソシスト』を子ども時に観て、ずっとすごく好きで、魔憑きの映画をずっとやってみたいと思っていたのですが、なかなか日本だと文化的にも、そういう映画は説得力がないのではないかと思っていました。今回のように韓国人がやってくるという設定ならば、キリスト教文化が韓国にはありますので、できるのではないかと思いました。思い切って照れずに撮ることができたと思っています。大学時代の同級生が観てくれて、「熊らしい映画」と言われました。<br /><br /><strong>MC：</strong>JAEJOONGさんにとっては、記念すべきホラー作品初主演となりました。祈祷師という職業、特殊で神秘的な役どころでしたが、演じていて、大変だったところ、面白かったところ、ありますか？<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>ムーダンやシャーマニズムについてなど文化的な知識もあまりなかったので、ネットでいろいろ調べたり、監督にも相談をして、どうやって演じたらいいのか長い時間をかけて考えていたのですが、さっき映画を観て、大丈夫だったかなと感じました。演技をちょっと抑え過ぎたような気もしたのですど……　どうでしたか？<br /><br /><strong>熊切監督：</strong>いや、そこは大丈夫だと思います。<br /><br /><strong>MC:　</strong>熊切監督とJAEJOONGさんは、映画に関して、どんなお話をされたのですか？<br /><br /><strong>監督：</strong>ムーダンに関しては、JAEJOONGさんの方が知ってると思うので、逆にお聞きしたのと、あとは、活躍するヒーローなのですが、どこか後ろめたさがあるというヒーローといったことを話していたと思います。<br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆JAEJOONGとの共演に感無量の木野花さん</span></strong><br /><strong>MC: </strong>映画を観ますと、なるほど、そこがポイントと思います。　そして、木野さんは、学生たちに寄り添う大家さんという役でしたが、どんな撮影現場の雰囲気でしたか？<br /><br /><strong>木野：</strong>ほんとに大家さんみたいな気持ちでいました。若い学生さん役の俳優さんがたくさんいて、ユミ役のコン・ソンハさんとも翻訳アプリで結構おしゃべりできました。込み入った話や、コン・ソンハさんが、伝統芸能をやってることとか、空き時間にも結構おしゃべりしてましたね。それがすごく楽しくて、韓国映画に出たいという私の夢、熊切監督と一度お仕事したいと思いもあり、そしてJAEJOONGさんと共演ということで、ぜひやりたいと思って出た映画なので、幸せな時間ではありました。大変ではありましたけど、すごく楽しかったですね。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065059286.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065059286.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065059286-thumbnail2.jpg" width="320" height="221" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_065059286-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>MC：</strong>JAEJOONGさん、木野さんとの共演シーンで思い出に残ることはありますか？<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>トンネルの中の撮影が凄かったですね。空気が・・・<br /><br /><strong>木野：</strong>もわ～っとした中に長い時間いるじゃないですか。休憩の時に外にでると、ほんとうに何か取りついているんじゃないかというくらいに、ちょっと怖い空間でした。あれが、ほんとうに映像に乗ってくるんだなと思いました。あのトンネル、よく見つけましたね。<br /><br /><strong>監督：</strong>嫌な場所でしたよね。すみません。<br /><br /><strong>MC：</strong>今回、ロケーション、それぞれちょっと何かあるなと思わせる場所が多かったですね。家もそうですし、教会も。<br /><br /><strong>監督：</strong>結構、よどみのあるような場所を探していたので、佐藤さんが大家の家も、半分物置で使われていた場所を片付けて使わせてもらいました。<br /><br /><strong>MC：</strong>トンネルの中での共演シーンが印象的だったとのことですが、木野さんから見たJAEJOONGさんは、どんな方でしたか？<br /><br /><strong>木野：</strong>ある意味憧れの方じゃないですか。お会いできないような。それが、気さくに降りてきてくださって、すごくおしゃべりした気がするんですよ。他愛のない話だったりするんですけど、日本語が達者でいらっしゃるから、普通にお話できたのですけど、舞い上がって何話したかよく覚えてないんです。JAEJOONGさんとお話してるのが、ちょっと感激でしたね。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>正直、僕もあまり覚てない・・・<br /><br /><strong>木野：</strong>わ～わ～キャーキャー、今日は何食べるとか、美味しいとか美味しくないとか言いながら、他愛もなくおしゃべりしてたのが。私には幸せな時間だったのですけど。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>僕も滅茶苦茶幸せでしたよ！<br /><br /><strong>木野：</strong>ファンの方には申し訳ないくらいに、ほんとうに楽しかったです。<br /><br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆監督も追い込まれたトンネルでの撮影</span></strong><br /><strong>MC:</strong>熊切監督は、お二人をご覧になっていて、圧倒された瞬間ですとか、印象に残っているシーンはありましたか？<br /><br /><strong>監督：</strong>さっきも出ましたように、トンネルのところで何日間か撮影していて、ほんとに気が滅入ったりもしていたのですけど、その中で二人のお芝居に意気込みを感じました。それは撮っていて、すごくよかったです。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>僕や監督もそうでしたが、あそこで風邪引いた人が多かったですね。ほんとに寒かったですし、空気がちょっと汚くて、長いし、煙もすごかったですし、そこで演じながらも激しいシーンが多かったので、呼吸も激しくなってくるじゃないですか。ずっ～っと暗いんで、おかしくなって、家に帰っても寝れなくなりました。<br /><br /><strong>木野：</strong>私は場所として、もう芝居というより、自分の感覚がちょっと狂っていって、もうどうでもいいやという気持ちになりました。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>もう諦めちゃった？<br /><br /><strong>木野：</strong>ある意味、この空間に身を任せるという感じで、追い込まれたかなという感じがします。演技がどうとか考えないで、出たとこ勝負でやってたようなところもあります。<br /><br /><strong>MC：</strong>ほんとに大変だったのですね。<br /><br /><strong>監督：</strong>僕も追い込まれて撮ってました。<br /><br /><strong>木野：</strong>監督、追い込まれて・・・(笑いが止まらない木野さん)、韓国の撮影監督と、がちがちに喧嘩になるかと思うくらい言いあっていて、いいぞ！いいぞ！　この感じ面白いぞ！と、自分は関係ないから陰から見ていました。頑張ってましたよね。監督。<br /><br /><strong>熊切監督：</strong>普段、全然そういう感じじゃないんです。あっけに憑りつかれていました。<br /><br /><strong>MC:</strong>本編でも闘いが描かれていましたけど、裏でもいろいろ闘いがあったのですね。<br /><br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆手に入れたい能力</span></strong><br /><br /><strong>MC: </strong>本作では、JAEJOONGさんが祈祷師という設定でしたので、それにちなんで「手に入れたい能力」を絵馬型パネルに事前に書いていただいておりますので、一斉にオープンしていただけますか。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065733579.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065733579.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065733579.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="239" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_065733579.MP-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>熊切監督：</strong><strong><span style="font-size:large;">「眼で映画を撮る能力」</span></strong><br />映画で、今しかない瞬間を撮ろうということがあるじゃないですか。もちろん、その瞬間を撮るように準備して本番を迎えるのですけど、どうしてもその瞬間を逃すことがあるじゃないですか。日常でも。この光を今、捉えたいなとか。そういうところで、眼が３５ｍｍフィルムが撮れるようになればいいなと。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>眼を改良すればいいじゃないですか。<br /><br /><strong>監督：</strong>そうなると映画を撮るのが楽しくなくなるかも。<br /><br /><strong>木野：<span style="font-size:large;">「全てのものと会話できる能力　人も動物も植物も石も」</span></strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065839458.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065839458.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065839458-thumbnail2.jpg" width="261" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_065839458-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />人間だけじゃなくて、犬でも猫でも動物、植物、石とも話せる、会話できたらどうなんだろうと思うことがあります。子どもの時から思ってました。孤独ってことはどうことかと思うくらい、世界が変わると思います。<br /><br /><strong>MC:</strong>さっき木野さんがおっしゃっていましたように、翻訳アプリがどんどん進化してますから、その延長にワンちゃんとも、もしかしたら会話できることがあるかもしれないですね。<br /><br /><strong>JAEJOONG：<span style="font-size:large;">「瞬間移動した～い</span>」</strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065949482.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065949482.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065949482-thumbnail2.jpg" width="259" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_065949482-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />今日の朝、一便で東京に着きました。最近はいろいろな国に行っていて、瞬間移動ができたらもっと早くファンの皆さんに近づけるし、物理的な問題が無くなれば、この人生もっと楽しめるかなと。ファンの皆さんを待たせることも僕は心配。どこかに逃げるのではないかと！<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065714914.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_065714914.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_065714914-thumbnail2.jpg" width="237" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_065714914-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong><span style="color:#990066;">◆映画館の暗闇で何度も観てください！</span></strong><br /><br /><strong>熊切監督：</strong>今日はありがとうございます。自分にとって初めての本格的ホラー映画を撮ったのですが、怖いだけでなく、いろんな感情が巻き起こるといいなと思って撮りました。今日観ていただいた方は、わ～怖かったでも、グロかったでも、意外とグッときたでもいいですし、知り合いの方に伝えていただければと思います。映画館の暗闇でこそ映える映画と思っていますので、ぜひ劇場に足を運んでください。<br /><br /><strong>木野：</strong>この映画はよくある伝統的なホラー映画とは、ちょっと違うかなと思います。薄暗くて、神経に触るような音楽が流れるのでなくて、いろいろな面で楽しめる映画です。いろいろ発見もあって、ホラー映画なのに、楽しく観れました。一度ならず二度三度と観て、いろんなシーンを発見して楽しんもらえるといいかなと思います。<br /><br /><strong>JAEJOONG：</strong>この映画は1回観ても、すっきりできないシーンがたくさんあると思うんです。監督の頭から仕込んだヒントがたくさんあるんですね。そういうところを探すには、少なくとも10回くらいは観ないとわからないと思います。周りの方にもご覧いただけると嬉しいです。今日はありがとうございます。<br /><br /><strong>★フォトセッション</strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070700946.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070700946.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_070700946-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_070700946-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400-04108.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260211_070650733 400.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260211_07065073320400-04108-thumbnail2.jpg" width="320" height="228" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260211_07065073320400-04108-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />最後に、観客の皆さんにもフォトタイム。<br /><br /><strong><span style="color:#cc0033;">★Facebookのアルバムに、こちらに掲載しなかった写真も含めて大きなサイズの写真をアップしています。</span></strong><br /><a href="https://www.facebook.com/photo/?fbid=1508758741251706&set=a.1508773851250195" target="_blank">https://www.facebook.com/photo/?fbid=1508758741251706&set=a.1508773851250195</a><br /><br /><br />過酷だけど、和気あいあいで楽しかった撮影現場が伝わってくる舞台挨拶でした。<br /><br /><div style="text-align:right;">報告：景山咲子</div><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>sakiko</author>
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      <title>『安楽死特区』公開記念舞台挨拶　</title>
      <pubDate>Sun, 25 Jan 2026 23:44:47 +0900</pubDate>
            <description>１月24日（土）新宿ピカデリー毎熊克哉（ラッパー　酒匂章太郎）大西礼芳（ジャーナリスト　藤岡歩）筒井真理子（池田玉美）板谷由夏（特命医師　三浦ユカ）余貴美子（歌謡漫才師　澤井真矢）gb（ラッパーZAGI）原作者・製作総指揮：長尾和宏脚本：丸山昇一高橋惠子プロデューサーhttps://anrakushitokku.com/〓「安楽死特区」製作委員会ＭＣ：オファーを受けてのお気持ちを毎熊　たくさん集まって頂いて、心から嬉しく思っています。安楽死という題材はものすごく難しいと思いま..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1E38395E382A9E38388E382BBE38383E382B7E383A7E383B3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="1&#x30D5;&#x30A9;&#x30C8;&#x30BB;&#x30C3;&#x30B7;&#x30E7;&#x30F3;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1E38395E382A9E38388E382BBE38383E382B7E383A7E383B3-thumbnail2.jpg" width="320" height="235"></a>１月24日（土）新宿ピカデリー
毎熊克哉（ラッパー　酒匂章太郎）
大西礼芳（ジャーナリスト　藤岡歩）
筒井真理子（池田玉美）
板谷由夏（特命医師　三浦ユカ）
余貴美子（歌謡漫才師　澤井真矢）
gb（ラッパーZAGI）
原作者・製作総指揮：長尾和宏
脚本：丸山昇一
高橋惠子プロデューサー
https://anrakushitokku.com/
〓「安楽死特区」製作委員会

ＭＣ：オファーを受けてのお気持ちを

毎熊　たくさん集まって頂いて、心から嬉しく思っています。安楽死という題材はものすごく難しいと思いました。役をやる前に安楽死について考えなくちゃいけないな、というところから始まりました。自分自身は今の所毎日歩いて仕事に行ける状態なので、何をやっても本物ではないんですけれど、精一杯心を込めて演じることに徹しました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/2E6AF8EE7868AE5858BE59389.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="2&#x6BCE;&#x718A;&#x514B;&#x54C9;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/2E6AF8EE7868AE5858BE59389-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
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大西　自分自身お芝居をする中でも日常を生きている中でも、何か枠の外に出るのが怖くて、何かに抗う姿勢を持つ人物になることが少し怖かったんですが、今回の映画では（監督の）伴明さんにその枠から飛び出せと言われたような気がしていて、それに応えるようにお芝居をさせていただきました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/4E7AD92E4BA95E79C9FE79086E5AD90.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="4&#x7B52;&#x4E95;&#x771F;&#x7406;&#x5B50;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/4E7AD92E4BA95E79C9FE79086E5AD90-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
筒井　この歳になってくると身近な家族などの死と向き合うことがたくさんあって、これが引き受けられるのかなと衝撃的だったんですけれど、高橋伴明監督の作品に「出ない」という選択肢はなかったです。現場では、平田（満）さん（演じる夫の池田）が頑固で不器用で愛らしく、一緒に過ごせる時間が豊かでありがたかったです。
&lt;<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/5E69DBFE8B0B7E794B1E5A48F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="5&#x677F;&#x8C37;&#x7531;&#x590F;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/5E69DBFE8B0B7E794B1E5A48F-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
板谷　伴明組に参加させて頂いたのは3作目なんですけれど、高橋伴明さんに呼ばれたら「行く」という気でいますので、役も難しかったですが、行きました。

gb　普段歌手として活動をしているので、ZAGIを演じていて違和感はあまりなかったんですけれど、映画の出演は人生で初めてです。映画の音楽に携わらせていただくのも初めてだったので、一生に一度あるかないかの素敵な経験だと思って全力で楽しみました。

余　（今年）70という年になって、あの世とこの世をうろうろしているようで、セリフを言っていても役か現実かがわからず…今年もいろんな役をいただき、棺桶にも何回も入りましたし（笑）、遺影も何枚も撮りまして、ふわふわした現場でした。元漫才師という役で、三味線や漫才の練習をしなくてはいけなかったんです。人生はリハーサルはないけれど、お芝居の時はお稽古ができて幸せだなと思った時間でした。

丸山　伴明さんに脚本を撮って欲しいと思って45年かかりましたけど、やっと念願叶いました。脚本に1年くらいかかり、脱稿した時には疲れ果ててしまって「もう二度とこの監督とやりたくない」と思いました（笑）が、しばらくすると心地よい疲れで、いろんなことに挑戦しました。
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9E995B7E5B0BEE5928CE5AE8F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="9&#x9577;&#x5C3E;&#x548C;&#x5B8F;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9E995B7E5B0BEE5928CE5AE8F-thumbnail2.jpg" width="320" height="207"></a>
長尾　高橋伴明監督に映画化して頂き、丸山昇一さんにアレンジしていただいたことに深く感謝しています。豪華俳優陣の熱演にただただ感謝しています。

高橋ｐ　私は普段は役者をやっていますが、今回『役者さんってすごいんだな』と改めて思いました。皆さん、一筋縄ではいかないような役を、生きた人として演じてくださいました。夫もそれまでは『スタッフはすごいんだぞ』と言っていましたが、最近になって『役者ってすごいんだな』とやっと言ってもらえるようになりました。
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10E9AB98E6A98BE683A0E5AD90.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="10&#x9AD8;&#x6A4B;&#x60E0;&#x5B50;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10E9AB98E6A98BE683A0E5AD90-thumbnail2.jpg" width="320" height="243"></a>
ＭＣ：エンドクレジットの後に「くらんけさん」（安楽死を希望してスイスまで出かけた）との対談がありました

高橋ｐ　準備の段階から、くらんけさんにお会いしていろいろなことを伺ってそれを元に作らせていただきました。本作はフィクションではありますけれど、『安楽死がまだ認められていない中でスイスまで行って死ねずに戻ってきて、また機会があったら死にたいという方の想いを知ってほしい』という気持ちがありました。映画の後にくらんけさんに高橋伴明監督がインタビューしています。
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/8E4B8B8E5B1B1E69887E4B880.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="8&#x4E38;&#x5C71;&#x6607;&#x4E00;.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/8E4B8B8E5B1B1E69887E4B880-thumbnail2.jpg" width="320" height="244"></a>
ＭＣ：脚本執筆についてお聞かせください

丸山　原作の長尾さんに「原作から離れていい」と言ってもらえて自由度が増しました。
原作の主人公は女性政治家や女流作家でしたが、本作の主人公を、回復の見込みがない難病を患い、余命半年と宣告されたラッパーと、彼のパートナーのジャーナリストにしました。章太郎は最初から心と体に重い十字架を背負っている役で登場するわけで、「全体が暗い、重い、動きがない」だとつまらない。なるべく主人公が体や口を動かせるといいと考えるうちに、伴明さんと『ラップはどうだろうな』という話をしました。パートナーの歩は『客観的に取材をするけれど、当事者になると？プライベートでどうなるんだ？』と、これはラブストーリーと思って作っています。

ＭＣ：gb（ジービー）さんは７０代の丸山さんとラップを作られました

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6gb.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="6gb.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6gb-thumbnail2.jpg" width="320" height="230"></a>
gb　今まで20年近く歌手や作詞家として活動してきたけれど、歌詞を共作するのは初めてでした。共作で歌詞を書かせてもらっていた時は、父の一周忌でアメリカに行っていて運命的に人の死に直面しているタイミングでした。自分の今まで書いていた歌詞の表現にはないものや日本語の奥深さみたいなものを感じました。

ＭＣ：作中章太郎が医師団と向かい合うシーン、緊迫の13分間でした

丸山　試写で、鳥肌が立ちました。想像した以上の力感の溢れる作品になりました。監督が高橋伴明だから行けるところまで行っちゃう。単に安楽死について論じるような映画になっちゃうか、一級の”これが映画だ！”という作品になるかの分かれ際なので、粘って演出した監督は「すげーやつだな！」と思いました。

毎熊　台本には『（病状が進み）もうほぼ喋れない』と書いてあるのに、ずっと喋るんですよ（笑）。『だんだんラップのようになっていく』と書いてあって、これはどうやってやるんだ？と胃がキリキリしながら練習していました。目の前には奥田（瑛二）さん、加藤（雅也）さん、板谷さん。先輩がずっとこっちを見ているんですよね。スタッフの皆さんも超ベテランで、「こいつ今からやれんのか？」という感じで、俳優としてはものすごくワクワクドキドキですけれど、大事なシーンだったので「生き残れてよかった」と思いました（笑）。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="an3.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an3-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
板谷　思い出しただけでドキドキします。本当に緊張感があるシーンで、今思い出しただけでも鳥肌が立つんですけど、主役の二人に持って行かれてリアクションしてしまうと（演じた）三浦をなくしてしまうので、板谷と三浦がぎりぎりラインを行く役でした。人の死は尊い重いものだし、死を選ぶ方にいる（三浦役を演じる）側としては、ずっとピリピリしていました。その中でもピリピリ度マックスのシーンだったので、よく生き残ってくれたなと。伴明さんは裏でニヤニヤされていたんで、伴明さんはきっと手応えを感じていらっしゃるんだなと思っていました

大西　板谷さんに（作中で）「あなた、プライベートとジャーナリストの立場を混同してますよ」と言われ、加藤さんも「俺だって」と声を荒げられて、「あ〜悩んでるのは私だけじゃない」と反省の連続のシーンでした。
筒井さんとの二人だけのシーンでは、それまで激しいシーンが多かったので、すごく落ち着いて話せました。同じ介護者だから、鎧を着ずに話せる唯一の人。すごく印象に残っています。

筒井　役者って、自分であり、自分でないんですけれど、役になっている間に繋がる瞬間があって、そこが好きなんです。そういう瞬間がたくさんあったと思います。（演じた玉美は）すごく孤独だったんですけど、遺される者が「この後の現実をどう受け止めていけばいいのか」と、二人で話すことで柔らかくなるという気がしていました。

ＭＣ：余貴美子さんと筒井真理子さんが共演なんて、映画ファンが泣いて喜びます

筒井　そんな風に言っていただいたら私も泣いて喜んじゃいます。私も大好きな役者さんなんです。私が『大好きだ』というと余さんには、『何にも出ないよ』と冷たくあしらわれます（笑）。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an5.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="an5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an5-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
余　（演じた）真矢はいろいろな過去があるんで、『お陀仏になる薬をくれ』とか『殺せ！』とか言っているんですけど、裏で監督がニヤニヤしながら楽しそうに演出していらっしゃる。こちらも楽しくてしょうがなかったです。
歌謡漫談をやっているということで、たくさん稽古をしなくちゃいけないんです。友近さんがとてもお忙しくて、撮影の時にしか打ち合わせができなかったんです。「お客さんがいた方がいいですか？」と聞かれて、「いやいや」と思ったんですけれど、友近さんは「お客さんが座ってた方がやりやすいで〜す（と友近さんの真似）」とおっしゃって、スタッフの方に座ってもらって。生きた心地がしませんでした（笑）。地獄でした（笑）。

ＭＣ：最後に毎熊さん、大西さんからお客様へ

毎熊　この映画は”安楽死の賛成・反対”どっち派ということではなく、この映画がきっかけで安楽死であったり、生と死について考えを巡らせてみて豊かにになることが、いいことだなと思っています。

大西　もし気に入っていただけたら、もう一度見ていただけませんか？（観客から拍手が沸き起こる）安楽死について考えるきっかけになるであろう映画があることを広めていただけたら、私たち、嬉しいです！今日はありがとうございました。

（画像：オフィシャル　レポート：オフィシャル＋白石）
作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/519791186.html" target="_blank">こちら</a>
スタッフ日記は<a href="http://cinemajournal.seesaa.net/" target="_blank">こちら</a>
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<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1E38395E382A9E38388E382BBE38383E382B7E383A7E383B3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="1フォトセッション.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/1E38395E382A9E38388E382BBE38383E382B7E383A7E383B3-thumbnail2.jpg" width="320" height="235" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/1E38395E382A9E38388E382BBE38383E382B7E383A7E383B3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">１月24日（土）新宿ピカデリー</div><br /><span style="color:#0000ff;">毎熊克哉（ラッパー　酒匂章太郎）<br />大西礼芳（ジャーナリスト　藤岡歩）<br />筒井真理子（池田玉美）<br />板谷由夏（特命医師　三浦ユカ）<br />余貴美子（歌謡漫才師　澤井真矢）<br />gb（ラッパーZAGI）<br />原作者・製作総指揮：長尾和宏<br />脚本：丸山昇一<br />高橋惠子プロデューサー</span><br /><a href="https://anrakushitokku.com/" target="_blank">https://anrakushitokku.com/</a><br />〓「安楽死特区」製作委員会<br /><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：オファーを受けてのお気持ちを</span><br /><br /><strong>毎熊</strong>　たくさん集まって頂いて、心から嬉しく思っています。安楽死という題材はものすごく難しいと思いました。役をやる前に安楽死について考えなくちゃいけないな、というところから始まりました。自分自身は今の所毎日歩いて仕事に行ける状態なので、何をやっても本物ではないんですけれど、精一杯心を込めて演じることに徹しました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/2E6AF8EE7868AE5858BE59389.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="2毎熊克哉.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/2E6AF8EE7868AE5858BE59389-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/2E6AF8EE7868AE5858BE59389-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/3E5A4A7E8A5BFE7A4BCE88AB3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="3大西礼芳.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/3E5A4A7E8A5BFE7A4BCE88AB3-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/3E5A4A7E8A5BFE7A4BCE88AB3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>大西</strong>　自分自身お芝居をする中でも日常を生きている中でも、何か枠の外に出るのが怖くて、何かに抗う姿勢を持つ人物になることが少し怖かったんですが、今回の映画では（監督の）伴明さんにその枠から飛び出せと言われたような気がしていて、それに応えるようにお芝居をさせていただきました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/4E7AD92E4BA95E79C9FE79086E5AD90.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="4筒井真理子.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/4E7AD92E4BA95E79C9FE79086E5AD90-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/4E7AD92E4BA95E79C9FE79086E5AD90-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>筒井</strong>　この歳になってくると身近な家族などの死と向き合うことがたくさんあって、これが引き受けられるのかなと衝撃的だったんですけれど、高橋伴明監督の作品に「出ない」という選択肢はなかったです。現場では、平田（満）さん（演じる夫の池田）が頑固で不器用で愛らしく、一緒に過ごせる時間が豊かでありがたかったです。<br /><<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/5E69DBFE8B0B7E794B1E5A48F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="5板谷由夏.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/5E69DBFE8B0B7E794B1E5A48F-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/5E69DBFE8B0B7E794B1E5A48F-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align: center"><br /></div><strong>板谷</strong>　伴明組に参加させて頂いたのは3作目なんですけれど、高橋伴明さんに呼ばれたら「行く」という気でいますので、役も難しかったですが、行きました。<br /><br /><strong>gb　</strong>普段歌手として活動をしているので、ZAGIを演じていて違和感はあまりなかったんですけれど、映画の出演は人生で初めてです。映画の音楽に携わらせていただくのも初めてだったので、一生に一度あるかないかの素敵な経験だと思って全力で楽しみました。<br /><br /><strong>余</strong>　（今年）70という年になって、あの世とこの世をうろうろしているようで、セリフを言っていても役か現実かがわからず…今年もいろんな役をいただき、棺桶にも何回も入りましたし（笑）、遺影も何枚も撮りまして、ふわふわした現場でした。元漫才師という役で、三味線や漫才の練習をしなくてはいけなかったんです。人生はリハーサルはないけれど、お芝居の時はお稽古ができて幸せだなと思った時間でした。<br /><br /><strong>丸山</strong>　伴明さんに脚本を撮って欲しいと思って45年かかりましたけど、やっと念願叶いました。脚本に1年くらいかかり、脱稿した時には疲れ果ててしまって「もう二度とこの監督とやりたくない」と思いました（笑）が、しばらくすると心地よい疲れで、いろんなことに挑戦しました。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9E995B7E5B0BEE5928CE5AE8F.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="9長尾和宏.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9E995B7E5B0BEE5928CE5AE8F-thumbnail2.jpg" width="320" height="207" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/9E995B7E5B0BEE5928CE5AE8F-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>長尾</strong>　高橋伴明監督に映画化して頂き、丸山昇一さんにアレンジしていただいたことに深く感謝しています。豪華俳優陣の熱演にただただ感謝しています。<br /><br /><strong>高橋ｐ</strong>　私は普段は役者をやっていますが、今回『役者さんってすごいんだな』と改めて思いました。皆さん、一筋縄ではいかないような役を、生きた人として演じてくださいました。夫もそれまでは『スタッフはすごいんだぞ』と言っていましたが、最近になって『役者ってすごいんだな』とやっと言ってもらえるようになりました。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10E9AB98E6A98BE683A0E5AD90.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="10高橋惠子.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10E9AB98E6A98BE683A0E5AD90-thumbnail2.jpg" width="320" height="243" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/10E9AB98E6A98BE683A0E5AD90-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：エンドクレジットの後に「くらんけさん」（安楽死を希望してスイスまで出かけた）との対談がありました</span><br /><br /><strong>高橋ｐ</strong>　準備の段階から、くらんけさんにお会いしていろいろなことを伺ってそれを元に作らせていただきました。本作はフィクションではありますけれど、『安楽死がまだ認められていない中でスイスまで行って死ねずに戻ってきて、また機会があったら死にたいという方の想いを知ってほしい』という気持ちがありました。映画の後にくらんけさんに高橋伴明監督がインタビューしています。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/8E4B8B8E5B1B1E69887E4B880.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="8丸山昇一.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/8E4B8B8E5B1B1E69887E4B880-thumbnail2.jpg" width="320" height="244" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/8E4B8B8E5B1B1E69887E4B880-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：脚本執筆についてお聞かせください</span><br /><br /><strong>丸山</strong>　原作の長尾さんに「原作から離れていい」と言ってもらえて自由度が増しました。<br />原作の主人公は女性政治家や女流作家でしたが、本作の主人公を、回復の見込みがない難病を患い、余命半年と宣告されたラッパーと、彼のパートナーのジャーナリストにしました。章太郎は最初から心と体に重い十字架を背負っている役で登場するわけで、「全体が暗い、重い、動きがない」だとつまらない。なるべく主人公が体や口を動かせるといいと考えるうちに、伴明さんと『ラップはどうだろうな』という話をしました。パートナーの歩は『客観的に取材をするけれど、当事者になると？プライベートでどうなるんだ？』と、これはラブストーリーと思って作っています。<br /><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：gb（ジービー）さんは７０代の丸山さんとラップを作られました</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6gb.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="6gb.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6gb-thumbnail2.jpg" width="320" height="230" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/6gb-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>gb</strong>　今まで20年近く歌手や作詞家として活動してきたけれど、歌詞を共作するのは初めてでした。共作で歌詞を書かせてもらっていた時は、父の一周忌でアメリカに行っていて運命的に人の死に直面しているタイミングでした。自分の今まで書いていた歌詞の表現にはないものや日本語の奥深さみたいなものを感じました。<br /><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：作中章太郎が医師団と向かい合うシーン、緊迫の13分間でした</span><br /><br /><strong>丸山</strong>　試写で、鳥肌が立ちました。想像した以上の力感の溢れる作品になりました。監督が高橋伴明だから行けるところまで行っちゃう。単に安楽死について論じるような映画になっちゃうか、一級の”これが映画だ！”という作品になるかの分かれ際なので、粘って演出した監督は「すげーやつだな！」と思いました。<br /><br /><strong>毎熊</strong>　台本には『（病状が進み）もうほぼ喋れない』と書いてあるのに、ずっと喋るんですよ（笑）。『だんだんラップのようになっていく』と書いてあって、これはどうやってやるんだ？と胃がキリキリしながら練習していました。目の前には奥田（瑛二）さん、加藤（雅也）さん、板谷さん。先輩がずっとこっちを見ているんですよね。スタッフの皆さんも超ベテランで、「こいつ今からやれんのか？」という感じで、俳優としてはものすごくワクワクドキドキですけれど、大事なシーンだったので「生き残れてよかった」と思いました（笑）。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="an3.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an3-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/an3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>板谷</strong>　思い出しただけでドキドキします。本当に緊張感があるシーンで、今思い出しただけでも鳥肌が立つんですけど、主役の二人に持って行かれてリアクションしてしまうと（演じた）三浦をなくしてしまうので、板谷と三浦がぎりぎりラインを行く役でした。人の死は尊い重いものだし、死を選ぶ方にいる（三浦役を演じる）側としては、ずっとピリピリしていました。その中でもピリピリ度マックスのシーンだったので、よく生き残ってくれたなと。伴明さんは裏でニヤニヤされていたんで、伴明さんはきっと手応えを感じていらっしゃるんだなと思っていました<br /><br /><strong>大西　</strong>板谷さんに（作中で）「あなた、プライベートとジャーナリストの立場を混同してますよ」と言われ、加藤さんも「俺だって」と声を荒げられて、「あ〜悩んでるのは私だけじゃない」と反省の連続のシーンでした。<br />筒井さんとの二人だけのシーンでは、それまで激しいシーンが多かったので、すごく落ち着いて話せました。同じ介護者だから、鎧を着ずに話せる唯一の人。すごく印象に残っています。<br /><br /><strong>筒井</strong>　役者って、自分であり、自分でないんですけれど、役になっている間に繋がる瞬間があって、そこが好きなんです。そういう瞬間がたくさんあったと思います。（演じた玉美は）すごく孤独だったんですけど、遺される者が「この後の現実をどう受け止めていけばいいのか」と、二人で話すことで柔らかくなるという気がしていました。<br /><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：余貴美子さんと筒井真理子さんが共演なんて、映画ファンが泣いて喜びます</span><br /><br /><strong>筒井</strong>　そんな風に言っていただいたら私も泣いて喜んじゃいます。私も大好きな役者さんなんです。私が『大好きだ』というと余さんには、『何にも出ないよ』と冷たくあしらわれます（笑）。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an5.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="an5.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/an5-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/an5-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>余</strong>　（演じた）真矢はいろいろな過去があるんで、『お陀仏になる薬をくれ』とか『殺せ！』とか言っているんですけど、裏で監督がニヤニヤしながら楽しそうに演出していらっしゃる。こちらも楽しくてしょうがなかったです。<br />歌謡漫談をやっているということで、たくさん稽古をしなくちゃいけないんです。友近さんがとてもお忙しくて、撮影の時にしか打ち合わせができなかったんです。「お客さんがいた方がいいですか？」と聞かれて、「いやいや」と思ったんですけれど、友近さんは「お客さんが座ってた方がやりやすいで〜す（と友近さんの真似）」とおっしゃって、スタッフの方に座ってもらって。生きた心地がしませんでした（笑）。地獄でした（笑）。<br /><br /><span style="color:#cc0033;">ＭＣ：最後に毎熊さん、大西さんからお客様へ</span><br /><br /><strong>毎熊</strong>　この映画は”安楽死の賛成・反対”どっち派ということではなく、この映画がきっかけで安楽死であったり、生と死について考えを巡らせてみて豊かにになることが、いいことだなと思っています。<br /><br /><strong>大西</strong>　もし気に入っていただけたら、もう一度見ていただけませんか？（観客から拍手が沸き起こる）安楽死について考えるきっかけになるであろう映画があることを広めていただけたら、私たち、嬉しいです！今日はありがとうございました。<br /><br /><div style="text-align:right;">（画像：オフィシャル　レポート：オフィシャル＋白石）</div><br /><span style="color:#cc0066;">作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/519791186.html" target="_blank">こちら</a><br />スタッフ日記は<a href="http://cinemajournal.seesaa.net/" target="_blank">こちら</a></span><br /><a name="more"></a>

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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>shiraishi</author>
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      <title>映画『YADANG／ヤダン』公開記念来日舞台挨拶　観客にたっぷり寄り添ったイベントでした（咲）</title>
      <pubDate>Sun, 11 Jan 2026 15:59:12 +0900</pubDate>
            <description>２０２６年１月９日（金）　１９：０５～１９：４０　新宿バルト９　シアター９にて登壇者：カン・ハヌル、ユ・ヘジン、ファン・ビョングク監督司会：古家正亭　　　（敬称略）映画の上映が終わり、満席の観客の前に上手袖からカン・ハヌルさん、ユ・ヘジンさん、ファン・ビョングク監督が登場。通路を上の方にあがるのがわかり、観客は大歓声。握手したり、ハイタッチしたりしながら、客席をぐるっとまわって舞台にあがりました。古家：あらためまして拍手でお迎えください。サプライズでしたが、いかがでしたか？　..</description>
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<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_1035043002020400.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_103504300  400.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_1035043002020400-thumbnail2.jpg" width="320" height="231"></a>
２０２６年１月９日（金）　１９：０５～１９：４０　
新宿バルト９　シアター９にて
登壇者：カン・ハヌル、ユ・ヘジン、ファン・ビョングク監督
司会：古家正亭　　　（敬称略）

映画の上映が終わり、満席の観客の前に上手袖からカン・ハヌルさん、ユ・ヘジンさん、ファン・ビョングク監督が登場。通路を上の方にあがるのがわかり、観客は大歓声。握手したり、ハイタッチしたりしながら、客席をぐるっとまわって舞台にあがりました。

古家：あらためまして拍手でお迎えください。サプライズでしたが、いかがでしたか？　（観客：歓声＆拍手）

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101349052.NIGHT.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101349052.NIGHT.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101349052.NIGHT-thumbnail2.jpg" width="320" height="253"></a>

古家：一言ずつご挨拶いただきたいと思います。まずは、ヤダン、イ・ガンスを演じられましたカン・ハヌルさん、お願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102844725.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102844725.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102844725-thumbnail2.jpg" width="295" height="320"></a>
カン・ハヌル：ありがとうございました。皆さん、こんばんは。私はカン・ハヌルです。ありがとうございます。（と、ここまで日本語で）　　映画ご覧になりましたよね？　ありがたいことにたくさんの方に愛していただきました。　こうして日本の観客の皆さんにもご挨拶できることになって、とても光栄です。今日は劇場いっぱいに埋めてくださって、ほんとにありがとうございます。

古家：野心に燃える検事ク・グァニを演じられましたユ・ヘジンさん、お願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_100921359.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_100921359.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_100921359-thumbnail2.jpg" width="241" height="320"></a>
ユ・ヘジン：ほんとにこの会場を、わ～っと一杯にしてくださいましたね。今、僕の言葉聞き取れていますか？　ほんとにありがとうございます。この映画『YADANG／ヤダン』について噂を聞いて足を運ばれたのでしょうか。見に来てくださって、心から感謝もうしあげます。年が明けて間もないですが、皆さま、あけましておめでとうございます。

古家：ユ・ヘジンさんは昨年一度来日されているのですが、映画の公開にあわせて舞台挨拶として公式に来日されるのは、これが初めてです。

ユ・ヘジン：そうなんです。商業映画の公開にあわせて、オフィシャルで舞台挨拶させていただくのは初めてなのでとても楽しみにしてまいりました。少し緊張もしています。

古家：そして、本作のメガフォンを取られましたファン・ビョングク監督、よろしくお願いします。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101018070.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101018070.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101018070-thumbnail2.jpg" width="241" height="320"></a>
ファン・ビョングク監督：皆さん、こんばんは。監督です。ヤダンのおかげで皆さんにお会いできて、とても嬉しいです。（日本語で）

古家：監督は、すべて最初は日本語の挨拶で始められているのですが、毎回少しずつ内容を変えておられます。
それでは、ゲストの皆さんに私の方から代表で少し質問させていただきたいと思います。まずは、カン・ハヌルさんに伺いたいと思います。（自分の名前を聞いて、手を挙げられるカン・ハヌルさん）ヤダンという人物は、韓国で実際に存在するそうですが、演じるにあたって一番難しかったのは、どんなところですか？

カン・ハヌル：まず、韓国におきまして、ヤダンという存在を私自身も私のまわりの人たちもまったく知りませんでした。おそらく今も知らない人がたくさんいると思います。そんなヤダンという存在を、映画をご覧になる皆さんにどうしたらよりわかりやすく簡単にストーリーについてこられるようにうまく表現するのか、そこが一番難しかったです。

古家：皆さんは、イ・ガンスというキャラクターに魅力感じました？　（客席からの拍手に、深くお辞儀するカン・ハヌルさん）　　ユ・ヘジンさんに伺いたいと思いますが、（さっと手を挙げるヘジンさん）　長いキャリアをお持ちで、ほんとにたくさんのヒット作にご出演されておりますけれど、ヤダンならではの魅力、演じられてどんなところに感じましたか？

ユ・ヘジン：ヤダンという存在は実際にあるものなのですが、監督がリサーチして、それを元に脚本を書きあげられました。この作品に触れて。とても怖くもありましたし、興味も沸いたのですが、ヤダンという作品ならではの魅力をあげるとすれば、なんといってもカン・ハヌルさんが演じられているということ、そして、パク・ヘジュンさんなど素晴らしい俳優さんたちとご一緒できたこと、そして、素晴らしい監督とご一緒できたということに尽きると思います。

古家：　ほんとにエネルギッシュで素晴らしかったですよね。すごかったですよね。
監督にお伺いしたいと思います。この映画、ある種のジャンル性がありますが、しっかり社会性も盛り込まれています。バランスが大事だと思いました。映画を設計されるにあたって、どんなところに苦労されたでしょうか？

監督：　まず私が見た映画の中で面白いと感じるのは、ジャンル性があって、その中に社会が持つ空気をいかにうまく込められているかだと思います。その二つがうまくできているのが、いい映画だな～と感じられるような気がします。本作においては、観客の皆さんが途中で携帯を覗くようなことがないように設計しましたが、いかがでしたでしょうか？　　（観客：拍手）


<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101740842.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101740842.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101740842-thumbnail2.jpg" width="320" height="241"></a>

古家：　今後、日本でチャンスがあれば、一緒にお仕事をしてみたい、俳優や監督はいますか？

カン・ハヌル：（すぐに答えられず）　今、悩んでいる理由はあまりにも多くて、皆、名前を挙げてもいいですか？　（指折り数えながら）　新垣結衣様、星野源様、監督の中では、新海誠監督、小島秀夫監督…などですね。機会があればぜひご一緒したい方は本当にたくさんいます。

古家：共演してほしいですし、一緒に仕事してほしいですよね。できることなら。　

カン・ハヌル：（深くお辞儀して）　お願いします。

古家：ユ・ヘジンさんはジブリ好きだと存じ上げているのですが・・・

ユ・ヘジン：はい、宮崎駿監督とご一緒したいです。トトロ、紅の豚…。

古家：ご一緒したい俳優ですよね。

ユ・ヘジン：　はい、今、ご一緒したい俳優さんの名前を挙げました（笑）。そして是枝裕和監督の作品もとても好きです。もしご一緒できたら光栄なことだと思います。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101745000.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101745000.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101745000-thumbnail2.jpg" width="320" height="241"></a>

古家：監督はいかがですか？　この俳優を使ってみたいという方はいますか？

監督：本作においては監督を務めていますが、元々俳優をしています。最近『国宝』を観ました。すごく良かったです。李相日監督は私と同じ学校の1年後輩にあたります。ですから、李相日監督の作品にキャスティングされたら、ぜひ出演してみたいです。

古家：俳優としてご出演されたいということでございます。あとマスコミ的な質問になりますが、せっかく日本に来ているので、時間はあまりないと思いますが、ここに行ってみたいなと思うようなところがありましたら伺ってもいいですか。

カン・ハヌル：これもまた多いです。元々日本を旅行するのが好きなので、度々来ています。1番最近ですと、岐阜県の白川郷にも行きました。まだ行っていないところでは長野があります。長野にすごく行ってみたいです。

古家：長野県に！　美味しいお蕎麦をぜひ召し上がってほしいです。

カン・ハヌル：　はい、わかりました。

古家：　ユ・ヘジンさんは、ここ行きたいなというところありますか？

ユ・ヘジン：　昨日と一昨日、軽井沢に行ってきたのですが、温泉もすごくよかったですし、こじんまりとした町中を、ジョギングして走るような感じもとてもよかったです。駅で食べたうどんがほんとに美味しかったです。今回は軽井沢のことが大好きになりました。また、これから行きたいところに関しては、ゆっくり出てくると思うのですが、今回は軽井沢がなんといってもほんとによかったです。

古家：監督はいかがですか？　もう何度か日本にいらしていると思うのですが。

監督：20年くらい前に浅草でお蕎麦屋さんに行ったらすごく美味しかったのを覚えています。ですから、明日か明後日浅草にお蕎麦を食べに行きたいと思っています。

古家：皆さん浅草で待っていないようにお願いします。　ここからは皆さんのフォトタイムです。携帯やスマートフォンのご準備をお願いします。　角度をつけて、３方向、それぞれ10秒ずつくらいの短い時間ではございますが、お声もかけてください。カッコいいとか・・・

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102333923.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102333923.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102333923-thumbnail2.jpg" width="320" height="241"></a>

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102403395.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102403395.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102403395.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="247"></a>
ヘジンオッパー　ヘジナー　と、ヘジンさん人気です。

古家：今日はスペシャル企画が設けられております。お三方と舞台上でハイタッチ会をいたします。　箱に列を書いた紙が入っております。代表してカン・ハヌルさんに選んでいただきます。

会場から歓声と共に、自分の列を叫ぶ声が飛びました。
腕を慣らし、一生懸命かき混ぜて箱から紙を選ぶカン・ハヌルさん。箱が壊れそうです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102541964.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102541964.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102541964-thumbnail2.jpg" width="320" height="209"></a>
カン・ハヌル：　Gです！

古家：　G列です。G列の皆さん全員、これからステージにあがって、お三方とハイタッチしていただけるということです。握手やハグはできませんのでご了承ください。
G列の皆さん、おめでとうございます。

楽しそうにハイタッチに応じる三人でした。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102653562.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102653562.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102653562-thumbnail2.jpg" width="320" height="252"></a>

古家：G列の方、いかがでしたか？　手は柔らかかったですか？　こんなハイタッチ会、初めてじゃないかと思います。ユ・ヘジンさんいかがでしたか？

ユ・ヘジン：　韓国でも公開に合わせて舞台挨拶はたくさんするのですが、このようなハイタッチをする文化は韓国にはないので、私にとっても初めての経験となりました。とても新鮮でした。

古家：このあとマスコミ向けのフォトセッションは残っているのですが、締めくくりの最後の言葉を観客の皆さんに向けてお願いします。

カン・ハヌル：　私達の映画『YADANG／ヤダン』が海を渡って、こうして日本の皆さんにお会いできてとても嬉しく思います。日本の皆さんも間違いなく楽しんでくださると思う、そんな作品です。今日映画を観ておもしろいと思ってくださったら、InstagramやLINEなどをやってらっしゃると思うので、友達や周りの方にどんどん広めていただけたらと思います。今日は劇場で観てくださってありがとうございました。

ユ・ヘジン：このように私達のことを温かく迎えてくださって、心から感謝申し上げます。皆さんの愛に応えられるのは、より良い演技で素敵な作品を皆さんにお届けすることだと思っています。そのためにこれからも一生懸命頑張りたいと思います。改めて皆さん新年の福をたくさん受け取ってください。そして、1年間元気でお過ごしください。ありがとうございました。

監督：皆さんの反応にとても感動を受けました。ありがとうございます。そして、あけましておめでとうございます。

最後にマスコミ向けフォトセッション

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_103406436.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_103406436.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_103406436-thumbnail2.jpg" width="320" height="241"></a>
客席を背景に中通路に立つ3人。
取材陣が舞台にあがっての撮影でした。
このあと、3人は観客の皆さんの方を向いて手を挙げて挨拶。
最初から最後まで、カン・ハヌルさんもユ・ヘジンさんも、客席のあちこちに目を配らせて、アイコンタクトしたり、手を振ったりと、観客にたっぷり寄り添った舞台挨拶でした。

◆大きなサイズの写真や、ここにあげなかった写真をＦａｃｅｂｏｏｋのアルバムに掲載しています。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.1473867101407537&type=3

報告：景山咲子



YADANG／ヤダン　　原題：야당（ヤダン 野党）
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/yadan.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="yadan.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/yadan-thumbnail2.jpg" width="226" height="320"></a>
ⓒ 2025 PLUS M ENTERTAINMENT AND HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED. 　
監督：ファン・ビョングク
出演：カン・ハヌル(「イカゲーム」『ラブリセット　30日後、離婚します』『空と風と星の詩人 〜尹東柱の生涯〜』)、ユ・ヘジン(『破墓 パミョ』『タクシー運転手　約束は海を越えて』)、パク・ヘジュン(「夫婦の世界」『ソウルの春』)　　 

“ヤダン”とは、麻薬犯罪者から情報を引き出し、検察や警察に提供して司法取引を操る、闇のブローカー。
国家権力と裏社会の境界で暗躍する韓国に実在する存在。
イ・ガンス（カン・ハヌル）は、捜査当局へ情報を流す韓国麻薬界のキープレイヤー。冤罪で服役中に、検事ク・グァニ（ユ・ヘジン）から“ヤダン”の役割を持ちかけられ、麻薬犯と組織を密告することで減刑を約束される。ある日、次期大統領候補の息子チョ・フンが絡む麻薬事件に巻き込まれる。“ヤダン”イ・ガンスと検事ク・グァニの裏取引は、執念深い捜査で麻薬捜査界の“皇帝”と呼ばれるオ・サンジェも絡み、最悪の事態へと転がり落ちていく・・・
<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/519631729.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a>

配給：ショウゲート
公式サイト：https://yadang.jp/
★2026年1月9日(金)より、新宿バルト９ほか全国公開






<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_1035043002020400.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_103504300  400.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_1035043002020400-thumbnail2.jpg" width="320" height="231" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_1035043002020400-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div></div><br />２０２６年１月９日（金）　１９：０５～１９：４０　<br />新宿バルト９　シアター９にて<br />登壇者：カン・ハヌル、ユ・ヘジン、ファン・ビョングク監督<br />司会：古家正亭　　　（敬称略）<br /><br />映画の上映が終わり、満席の観客の前に上手袖からカン・ハヌルさん、ユ・ヘジンさん、ファン・ビョングク監督が登場。通路を上の方にあがるのがわかり、観客は大歓声。握手したり、ハイタッチしたりしながら、客席をぐるっとまわって舞台にあがりました。<br /><br /><strong>古家：</strong>あらためまして拍手でお迎えください。サプライズでしたが、いかがでしたか？　（観客：歓声＆拍手）<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101349052.NIGHT.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101349052.NIGHT.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101349052.NIGHT-thumbnail2.jpg" width="320" height="253" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_101349052.NIGHT-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>古家：</strong>一言ずつご挨拶いただきたいと思います。まずは、ヤダン、イ・ガンスを演じられましたカン・ハヌルさん、お願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102844725.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102844725.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102844725-thumbnail2.jpg" width="295" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_102844725-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>ありがとうございました。皆さん、こんばんは。私はカン・ハヌルです。ありがとうございます。（と、ここまで日本語で）　　映画ご覧になりましたよね？　ありがたいことにたくさんの方に愛していただきました。　こうして日本の観客の皆さんにもご挨拶できることになって、とても光栄です。今日は劇場いっぱいに埋めてくださって、ほんとにありがとうございます。<br /><br /><strong>古家：</strong>野心に燃える検事ク・グァニを演じられましたユ・ヘジンさん、お願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_100921359.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_100921359.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_100921359-thumbnail2.jpg" width="241" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_100921359-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>ほんとにこの会場を、わ～っと一杯にしてくださいましたね。今、僕の言葉聞き取れていますか？　ほんとにありがとうございます。この映画『YADANG／ヤダン』について噂を聞いて足を運ばれたのでしょうか。見に来てくださって、心から感謝もうしあげます。年が明けて間もないですが、皆さま、あけましておめでとうございます。<br /><br /><strong>古家：</strong>ユ・ヘジンさんは昨年一度来日されているのですが、映画の公開にあわせて舞台挨拶として公式に来日されるのは、これが初めてです。<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>そうなんです。商業映画の公開にあわせて、オフィシャルで舞台挨拶させていただくのは初めてなのでとても楽しみにしてまいりました。少し緊張もしています。<br /><br /><strong>古家：</strong>そして、本作のメガフォンを取られましたファン・ビョングク監督、よろしくお願いします。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101018070.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101018070.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101018070-thumbnail2.jpg" width="241" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_101018070-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>ファン・ビョングク監督：</strong>皆さん、こんばんは。監督です。ヤダンのおかげで皆さんにお会いできて、とても嬉しいです。（日本語で）<br /><br /><strong>古家：</strong>監督は、すべて最初は日本語の挨拶で始められているのですが、毎回少しずつ内容を変えておられます。<br />それでは、ゲストの皆さんに私の方から代表で少し質問させていただきたいと思います。まずは、カン・ハヌルさんに伺いたいと思います。（自分の名前を聞いて、手を挙げられるカン・ハヌルさん）ヤダンという人物は、韓国で実際に存在するそうですが、演じるにあたって一番難しかったのは、どんなところですか？<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>まず、韓国におきまして、ヤダンという存在を私自身も私のまわりの人たちもまったく知りませんでした。おそらく今も知らない人がたくさんいると思います。そんなヤダンという存在を、映画をご覧になる皆さんにどうしたらよりわかりやすく簡単にストーリーについてこられるようにうまく表現するのか、そこが一番難しかったです。<br /><br /><strong>古家：</strong>皆さんは、イ・ガンスというキャラクターに魅力感じました？　（客席からの拍手に、深くお辞儀するカン・ハヌルさん）　　ユ・ヘジンさんに伺いたいと思いますが、（さっと手を挙げるヘジンさん）　長いキャリアをお持ちで、ほんとにたくさんのヒット作にご出演されておりますけれど、ヤダンならではの魅力、演じられてどんなところに感じましたか？<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>ヤダンという存在は実際にあるものなのですが、監督がリサーチして、それを元に脚本を書きあげられました。この作品に触れて。とても怖くもありましたし、興味も沸いたのですが、ヤダンという作品ならではの魅力をあげるとすれば、なんといってもカン・ハヌルさんが演じられているということ、そして、パク・ヘジュンさんなど素晴らしい俳優さんたちとご一緒できたこと、そして、素晴らしい監督とご一緒できたということに尽きると思います。<br /><br /><strong>古家：</strong>　ほんとにエネルギッシュで素晴らしかったですよね。すごかったですよね。<br />監督にお伺いしたいと思います。この映画、ある種のジャンル性がありますが、しっかり社会性も盛り込まれています。バランスが大事だと思いました。映画を設計されるにあたって、どんなところに苦労されたでしょうか？<br /><br /><strong>監督：</strong>　まず私が見た映画の中で面白いと感じるのは、ジャンル性があって、その中に社会が持つ空気をいかにうまく込められているかだと思います。その二つがうまくできているのが、いい映画だな～と感じられるような気がします。本作においては、観客の皆さんが途中で携帯を覗くようなことがないように設計しましたが、いかがでしたでしょうか？　　（観客：拍手）<br /><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101740842.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101740842.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101740842-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_101740842-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>古家：</strong>　今後、日本でチャンスがあれば、一緒にお仕事をしてみたい、俳優や監督はいますか？<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>（すぐに答えられず）　今、悩んでいる理由はあまりにも多くて、皆、名前を挙げてもいいですか？　（指折り数えながら）　新垣結衣様、星野源様、監督の中では、新海誠監督、小島秀夫監督…などですね。機会があればぜひご一緒したい方は本当にたくさんいます。<br /><br /><strong>古家：</strong>共演してほしいですし、一緒に仕事してほしいですよね。できることなら。　<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>（深くお辞儀して）　お願いします。<br /><br /><strong>古家：</strong>ユ・ヘジンさんはジブリ好きだと存じ上げているのですが・・・<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>はい、宮崎駿監督とご一緒したいです。トトロ、紅の豚…。<br /><br /><strong>古家：</strong>ご一緒したい俳優ですよね。<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>　はい、今、ご一緒したい俳優さんの名前を挙げました（笑）。そして是枝裕和監督の作品もとても好きです。もしご一緒できたら光栄なことだと思います。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101745000.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_101745000.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_101745000-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_101745000-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>古家：</strong>監督はいかがですか？　この俳優を使ってみたいという方はいますか？<br /><br /><strong>監督：</strong>本作においては監督を務めていますが、元々俳優をしています。最近『国宝』を観ました。すごく良かったです。李相日監督は私と同じ学校の1年後輩にあたります。ですから、李相日監督の作品にキャスティングされたら、ぜひ出演してみたいです。<br /><br /><strong>古家：</strong>俳優としてご出演されたいということでございます。あとマスコミ的な質問になりますが、せっかく日本に来ているので、時間はあまりないと思いますが、ここに行ってみたいなと思うようなところがありましたら伺ってもいいですか。<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>これもまた多いです。元々日本を旅行するのが好きなので、度々来ています。1番最近ですと、岐阜県の白川郷にも行きました。まだ行っていないところでは長野があります。長野にすごく行ってみたいです。<br /><br /><strong>古家：</strong>長野県に！　美味しいお蕎麦をぜひ召し上がってほしいです。<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>　はい、わかりました。<br /><br /><strong>古家：</strong>　ユ・ヘジンさんは、ここ行きたいなというところありますか？<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>　昨日と一昨日、軽井沢に行ってきたのですが、温泉もすごくよかったですし、こじんまりとした町中を、ジョギングして走るような感じもとてもよかったです。駅で食べたうどんがほんとに美味しかったです。今回は軽井沢のことが大好きになりました。また、これから行きたいところに関しては、ゆっくり出てくると思うのですが、今回は軽井沢がなんといってもほんとによかったです。<br /><br /><strong>古家：</strong>監督はいかがですか？　もう何度か日本にいらしていると思うのですが。<br /><br /><strong>監督：</strong>20年くらい前に浅草でお蕎麦屋さんに行ったらすごく美味しかったのを覚えています。ですから、明日か明後日浅草にお蕎麦を食べに行きたいと思っています。<br /><br /><strong>古家：</strong>皆さん浅草で待っていないようにお願いします。　ここからは皆さんのフォトタイムです。携帯やスマートフォンのご準備をお願いします。　角度をつけて、３方向、それぞれ10秒ずつくらいの短い時間ではございますが、お声もかけてください。カッコいいとか・・・<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102333923.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102333923.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102333923-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_102333923-thumbnail2.jpg.html'; 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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>　Gです！<br /><br /><strong>古家：</strong>　G列です。G列の皆さん全員、これからステージにあがって、お三方とハイタッチしていただけるということです。握手やハグはできませんのでご了承ください。<br />G列の皆さん、おめでとうございます。<br /><br />楽しそうにハイタッチに応じる三人でした。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102653562.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_102653562.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_102653562-thumbnail2.jpg" width="320" height="252" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_102653562-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>古家：</strong>G列の方、いかがでしたか？　手は柔らかかったですか？　こんなハイタッチ会、初めてじゃないかと思います。ユ・ヘジンさんいかがでしたか？<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>　韓国でも公開に合わせて舞台挨拶はたくさんするのですが、このようなハイタッチをする文化は韓国にはないので、私にとっても初めての経験となりました。とても新鮮でした。<br /><br /><strong>古家：</strong>このあとマスコミ向けのフォトセッションは残っているのですが、締めくくりの最後の言葉を観客の皆さんに向けてお願いします。<br /><br /><strong>カン・ハヌル：</strong>　私達の映画『YADANG／ヤダン』が海を渡って、こうして日本の皆さんにお会いできてとても嬉しく思います。日本の皆さんも間違いなく楽しんでくださると思う、そんな作品です。今日映画を観ておもしろいと思ってくださったら、InstagramやLINEなどをやってらっしゃると思うので、友達や周りの方にどんどん広めていただけたらと思います。今日は劇場で観てくださってありがとうございました。<br /><br /><strong>ユ・ヘジン：</strong>このように私達のことを温かく迎えてくださって、心から感謝申し上げます。皆さんの愛に応えられるのは、より良い演技で素敵な作品を皆さんにお届けすることだと思っています。そのためにこれからも一生懸命頑張りたいと思います。改めて皆さん新年の福をたくさん受け取ってください。そして、1年間元気でお過ごしください。ありがとうございました。<br /><br /><strong>監督：</strong>皆さんの反応にとても感動を受けました。ありがとうございます。そして、あけましておめでとうございます。<br /><br />最後にマスコミ向けフォトセッション<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_103406436.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20260109_103406436.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20260109_103406436-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20260109_103406436-thumbnail2.jpg.html'; 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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>sakiko</author>
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                </item>
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      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/517672586.html</link>
      <title>本物の国宝が登場する映画『六つの顔』　完成披露試写に狂言の野村家3代が登壇</title>
      <pubDate>Mon, 18 Aug 2025 00:21:27 +0900</pubDate>
            <description>早稲田大学大隈記念講堂に野村家親子三代と犬童一心監督が登壇！人間国宝の狂言師・野村万作を追ったドキュメンタリー映画『六つの顔』が8月22日（金）より公開されるのに先立ち、7月24日（木）夜、舞台挨拶付きの完成披露試写会が開催されました。　　　会場：早稲田大学 大隈記念講堂 大講堂　　　主催：万作の会、カルチュア・パブリッシャーズ　　　　共催：早稲田大学演劇博物館『六つの顔』〓2025万作の会監督・脚本：犬童一心出演：野村万作、野村萬斎、野村裕基、三藤なつ葉、深田博治、　高野和..</description>
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早稲田大学大隈記念講堂に野村家親子三代と犬童一心監督が登壇！

人間国宝の狂言師・野村万作を追ったドキュメンタリー映画『六つの顔』が8月22日（金）より公開されるのに先立ち、7月24日（木）夜、舞台挨拶付きの完成披露試写会が開催されました。

　　　会場：早稲田大学 大隈記念講堂 大講堂
　　　主催：万作の会、カルチュア・パブリッシャーズ　
　　　共催：早稲田大学演劇博物館


『六つの顔』
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〓2025万作の会
監督・脚本：犬童一心
出演：野村万作、野村萬斎、野村裕基、三藤なつ葉、深田博治、　高野和憲
ナレーション：オダギリジョー
題字・アニメーション：山村浩二　音楽：上野耕路
監修：野村万作　野村萬斎

650年以上にわたり受け継がれ、人々を魅了してきた「狂言」。その第一人者であり、芸歴90 年を超える今もなお、現役で舞台に立ち続ける人間国宝の狂言師・野村万作。映画『六つの顔』は、ある特別な１日の公演に寄り添い、万作が磨き上げてきた珠玉の狂言「川上」と人生の軌跡に迫る──。監督は、『ジョゼと虎と魚たち』、『のぼうの城』の犬童一心。アニメーションを『頭山』山村浩二、ナレーションをオダギリジョー、監修を野村万作と野村萬斎が務める。豊かな映像表現で織りなす、至高のドキュメンタリー。
公式サイト：https://www.culture-pub.jp/six-face/
★2025年8月 22 日(金)シネスイッチ銀座、テアトル新宿、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開



●舞台挨拶

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舞台挨拶付き完成披露試写会が行われたのは、万作の母校である早稲田大学の大隈記念講堂。映画の上映後、野村万作、野村萬斎、野村裕基の親子三世代、そして犬童一心監督が登壇。MCは萬斎の娘である野村彩也子アナ。

万作；学生時代、大隈記念講堂では、毎年早稲田祭でお能や狂言を上演していました。もう一つ申しあげますと、学生時代、歌舞伎研究会に入っていまして、6代目菊五郎が現役の頃で、歌舞伎はよく観に行きました。この講堂では歌舞伎の映画の上映もしました。幸四郎、羽左衛門、菊五郎の「勧進帳」の映画を演劇博物館の館長さんを通じて松竹にお願いしてお借りして上映いたしました。そういう思い出が多々あった上での今日の初めての映画上映でございます。ありがとうございます。
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萬斎：今日は遠路ありがとうございました。クラウドファンディングなどでご協力いただいた方にもいらしていただきました。映画では、父の90年の足跡を監督に撮っていただきました。ご覧になった皆さま、どうでしたかねぇ？　　（会場より大きな拍手）　ありがとうございます。いろいろな感想を頂戴できればと思います。今日は付け加えの裏話などもお話いただければと思います。
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裕基：早稲田大学卒業ではなく、わたしは慶應を卒業したんですが、慶應の講堂より早稲田の講堂に立たせていただくことの方が多い野村裕基でございます。本日はありがとうございました。この映画が、まさか全国津々浦々の劇場で上映されることになったというのも、その規模感がすごく驚きとともに、ありがたいことだなと思っております。
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犬童監督：僕は早稲田も慶応も出ていませんけども、今日は3人の方と一緒にここに立つことができました。よろしくお願いします。
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MC：　万作さんは、大学在学中の1950年に「狂言研究会」を設立。その後、現在に至るまで一門で学生に指導を続け、2010年より毎年、大学主催「早稲田 狂言の夕べ」公演を行っておられます。そんなゆかりの深い場所での初お披露目となったことについて、どう思われましたか？

万作：大学時代、毎年、お能や狂言をやっていた場所ですし、いろいろな思い出がたくさんございますので、感慨深いものがあります。

MC：万作さんは芸歴90年を超え、文化勲章も受賞された記念公演も収録されています。これまでの歩みを描いた映画になっていますが、自ら映画化を希望されたとも伺っています。

万作：先ほど申しあげましたとおり、勧進帳や小津安二郎の素晴らしい映画を若いころに観ていますので、狂言の演者として狂言についての映画を作りたいなぁと思っておりました。

MC: 犬童監督は、この映画のお話をいただいてどう思われましたか？

監督：私が思ったのは、しめたなと。前から万作先生を撮りたいと思っていましたし、能楽堂も映画的に撮ってみたいと思ってました。この話をいただいて、なんといっても万作先生の映画を撮る仕事を頼まれた、ということがものすごい名誉だと思いました。大事にやらなきゃいけないと思いました。

萬斎：われわれは無形文化財です。隣にいる父は本物の人間国宝です。（会場から拍手と笑い）　父の代弁をするならば、おそらく自分の芸を形に残したいという想いはあったと思います。有形のものにしたいと。
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万作：映画の中にも丸々収められている演目「川上」は、近年ライフワークとしても取り組んでいます。UCLA（カリフォルニア大学ロサンゼルス校）で狂言のシンポジウムを行った際、野外で上演した「川上」でものすごい拍手をいただきました。ミラノでは、ある老夫婦が、舞台で手を取り合って立ち去る夫婦の姿を見て、自分たちも一緒になって手を取り合って帰っていったと通訳の方から聞いて、あ～嬉しいなあと思いました。
私が好きなのは、静かな狂言。もちろんゲラゲラ笑うのも悪くはありませんけれども、それ以上に和というものがある、柔らかい狂言。泥棒を許してやる。桜の花を盗人にあげて、お酒もふるまって帰すというような柔らかい人と人との交流というものが、「川上」にもあるということ。そのような狂言を少しでも色濃く演じていけたらばなぁ～と思います。

監督：万作先生の狂言の考え方として、まず美しくなければいけないということをよくインタビューでおっしゃっています。映画自体が先生の趣旨に沿っていることが大事だと思いました。万作先生は普段、座っていても立っていても、シルエットや佇まいがすごく綺麗。だから、本作はドキュメンタリーなんですけど、その佇まいやシルエットをとにかく綺麗に撮る。そうすることで万作先生が普段言ってらっしゃる狂言に、映画が近づけるのではないかと思いました。

萬斎：われわれは全身で表現しているという思いがあるので、顔ばっかり追われるより、シルエットにこだわっていただいたというのは、そういう意味でも本当にその通りだなと思いました。前半部分、撮影に立ち会っていないので、どういう風になっているのかと思いましたら、いきなりただ歩く後ろ姿。90年の歩みを感じさせる始まり。

裕基：この映画の中で思ったことですし、普段からも思っていることでもあるんですが、万作先生から芸を継承することはあっても、記憶を継承することはできないなぁ～ということを感じました。映画というものになることで、万作先生がこういう方に思っていらっしゃったのだ、戦時中のことであったり、未来に向けてどういう道を歩んでいくのかといったことが記憶されると思いました。

万作：この映画で大変嬉しいことが一つありました。後半部分で、能楽堂の2階席から撮ったNHKのアーカイブを映画に取り込んでいただいたこと。50歳位の時の舞台だったと思いますが、僕にとっては嬉しいことでした。

MC: 映画『国宝』の大ヒットで人間国宝に注目が集まっていますが、人間国宝・野村万作さんを、息子と孫という関係で、どのように捉えていらっしゃいますか？
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萬斎：父というより師匠であるということがすごく大きいです。家族でありながら、師弟でもあるという特殊な関係。やはり同じように考えていくということがとても重要に思います。僭越ながら同士でもあり、同業者であり、共演者であるというところがとても重要。僕らは単なる技芸を受け継ぐだけではなく、父が言いましたように精神を受け継ぐところがあります。時代時代とアップデートされていくことに合わせて、自分たちが何を守り、何を更新していくのか。そのための色々なチャレンジを惜しまないということを身をもって見せてくれた。そういう意味で『先達』であり『先人』でもある。われわれは『猿に始まり狐に終わる』と言いますけれども、まさしく『獣の世界』ですよ。親が、餌はこうやって獲るんだよということを言葉では説明しないわけです。まず親が『獣の獲り方はこうやるんだよ』という姿を見せて、それを見様見真似で覚えていく。そういう意味で特殊ではありますが、ずっと背中を見せてきてくださったなと思っております。

裕基：「芸に実直であれ」という姿勢の方であると感じています。94歳になってもまだ高みを目指す、というような気持ちと精神と体力を持ち合わせている。本当に改めて大きな存在なのだなぁと感じました。


*フォトセッション*
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観客の皆さんにも、撮影タイムが設けられ、いよいよ舞台挨拶も終盤。最後のコメントを求められた万作さん、
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「当たるといいですねぇ～」と、ひと言。会場がどっと笑いに包まれ、大きな拍手で4人を見送りました。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊

少し耳が遠い万才さんに、孫の裕基さんが時折、耳元でささやいている姿が微笑ましかったです。　萬斎さんも、万才さんを気遣いながらフォローされていました。師弟でありながら、やはり家族だと感じました。
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学生時代には、歌舞伎もよく観に行ったという万才さん。ほんとうに歌舞伎が大好きだったご様子。同じ日本の伝統芸能である歌舞伎からも大いに学ばれたことと思いました。　狂言を生で観たのは、ほんの数回ですが、この映画を観て、「川上」の演目をいつか能楽堂で観てみたいと思いました。　

取材：景山咲子（文・写真）


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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>万作：</strong>映画の中にも丸々収められている演目「川上」は、近年ライフワークとしても取り組んでいます。UCLA（カリフォルニア大学ロサンゼルス校）で狂言のシンポジウムを行った際、野外で上演した「川上」でものすごい拍手をいただきました。ミラノでは、ある老夫婦が、舞台で手を取り合って立ち去る夫婦の姿を見て、自分たちも一緒になって手を取り合って帰っていったと通訳の方から聞いて、あ～嬉しいなあと思いました。<br />私が好きなのは、静かな狂言。もちろんゲラゲラ笑うのも悪くはありませんけれども、それ以上に和というものがある、柔らかい狂言。泥棒を許してやる。桜の花を盗人にあげて、お酒もふるまって帰すというような柔らかい人と人との交流というものが、「川上」にもあるということ。そのような狂言を少しでも色濃く演じていけたらばなぁ～と思います。<br /><br /><strong>監督：</strong>万作先生の狂言の考え方として、まず美しくなければいけないということをよくインタビューでおっしゃっています。映画自体が先生の趣旨に沿っていることが大事だと思いました。万作先生は普段、座っていても立っていても、シルエットや佇まいがすごく綺麗。だから、本作はドキュメンタリーなんですけど、その佇まいやシルエットをとにかく綺麗に撮る。そうすることで万作先生が普段言ってらっしゃる狂言に、映画が近づけるのではないかと思いました。<br /><br /><strong>萬斎：</strong>われわれは全身で表現しているという思いがあるので、顔ばっかり追われるより、シルエットにこだわっていただいたというのは、そういう意味でも本当にその通りだなと思いました。前半部分、撮影に立ち会っていないので、どういう風になっているのかと思いましたら、いきなりただ歩く後ろ姿。90年の歩みを感じさせる始まり。<br /><br /><strong>裕基：</strong>この映画の中で思ったことですし、普段からも思っていることでもあるんですが、万作先生から芸を継承することはあっても、記憶を継承することはできないなぁ～ということを感じました。映画というものになることで、万作先生がこういう方に思っていらっしゃったのだ、戦時中のことであったり、未来に向けてどういう道を歩んでいくのかといったことが記憶されると思いました。<br /><br /><strong>万作：</strong>この映画で大変嬉しいことが一つありました。後半部分で、能楽堂の2階席から撮ったNHKのアーカイブを映画に取り込んでいただいたこと。50歳位の時の舞台だったと思いますが、僕にとっては嬉しいことでした。<br /><br /><strong>MC: </strong>映画『国宝』の大ヒットで人間国宝に注目が集まっていますが、人間国宝・野村万作さんを、息子と孫という関係で、どのように捉えていらっしゃいますか？<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_112537633.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250724_112537633.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_112537633-thumbnail2.jpg" width="283" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250724_112537633-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>萬斎：</strong>父というより師匠であるということがすごく大きいです。家族でありながら、師弟でもあるという特殊な関係。やはり同じように考えていくということがとても重要に思います。僭越ながら同士でもあり、同業者であり、共演者であるというところがとても重要。僕らは単なる技芸を受け継ぐだけではなく、父が言いましたように精神を受け継ぐところがあります。時代時代とアップデートされていくことに合わせて、自分たちが何を守り、何を更新していくのか。そのための色々なチャレンジを惜しまないということを身をもって見せてくれた。そういう意味で『先達』であり『先人』でもある。われわれは『猿に始まり狐に終わる』と言いますけれども、まさしく『獣の世界』ですよ。親が、餌はこうやって獲るんだよということを言葉では説明しないわけです。まず親が『獣の獲り方はこうやるんだよ』という姿を見せて、それを見様見真似で覚えていく。そういう意味で特殊ではありますが、ずっと背中を見せてきてくださったなと思っております。<br /><br /><strong>裕基：</strong>「芸に実直であれ」という姿勢の方であると感じています。94歳になってもまだ高みを目指す、というような気持ちと精神と体力を持ち合わせている。本当に改めて大きな存在なのだなぁと感じました。<br /><br /><br />*フォトセッション*<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_115954627.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250724_115954627.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_115954627.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="293" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250724_115954627.MP-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br />観客の皆さんにも、撮影タイムが設けられ、いよいよ舞台挨拶も終盤。最後のコメントを求められた万作さん、<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_120213653.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250724_120213653.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_120213653-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250724_120213653-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong><span style="font-size:large;">「当たるといいですねぇ～」</span></strong>と、ひと言。会場がどっと笑いに包まれ、大きな拍手で4人を見送りました。<br /><br />＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br /><br />少し耳が遠い万才さんに、孫の裕基さんが時折、耳元でささやいている姿が微笑ましかったです。　萬斎さんも、万才さんを気遣いながらフォローされていました。師弟でありながら、やはり家族だと感じました。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_113628874.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250724_113628874.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_113628874-thumbnail2.jpg" width="320" height="209" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250724_113628874-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />学生時代には、歌舞伎もよく観に行ったという万才さん。ほんとうに歌舞伎が大好きだったご様子。同じ日本の伝統芸能である歌舞伎からも大いに学ばれたことと思いました。　狂言を生で観たのは、ほんの数回ですが、この映画を観て、「川上」の演目をいつか能楽堂で観てみたいと思いました。　<br /><br /><div style="text-align:right;">取材：景山咲子（文・写真）</div><br /><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_121903202.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250724_121903202.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250724_121903202.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="241" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250724_121903202.MP-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><a name="more"></a>

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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>sakiko</author>
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      <title>『私の見た世界』石田えり監督初日舞台挨拶</title>
      <pubDate>Sun, 27 Jul 2025 18:17:36 +0900</pubDate>
            <description>女優の石田えりさんの初監督長編映画『私の見た世界』。昭和57年、松山ホステス殺人事件で逮捕された福田和子。名前を変え14年11ヶ月10日間におよぶ逃走の日々を描いた物語。監督だけでなく脚本・編集・主演も務めた石田えりさんが初日舞台挨拶に登壇しました。2025年7月26日(土)　シアター・イメージフォーラム大きな拍手で迎えられた石田えりさん。「皆さんお暑い中、今日はどうもありがとうございます」と、にこやかに挨拶。―　俳優として長いキャリア。いつ頃から違うこともと？石田：ほんとに..</description>
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女優の石田えりさんの初監督長編映画『私の見た世界』。
昭和57年、松山ホステス殺人事件で逮捕された福田和子。名前を変え14年11ヶ月10日間におよぶ逃走の日々を描いた物語。
監督だけでなく脚本・編集・主演も務めた石田えりさんが初日舞台挨拶に登壇しました。

2025年7月26日(土)　
シアター・イメージフォーラム

大きな拍手で迎えられた石田えりさん。
「皆さんお暑い中、今日はどうもありがとうございます」と、にこやかに挨拶。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020109930.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_020109930.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020109930-thumbnail2.jpg" width="320" height="231"></a>

―　俳優として長いキャリア。いつ頃から違うこともと？

石田：ほんとにやりたいことは待ってても来ないなと思ったのが30年前くらい。
舞台を3本作ったのですけど、人を探して演出家もお願いして、お金も払ったのですが、でも結果、私がやりたいこととはちょっと違ったなと。6年前に短編映画を作ったのですが、自分で作ったにもかかわらず、表現したいことがどうやって表現したらいいかわからない。
勉強しなくてはダメだと思って、勉強して、今回の作品になったのですけど、やっぱり勉強しなくてはいけないんだなと。

―　福田和子の主観で撮影されています。

石田：福田和子さんのことを本で読んで、逃げて逃げまくってというイメージが映像とともに浮かんできて作ろうかなと。浮かんできたイメージが、福田和子本人じゃなくて、福田和子が出会った景色や人のイメージだったので、和子さんの見た景色や人で追っていく形で描きました。

―　画面サイズが変わりますね。

石田：画面サイズは、普通の時はスタンダード。俯瞰の時は、ビスタサイズでワイドです。

―　個性的な役者さんたち、何を一番大切に？

石田：顔ですね。顔で決めさせていただきました。こんな顔の人がこんなことするワケない。こんな怖い顔の人がノミの心臓？　そのまんまのキャラの人もいる。普段の生活でも自分の判断力を顔で遊べると映画を観て思って貰えるのではないかと思います。
コロナの頃だったのでオーディションできなくて、写真で選びました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_014955992.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_014955992.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_014955992-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>

―　初めての長編、撮影で苦労されたことは？

石田：もう、それは･･･。諦めないといけないこともありました。ストレスが溜まって、ある時、ホテルで寝ているときに壁を脚で蹴飛ばしてしまって穴が空いてしまって、次に泊まったらテープが貼られてました。すみません･･･

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_015505167.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_015505167.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_015505167-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>

―　追われて逃げる夢を見たそうですね。

石田：お化けがずっと追ってくるので、逃げて、逃げて、もう怖くて逃げられないと振り向いたら消えてました。その夢を見た3日後に、詩人の谷川俊太郎さんが見た夢を語られているのを、テレビで観たんですが、全く同じ夢でした。この夢のことを映画で伝えられればなと思いました。嫌なものや怖いものは見ればいいんだと。

表情豊かに、語ってくださった石田えりさんでした。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020032939.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_020032939.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020032939-thumbnail2.jpg" width="320" height="293"></a>

報告：景山咲子

石田えりプロフィール　
熊本県出身。『遠雷』（80／根岸吉太郎）で日本アカデミー賞優秀主演賞と優秀新人賞、『華の乱』（88／深作欣二）や『飛ぶ夢をしばらく見ない』（90／須川栄三）などで日本アカデミー賞最優秀助演賞などを重ねて受賞。 カンヌ映画祭コンペティション部門出品の『嵐が丘』（88／吉田喜重）、ヴェネチア映画祭オリゾンテ部門オープニング作品『サッド ヴァケイション』（07／青山真治）他に出演。 ヘルムート・ニュートンが撮影した写真集「罪-immorale-」（93）は大きな話題を呼んだ。2019年には、短編映画『CONTROL』で初監督。『G.I.ジョー・漆黒のスネークアイズ』（21/ロベルト・シュヴェンケ）でハリウッド映画デビュー。


私の見た世界
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/watasinomita.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="watasinomita.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/watasinomita-thumbnail2.jpg" width="226" height="320"></a>
(c)2025 Triangle C Project
監督・脚本・編集・主演：石田えり
出演：大島蓉子　佐野史郎　夏川さつき　後藤ユウミ　下総源太朗　林歩楓　蒲生純一　佐藤まんごろう　桑田佳澄　島村苑香　スガ・オロペサ・チヅル　日下部そう　峰秀一　石井ひとみ　くれ みわ　小田和江　関口ふで　山内ナヲ　櫻井紗季　岡本舞　仲野元子　黒井悠未　塩野谷正幸　吉田武房　松下太亮　西山水木　齋藤光司　世志男　栗田昌治

昭和57年、松山ホステス殺人事件で逮捕された福田和子。名前を変え14年11ヶ月10日間におよぶ逃走の日々を新たな視点で描く。「女」は、何から逃げたのか ——

シネジャ作品紹介　http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/517028996.html

2025年/日本/日本語/69分/カラー/1.85:1  
製作・配給：トライアングルCプロジェクト　
配給協力・宣伝：Playtime
公式サイト　https://watashinomitasekai.com/　　
★2025年7月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開


<a></a>

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<div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020017688.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_020017688.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020017688.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="244" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250726_020017688.MP-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div></div><br /><br />女優の石田えりさんの初監督長編映画『私の見た世界』。<br />昭和57年、松山ホステス殺人事件で逮捕された福田和子。名前を変え14年11ヶ月10日間におよぶ逃走の日々を描いた物語。<br />監督だけでなく脚本・編集・主演も務めた石田えりさんが初日舞台挨拶に登壇しました。<br /><br /><div style="text-align:right;">2025年7月26日(土)　<br />シアター・イメージフォーラム</div><br /><br />大きな拍手で迎えられた石田えりさん。<br />「皆さんお暑い中、今日はどうもありがとうございます」と、にこやかに挨拶。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020109930.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_020109930.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020109930-thumbnail2.jpg" width="320" height="231" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250726_020109930-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>―　俳優として長いキャリア。いつ頃から違うこともと？</strong><br /><br /><strong>石田：</strong>ほんとにやりたいことは待ってても来ないなと思ったのが30年前くらい。<br />舞台を3本作ったのですけど、人を探して演出家もお願いして、お金も払ったのですが、でも結果、私がやりたいこととはちょっと違ったなと。6年前に短編映画を作ったのですが、自分で作ったにもかかわらず、表現したいことがどうやって表現したらいいかわからない。<br />勉強しなくてはダメだと思って、勉強して、今回の作品になったのですけど、やっぱり勉強しなくてはいけないんだなと。<br /><br /><strong>―　福田和子の主観で撮影されています。</strong><br /><br /><strong>石田：</strong>福田和子さんのことを本で読んで、逃げて逃げまくってというイメージが映像とともに浮かんできて作ろうかなと。浮かんできたイメージが、福田和子本人じゃなくて、福田和子が出会った景色や人のイメージだったので、和子さんの見た景色や人で追っていく形で描きました。<br /><br /><strong>―　画面サイズが変わりますね。</strong><br /><br />石田：画面サイズは、普通の時はスタンダード。俯瞰の時は、ビスタサイズでワイドです。<br /><br /><strong>―　個性的な役者さんたち、何を一番大切に？</strong><br /><br /><strong>石田：</strong>顔ですね。顔で決めさせていただきました。こんな顔の人がこんなことするワケない。こんな怖い顔の人がノミの心臓？　そのまんまのキャラの人もいる。普段の生活でも自分の判断力を顔で遊べると映画を観て思って貰えるのではないかと思います。<br />コロナの頃だったのでオーディションできなくて、写真で選びました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_014955992.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_014955992.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_014955992-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250726_014955992-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>―　初めての長編、撮影で苦労されたことは？</strong><br /><br /><strong>石田：</strong>もう、それは･･･。諦めないといけないこともありました。ストレスが溜まって、ある時、ホテルで寝ているときに壁を脚で蹴飛ばしてしまって穴が空いてしまって、次に泊まったらテープが貼られてました。すみません･･･<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_015505167.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_015505167.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_015505167-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250726_015505167-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>―　追われて逃げる夢を見たそうですね。</strong><br /><br /><strong>石田：</strong>お化けがずっと追ってくるので、逃げて、逃げて、もう怖くて逃げられないと振り向いたら消えてました。その夢を見た3日後に、詩人の谷川俊太郎さんが見た夢を語られているのを、テレビで観たんですが、全く同じ夢でした。この夢のことを映画で伝えられればなと思いました。嫌なものや怖いものは見ればいいんだと。<br /><br />表情豊かに、語ってくださった石田えりさんでした。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020032939.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250726_020032939.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250726_020032939-thumbnail2.jpg" width="320" height="293" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250726_020032939-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><div style="text-align:right;">報告：景山咲子</div><br /><br /><strong><span style="color:#990099;">石田えりプロフィール</span></strong>　<br />熊本県出身。『遠雷』（80／根岸吉太郎）で日本アカデミー賞優秀主演賞と優秀新人賞、『華の乱』（88／深作欣二）や『飛ぶ夢をしばらく見ない』（90／須川栄三）などで日本アカデミー賞最優秀助演賞などを重ねて受賞。 カンヌ映画祭コンペティション部門出品の『嵐が丘』（88／吉田喜重）、ヴェネチア映画祭オリゾンテ部門オープニング作品『サッド ヴァケイション』（07／青山真治）他に出演。 ヘルムート・ニュートンが撮影した写真集「罪-immorale-」（93）は大きな話題を呼んだ。2019年には、短編映画『CONTROL』で初監督。『G.I.ジョー・漆黒のスネークアイズ』（21/ロベルト・シュヴェンケ）でハリウッド映画デビュー。<br /><br /><blockquote><br /><strong><span style="font-size:large;">私の見た世界</span></strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/watasinomita.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="watasinomita.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/watasinomita-thumbnail2.jpg" width="226" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/watasinomita-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />(c)2025 Triangle C Project<br />監督・脚本・編集・主演：石田えり<br />出演：大島蓉子　佐野史郎　夏川さつき　後藤ユウミ　下総源太朗　林歩楓　蒲生純一　佐藤まんごろう　桑田佳澄　島村苑香　スガ・オロペサ・チヅル　日下部そう　峰秀一　石井ひとみ　くれ みわ　小田和江　関口ふで　山内ナヲ　櫻井紗季　岡本舞　仲野元子　黒井悠未　塩野谷正幸　吉田武房　松下太亮　西山水木　齋藤光司　世志男　栗田昌治<br /><br />昭和57年、松山ホステス殺人事件で逮捕された福田和子。名前を変え14年11ヶ月10日間におよぶ逃走の日々を新たな視点で描く。「女」は、何から逃げたのか ——<br /><br />シネジャ作品紹介　<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/517028996.html" target="_blank">http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/517028996.html</a><br /><br />2025年/日本/日本語/69分/カラー/1.85:1  <br />製作・配給：トライアングルCプロジェクト　<br />配給協力・宣伝：Playtime<br />公式サイト　<a href="https://watashinomitasekai.com/" target="_blank">https://watashinomitasekai.com/</a>　　<br /><strong>★2025年7月26日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開</strong><br /><br /></blockquote><br /><a name="more"></a>

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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>sakiko</author>
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      <title>『黒川の女たち』松原文枝監督インタビュー</title>
      <pubDate>Thu, 03 Jul 2025 14:27:01 +0900</pubDate>
            <description>2025年７月12日（土）からユーロスペース、新宿ピカデリー、池袋シネマ・ロサ、キノシネマ 立川髙島屋S.C.館、ＭＯＶＩＸ昭島、CINEMA Chupki TABATAで公開　その他劇場公開情報　80年以上前の戦時下、国策の満蒙開拓により満州に渡った岐阜県白川の黒川開拓団員は650人余。５年満州で生活した。日本の敗戦が色濃くなる中、1945年8月9日ソ連軍が突然満洲に侵攻。守ってくれるはずの関東軍はすでに去り、満蒙開拓団は過酷な状況に。集団自決した開拓団や、避難する途中で亡..</description>
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2025年７月12日（土）からユーロスペース、新宿ピカデリー、池袋シネマ・ロサ、キノシネマ 立川髙島屋S.C.館、ＭＯＶＩＸ昭島、CINEMA Chupki TABATAで公開　その他<a href="https://kurokawa-onnatachi.jp/theater/" target="_blank">劇場公開情報</a>　

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290563_RE8A39CE6ADA3320.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="P1290563_R&#x88DC;&#x6B63;320.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290563_RE8A39CE6ADA3320-thumbnail2.JPG" width="320" height="225"></a>
80年以上前の戦時下、国策の満蒙開拓により満州に渡った岐阜県白川の黒川開拓団員は650人余。５年満州で生活した。日本の敗戦が色濃くなる中、1945年8月9日ソ連軍が突然満洲に侵攻。守ってくれるはずの関東軍はすでに去り、満蒙開拓団は過酷な状況に。集団自決した開拓団や、避難する途中で亡くなった人も。
敗戦後はソ連兵や、抑圧してきた中国人から襲撃を受け、黒川開拓団は日本に帰るため敵であるソ連軍に助けを求めた。しかしその見返りは女性たちによる接待だった。差し出された女性は15人。数えで18歳以上の未婚女性が犠牲になり性の相手をさせられた。そして４人の乙女たちが亡くなった。
性接待の犠牲を払ったが、敗戦から１年、黒川開拓団の人々は451人が帰国できた。しかし、帰国した女性たちを待っていたのは労いではなく、差別と偏見の目、そして誹謗中傷。同情から口を塞ぐ人々。込み上げる怒りと恐怖を抑え、身をひそめる女性たち。身も心も傷を負った女性たちの声はかき消され、この事実は長年伏せられてきた。二重の苦しみに追い込まれ、故郷を離れ他の土地で酪農を始めたり、東京に行った人も。それぞれ思いを抱えていたが、その思いを口にすることなく、時に、犠牲にあった女性たちのみで集まり、涙をこぼした。
だが、黒川の女性たちは、犠牲の史実を封印させないため「なかったことにはできない」と手を携えた。2013年に満蒙開拓平和記念館で行われた「語り部の会」で、佐藤ハルエさんと安江善子さんが、満州で性暴力にあったことを公の場で語った。彼女たちの勇気ある告白に、今度は、世代を超えて女性たちが連帯した。
その後、1982年、黒川の鎮守の森に「乙女の碑」が建てられたが、お地蔵さんが鎮座するだけで説明はなかった。戦後70余年、2018年に、彼女たちの犠牲を史実として残す碑文が「乙女の碑」の脇に建てられ、その歴史が刻まれた。過去に向き合うこと、それは尊厳の回復にもつながった。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1_RE8A39CE6ADA3_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main1_R&#x88DC;&#x6B63;_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
(c)テレビ朝日（場面写真クレジット）
『黒川の女たち』<a href="https://kurokawa-onnatachi.jp/" target="_blank">公式サイト</a>　
監督：松原文枝
語り：大竹しのぶ
製作：テレビ朝日
配給：太秦
2025／日本／99分／ドキュメンタリー

松原文枝監督プロフィール　公式HPより
1991年テレビ朝日入社。政治部・経済部記者。「ニュースステーション」、「報道ステーション」ディレクター。政治、選挙、憲法、エネルギー政策などを中心に報道。
2012年にチーフプロデューサー。経済部長を経て現在イベント戦略担当部長。2019年からイベント事業局戦略担当部長。
「独ワイマール憲法の教訓」でギャラクシー賞テレビ部門大賞。「黒川の女たち」のベースとなった「史実刻む」（2019）がUS国際フィルム・ビデオ祭で銀賞。
ドキュメンタリー番組「ハマのドン」（2021、22）でテレメンタリー年度最優秀賞、放送人グランプリ優秀賞、World Media Festival銀賞など。
映画『ハマのドン』がキネマ旬報文化映画ベスト・テン第3位。
著書に「ハマのドン」（集英社新書）。

松原文枝監督インタビュー　2025年6月6日
＊満蒙開拓平和記念館での「語り部」の会
編集部　これまで従軍慰安婦のドキュメンタリーの作品紹介やインタビューはしてきましたが、日本人女性の戦時性被害を扱ったドキュメンタリーについて取材するのは初めてです。
黒川の女性たちのことを知り、取材を始めたのはいつ頃ですか？　また2013年の<a href="https://www.manmoukinenkan.com/" target="_blank">満蒙開拓平和記念館</a>の佐藤ハルエさんと安江善子さんの「語り部」の取材には行っているのですか？

松原文枝監督　2013年の満蒙開拓平和記念館の取材には行ってないです。取材を始めたのは2018年の11月に碑文ができた時からです。それができる前の2018年8月に朝日新聞の全国版に佐藤ハルエさんのことが載っていました。岐阜市民会館で行われた戦争の証言集会というのがあり、自分の満州での体験を語られていて、それが記事になっていたんです。こんな戦時性暴力の体験をたくさんの人の前で語る人がいるんだと驚きました。その時佐藤さんは93歳でした。年を経たので語れるという人もいますけど、最後まで話さず、墓までもっていこうという人が多いわけで、たくさんの人の中で自分の体験を話すということは、ものすごく勇気もいるし、覚悟もいる。そこに写っていた写真の表情がとても印象的で、口を真一文字に結んで、ものすごく信念がある表情だったんです。それに引き込まれて「この女性、なんでここまで話せるんだろう」と思ったのが、この黒川開拓団の取材に入るきっかけでした。
公の場で話す機会はこの後ありますか？と聞いたら、「ありません」と言われて、その後、2018年11月に「乙女の碑の碑文の除幕式があり、佐藤ハルエさんも来ます」と黒川村の遺族会の方から連絡があり、その除幕式を撮ったのが映像を撮り始めた最初です。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_harue_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1_harue_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_harue_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
佐藤ハルエさん
編集部　満蒙開拓平和記念館での二人の語りの映像は、ＴＶ朝日の報道の映像ですか？

監督　2013年7月と11月の映像は、満蒙開拓平和記念館が撮っていた記録映像です。あの映像を残しておいてくれたことが次に繋がっていったので、満蒙開拓平和記念館の存在というのが、ものすごく大きかったなと思います。彼女たちが安心して話せる場所であり、それを記録した場所でもありました。

編集部　私は、2015年に山田火砂子監督の<a href="https://www.gendaipro.jp/bokyo_new/index_top.html" target="_blank">『望郷の鐘』</a>という作品を観て、満蒙開拓平和記念館ができたことを知り、2016年の1月に長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館に行きました。ここは2013年4月にできていますが、彼女たちは7月と11月の「語り部の会」で証言をしているんですね。彼女たちにとって、ここができたから語れたという部分があるのかなと思いました。
（『望郷の鐘』の山本慈昭さん。長野県阿智村、長岳寺の元住職で、国民学校の先生として満蒙開拓民を募集して連れていかなくてはいけない状況で、終戦の半年前に満州に渡る。シベリアに抑留され1947(昭和22)年に引き揚げ。戦後は中国残留孤児の肉親捜しに奔走し、「残留孤児の父」と呼ばれている。「満蒙開拓平和記念館」は、この長岳寺のそばに建てられています）

監督　おっしゃる通り。

編集部　ここでの話が世間に知られるきっかけだったのでしょうか？　長年、伏せられ、表には出せないできたけど、ここで発言するにあたり、黒川村の開拓団の幹部の人たちのかくしておきたい事情とのせめぎ合いとか葛藤もあったかと思います。でも、彼女たちの「なかったことにはできない」という思いから、証言になっていったのでしょう。

監督　満蒙平和記念館ができたのは2013年4月で、佐藤ハルエさんが話しをしたのが７月の語り部の会で、第2回目なんです。安江善子さんが話しをしたのは11月なんですが、やはり、その場があったということが大きかったと思います。遺族会会長の藤井宏之さん（戦後生まれ）が、そこで話しをしてほしいとお願いしたのですが、それは、別に「性接待のことを話してほしい」とは言っていないし、彼はそのことを話すとは思ってなかったんですね。彼女たちに「満州の話をしてほしい」と言ったら、その場で彼女たちは、自分たちのほうから語り始めたそうです。そこの場は、満蒙開拓のことを知りたい、考えたいと思う人たちが来るところだから話せたのだと思います。でも安江善子さんは、その後、皆さんの前では語ってはいないんですよ（2016年死去）。後に、記念館の人たちがインタビューに行った時にはしゃべらなかったそうです。
佐藤ハルエさんは、記念館ができる前から「性接待」の話をしています。わかっている人、気づいた人が来た時には話をしていたんです。新聞などにも書いてほしいと言っているシーンも、この映像の中に出てきます。
以前の黒川村の開拓団の幹部は、証拠を焼いたり、埋めたりして、なかったことにしようとしていたわけです。女性たちが出したいと思っても声をあげられなかったのです。当時の遺族会の幹部によって抑え込まれ消し去られました。会長が戦後世代の藤井さんになったから、声を上げられるようになったと思います。

＊「乙女の碑」のエピソード
編集部　会長の妻の藤井湯美子さんがが出てきてきて、「夫ながらあっぱれ」と言っていましたが、私は彼女がいたことで、ここまでできたんじゃないかと思いました。

監督　この女性は「長いものには巻かれたくない、おかしなことにはおかしい」という元気がいい女性なんです。この女性の存在も大きかったです。

編集部　彼女たちがいくら声をあげたとしても、遺族会があるわけだから、会長が先頭に立っていかなければ碑文の制作にしても形にはなっていかなかったと思います。「恥になること」と言っていた開拓団帰りの男性の声もあったわけですから、彼女たちの声を消さないで拾い上げて形にしたということに拍手喝采。

監督　そういう風に観ていただいて嬉しいです。ほんとにそうですよ。共同体のリーダーって大事ですよ。彼がいたことによって碑文として残せたと思います。

編集部　「乙女の碑」そのものは1982年に作られたわけですが、碑文は2018年に建てられていますね。でも、その碑だって、戦後37年もたってから建てられているんですね。

監督　黒川開拓団は600名余りの人たちが行っていますが、200名ぐらいの方たちが現地で亡くなり、性接待を強要された女性たちの中からも4名の方が現地で亡くなっています。お参りする場を作りたいということで、安江善子さんが中心になって、彼女たちを弔うために寄付金を集めて「乙女の碑」が作られました。
1981年に遺族会の方たちが、開拓団がいた陶頼昭（とうらいしょう）に慰霊の旅をしています。訪中の後、1982年にその記念碑が作られ、そこには満蒙開拓の説明や碑文もあるのですが、同じ頃建てられた「乙女の碑」の方は何の説明もなくお地蔵さんだけだったのです。身内の人がわかっているだけという状況でした。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub10_otomenohihibun_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub10_otomenohihibun_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub10_otomenohihibun_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>

＊性接待の状況
編集部　映画の中にも、‎訪中慰霊団のシーンは出てきますね。松原さんが2018年から取材を始めて、TVで放映されたのはどんな番組だったのでしょう。

監督　2019年の8月に報道ステーションで特集にしたのと、テレメンタリーという30分のドキュメンタリー番組になりました。その後に、テレメンタリーで1時間の拡大版というのが11月に放送されました。

編集部　反響がすごくあったということですね。

監督　結構ありました。

編集部　戦後すぐ、ソ連兵による日本女性への「性被害」という話は、これまでもいろいろ出てきていますが、ソ連兵に守ってもらう（中国人の襲撃から）という発想を開拓団の幹部がするというのは可能だったのかなというのは、この作品で知ってびっくりしました。

監督　このような「性接待」のことは、平井和子さんという戦時性暴力を研究者の本（「<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b626361.html" target="_blank">占領下の女性たち</a>」）などを読むと、女性を物のように提供して性接待をするというのは44件くらいあったようです。平井さんは、国会図書館とかで記録集を読んで調べたものがそのくらいなので、たぶん証言とかないものも含めたら、もっとあったんじゃないかなと想像されます。これはそういう時に女性を差し出すという例ですが、そうでなく一方的な性暴力はもっとたくさんありました。

編集部　何年もかかって日本に戻ってきた人たちがいた一方、この黒川開拓団は敗戦の１年後には日本に帰ってきましたが、帰還事業の初期の頃に帰れたんですね。これまで、満蒙開拓団の話や避難を描いた映画をいくつも観ていますが、ソ連国境に近いところにいた人、中央部にいた人、港に近いところに住んでいた人によって状況は違いましたよね。日本は、もとはと言えば加害者だったのに、侵略者だった日本人を、終戦後、復讐のため襲撃した中国人もいた一方、子供や女性を受け入れて、育ててくれたり保護して家族にしてくれた中国人もいたわけですから、感謝の思いがあります。避難の途中で亡くなった人や、残留孤児、残留婦人になった人もたくさんいるわけですから、その団の人たちがいた場所とか、開拓団に成人男性がどのくらい残っていたかとか、また、団の運命は団長の決断によって分かれてしまい、自決したり、その後の状況は違ったものになりましたね。

監督　ほんとにそうですよ。その時にどう判断するかで変わってきましたね。女性を性の対象に差し出すって、犯罪的行為だと思うんですよね。それが、団を守るためという論理に差し替えられている。女性をそういう対象にしか見ていなかったことの現れですよね。

編集部　満蒙開拓団で渡った人というのは次男、三男とか、口減らしのために渡った人も多かったし、日本にいたところで、その時代だったら売られた女性もいっぱいいたわけだから、そういうことに対する意識は今とは全然違うので、今の時代の見方でみるわけにはいかないですね。
性接待の状況を説明するのに、床に布団が並べられて犯されている状況に驚いたという場面がありますが、従軍慰安婦の場合もカーテンとかで仕切られた場所でそのように相手をさせられていたという証言もあるので、そういう形は当たり前のように思われていたところがあったんじゃないかと思います。

監督　そうですね。このことを誰が決めたのかということははっきりわからないんですよ。ソ連軍がもちかけたという話もありますが、黒川開拓団がいた陶頼昭というのは交通の要所にあり、関東軍の事務所にいた人がいたり、ロシア語ができる人もいたりで、そういう人たちが開拓団の幹部にもちかけたという話もあります。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290555_RE8A39CE6ADA3_R.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="P1290555_R&#x88DC;&#x6B63;_R.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290555_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.JPG" width="320" height="227"></a>

＊満州からの引き揚げ

編集部　日本から、満蒙開拓で行ったのが27万人と言われていて、8万人くらいが亡くなったということですが、あの状況から考えたら意外に帰ってこられた人の数は多かったという印象があります。長い距離を歩いて、日本に帰り着くための港・葫芦島（コロ島）までたどり着くのに時間がかかった団があった一方、黒川開拓団は、早くたどりついたと思いました。やはり、彼女たちの犠牲があってのこともあるのかなと思ったりしました。

監督　いや、彼らはもっと早く帰ればよかったと言っています。関東軍は日本からの撤退の情報を開拓民に伝えず、自分たち、あるいはその家族だけを連れて、さっさと日本に帰ってしまったわけです。彼らのように情報があれば、早く帰れたわけですよ。

編集部　それを伝えもせず、関東軍は、自分たちだけが帰ってしまったという、ひどい話ですよね。

監督　ひどい話ですよ。ソ連の中枢のほうも、兵士の風紀が悪くて、性暴力の話が国際的にも問題になってきたので、取り締まりもやっていたのですが、中国から引き上げるという話になっていたようです。いずれにせよ、早く帰さなかったことが被害を大きくしたと思います。

編集部　日本は敗戦で余裕もなかったのかもしれないけど、中国に送ってしまった人たちを日本に戻すという動きは、敗戦後すぐにはできなかったということですね。（舞鶴の「<a href="https://m-hikiage-museum.jp/" target="_blank">引揚記念館</a>」などに引揚の状況などの記録が残っている）

監督　今と違って情報が伝わらずで、どうしたらいいかがわからないという状況があったわけですが、「現地にとどまれ」という話もあったのですが、その話すら伝わっていなかったのです。終戦の翌年1946年（昭和21年）の5月に引き揚げ事業が始まるのですが、陶頼昭の駅で、この引き揚げの情報を聞きつけ、すぐに葫芦島に向かったようです。だから、黒川開拓団は帰ってこられましたけど、集団自決しなくてよかったなとは思いますが、女性を差し出したから400人余りの人が助かったとは、必ずしも言えないかもしれません。

編集部　今の時代の発想で考えてはいけないと思うけど、そういう意味では、無駄な犠牲になってしまい、彼女たちの人権は踏みにじられてしまったといえますね。

監督　中国人たちを支配していたから、敗戦後、襲撃にあって根こそぎ物品が取られてしまっても、命に危害は与えられなかったようです。

編集部　いずれにせよ、27万人が満蒙開拓団として渡ってしまったわけだから、日本に帰るのは大変だったわけですよね。
そういえば、佼成学園女子校の高野先生が、この黒川村の女性たちの性接待の状況を授業の中で伝えているのはすごいなと思いました。こういう活動は必要ですよね。

監督　ハルエさんのところに学校の先生たちも集団で足を運んでいたのですが、先生ばかりでなく大学生や高校生、一般の会社員なども話を聞きに来て、ハルエさんはその都度丁寧に話をしているんです。そういうことで、人の心が動かされ、伝えるという行動につながっているんですね。あの映像はたまたま学校がＯＫしてくれたのですが、そうじゃない学校でもそうやって教えているんです。
ハルエさんや他の女性もそうですが、顔を出して自分の言葉で語ったというのは大きくて、その勇気と覚悟に対して、心打たれて、学校の授業にまで伝わっていったというのは、女性たちが突き動かしたなと思うんですよね。

＊彼女たちの絆とカミングアウト
編集部　名前と顔を出して語っていたのは、最初は佐藤ハルエさんと安江善子さんだけでした。水野たづさんや安江玲子さんは、最初は名前を出さないでいたけど、後になって顔も名前も出すようになりましたが、それは安江善子さん、佐藤ハルエさんが亡くなって、後は自分たちが伝えていかないとと覚悟を決めたのかなと思ったんですけど、どうですか。

監督　この二人の場合は、覚悟を決めたというより、周りが理解してくれたということが大きかったと思います。彼女たちのことを認めて、尊敬というか大事にしたということが、心をとかしたんじゃないかと思います。

編集部　そうですね。自分の体験を言った時に、家族からどう思われるかというのがあると思うから。それに対して、家族から理解ある反応があったからというのが一番大きいのでしょうね。孫からの手紙を、ずっと持っていた話が出たときには思わず涙が出ました。
また、仲間たちとの団結力というか、励まし合いというのが大きな力になっていたと思います。一人じゃできないけど、５，６人の人たちが支え合い、時々は集まっていたのが大きな原動力だったのだろうと思います。

監督　そう思います。彼女たちの連帯というのがものすごく大きくて、彼女たちがお互いに支え合い、かつ「なかったことにされている」ことに対して憤りを持っていましたから、碑文を残すにあたって、彼女たちの力が大きかったですよね。連帯でもあるし、お互い支え合い、それぞれの気持ちを大事にして、ずっと一緒に生きてきた時間が長かった。

編集部　ハルエさんが安江菊美さんに対して、「あなたのおかげ」と言っていましたが、安江菊美さんはそれは逆だと言っていましたね。でも、やっぱり菊美さんの存在は大きいですよね。性被害体験者本人は言いずらいけど、周りにいた人だったら言えるということはあると思います。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub5_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
安江菊美さんと佐藤ハルエさん

監督　菊美さんは、被害者たちより若い世代ですし、非常に記憶力が鮮明で当時のことをよく覚えていますし、論理的な人なので、何があったかということを道先案内人のように解説をしてくれるので、すごくよくわかりました。彼女の存在はとても大きかったです。

編集部　当時11歳くらいだったのですよね。でも、それで、あれだけ覚えているというのはすごいなと思いました。私は、その年齢の時のこと、それだけ覚えていないです。

監督　私もその年の頃は全然ぽやっとした記憶しかないのですが、菊美さんはよく覚えていたんですね。やっぱり衝撃的だったからだと思います。記憶力がいいのもありますが、語り部をしているので、資料を整理してもっているということと、写真も持っているというのが大きいと思います。また、繰り返し当時のことを言っているのもあるかと思います。

編集部　菊美さんの存在もあったので、彼女たちの体験を裏付けられたと思います。そういえば、ものすごい量の手紙が出てきましたが、あれはどういうことだったのでしょう。

監督　あれは、佐藤ハルエさんのところに、いろいろな人から来た手紙の山だったのですが、あれはほんとに一部で、もっと膨大にあったと思います（笑）。

編集部　そういうのにも、絆というか助け合いというのを感じます。そういう繋がりがあったから、語ることができたのかもしれないですね。まとめる方がいて、集まれる場所があったり、励まし合ったりすることがあって、公表することにつながったのかなと思いました。

監督　ありがとうございます。女性たちが支え合ってきたことが大きかったと思います。でもやっぱり思うに、佐藤ハルエさんが外に出したかったという思いが大きかったと思います。その信念をみんなが支えていたんだと思います。お互いに理解し合える人たちがいることが、彼女の心の安寧にもなっていたと思うんですね。

編集部　一人だったらできなかったかも。

監督　仲間がいてくれるからこそ、彼女は行動できたと思います。一方で、絶対残さなくてはいけないという強い信念を持っていたのが大きいと思います。安江善子さんは公の場で話したのは、2013年の満蒙開拓平和記念館の時だけでしたけど、その後３年後の2016年には亡くなっているので、そのあとは話す機会もなかったのかもしれないですね。

編集部　ハルエさんはこれだけ苦労して99歳まで生きたそうですが、すごいですよね。

監督　ほんとですよ。良かったなと思います。大往生で、去年亡くなるまでよく生きたと思います。99歳の人生を生き抜いて、いろいろなことを後世に残しました。

編集部　ハルエさん一人だけのことでなく、黒川開拓団だけでなく、満蒙開拓団の方たちの代弁者だったと思います。本人はどうかわからないけど、いつのまにかそういう立場になってしまったので覚悟を決めたのかもしれませんが。

監督　いや、この方は固い意志があったと思います。

編集部　そういえば、佐藤ハルエさんが満州の農業学校（女塾）で学んだ時に、先生から「女性は戦争に負けたら、こういうこと（性接待）もあるかもしれないから覚悟をしておくように」と言われたということを話していましたね。しかし、日本に戻った時には「労らわれる（ねぎらわれる）」ことなく誹謗中傷に合い、結局、他の村に行かれたわけですね。
お孫さんからの励ましの手紙を持っていた方は、玲子さんですね。この手紙をずっと持っているというエピソードに心打たれました。それまでは顔を出さずに証言していたわけですが、この手紙をもらってから、名前も顔も出すようになったのですね。

監督　玲子さんは2017年くらいから語り始めていたのですが、顔も名前も出さずにいたわけです。

編集部　水野さんはもっと後ですか。　

監督　水野さんは、2017年、2018年ごろには匿名で話はしていましたが、その後は家族の手前、取材に応じていませんでした。このため、TV放映した頃は、写真にはぼかしを入れていました。今回、映画にするにあたって、インタビューも難しいかと思いましたが、碑文も出来て社会に知られたことで、息子さんの理解も進み、顔と名前を出して応じて頂きました。また犠牲になった女性たちが皆で映ってる写真では、TVの時は３人だけしか出せなかったのですが、映画になるときには、本人や遺族に確認をして、ご了解を得て、顔を出すことが可能になったんです。やっぱり顔が出せるとリアリティがありますからね。

編集部　彼女たちの救いは、家族が理解をしてくれたということでしょうね。だからこそ、発言して残していかなくてはと思ったのかなと思いました。ＴＶ放映は、どれか１回は見ていると思うのですが、映画化しようと思ったきっかけというのはあるのですか？

監督　それは玲子さんという人が笑顔になって、変わったんですよね。私自身、見て驚きました。人間は尊厳を回復することができるんだというのを目の当たりにしたんです。もう一つ決定的だったのはハルエさんが目の前で亡くなったというのが大きくて、この女性の死に立ち会ったことで、何か残さなくてはという焦燥感にかられたんです。彼女がやってきたことに対して頭が下がる思いがあり、何か記録に残さねばと思ったのです。到着して10分後に亡くなったんですが、おふたり（安江菊美さんと藤井宏之会長）を待っていたという感じがして、安心して逝かれたんだなと思いました。

編集部　あの菊美さんの語りかけのシーン、いいですよね。

監督　ハルエさんと菊美さんはいつも話しをしていて、絆が強い二人でした。いつも満州の話をしているんですよ。

編集部　悩みごとでもなんでも話すと少し楽になるということだったのかもしれませんね。だから満州時代の同じ経験をした仲間と集まって話すことが安らぎだったのかもしれませんね。

監督　他のところで話せないので、本音とか悲しみとか率直に出せる相手だったんだと思います。

編集部　その期間（性接待）が２カ月くらいだったとはいえ、病気になったり性病を持って帰ってきたりで、身体の状態が悪いまま帰ってきた方もいたと思います。

監督　完治しないまま、日本に帰ってきて、治療をしていた方もいました。

編集部　帰国後の誹謗中傷を生んだのは、「開拓団幹部の人の発言から」というのが出てきました。藤井会長が、もしかしたら自分の父さんかもしれないと語っていましたが、その時代の、そういうことに対する認識が今と違うからだったのでしょうね。それに伏せておこうとしても噂は広がってしまったのですかね。

監督　開拓団の中で内緒にはしていたけど、村の中で多くの人が開拓団として行っていたから噂にはなりますよね。いわれなき誹謗中傷や、そういう目で見られているということがあって、彼女たちはいたたまれない気持ちにはなりました。

編集部　時間が来てしまいました。この話を興味ある方に広げたいと思います。ありがとうございました。

監督　ありがとうございます。満州から帰ってきて、戦後日本で開拓した人たちというのはたくさんいると思います。ぜひぜひ広めてください。
取材　宮崎　暁美<a></a>

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2025年７月12日（土）からユーロスペース、新宿ピカデリー、池袋シネマ・ロサ、キノシネマ 立川髙島屋S.C.館、ＭＯＶＩＸ昭島、CINEMA Chupki TABATAで公開　その他<a href="https://kurokawa-onnatachi.jp/theater/" target="_blank">劇場公開情報</a>　<br /><br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290563_RE8A39CE6ADA3320.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="P1290563_R補正320.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290563_RE8A39CE6ADA3320-thumbnail2.JPG" width="320" height="225" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/P1290563_RE8A39CE6ADA3320-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div></div><br />80年以上前の戦時下、国策の満蒙開拓により満州に渡った岐阜県白川の黒川開拓団員は650人余。５年満州で生活した。日本の敗戦が色濃くなる中、1945年8月9日ソ連軍が突然満洲に侵攻。守ってくれるはずの関東軍はすでに去り、満蒙開拓団は過酷な状況に。集団自決した開拓団や、避難する途中で亡くなった人も。<br />敗戦後はソ連兵や、抑圧してきた中国人から襲撃を受け、黒川開拓団は日本に帰るため敵であるソ連軍に助けを求めた。しかしその見返りは女性たちによる接待だった。差し出された女性は15人。数えで18歳以上の未婚女性が犠牲になり性の相手をさせられた。そして４人の乙女たちが亡くなった。<br />性接待の犠牲を払ったが、敗戦から１年、黒川開拓団の人々は451人が帰国できた。しかし、帰国した女性たちを待っていたのは労いではなく、差別と偏見の目、そして誹謗中傷。同情から口を塞ぐ人々。込み上げる怒りと恐怖を抑え、身をひそめる女性たち。身も心も傷を負った女性たちの声はかき消され、この事実は長年伏せられてきた。二重の苦しみに追い込まれ、故郷を離れ他の土地で酪農を始めたり、東京に行った人も。それぞれ思いを抱えていたが、その思いを口にすることなく、時に、犠牲にあった女性たちのみで集まり、涙をこぼした。<br />だが、黒川の女性たちは、犠牲の史実を封印させないため「なかったことにはできない」と手を携えた。2013年に満蒙開拓平和記念館で行われた「語り部の会」で、佐藤ハルエさんと安江善子さんが、満州で性暴力にあったことを公の場で語った。彼女たちの勇気ある告白に、今度は、世代を超えて女性たちが連帯した。<br />その後、1982年、黒川の鎮守の森に「乙女の碑」が建てられたが、お地蔵さんが鎮座するだけで説明はなかった。戦後70余年、2018年に、彼女たちの犠牲を史実として残す碑文が「乙女の碑」の脇に建てられ、その歴史が刻まれた。過去に向き合うこと、それは尊厳の回復にもつながった。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1_RE8A39CE6ADA3_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main1_R補正_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/main1_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />(c)テレビ朝日（場面写真クレジット）<br />『黒川の女たち』<a href="https://kurokawa-onnatachi.jp/" target="_blank">公式サイト</a>　<br />監督：松原文枝<br />語り：大竹しのぶ<br />製作：テレビ朝日<br />配給：太秦<br />2025／日本／99分／ドキュメンタリー<br /><br /><strong>松原文枝監督プロフィール</strong>　公式HPより<br />1991年テレビ朝日入社。政治部・経済部記者。「ニュースステーション」、「報道ステーション」ディレクター。政治、選挙、憲法、エネルギー政策などを中心に報道。<br />2012年にチーフプロデューサー。経済部長を経て現在イベント戦略担当部長。2019年からイベント事業局戦略担当部長。<br />「独ワイマール憲法の教訓」でギャラクシー賞テレビ部門大賞。「黒川の女たち」のベースとなった「史実刻む」（2019）がUS国際フィルム・ビデオ祭で銀賞。<br />ドキュメンタリー番組「ハマのドン」（2021、22）でテレメンタリー年度最優秀賞、放送人グランプリ優秀賞、World Media Festival銀賞など。<br />映画『ハマのドン』がキネマ旬報文化映画ベスト・テン第3位。<br />著書に「ハマのドン」（集英社新書）。<br /><br /><strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#990000;">松原文枝監督インタビュー</span></span></strong>　<div style="text-align:right;">2025年6月6日</div><br /><strong>＊満蒙開拓平和記念館での「語り部」の会</strong><br /><strong>編集部</strong>　これまで従軍慰安婦のドキュメンタリーの作品紹介やインタビューはしてきましたが、日本人女性の戦時性被害を扱ったドキュメンタリーについて取材するのは初めてです。<br />黒川の女性たちのことを知り、取材を始めたのはいつ頃ですか？　また2013年の<a href="https://www.manmoukinenkan.com/" target="_blank">満蒙開拓平和記念館</a>の佐藤ハルエさんと安江善子さんの「語り部」の取材には行っているのですか？<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>松原文枝監督</strong>　2013年の満蒙開拓平和記念館の取材には行ってないです。取材を始めたのは2018年の11月に碑文ができた時からです。それができる前の2018年8月に朝日新聞の全国版に佐藤ハルエさんのことが載っていました。岐阜市民会館で行われた戦争の証言集会というのがあり、自分の満州での体験を語られていて、それが記事になっていたんです。こんな戦時性暴力の体験をたくさんの人の前で語る人がいるんだと驚きました。その時佐藤さんは93歳でした。年を経たので語れるという人もいますけど、最後まで話さず、墓までもっていこうという人が多いわけで、たくさんの人の中で自分の体験を話すということは、ものすごく勇気もいるし、覚悟もいる。そこに写っていた写真の表情がとても印象的で、口を真一文字に結んで、ものすごく信念がある表情だったんです。それに引き込まれて「この女性、なんでここまで話せるんだろう」と思ったのが、この黒川開拓団の取材に入るきっかけでした。<br />公の場で話す機会はこの後ありますか？と聞いたら、「ありません」と言われて、その後、2018年11月に「乙女の碑の碑文の除幕式があり、佐藤ハルエさんも来ます」と黒川村の遺族会の方から連絡があり、その除幕式を撮ったのが映像を撮り始めた最初です。<br /></span><br /><div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_harue_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub1_harue_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub1_harue_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub1_harue_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />佐藤ハルエさん</div><br /><strong>編集部</strong>　満蒙開拓平和記念館での二人の語りの映像は、ＴＶ朝日の報道の映像ですか？<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　2013年7月と11月の映像は、満蒙開拓平和記念館が撮っていた記録映像です。あの映像を残しておいてくれたことが次に繋がっていったので、満蒙開拓平和記念館の存在というのが、ものすごく大きかったなと思います。彼女たちが安心して話せる場所であり、それを記録した場所でもありました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　私は、2015年に山田火砂子監督の<a href="https://www.gendaipro.jp/bokyo_new/index_top.html" target="_blank">『望郷の鐘』</a>という作品を観て、満蒙開拓平和記念館ができたことを知り、2016年の1月に長野県阿智村にある満蒙開拓平和記念館に行きました。ここは2013年4月にできていますが、彼女たちは7月と11月の「語り部の会」で証言をしているんですね。彼女たちにとって、ここができたから語れたという部分があるのかなと思いました。<br />（『望郷の鐘』の山本慈昭さん。長野県阿智村、長岳寺の元住職で、国民学校の先生として満蒙開拓民を募集して連れていかなくてはいけない状況で、終戦の半年前に満州に渡る。シベリアに抑留され1947(昭和22)年に引き揚げ。戦後は中国残留孤児の肉親捜しに奔走し、「残留孤児の父」と呼ばれている。「満蒙開拓平和記念館」は、この長岳寺のそばに建てられています）<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　おっしゃる通り。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　ここでの話が世間に知られるきっかけだったのでしょうか？　長年、伏せられ、表には出せないできたけど、ここで発言するにあたり、黒川村の開拓団の幹部の人たちのかくしておきたい事情とのせめぎ合いとか葛藤もあったかと思います。でも、彼女たちの「なかったことにはできない」という思いから、証言になっていったのでしょう。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　満蒙平和記念館ができたのは2013年4月で、佐藤ハルエさんが話しをしたのが７月の語り部の会で、第2回目なんです。安江善子さんが話しをしたのは11月なんですが、やはり、その場があったということが大きかったと思います。遺族会会長の藤井宏之さん（戦後生まれ）が、そこで話しをしてほしいとお願いしたのですが、それは、別に「性接待のことを話してほしい」とは言っていないし、彼はそのことを話すとは思ってなかったんですね。彼女たちに「満州の話をしてほしい」と言ったら、その場で彼女たちは、自分たちのほうから語り始めたそうです。そこの場は、満蒙開拓のことを知りたい、考えたいと思う人たちが来るところだから話せたのだと思います。でも安江善子さんは、その後、皆さんの前では語ってはいないんですよ（2016年死去）。後に、記念館の人たちがインタビューに行った時にはしゃべらなかったそうです。<br />佐藤ハルエさんは、記念館ができる前から「性接待」の話をしています。わかっている人、気づいた人が来た時には話をしていたんです。新聞などにも書いてほしいと言っているシーンも、この映像の中に出てきます。<br />以前の黒川村の開拓団の幹部は、証拠を焼いたり、埋めたりして、なかったことにしようとしていたわけです。女性たちが出したいと思っても声をあげられなかったのです。当時の遺族会の幹部によって抑え込まれ消し去られました。会長が戦後世代の藤井さんになったから、声を上げられるようになったと思います。<br /></span><br /><strong>＊「乙女の碑」のエピソード</strong><br /><strong>編集部</strong>　会長の妻の藤井湯美子さんがが出てきてきて、「夫ながらあっぱれ」と言っていましたが、私は彼女がいたことで、ここまでできたんじゃないかと思いました。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　この女性は「長いものには巻かれたくない、おかしなことにはおかしい」という元気がいい女性なんです。この女性の存在も大きかったです。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　彼女たちがいくら声をあげたとしても、遺族会があるわけだから、会長が先頭に立っていかなければ碑文の制作にしても形にはなっていかなかったと思います。「恥になること」と言っていた開拓団帰りの男性の声もあったわけですから、彼女たちの声を消さないで拾い上げて形にしたということに拍手喝采。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　そういう風に観ていただいて嬉しいです。ほんとにそうですよ。共同体のリーダーって大事ですよ。彼がいたことによって碑文として残せたと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　「乙女の碑」そのものは1982年に作られたわけですが、碑文は2018年に建てられていますね。でも、その碑だって、戦後37年もたってから建てられているんですね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　黒川開拓団は600名余りの人たちが行っていますが、200名ぐらいの方たちが現地で亡くなり、性接待を強要された女性たちの中からも4名の方が現地で亡くなっています。お参りする場を作りたいということで、安江善子さんが中心になって、彼女たちを弔うために寄付金を集めて「乙女の碑」が作られました。<br />1981年に遺族会の方たちが、開拓団がいた陶頼昭（とうらいしょう）に慰霊の旅をしています。訪中の後、1982年にその記念碑が作られ、そこには満蒙開拓の説明や碑文もあるのですが、同じ頃建てられた「乙女の碑」の方は何の説明もなくお地蔵さんだけだったのです。身内の人がわかっているだけという状況でした。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub10_otomenohihibun_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub10_otomenohihibun_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub10_otomenohihibun_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub10_otomenohihibun_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>＊性接待の状況</strong><br /><strong>編集部</strong>　映画の中にも、‎訪中慰霊団のシーンは出てきますね。松原さんが2018年から取材を始めて、TVで放映されたのはどんな番組だったのでしょう。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　2019年の8月に報道ステーションで特集にしたのと、テレメンタリーという30分のドキュメンタリー番組になりました。その後に、テレメンタリーで1時間の拡大版というのが11月に放送されました。<br /></span><br /><strong>編集部</strong>　反響がすごくあったということですね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　結構ありました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　戦後すぐ、ソ連兵による日本女性への「性被害」という話は、これまでもいろいろ出てきていますが、ソ連兵に守ってもらう（中国人の襲撃から）という発想を開拓団の幹部がするというのは可能だったのかなというのは、この作品で知ってびっくりしました。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　このような「性接待」のことは、平井和子さんという戦時性暴力を研究者の本（「<a href="https://www.iwanami.co.jp/book/b626361.html" target="_blank">占領下の女性たち</a>」）などを読むと、女性を物のように提供して性接待をするというのは44件くらいあったようです。平井さんは、国会図書館とかで記録集を読んで調べたものがそのくらいなので、たぶん証言とかないものも含めたら、もっとあったんじゃないかなと想像されます。これはそういう時に女性を差し出すという例ですが、そうでなく一方的な性暴力はもっとたくさんありました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　何年もかかって日本に戻ってきた人たちがいた一方、この黒川開拓団は敗戦の１年後には日本に帰ってきましたが、帰還事業の初期の頃に帰れたんですね。これまで、満蒙開拓団の話や避難を描いた映画をいくつも観ていますが、ソ連国境に近いところにいた人、中央部にいた人、港に近いところに住んでいた人によって状況は違いましたよね。日本は、もとはと言えば加害者だったのに、侵略者だった日本人を、終戦後、復讐のため襲撃した中国人もいた一方、子供や女性を受け入れて、育ててくれたり保護して家族にしてくれた中国人もいたわけですから、感謝の思いがあります。避難の途中で亡くなった人や、残留孤児、残留婦人になった人もたくさんいるわけですから、その団の人たちがいた場所とか、開拓団に成人男性がどのくらい残っていたかとか、また、団の運命は団長の決断によって分かれてしまい、自決したり、その後の状況は違ったものになりましたね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ほんとにそうですよ。その時にどう判断するかで変わってきましたね。女性を性の対象に差し出すって、犯罪的行為だと思うんですよね。それが、団を守るためという論理に差し替えられている。女性をそういう対象にしか見ていなかったことの現れですよね。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　満蒙開拓団で渡った人というのは次男、三男とか、口減らしのために渡った人も多かったし、日本にいたところで、その時代だったら売られた女性もいっぱいいたわけだから、そういうことに対する意識は今とは全然違うので、今の時代の見方でみるわけにはいかないですね。<br />性接待の状況を説明するのに、床に布団が並べられて犯されている状況に驚いたという場面がありますが、従軍慰安婦の場合もカーテンとかで仕切られた場所でそのように相手をさせられていたという証言もあるので、そういう形は当たり前のように思われていたところがあったんじゃないかと思います。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　そうですね。このことを誰が決めたのかということははっきりわからないんですよ。ソ連軍がもちかけたという話もありますが、黒川開拓団がいた陶頼昭というのは交通の要所にあり、関東軍の事務所にいた人がいたり、ロシア語ができる人もいたりで、そういう人たちが開拓団の幹部にもちかけたという話もあります。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290555_RE8A39CE6ADA3_R.JPG" target="_blank"><img border="0" alt="P1290555_R補正_R.JPG" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/P1290555_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.JPG" width="320" height="227" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/P1290555_RE8A39CE6ADA3_R-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br /><strong>＊満州からの引き揚げ</strong><br /><br /><strong>編集部</strong>　日本から、満蒙開拓で行ったのが27万人と言われていて、8万人くらいが亡くなったということですが、あの状況から考えたら意外に帰ってこられた人の数は多かったという印象があります。長い距離を歩いて、日本に帰り着くための港・葫芦島（コロ島）までたどり着くのに時間がかかった団があった一方、黒川開拓団は、早くたどりついたと思いました。やはり、彼女たちの犠牲があってのこともあるのかなと思ったりしました。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　いや、彼らはもっと早く帰ればよかったと言っています。関東軍は日本からの撤退の情報を開拓民に伝えず、自分たち、あるいはその家族だけを連れて、さっさと日本に帰ってしまったわけです。彼らのように情報があれば、早く帰れたわけですよ。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　それを伝えもせず、関東軍は、自分たちだけが帰ってしまったという、ひどい話ですよね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ひどい話ですよ。ソ連の中枢のほうも、兵士の風紀が悪くて、性暴力の話が国際的にも問題になってきたので、取り締まりもやっていたのですが、中国から引き上げるという話になっていたようです。いずれにせよ、早く帰さなかったことが被害を大きくしたと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　日本は敗戦で余裕もなかったのかもしれないけど、中国に送ってしまった人たちを日本に戻すという動きは、敗戦後すぐにはできなかったということですね。（舞鶴の「<a href="https://m-hikiage-museum.jp/" target="_blank">引揚記念館</a>」などに引揚の状況などの記録が残っている）<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　今と違って情報が伝わらずで、どうしたらいいかがわからないという状況があったわけですが、「現地にとどまれ」という話もあったのですが、その話すら伝わっていなかったのです。終戦の翌年1946年（昭和21年）の5月に引き揚げ事業が始まるのですが、陶頼昭の駅で、この引き揚げの情報を聞きつけ、すぐに葫芦島に向かったようです。だから、黒川開拓団は帰ってこられましたけど、集団自決しなくてよかったなとは思いますが、女性を差し出したから400人余りの人が助かったとは、必ずしも言えないかもしれません。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　今の時代の発想で考えてはいけないと思うけど、そういう意味では、無駄な犠牲になってしまい、彼女たちの人権は踏みにじられてしまったといえますね。<br /><br /><span style="color:#3300ff;"><strong>監督</strong>　中国人たちを支配していたから、敗戦後、襲撃にあって根こそぎ物品が取られてしまっても、命に危害は与えられなかったようです。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　いずれにせよ、27万人が満蒙開拓団として渡ってしまったわけだから、日本に帰るのは大変だったわけですよね。<br />そういえば、佼成学園女子校の高野先生が、この黒川村の女性たちの性接待の状況を授業の中で伝えているのはすごいなと思いました。こういう活動は必要ですよね。<br /><br /><span style="color:#3300ff;"><strong>監督</strong>　ハルエさんのところに学校の先生たちも集団で足を運んでいたのですが、先生ばかりでなく大学生や高校生、一般の会社員なども話を聞きに来て、ハルエさんはその都度丁寧に話をしているんです。そういうことで、人の心が動かされ、伝えるという行動につながっているんですね。あの映像はたまたま学校がＯＫしてくれたのですが、そうじゃない学校でもそうやって教えているんです。<br />ハルエさんや他の女性もそうですが、顔を出して自分の言葉で語ったというのは大きくて、その勇気と覚悟に対して、心打たれて、学校の授業にまで伝わっていったというのは、女性たちが突き動かしたなと思うんですよね。</span><br /><strong><br />＊彼女たちの絆とカミングアウト</strong><br /><strong>編集部</strong>　名前と顔を出して語っていたのは、最初は佐藤ハルエさんと安江善子さんだけでした。水野たづさんや安江玲子さんは、最初は名前を出さないでいたけど、後になって顔も名前も出すようになりましたが、それは安江善子さん、佐藤ハルエさんが亡くなって、後は自分たちが伝えていかないとと覚悟を決めたのかなと思ったんですけど、どうですか。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　この二人の場合は、覚悟を決めたというより、周りが理解してくれたということが大きかったと思います。彼女たちのことを認めて、尊敬というか大事にしたということが、心をとかしたんじゃないかと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　そうですね。自分の体験を言った時に、家族からどう思われるかというのがあると思うから。それに対して、家族から理解ある反応があったからというのが一番大きいのでしょうね。孫からの手紙を、ずっと持っていた話が出たときには思わず涙が出ました。<br />また、仲間たちとの団結力というか、励まし合いというのが大きな力になっていたと思います。一人じゃできないけど、５，６人の人たちが支え合い、時々は集まっていたのが大きな原動力だったのだろうと思います。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　そう思います。彼女たちの連帯というのがものすごく大きくて、彼女たちがお互いに支え合い、かつ「なかったことにされている」ことに対して憤りを持っていましたから、碑文を残すにあたって、彼女たちの力が大きかったですよね。連帯でもあるし、お互い支え合い、それぞれの気持ちを大事にして、ずっと一緒に生きてきた時間が長かった。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　ハルエさんが安江菊美さんに対して、「あなたのおかげ」と言っていましたが、安江菊美さんはそれは逆だと言っていましたね。でも、やっぱり菊美さんの存在は大きいですよね。性被害体験者本人は言いずらいけど、周りにいた人だったら言えるということはあると思います。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5_R_R.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sub5_R_R.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/sub5_R_R-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/sub5_R_R-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><div style="text-align:center;">安江菊美さんと佐藤ハルエさん</div><br /><br /><span style="color:#3300ff;"><strong>監督</strong>　菊美さんは、被害者たちより若い世代ですし、非常に記憶力が鮮明で当時のことをよく覚えていますし、論理的な人なので、何があったかということを道先案内人のように解説をしてくれるので、すごくよくわかりました。彼女の存在はとても大きかったです。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　当時11歳くらいだったのですよね。でも、それで、あれだけ覚えているというのはすごいなと思いました。私は、その年齢の時のこと、それだけ覚えていないです。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　私もその年の頃は全然ぽやっとした記憶しかないのですが、菊美さんはよく覚えていたんですね。やっぱり衝撃的だったからだと思います。記憶力がいいのもありますが、語り部をしているので、資料を整理してもっているということと、写真も持っているというのが大きいと思います。また、繰り返し当時のことを言っているのもあるかと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　菊美さんの存在もあったので、彼女たちの体験を裏付けられたと思います。そういえば、ものすごい量の手紙が出てきましたが、あれはどういうことだったのでしょう。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　あれは、佐藤ハルエさんのところに、いろいろな人から来た手紙の山だったのですが、あれはほんとに一部で、もっと膨大にあったと思います（笑）。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　そういうのにも、絆というか助け合いというのを感じます。そういう繋がりがあったから、語ることができたのかもしれないですね。まとめる方がいて、集まれる場所があったり、励まし合ったりすることがあって、公表することにつながったのかなと思いました。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ありがとうございます。女性たちが支え合ってきたことが大きかったと思います。でもやっぱり思うに、佐藤ハルエさんが外に出したかったという思いが大きかったと思います。その信念をみんなが支えていたんだと思います。お互いに理解し合える人たちがいることが、彼女の心の安寧にもなっていたと思うんですね。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　一人だったらできなかったかも。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　仲間がいてくれるからこそ、彼女は行動できたと思います。一方で、絶対残さなくてはいけないという強い信念を持っていたのが大きいと思います。安江善子さんは公の場で話したのは、2013年の満蒙開拓平和記念館の時だけでしたけど、その後３年後の2016年には亡くなっているので、そのあとは話す機会もなかったのかもしれないですね。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　ハルエさんはこれだけ苦労して99歳まで生きたそうですが、すごいですよね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ほんとですよ。良かったなと思います。大往生で、去年亡くなるまでよく生きたと思います。99歳の人生を生き抜いて、いろいろなことを後世に残しました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　ハルエさん一人だけのことでなく、黒川開拓団だけでなく、満蒙開拓団の方たちの代弁者だったと思います。本人はどうかわからないけど、いつのまにかそういう立場になってしまったので覚悟を決めたのかもしれませんが。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　いや、この方は固い意志があったと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　そういえば、佐藤ハルエさんが満州の農業学校（女塾）で学んだ時に、先生から「女性は戦争に負けたら、こういうこと（性接待）もあるかもしれないから覚悟をしておくように」と言われたということを話していましたね。しかし、日本に戻った時には「労らわれる（ねぎらわれる）」ことなく誹謗中傷に合い、結局、他の村に行かれたわけですね。<br />お孫さんからの励ましの手紙を持っていた方は、玲子さんですね。この手紙をずっと持っているというエピソードに心打たれました。それまでは顔を出さずに証言していたわけですが、この手紙をもらってから、名前も顔も出すようになったのですね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　玲子さんは2017年くらいから語り始めていたのですが、顔も名前も出さずにいたわけです。<br /></span><br /><strong>編集部</strong>　水野さんはもっと後ですか。　<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　水野さんは、2017年、2018年ごろには匿名で話はしていましたが、その後は家族の手前、取材に応じていませんでした。このため、TV放映した頃は、写真にはぼかしを入れていました。今回、映画にするにあたって、インタビューも難しいかと思いましたが、碑文も出来て社会に知られたことで、息子さんの理解も進み、顔と名前を出して応じて頂きました。また犠牲になった女性たちが皆で映ってる写真では、TVの時は３人だけしか出せなかったのですが、映画になるときには、本人や遺族に確認をして、ご了解を得て、顔を出すことが可能になったんです。やっぱり顔が出せるとリアリティがありますからね。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　彼女たちの救いは、家族が理解をしてくれたということでしょうね。だからこそ、発言して残していかなくてはと思ったのかなと思いました。ＴＶ放映は、どれか１回は見ていると思うのですが、映画化しようと思ったきっかけというのはあるのですか？<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　それは玲子さんという人が笑顔になって、変わったんですよね。私自身、見て驚きました。人間は尊厳を回復することができるんだというのを目の当たりにしたんです。もう一つ決定的だったのはハルエさんが目の前で亡くなったというのが大きくて、この女性の死に立ち会ったことで、何か残さなくてはという焦燥感にかられたんです。彼女がやってきたことに対して頭が下がる思いがあり、何か記録に残さねばと思ったのです。到着して10分後に亡くなったんですが、おふたり（安江菊美さんと藤井宏之会長）を待っていたという感じがして、安心して逝かれたんだなと思いました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　あの菊美さんの語りかけのシーン、いいですよね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ハルエさんと菊美さんはいつも話しをしていて、絆が強い二人でした。いつも満州の話をしているんですよ。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　悩みごとでもなんでも話すと少し楽になるということだったのかもしれませんね。だから満州時代の同じ経験をした仲間と集まって話すことが安らぎだったのかもしれませんね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　他のところで話せないので、本音とか悲しみとか率直に出せる相手だったんだと思います。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　その期間（性接待）が２カ月くらいだったとはいえ、病気になったり性病を持って帰ってきたりで、身体の状態が悪いまま帰ってきた方もいたと思います。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　完治しないまま、日本に帰ってきて、治療をしていた方もいました。</span><br /><br /><strong>編集部</strong>　帰国後の誹謗中傷を生んだのは、「開拓団幹部の人の発言から」というのが出てきました。藤井会長が、もしかしたら自分の父さんかもしれないと語っていましたが、その時代の、そういうことに対する認識が今と違うからだったのでしょうね。それに伏せておこうとしても噂は広がってしまったのですかね。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　開拓団の中で内緒にはしていたけど、村の中で多くの人が開拓団として行っていたから噂にはなりますよね。いわれなき誹謗中傷や、そういう目で見られているということがあって、彼女たちはいたたまれない気持ちにはなりました。</span><br /><br />編集部　時間が来てしまいました。この話を興味ある方に広げたいと思います。ありがとうございました。<br /><br /><span style="color:#0000ff;"><strong>監督</strong>　ありがとうございます。満州から帰ってきて、戦後日本で開拓した人たちというのはたくさんいると思います。ぜひぜひ広めてください。</span><br /><div style="text-align:right;">取材　宮崎　暁美</div><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>akemi</author>
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      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/516654016.html</link>
      <title>映画『ハルビン』ジャパンプレミア</title>
      <pubDate>Sun, 29 Jun 2025 21:12:23 +0900</pubDate>
            <description>日帝時代の事件　両国での公開が平和の証ヒョンビンが祖国の独立に命をかける孤高の男、安重根（アン・ジュングン）を演じ、リリー・フランキーが伊藤博文役で韓国映画初出演を果たした映画『ハルビン』。7月4日(金)からの日本公開を前に、ジャパンプレミアが行われました。　　　2025年6月27日(金)　 9：30からの上映終了後舞台挨拶　　　新宿ピカデリー SCREEN1　　　登壇：ヒョンビン、リリー・フランキー、ウ・ミンホ監督　　　ＭＣ：古家正亨上映が終わり、満席の観客の前にウ・ミンホ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
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日帝時代の事件　両国での公開が平和の証

ヒョンビンが祖国の独立に命をかける孤高の男、安重根（アン・ジュングン）を演じ、リリー・フランキーが伊藤博文役で韓国映画初出演を果たした映画『ハルビン』。
7月4日(金)からの日本公開を前に、ジャパンプレミアが行われました。

　　　2025年6月27日(金)　 9：30からの上映終了後舞台挨拶
　　　新宿ピカデリー SCREEN1
　　　登壇：ヒョンビン、リリー・フランキー、ウ・ミンホ監督
　　　ＭＣ：古家正亨

上映が終わり、満席の観客の前にウ・ミンホ監督、ヒョンビン、リリー・フランキーが登壇。
まずは挨拶。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024155232.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024155232.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024155232-thumbnail2.jpg" width="303" height="320"></a>
ウ・ミンホ監督：映画『ハルビン』の監督ウ・ミンホです。お会いできて嬉しいです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024213114.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024213114.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024213114-thumbnail2.jpg" width="230" height="320"></a>
ヒョンビン：こんにちは（日本語で）。こうして久しぶりに皆さんと映画館でお会いできてうれしいです。皆さんにとっていい思い出になれば嬉しいです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024250211.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024250211.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024250211-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
リリー・フランキー：　平日の昼間にたくさんいらしていただきありがとうございます。映画をご覧になったあと。すごくダイナミックな映画。久しぶりにヒョンビンに来ていただきましたので、皆さんどうぞ楽しんでください。

―　韓国で公開され6か月経ちました。いよいよ日本で公開されるのにあたってどんなお気持ちですか？

監督：映画『ハルビン』は、皆さんにご覧いただいた通り、日帝時代の大韓義軍の物語です。日本での公開がとても大きな意味を持っていると思います。この作品を観て、どのように感じてくださるのかわくわくしています。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031057063.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_031057063.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031057063-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>
ヒョンビン：監督がおっしゃった通り、日韓の歴史的事件を描いています。このように観客の皆さんとお会いするのは非常に感慨深いことです。皆さんがこの映画をどのように観てくださるのか気になっています。少し緊張もしています。

リりー：なによりもお互いの国でこの映画が上映されるのが平和の象徴だと思います。映画として楽しんでいただければなによりです。今日はありがとうございます。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025655228.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_025655228.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025655228-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>

◆アン・ジュングンの人間的な苦悩を描きたかった
―　監督がこの題材に取り組んだきっかけは？

監督：元々アン・ジュングンに関心がありました。韓国では彼についてのコンテンツがたくさん作られています。偶然自叙伝を読んで、今まで知らなかった人間的な苦悩を抱えていたことを知りました。日本軍の捕虜を助けたことも書かれていて好奇心を持つようになりました。なぜ彼がハルビンへ行って大きなことを果たそうとしたのか、また、彼の同志への思いを描きたいと思いました。

―　お二人が出演を決めたのは？

ヒョンビン：監督と同じような気持ちです。アン・ジュングンは韓国では伝説的な英雄ですが、それだけでなく、人間としての姿を映画を通して見せたいと思いました。監督が映画を通じて伝えたいと思うことが誠意を持って伝わってきて、意義のある映画を作ろうという思いに一緒に映画を作ろうと思いました。

リリー：素晴らしい脚本。面白い映画になると思いました。監督の映画の大ファンですし、ヒョンビンの作品もほとんど見ています。僕に限らずオファーを受けたと思います。

―　ラトヴィアやモンゴルの素晴らしい映像でしたが、撮影は大変だったのでは？

リリー：氷の上とか、すごくない？

ヒョンビン：撮影を始める前に監督から、この時代に苦労した人たちがいたから、簡単に撮影してはいけない。充分覚悟してと、スタッフもキャストも言われました。つらいという気持ちよりも、当時の人たちの思いに気持ちを馳せることができました。

◆リリー・フランキー　手を重ねてくれたヒョンビンにときめく
―　リリーさんは日本人一人で撮影現場に？

リリー：日本人はほんとに僕一人でした。ヒョンビンも、監督もすごく優しくて･･･　10人くらいで食事をしていた時に、日本人が僕一人なものですからヒョンビンが横に座ってくれて、韓国語の会話でわからない中、テーブルの下で手を重ねてくれて、「リリー、Are you OK?」と聞いてくれて、あなたたちそんなことされてごらんなさいよ。もう・・・！　それくらい気を使ってくれて優しい。
監督はいい時はすごく褒めてくれて、早く終わった時には飲みに行こうと。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025645295.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_025645295.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025645295-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>

―　ヒョンビンさん、手を重ねたこと覚えてますか？

ヒョンビン：リリーさんの大ファンでしたので、下心ありました。


◆優先順位1位は、決まった時間の美味しいご飯
―　公式SNSで質問を募集しました。一つ目、韓国での撮影現場はご飯が美味しいと聞きました。何が一番美味しかったですか？

リリー：日本みたいにお弁当じゃなくて、ケータリングで、キムチだけでも何種類もありました。終わった後に食べに行ったお店も美味しかったです。
3日撮影したら、1日休み。スタッフが温泉に連れてってくれて、おじさんが全裸で垢すりしてくれました。休みの時も思い出深いです。

―　監督は現場でのホスピタリティをどんな風に考えていますか？

監督：ケータリングのことが出ましたが、優先順位の1位は美味しいご飯だと思っています。精神的にも肉体的にも疲れているのに、ご飯が美味しくなかったら怒ってしまいますよね。ご飯は美味しくないといけない。時間も守らないといけない。

リリー：これ絶対書いてくださいね。日本の現場では守られない！

ヒョンビン：映画自体は重い雰囲気ですが、現場は重くなかったです。お互い演じるキャラクターがあってプレッシャーはありましたが、お互い話し合ったり、助け合ったりしました。皆で一緒に過ごす時間が長かったので、同志のようになりました。

◆一歩一歩進めば、いい未来が見える！　
―　映画『ハルビン』の魅力をひと言で！

ヒョンビン：難しいですね。リリーさんから先に。

リリー：ダイナミックでいい映画！

監督：日帝時代を描いたものですが素晴らしい映画。配信の時代ですが、この映画はぜひ劇場で観てください。

ヒョンビン：一歩一歩進めば、いい未来が見える映画です。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_030556959.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_030556959.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_030556959-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>
リリー：これまでヒョンビンの映画をご覧になっているかと思いますが、僕が撮影に入った時には、もうアン・ジュングンの髭がはえてて、髭のヒョンビンにしか会ってなかったんです。そのあとプライベートで髭を剃って綺麗なかっこうをしたヒョンビンに会って、「あ、ヒョンビンだ」と。いつもぼろぼろの服を着たヒョンビンに会っていたので、本当にものすごいナイスガイで、監督もものすごく才能に溢れた人なので、また一緒にいろんな仕事をしていきたいですね。

ヒョンビン：私も一言付け加えたいと思います。こうして日本に来てジャパンプレミアをするにあたって大きな働きをしてくださったのがリリー・フランキーさんです。韓国で公開された時にはリリー・フランキーさんも韓国に来てくださってプレミア上映や舞台挨拶もしました。その時にも話したことがあるのですが、日本でもイベントや舞台挨拶することがあれば、一緒にという約束を果たすことができました。

監督：ヒョンビンはいつも見ていたのとは違う姿を見せてくれました。まさにアン・ジュングンでした。　リリーさんの大ファンで、これは伊藤博文以上の存在感でした。あらためてお礼を申し上げます。

＊＊＊＊＊＊＊
フォトセッション
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031629818.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_031629818.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031629818-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031427739.MP.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_031427739.MP.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031427739.MP-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>


観客の皆さんにも撮影のチャンス。取材陣が退出したあと、満席の観客をバックに記念撮影も行われました。




ハルビン　　原題：하얼빈（ハルビン）　
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/harbin.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="harbin.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/harbin-thumbnail2.jpg" width="226" height="320"></a>
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監督： ウ・ミンホ
出演： ヒョンビン、パク・ジョンミン、イ・ドンウク、リリー・フランキー

1909年10月、安重根（アン・ジュングン）と同志たちは
伊藤博文を追ってある使命を果たすため、
中国・ハルビンヘ向かった。
そしてハルビン駅に銃声が鳴り響いた…。

2024年／韓国／114分／カラー／シネマスコープ／5.1ch
字幕翻訳：根本理恵
配給：KADOKAWA
公式サイト：https://harbin-movie.jp/index.html
★2025年7月4日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/516580544.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a>





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      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align:center;"><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024332503.NIGHT.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024332503.NIGHT.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024332503.NIGHT-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_024332503.NIGHT-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div></div><br /><br /><strong><span style="font-size:large;"><span style="color:#660099;">日帝時代の事件　両国での公開が平和の証</span></span></strong><br /><br />ヒョンビンが祖国の独立に命をかける孤高の男、安重根（アン・ジュングン）を演じ、リリー・フランキーが伊藤博文役で韓国映画初出演を果たした映画『ハルビン』。<br />7月4日(金)からの日本公開を前に、ジャパンプレミアが行われました。<br /><br />　　　2025年6月27日(金)　 9：30からの上映終了後舞台挨拶<br />　　　新宿ピカデリー SCREEN1<br />　　　登壇：ヒョンビン、リリー・フランキー、ウ・ミンホ監督<br />　　　ＭＣ：古家正亨<br /><br />上映が終わり、満席の観客の前にウ・ミンホ監督、ヒョンビン、リリー・フランキーが登壇。<br />まずは挨拶。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024155232.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024155232.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024155232-thumbnail2.jpg" width="303" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_024155232-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>ウ・ミンホ監督</strong>：映画『ハルビン』の監督ウ・ミンホです。お会いできて嬉しいです。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024213114.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024213114.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024213114-thumbnail2.jpg" width="230" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_024213114-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>ヒョンビン：</strong>こんにちは（日本語で）。こうして久しぶりに皆さんと映画館でお会いできてうれしいです。皆さんにとっていい思い出になれば嬉しいです。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024250211.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_024250211.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_024250211-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_024250211-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>リリー・フランキー：</strong>　平日の昼間にたくさんいらしていただきありがとうございます。映画をご覧になったあと。すごくダイナミックな映画。久しぶりにヒョンビンに来ていただきましたので、皆さんどうぞ楽しんでください。<br /><br /><strong>―　韓国で公開され6か月経ちました。いよいよ日本で公開されるのにあたってどんなお気持ちですか？</strong><br /><br /><strong>監督：</strong>映画『ハルビン』は、皆さんにご覧いただいた通り、日帝時代の大韓義軍の物語です。日本での公開がとても大きな意味を持っていると思います。この作品を観て、どのように感じてくださるのかわくわくしています。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031057063.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_031057063.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031057063-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_031057063-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>ヒョンビン：</strong>監督がおっしゃった通り、日韓の歴史的事件を描いています。このように観客の皆さんとお会いするのは非常に感慨深いことです。皆さんがこの映画をどのように観てくださるのか気になっています。少し緊張もしています。<br /><br /><strong>リりー：</strong>なによりもお互いの国でこの映画が上映されるのが平和の象徴だと思います。映画として楽しんでいただければなによりです。今日はありがとうございます。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025655228.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_025655228.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_025655228-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_025655228-thumbnail2.jpg.html'; 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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><br />―　ヒョンビンさん、手を重ねたこと覚えてますか？<br /><br /><strong>ヒョンビン：</strong>リリーさんの大ファンでしたので、下心ありました。<br /><br /><br /><strong><span style="color:#6600cc;">◆優先順位1位は、決まった時間の美味しいご飯</span></strong><br /><strong>―　公式SNSで質問を募集しました。一つ目、韓国での撮影現場はご飯が美味しいと聞きました。何が一番美味しかったですか？</strong><br /><br /><strong>リリー：</strong>日本みたいにお弁当じゃなくて、ケータリングで、キムチだけでも何種類もありました。終わった後に食べに行ったお店も美味しかったです。<br />3日撮影したら、1日休み。スタッフが温泉に連れてってくれて、おじさんが全裸で垢すりしてくれました。休みの時も思い出深いです。<br /><br />―　監督は現場でのホスピタリティをどんな風に考えていますか？<br /><br /><strong>監督：</strong>ケータリングのことが出ましたが、優先順位の1位は美味しいご飯だと思っています。精神的にも肉体的にも疲れているのに、ご飯が美味しくなかったら怒ってしまいますよね。ご飯は美味しくないといけない。時間も守らないといけない。<br /><br /><strong>リリー：</strong>これ絶対書いてくださいね。日本の現場では守られない！<br /><br /><strong>ヒョンビン：</strong>映画自体は重い雰囲気ですが、現場は重くなかったです。お互い演じるキャラクターがあってプレッシャーはありましたが、お互い話し合ったり、助け合ったりしました。皆で一緒に過ごす時間が長かったので、同志のようになりました。<br /><br /><strong><span style="color:#6600cc;">◆一歩一歩進めば、いい未来が見える！</span></strong>　<br /><strong>―　映画『ハルビン』の魅力をひと言で！</strong><br /><br /><strong>ヒョンビン：</strong>難しいですね。リリーさんから先に。<br /><br /><strong>リリー：</strong>ダイナミックでいい映画！<br /><br /><strong>監督：</strong>日帝時代を描いたものですが素晴らしい映画。配信の時代ですが、この映画はぜひ劇場で観てください。<br /><br /><strong>ヒョンビン：</strong>一歩一歩進めば、いい未来が見える映画です。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_030556959.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_030556959.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_030556959-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_030556959-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>リリー：</strong>これまでヒョンビンの映画をご覧になっているかと思いますが、僕が撮影に入った時には、もうアン・ジュングンの髭がはえてて、髭のヒョンビンにしか会ってなかったんです。そのあとプライベートで髭を剃って綺麗なかっこうをしたヒョンビンに会って、「あ、ヒョンビンだ」と。いつもぼろぼろの服を着たヒョンビンに会っていたので、本当にものすごいナイスガイで、監督もものすごく才能に溢れた人なので、また一緒にいろんな仕事をしていきたいですね。<br /><br /><strong>ヒョンビン：</strong>私も一言付け加えたいと思います。こうして日本に来てジャパンプレミアをするにあたって大きな働きをしてくださったのがリリー・フランキーさんです。韓国で公開された時にはリリー・フランキーさんも韓国に来てくださってプレミア上映や舞台挨拶もしました。その時にも話したことがあるのですが、日本でもイベントや舞台挨拶することがあれば、一緒にという約束を果たすことができました。<br /><br /><strong>監督：</strong>ヒョンビンはいつも見ていたのとは違う姿を見せてくれました。まさにアン・ジュングンでした。　リリーさんの大ファンで、これは伊藤博文以上の存在感でした。あらためてお礼を申し上げます。<br /><br />＊＊＊＊＊＊＊<br /><strong>フォトセッション</strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031629818.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="PXL_20250627_031629818.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/PXL_20250627_031629818-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/PXL_20250627_031629818-thumbnail2.jpg.html'; 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return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />ⓒ 2024 CJ ENM Co., Ltd., HIVE MEDIA CORP ALL RIGHTS RESERVED</div><br />監督： ウ・ミンホ<br />出演： ヒョンビン、パク・ジョンミン、イ・ドンウク、リリー・フランキー<br /><br />1909年10月、安重根（アン・ジュングン）と同志たちは<br />伊藤博文を追ってある使命を果たすため、<br />中国・ハルビンヘ向かった。<br />そしてハルビン駅に銃声が鳴り響いた…。<br /><br />2024年／韓国／114分／カラー／シネマスコープ／5.1ch<br />字幕翻訳：根本理恵<br />配給：KADOKAWA<br />公式サイト：<a href="https://harbin-movie.jp/index.html" target="_blank">https://harbin-movie.jp/index.html</a><br /><strong>★2025年7月4日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開</strong><br /><br /><a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/516580544.html" target="_blank">シネジャ作品紹介</a><br /><br /></blockquote><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>sakiko</author>
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      <title>『星より静かに』君塚匠（きみづかたくみ）監督インタビュー</title>
      <pubDate>Sat, 07 Jun 2025 20:39:43 +0900</pubDate>
            <description>＊プロフィール＊1964年生まれ。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。 1988 株式会社フジテレビジョンの取材ディレクターを経て株式会社テレビマンユニオン に移籍。ドキュメンタリーを中心に数々のディレクターをして実績を残した。1988年、劇場映画『喪の仕事』の脚本・監督をするために株式会社テレビマンユニオンを退 社。フリーランスの道を選び、背水の陣で映画の実現に臨んだ。1991年に監督・脚本 した『喪の仕事』が完成し公開。その後、『ルビーフルーツ』『激しい季節』『おしま..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kimiduka320.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="kimiduka320.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kimiduka320-thumbnail2.jpg" width="320" height="218"></a>＊プロフィール＊
1964年生まれ。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。 1988 株式会社フジテレビジョンの取材ディレクターを経て株式会社テレビマンユニオン に移籍。ドキュメンタリーを中心に数々のディレクターをして実績を残した。1988年、劇場映画『喪の仕事』の脚本・監督をするために株式会社テレビマンユニオンを退 社。フリーランスの道を選び、背水の陣で映画の実現に臨んだ。
1991年に監督・脚本 した『喪の仕事』が完成し公開。その後、『ルビーフルーツ』『激しい季節』『おしまいの日』の監督を依頼されて、2000年、黒木瞳、萩本欽一出演の『月』まで5本の劇場映画の監督と脚本を手掛けてきた。一方、TVディレクターとしても、ドキュメンタリーや情報番組、テレビドラマの監督経験多数監督。TV-CM、企業VPの監督もこなし受賞歴多数。今作『星より静かに』は最新作であり企画、プロデュース、脚本、監督、出演を果たす。
同映画は第49回湯布院映画祭にて映画祭最後を飾るクロージング上映に選出された。

＊ストーリー＊
55歳のときにADHD（注意欠如多動性障害）と診断された君塚匠監督は、それまでの生きづらさがADHDの特性によるものだと知った。この症状がもっと知られていってほしいという思いから映画制作を決意。
映画は君塚監督の実体験を元にしたドラマ部分と、ADHDについて君塚監督自身が様々な人と出会いながら探っていくドキュメンタリー部分とがあり、この二つが分かれるのではなく、互いにミックスしながら進む構成。
ドラマ部分ではADHDの夫・はじめ（内浦純一）と彼を支える妻・朱美（蜂丸明日香）、息子・純（三嶋健太）を見守る母（渡辺真起子）、二組の暮らしを丁寧に描いている。
公式サイト　https://hoshiyori-shizukani.com/
作品紹介　　http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/516463115.html
(C)ステューディオスリー
★2025年6 月21日(土)より K’s cinemaほか全国順次公開 

―ADHDの人が今300万人から400万人もいるそうですが、知られてきたのは、最近ですよね。
私は検査したことはありませんが、「道順を憶えるのが苦手」とか「失くしもの、忘れものが多い」とか共通点がありました。監督は５５歳になってからわかったそうですが、何かきっかけがありましたか？

僕はそれが顕著に出るんです。
最初は若い時にパニック障害で通院していて、それからいろいろな精神疾患の症状が出ました。検査をしてADHDの薬を処方されたら、てきめんに良くなるんですよ。それでこれまで生きにくかったのは、ADHDだったからだなとわかったんです。

―以前はちょっと変わった人、神経質な子ども、などと言われていました。ほかと違うことで困ったり、生きづらかったりした監督の体験からADHDはこういうものですとお知らせしたいと、この映画を作ることになったんですね。

はい、そうです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1-27e01.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1-27e01-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>君塚監督、施設長
―映画はインタビューなどドキュメンタリーの部分と俳優さんが演技をするドラマの部分が両方あって、それがまじりあっています。夫婦と親子、二家族分のドラマがありましたが、ドラマの俳優さんがドキュメンタリー部分に出たり入ったりして面白いと思いました。ああいう組み立ては脚本の段階からだったんですか？

ええ、最初からです。構想は１年くらい前からあって、作ろうと動き始めて6か月くらい、脚本は20回、30回と書き直して、3ヶ月くらいで書き上げました。

―キャストは脚本が書き上がってから決まったんですか？

キャスティングは、二転三転しました。最初に考えていた人たちとはがらりと変わりました。

―観ているうちにこの人は当事者なのか、俳優さんなのかわからなくなっていました。支援施設で「支援員誰々」と名前が画面に出る方は本物の方ですね。

はい。障害者の方も、支援員の方もいます。経歴もほんとです。よく全部出させてくれたと思います。普通モザイクかけたりするので。交渉がうまくいったということです。

―みなさん、顔出してお話してくださっていましたね。施設長さんから職員の方、主治医の先生・・・。

家族2組の4人（内浦純一、蜂丸明日香、三嶋健太、渡辺真起子）は俳優で、後は実際の現場の方々です。
ふつうドキュメンタリードラマというと、ドキュメンタリーとドラマ部分がはっきり分かれています。僕はそういう考えは全くなくて、ミックスさせる、混在させたかった。脚本でわからないという人もけっこういたんです。作りながら、脚本にはなかったシーンを足したり、だいぶ変えました。
たとえば最後のほうのたこ焼き食べながら、突然タケノコの話をするのは現場で足したものです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hosi2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi2-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>はじめ（内浦純一）と朱美（蜂丸明日香）
―はじめさん役の俳優（内浦純一）さんもうまくて、この方は俳優さんなのか当事者なのか？と考えました。それくらい自然でした。

プロの俳優とそうじゃない素人との差がありすぎるのは、よくないと思ったんです。そこはすごく注意深くやりました。
今おっしゃったように、どっちが役者かわからなかったというのは、それがうまくいったんだと思います。

―私の感想は、監督のねらいどおりだったんですね。20代の独身の純、40代のはじめさん、年代の違うADHDの方の両方に監督の経験が入っているわけですね。

そうですね。最初ははじめ夫婦の2人がいて、純が出る予定はなかったんです。設定もわざわざ作ったところがあるんです。純がリンゴしか食べないとか、リンゴの会社に勤めているとか。ちょっと変わったユーモラスな部分を作りました。ドキュメンタリーとドラマとのバランスが良くなるかなと考えました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hosi3.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi3-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>純（三嶋健太）と母（渡辺真起子）
―帰宅した純のシャツの背中に何か書かれていました。何と書いてあったんでしょう？

あれは最初純がぶん殴られる設定だったんですが、時間がなかったので変えました。何を書いていたかと言うと、デタラメな落書きです。
＊宣伝さん「監督が自分で書かれたんですよね」監督「あ、そうです」

ー監督も同じ目にあったことが？

中学生のとき、いじめの対象になったことはあります。子どもって残酷ですから。暴力が当たり前のようにあった時代で、今なら大問題になりますが、生徒同士、先生が生徒に暴力を振るうのは珍しくなかったですから。シャツに書かれたことはないです。

―学校が荒れた時代がありましたね。
街頭のインタビューでは４、5人の方が登場していました。実際は何十人にもあたられたんでしょうか？

街頭ではけっこう長時間やったんですけど、ADHDはデリケートな話なので、自分が出て間違った話をして差別になっては、と出るのを断られる方もいました。5時間粘って、顔出しを了承してもらえた方はあれだけになりました。

―きっと長い時間かかったんだろうと思っていました。カップルの方は面白かったですね（2人ともADHD。お互い認め合って仲良し）最後の方はとてもまじめに答えてくださっていました。

はい。はっきりお話して顔出しもOKしてくれて、映画としてもよかったかなと。

―撮影は全部でどのくらいかかったんでしょう？
ドラマとドキュメンタリーが混在しているので、撮影や編集はたいへんではなかったですか？

撮影はドキュメンタリー部分も含めて1週間でした。お金がないので、僕が撮影したところもあります。
編集はテレビの編集マンをお願いしました。映画は初めてですが、ドキュメンタリーを何度か一緒にやった人です。ドキュメンタリー部分にはナレーション入れたらどうか？と言われたんです。そうするとわかりやすくはなったかもしれないけど、考えてみて結局それはつけませんでした。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/320-40ada.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="320.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/320-40ada-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>お姉さま、君塚監督、森重プロデューサー
―長引くとその分お金かかりますしね。（映画の中で）家を訪ねて来ていた森重さんがプロデューサーですね。

森重さんが資金集めをしてくれて、僕も制作に入っています。森重さんの条件は、スタッフは自分で集めろ、ADHDの当事者である監督の君塚匠が出演しろというものです。
とにかくものすごく低予算だったので、メイクも衣装もいなくて全部自前でした。衣装を替えるのもハイエースの中でやって。
渡辺真起子さんは根性のある方で、どんなに低予算でも自分が納得した脚本だったら出ると。メイクだけはあとから入れました。
いろいろボランティアでやっていただきました。カメラだけは2カメで撮ったんです。僕の出ているところも2カメで。じゃないと終わらないと思った。
テレビの再現ドラマを撮るカメラマンさんに頼みました。再現ドラマを狙ったわけじゃなくて、撮影が圧倒的に速いんです。この予算でこの映画って、相当異常ですね。

―俳優さんたちは出来上がったのをご覧になってなんとおっしゃっていましたか？

湯布院映画祭にも一緒に行ったんです。できあがって喜んでもらえました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main2-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>君塚監督、渡辺真起子さん、蜂丸明日香さん
―「クレージー」と書かれたメールが間違って監督のところに届いた件、本人に届くとは思わず仲間うちの軽口のつもりだったかもしれないですが。

信頼していた人なのでびっくりしました。2、3人相手のメールだったんですが、そんな風に思われていたのかと人間不信になりました。その件を知った会社の幹部が深く謝罪してくれて、僕の怒りも静まりました。その後も配慮してくれて。

―言葉通り受け取るので、傷つきますね。ASDやADHDの人は、自分が思ったのと違うことを言えないしできないですよね。ほかの人も同じだと思って、裏を考えたりしません。

「忌憚のない意見を」とか言われると、正直にそのまま言ってしまうし、僕は忖度（そんたく）とかできないです。相手にも自分に直接ダメだったらダメと、はっきり言ってもらいたい。

―映画の中で喧嘩する場面ありましたね。うまく自分の気持ちを伝えられなくて、ついぎりぎりまでため込んでしまったりするのでしょう（自分がそうです）。監督の体験だけでなく、ADHDの特性を少しずつ入れ込んだのですか。

ADHDの特性については、医療監修していただいています。
鍵を何度も確かめるのは、強迫神経症（強迫性障害）のようです。

―はじめさんが何種類かの薬を飲んでいました。薬剤師さんが鍵をかけた引き出しを見せてくれましたがとても厳重なんですね。

アメリカでは承認されていない薬ですが、日本では承認されていて、ああいうふうに厳重に管理されています。診断書や証明書がないと処方されません。

―薬が効くのはありがたいですが、副作用の心配はありませんか？

薬によってはすごく眠くなるものもあるんです。最初はすごくよく効いても、長く使っているうちにだんだん効かなくなるものもあります。今も道順が覚えられないという、ADHD特有の自覚はありますが、体調は悪くないです。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10000085252028129.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="1000008525 (1).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10000085252028129-thumbnail2.jpg" width="239" height="320"></a>―登場するお姉様、仲良しなんですね。監督のご両親は？

父は70歳で、母は91歳で亡くなりました。

―ああ、そうでしたか、いろいろご心配しながら育てられただろうなと思ってしまって。施設長さんが、「いいことと悪いこと」を挙げていましたが、いいことを目指していかなきゃいけないですね。

そうですね。四六時中いっしょに見ていられるわけではないので、施設にいる2時間、３時間だけでも有効に使って自分で努力していくってことじゃないですかね。

―服飾専門学校のシーンは、ここだけちょっとカラーが違う感じがしました。若い人たちはこんなにこだわりないよということで？

差別をする人もいるけど、差別をしない人もいるよと、対比にしたんです。僕が世の中を歩いて、探していく旅のようにしました。答えは出していません。
「差別はあるけど、仕方がない。差別するしないのは自由なんだ」と施設長さんに言ってもらえて良かった。
湯布院映画祭ではそれを「冷たい発言ですね」という人もいたんですけど。自分が「ADHDだからしょうがないでしょ」と思っているところもあったので。
この映画で僕は自分を見栄えよくしようとは思っていないです。正直に自分の気持ちを言おう、前向きにさらけだそうと思いました。

―それは成功していると思います。ADHDを知らない人にこの映画が届いて、ほんの少しでも知識を持って理解が進んでくれるといいですね。

ありがとうございます。
　　　　　　　　　　　　（取材・監督写真：白石映子）
君塚匠監督の著作
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/thumbnail_E5909BE5A19AE79BA3E79DA3_Cover2B2028229.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="thumbnail_&#x541B;&#x585A;&#x76E3;&#x7763;_Cover+ (2).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/thumbnail_E5909BE5A19AE79BA3E79DA3_Cover2B2028229-thumbnail2.jpg" width="225" height="320"></a>＊書名：「もう一度、表舞台に立つために ―ADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡―」
＊出版社：中央法規出版
＊仕様：A５判／タテ組／並製／１色刷　約200頁
ISBN/JAN：9784824302830
＊定価：2,000円（税別）
＊書籍概要：55歳でADHD（注意欠如・多動症）と診断された映画監督・君塚匠は、人間関係がうまく築けず、人と同じようにできない自分に苦しんできた。本書は、自身も出演したドキュメンタリー×ドラマ映画『星より静かに』では描かれなかった君塚監督の幼少期からの生きづらさや周囲との軋轢、映画監督、テレビディレクターとしてのキャリア、自分を理解してくれる人々との交流などを、ときにユーモアを交えて著す。
＊発行予定：2025年6月27日<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kimiduka320.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="kimiduka320.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/kimiduka320-thumbnail2.jpg" width="320" height="218" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/kimiduka320-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><blockquote><strong>＊プロフィール＊</strong><br />1964年生まれ。日本大学藝術学部映画学科監督コース卒業。 1988 株式会社フジテレビジョンの取材ディレクターを経て株式会社テレビマンユニオン に移籍。ドキュメンタリーを中心に数々のディレクターをして実績を残した。1988年、劇場映画『喪の仕事』の脚本・監督をするために株式会社テレビマンユニオンを退 社。フリーランスの道を選び、背水の陣で映画の実現に臨んだ。<br />1991年に監督・脚本 した『喪の仕事』が完成し公開。その後、『ルビーフルーツ』『激しい季節』『おしまいの日』の監督を依頼されて、2000年、黒木瞳、萩本欽一出演の『月』まで5本の劇場映画の監督と脚本を手掛けてきた。一方、TVディレクターとしても、ドキュメンタリーや情報番組、テレビドラマの監督経験多数監督。TV-CM、企業VPの監督もこなし受賞歴多数。今作『星より静かに』は最新作であり企画、プロデュース、脚本、監督、出演を果たす。<br />同映画は第49回湯布院映画祭にて映画祭最後を飾るクロージング上映に選出された。<br /><br /><strong>＊ストーリー＊</strong><br />55歳のときにADHD（注意欠如多動性障害）と診断された君塚匠監督は、それまでの生きづらさがADHDの特性によるものだと知った。この症状がもっと知られていってほしいという思いから映画制作を決意。<br />映画は君塚監督の実体験を元にしたドラマ部分と、ADHDについて君塚監督自身が様々な人と出会いながら探っていくドキュメンタリー部分とがあり、この二つが分かれるのではなく、互いにミックスしながら進む構成。<br />ドラマ部分ではADHDの夫・はじめ（内浦純一）と彼を支える妻・朱美（蜂丸明日香）、息子・純（三嶋健太）を見守る母（渡辺真起子）、二組の暮らしを丁寧に描いている。<br />公式サイト　<a href="https://hoshiyori-shizukani.com/" target="_blank">https://hoshiyori-shizukani.com/</a><br />作品紹介　　<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/516463115.html" target="_blank">http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/516463115.html</a><br />(C)ステューディオスリー<br /><strong>★2025年6 月21日(土)より K’s cinemaほか全国順次公開 </strong><br /></blockquote><br /><span style="color:#3300ff;">―ADHDの人が今300万人から400万人もいるそうですが、知られてきたのは、最近ですよね。<br />私は検査したことはありませんが、「道順を憶えるのが苦手」とか「失くしもの、忘れものが多い」とか共通点がありました。監督は５５歳になってからわかったそうですが、何かきっかけがありましたか？</span><br /><br />僕はそれが顕著に出るんです。<br />最初は若い時にパニック障害で通院していて、それからいろいろな精神疾患の症状が出ました。検査をしてADHDの薬を処方されたら、てきめんに良くなるんですよ。それでこれまで生きにくかったのは、ADHDだったからだなとわかったんです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―以前はちょっと変わった人、神経質な子ども、などと言われていました。ほかと違うことで困ったり、生きづらかったりした監督の体験からADHDはこういうものですとお知らせしたいと、この映画を作ることになったんですね。</span><br /><br />はい、そうです。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1-27e01.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main1-27e01-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/main1-27e01-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">君塚監督、施設長</div><br /><span style="color:#3300ff;">―映画はインタビューなどドキュメンタリーの部分と俳優さんが演技をするドラマの部分が両方あって、それがまじりあっています。夫婦と親子、二家族分のドラマがありましたが、ドラマの俳優さんがドキュメンタリー部分に出たり入ったりして面白いと思いました。ああいう組み立ては脚本の段階からだったんですか？</span><br /><br />ええ、最初からです。構想は１年くらい前からあって、作ろうと動き始めて6か月くらい、脚本は20回、30回と書き直して、3ヶ月くらいで書き上げました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―キャストは脚本が書き上がってから決まったんですか？</span><br /><br />キャスティングは、二転三転しました。最初に考えていた人たちとはがらりと変わりました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―観ているうちにこの人は当事者なのか、俳優さんなのかわからなくなっていました。支援施設で「支援員誰々」と名前が画面に出る方は本物の方ですね。</span><br /><br />はい。障害者の方も、支援員の方もいます。経歴もほんとです。よく全部出させてくれたと思います。普通モザイクかけたりするので。交渉がうまくいったということです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―みなさん、顔出してお話してくださっていましたね。施設長さんから職員の方、主治医の先生・・・。</span><br /><br />家族2組の4人（内浦純一、蜂丸明日香、三嶋健太、渡辺真起子）は俳優で、後は実際の現場の方々です。<br />ふつうドキュメンタリードラマというと、ドキュメンタリーとドラマ部分がはっきり分かれています。僕はそういう考えは全くなくて、ミックスさせる、混在させたかった。脚本でわからないという人もけっこういたんです。作りながら、脚本にはなかったシーンを足したり、だいぶ変えました。<br />たとえば最後のほうのたこ焼き食べながら、突然タケノコの話をするのは現場で足したものです。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hosi2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi2-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/hosi2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">はじめ（内浦純一）と朱美（蜂丸明日香）</div><br /><span style="color:#3300ff;">―はじめさん役の俳優（内浦純一）さんもうまくて、この方は俳優さんなのか当事者なのか？と考えました。それくらい自然でした。</span><br /><br />プロの俳優とそうじゃない素人との差がありすぎるのは、よくないと思ったんです。そこはすごく注意深くやりました。<br />今おっしゃったように、どっちが役者かわからなかったというのは、それがうまくいったんだと思います。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―私の感想は、監督のねらいどおりだったんですね。20代の独身の純、40代のはじめさん、年代の違うADHDの方の両方に監督の経験が入っているわけですね。</span><br /><br />そうですね。最初ははじめ夫婦の2人がいて、純が出る予定はなかったんです。設定もわざわざ作ったところがあるんです。純がリンゴしか食べないとか、リンゴの会社に勤めているとか。ちょっと変わったユーモラスな部分を作りました。ドキュメンタリーとドラマとのバランスが良くなるかなと考えました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="hosi3.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/hosi3-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/hosi3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">純（三嶋健太）と母（渡辺真起子）</div><br /><span style="color:#3300ff;">―帰宅した純のシャツの背中に何か書かれていました。何と書いてあったんでしょう？</span><br /><br />あれは最初純がぶん殴られる設定だったんですが、時間がなかったので変えました。何を書いていたかと言うと、デタラメな落書きです。<br />＊宣伝さん「監督が自分で書かれたんですよね」監督「あ、そうです」<br /><br /><span style="color:#3300ff;">ー監督も同じ目にあったことが？</span><br /><br />中学生のとき、いじめの対象になったことはあります。子どもって残酷ですから。暴力が当たり前のようにあった時代で、今なら大問題になりますが、生徒同士、先生が生徒に暴力を振るうのは珍しくなかったですから。シャツに書かれたことはないです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―学校が荒れた時代がありましたね。<br />街頭のインタビューでは４、5人の方が登場していました。実際は何十人にもあたられたんでしょうか？</span><br /><br />街頭ではけっこう長時間やったんですけど、ADHDはデリケートな話なので、自分が出て間違った話をして差別になっては、と出るのを断られる方もいました。5時間粘って、顔出しを了承してもらえた方はあれだけになりました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―きっと長い時間かかったんだろうと思っていました。カップルの方は面白かったですね（2人ともADHD。お互い認め合って仲良し）最後の方はとてもまじめに答えてくださっていました。</span><br /><br />はい。はっきりお話して顔出しもOKしてくれて、映画としてもよかったかなと。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―撮影は全部でどのくらいかかったんでしょう？<br />ドラマとドキュメンタリーが混在しているので、撮影や編集はたいへんではなかったですか？</span><br /><br />撮影はドキュメンタリー部分も含めて1週間でした。お金がないので、僕が撮影したところもあります。<br />編集はテレビの編集マンをお願いしました。映画は初めてですが、ドキュメンタリーを何度か一緒にやった人です。ドキュメンタリー部分にはナレーション入れたらどうか？と言われたんです。そうするとわかりやすくはなったかもしれないけど、考えてみて結局それはつけませんでした。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/320-40ada.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="320.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/320-40ada-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/320-40ada-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">お姉さま、君塚監督、森重プロデューサー</div><br /><span style="color:#3300ff;">―長引くとその分お金かかりますしね。（映画の中で）家を訪ねて来ていた森重さんがプロデューサーですね。</span><br /><br />森重さんが資金集めをしてくれて、僕も制作に入っています。森重さんの条件は、スタッフは自分で集めろ、ADHDの当事者である監督の君塚匠が出演しろというものです。<br />とにかくものすごく低予算だったので、メイクも衣装もいなくて全部自前でした。衣装を替えるのもハイエースの中でやって。<br />渡辺真起子さんは根性のある方で、どんなに低予算でも自分が納得した脚本だったら出ると。メイクだけはあとから入れました。<br />いろいろボランティアでやっていただきました。カメラだけは2カメで撮ったんです。僕の出ているところも2カメで。じゃないと終わらないと思った。<br />テレビの再現ドラマを撮るカメラマンさんに頼みました。再現ドラマを狙ったわけじゃなくて、撮影が圧倒的に速いんです。この予算でこの映画って、相当異常ですね。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―俳優さんたちは出来上がったのをご覧になってなんとおっしゃっていましたか？</span><br /><br />湯布院映画祭にも一緒に行ったんです。できあがって喜んでもらえました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/main2-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/main2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">君塚監督、渡辺真起子さん、蜂丸明日香さん<br /></div><span style="color:#3300ff;">―「クレージー」と書かれたメールが間違って監督のところに届いた件、本人に届くとは思わず仲間うちの軽口のつもりだったかもしれないですが。</span><br /><br />信頼していた人なのでびっくりしました。2、3人相手のメールだったんですが、そんな風に思われていたのかと人間不信になりました。その件を知った会社の幹部が深く謝罪してくれて、僕の怒りも静まりました。その後も配慮してくれて。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―言葉通り受け取るので、傷つきますね。ASDやADHDの人は、自分が思ったのと違うことを言えないしできないですよね。ほかの人も同じだと思って、裏を考えたりしません。</span><br /><br />「忌憚のない意見を」とか言われると、正直にそのまま言ってしまうし、僕は忖度（そんたく）とかできないです。相手にも自分に直接ダメだったらダメと、はっきり言ってもらいたい。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―映画の中で喧嘩する場面ありましたね。うまく自分の気持ちを伝えられなくて、ついぎりぎりまでため込んでしまったりするのでしょう（自分がそうです）。監督の体験だけでなく、ADHDの特性を少しずつ入れ込んだのですか。</span><br /><br />ADHDの特性については、医療監修していただいています。<br />鍵を何度も確かめるのは、強迫神経症（強迫性障害）のようです。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―はじめさんが何種類かの薬を飲んでいました。薬剤師さんが鍵をかけた引き出しを見せてくれましたがとても厳重なんですね。</span><br /><br />アメリカでは承認されていない薬ですが、日本では承認されていて、ああいうふうに厳重に管理されています。診断書や証明書がないと処方されません。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―薬が効くのはありがたいですが、副作用の心配はありませんか？</span><br /><br />薬によってはすごく眠くなるものもあるんです。最初はすごくよく効いても、長く使っているうちにだんだん効かなくなるものもあります。今も道順が覚えられないという、ADHD特有の自覚はありますが、体調は悪くないです。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10000085252028129.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="1000008525 (1).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/10000085252028129-thumbnail2.jpg" width="239" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/10000085252028129-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div>―登場するお姉様、仲良しなんですね。監督のご両親は？<br /><br />父は70歳で、母は91歳で亡くなりました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―ああ、そうでしたか、いろいろご心配しながら育てられただろうなと思ってしまって。施設長さんが、「いいことと悪いこと」を挙げていましたが、いいことを目指していかなきゃいけないですね。</span><br /><br />そうですね。四六時中いっしょに見ていられるわけではないので、施設にいる2時間、３時間だけでも有効に使って自分で努力していくってことじゃないですかね。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―服飾専門学校のシーンは、ここだけちょっとカラーが違う感じがしました。若い人たちはこんなにこだわりないよということで？</span><br /><br />差別をする人もいるけど、差別をしない人もいるよと、対比にしたんです。僕が世の中を歩いて、探していく旅のようにしました。答えは出していません。<br />「差別はあるけど、仕方がない。差別するしないのは自由なんだ」と施設長さんに言ってもらえて良かった。<br />湯布院映画祭ではそれを「冷たい発言ですね」という人もいたんですけど。自分が「ADHDだからしょうがないでしょ」と思っているところもあったので。<br />この映画で僕は自分を見栄えよくしようとは思っていないです。正直に自分の気持ちを言おう、前向きにさらけだそうと思いました。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―それは成功していると思います。ADHDを知らない人にこの映画が届いて、ほんの少しでも知識を持って理解が進んでくれるといいですね。</span><br /><br />ありがとうございます。<br />　　　　　　　　　　　　<div style="text-align:right;">（取材・監督写真：白石映子）</div><br /><blockquote><strong>君塚匠監督の著作<strong><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/thumbnail_E5909BE5A19AE79BA3E79DA3_Cover2B2028229.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="thumbnail_君塚監督_Cover+ (2).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/thumbnail_E5909BE5A19AE79BA3E79DA3_Cover2B2028229-thumbnail2.jpg" width="225" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/thumbnail_E5909BE5A19AE79BA3E79DA3_Cover2B2028229-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div>＊書名：「もう一度、表舞台に立つために ―ADHDの映画監督 苦悩と再生の軌跡―」<br />＊出版社：中央法規出版<br />＊仕様：A５判／タテ組／並製／１色刷　約200頁<br />ISBN/JAN：9784824302830<br />＊定価：2,000円（税別）<br />＊書籍概要：55歳でADHD（注意欠如・多動症）と診断された映画監督・君塚匠は、人間関係がうまく築けず、人と同じようにできない自分に苦しんできた。本書は、自身も出演したドキュメンタリー×ドラマ映画『星より静かに』では描かれなかった君塚監督の幼少期からの生きづらさや周囲との軋轢、映画監督、テレビディレクターとしてのキャリア、自分を理解してくれる人々との交流などを、ときにユーモアを交えて著す。<br />＊発行予定：2025年6月27日</strong></strong></blockquote><div><strong><strong><br></strong></strong></div><div><strong><strong><br></strong></strong></div><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>shiraishi</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,cineja-film-report/515986581</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://cineja-film-report.seesaa.net/article/515099487.html</link>
      <title>『OKAは手ぶらでやってくる』牧田敬祐（けいゆう）監督インタビュー</title>
      <pubDate>Sun, 11 May 2025 18:09:21 +0900</pubDate>
            <description>＊プロフィール＊1958年生まれ。主に近畿地方の民俗行事や芸能の記録映像を監督。注力する「NPO法人映像記録」では市民活動やNGOを映像で支援している。本作はこの活動から誕生し、東京ドキュメンタリー映画祭2024でグランプリを受賞した。＊ストーリー＊　OKAこと栗本英世（くりもとひでよ）は、1985年から東南アジアで「ひとりNGO」として活躍した。人身売買や地雷の危険にさらされた人々を支援し、カンボジア各地に子どものための寺子屋を作り、2022年71歳で亡くなった。牧田監督は..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/makita20top.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="makita top.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/makita20top-thumbnail2.jpg" width="320" height="236"></a>
＊プロフィール＊1958年生まれ。主に近畿地方の民俗行事や芸能の記録映像を監督。注力する「NPO法人映像記録」では市民活動やNGOを映像で支援している。本作はこの活動から誕生し、東京ドキュメンタリー映画祭2024でグランプリを受賞した。

＊ストーリー＊　OKAこと栗本英世（くりもとひでよ）は、1985年から東南アジアで「ひとりNGO」として活躍した。人身売買や地雷の危険にさらされた人々を支援し、カンボジア各地に子どものための寺子屋を作り、2022年71歳で亡くなった。牧田監督は約15年にわたり、彼のそばで撮影を続けてきた。（OKAはカンボジアでチャンスの意味）

HP　 https://www.haising.jp/movie-1/
(C)2024 NPO法人映像記録／ウェストサイドプロダクツ
作品紹介　http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/515063836.html
★2025年5月10日（土）より新宿K'sシネマにて公開中、ほか全国順次公開
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/OKA_main1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="OKA_main1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/OKA_main1-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
―このドキュメンタリーを観るまで、OKAさんのことを知りませんでした。誰もしなかったことを、長い間一人で続けていたのに、知らなくってごめんなさいという感じです。

あまり知られていないんです。よくマスコミに登場していたのは、2000年～2006年くらいの間です。テレビ出演などもしていました。それ以降は病気であまり顔を出していないので、見つけにくかったかもしれません。

―ネットで検索して読んだのはそのころの記事でした。監督はどういう経緯でOKAさんに出逢われたんですか？

私は「NPO法人映像記録」というのを2000年くらいからやっています。NGOや市民の方々の活動などを空いた時間を使って応援しようじゃないかというグループなんです。
OKAさんを最初に知ったのは、「キッズ・ゲルニカ」というピカソの名画ゲルニカにちなんだ活動の取材です。日本や世界各地で子どもが同じサイズの平和の絵を描き、最終的にネパールのカトマンズからヒマラヤの風に乗って世界に平和を呼びかけるプロジェクトです。その「キッズゲルニカ」で、カンボジアで子どもたちに指導したのが彼でした。初めはカメラマンだけが行って、私はその後でした。

―そのときのOKAさんの印象はいかがでしたか？

2000年ころに初めて会いましたが、想像していた「善人」とちょっと違ったんですよ。「あやしいオッサン」だったんです。いきなりタイを中心にした人身売買や臓器売買、地上げやマネーロンダリングの話などをするんですよ。まるで当事者のように次々と喋りまくる。地雷の村に寺子屋を建て、子どもたちに識字教育をしているやさしいボランティアのイメージからは程遠かったですね。普通の善人ではないなあというところが魅力でもありました。この人の心の奥には、いったい何があるんだろう？命がけなことも厭わない情熱はどこからくるんだろう？とボランティア活動のことよりそっちに興味がわいて根掘り葉掘り聞き出しました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/oka2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="oka2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/oka2-thumbnail2.jpg" width="320" height="238"></a>
―子供の頃からとてもご苦労された方のようですね。

映像の中で話していますが、極貧の家庭で育って、家族のことでとても辛い思いをしています。それで教会が心のよりどころになりました。中学を出ると牧師を志して上京しますが、幸運なことに留学の機会を得ました。千代田区にある富士見町教会の高名な島村亀鶴牧師に見出されて、台湾の大学に留学しました。ここで中国語を学んで、中国大陸にも行っています。禁止されていた本を持ち込んだりしたそうで、これはなかなか危険なことだったんですよ。

―ドラマチックな人生でご苦労もあるけれど、助けてくれる方がちゃんと現われるんですね。

帰国後は神学校に学びますが、純粋すぎる彼は学校とうまくいきません。やがて牧師になることにも教会にも背を向けてしまいます。

―イエス様はいいけれど、組織がいやになったということでしょうか。

そうですね。マザーテレサをずっと尊敬していました。1985年には一人で東南アジアに飛び出して、ミャンマー、タイ、ラオスの国境地帯をバイクで回ります。貧しさのために売られる子どもがいることに驚きます。そんな子どもたちを救いたいと奔走しますが、親が絶対的権限を持っているので、「親がいる子どもは救えない」というジレンマに苦しむことになりました。皮肉ですよね。何もできない自分を責め続けた挙げ句、一旦活動を停止し、バンコクでビジネスを立上げました。これが大成功しました。しかし、それは目指すところではないとすべて放り出して、裸一貫でラオスに入って活動を再開します。

―それは残しておいて、資金のために使えばよかったのにと思ってしまいますが。余分に持ちたくないんでしょうね。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9ka640.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="9ka640.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9ka640-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>
1996年からはカンボジアで孤児のために「子どもの家」を、1999年から地雷原の村で村人とともに地雷を掘り出し、「寺子屋」を作るという活動を各地で展開しました。ポルポト政権のときに、お寺や学校が破壊されて、知識人、先生も生徒もたくさん殺されてしまいました。ですから子どもたちの親の世代は教育の機会も場所もなくて、文字の読み書きができません。それで識字教育を始めています。

難民は生産手段がないので、困ると子どもを物乞いに出したり、売ってしまったりします。
町に公立の学校はあっても、タダではなくお金はかかから子どもを行かせられない。そういうところへOKAさんは手ぶらで行って、指笛を吹いたり歌ったりして、集まった子どもたちに寺子屋においでと誘います。

―日本でもカンボジアでも子どもたちに大人気でしたね。

子どもが喜びそうなことを見つけて練習して、なんでもやるんです。
OKAさんテキヤさんをやったことがあるんですよ。寅さんみたいに口上を言ってものを売る。西瓜売りとか。その口上がとても上手なんです。

―啖呵売’（たんかばい）ですね。それは聞いてみたかった。日本から飛び出したけれど、たまに帰られたみたいですが。

活動資金を集めるためにたびたび日本に帰ってきて、アルバイトや講演をしていました。講演会などでカンボジアの状況を話して支援をお願いする。小学校には支援者さんが作ってくださった腹話術の人形を使って子どもたちと会話して喜ばれています。そういのも習うのでなく、自分で面白くなるよう工夫するんです。すごく芸達者な人なんです。

―この寺子屋は風通しがよさそうです。人も出入りしやすいし、誰でも受け入れてくれそう。

カンボジアではお寺がコミュニティセンターです。人が集まります。OKAさんは誰でも出入りできて、勉強もできる「寺子屋」をいくつも作りました。掘っ立て小屋ですが、みんなで作ったので壊れても自分たちで直せます。お金をかけてプロの人につくってもらうと、何かあってもまたお金がかかります。
彼は子どものころ厳しい境遇で育って、教会だけが安全で安らげる場所でした。それと同じように、子どもたちを守れる、子どもたちが安心できる寺子屋＝シェルターを作ったんですね。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6402028129.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="640 (1).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6402028129-thumbnail2.jpg" width="320" height="180"></a>
―寺子屋はOKAさんが蒔いた種のようなもので、今はそこが学校になって花開いたということですね。こんなに大事なことなのに行政からの公的支援はなかったんですか？

行政の支援はありません。それどころか州警察から逮捕状が出たりしていやがらせされていました。地雷がまだ埋まっている土地があちこちにあって危険なので、OKAさんたちは探知機を使って地雷を見つけては手で掘り出していたんです。逮捕状が出たのは危ないからでなく、民間人がそうやって掘り起こして地雷がなくなると、海外からの援助もなくなるからです。

―それは資料で読んだ「慈悲魔（じひま）」みたいですね。国が！？
（“慈悲魔”とは慈悲の情につけこんで入り込む魔。善悪の判断も狂わせる。金品に頼るようになり、親が子どもを痩せ細らせたり、傷つけたりして物乞いに使う）

そうなんです。OKAさんは「カンボジアという国は“慈悲魔”に陥っている」と言っていました。行政の援助もなし、組織も作らず、支援してくれる方、ボランティアの方々はたくさんいますが、基本的に一人で動いていました。

―OKAさんのいい話がいっぱいありそうです。

OKAさんって寝ないんですよ。入院したときは別にして、眠っているところを観たことがありません。いつも陽気で、動いていて、歌っているか喋っているか。ボランティアスタッフがね、OKAさんが出かけると歌本を隠すんだそうです。あると歌本の一番初めから終わりまで、知っている歌を次々と歌って止めないから。
支援者の方から伺った話です。いただいた支援金で普通は学用品などを買いますよね。OKAさんは木を買って植えました。カンボジアは暑いので、子どもたちに木陰を作ってあげたいって。その木は大きくなって子どもを日差しから守っています。

―まあ、いいお話ですね！
病気になられてからのシーンも必要ですよね。監督も撮っていて辛かったでしょう。

先に脳腫瘍が見つかり、回復したんですがその後認知症の症状も出てきました。カンボジアに行きたかったんでしょうね。いつのまにか僕の車に乗っていて、「カンボジアに行きます」と言ったことがありました。認知症が進んでからはコミュニケーションを取れなくなりましたし、入院後はそれまでのように会えなくなりました。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_4736.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_4736.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_4736-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>牧田監督とシネジャ（宣伝さん撮影）
―ドキュメンタリーを作ることについて、何かおっしゃいましたか？

「いつでもなんでも撮っていい」と言ってくれて、いっさい要求はなかったです。映画を完成させる約束をしていましたが、間に合わなくて申し訳なかったです。撮りためていたのをときどき見せてはいました。施設にお見舞いに行ったときDVDを持っているのが映っています。あのときのOKAさんは髪の毛は真っ白になっているし、急に年取ったみたいで辛かったです。

―OKAさんを１５年間も撮り続けて来られて、この作品ができました。

最初に会ったときから変わらない人でした。とっても魅力的で、知れば知るほど大好きになっていきました。OKAさんがいなくなって、肉親を亡くしたように寂しいです。
「どんな形でまとめたらええんや？」と悩んだりもしましたが、映画にOKAさんを残せて良かった。これでOKAさんを知ってもらえます。OKAさんのぬくもりが伝わっていけば、幸せです。
OKAさんの志を受け継いで現地にいるスタッフと相談して、村々を回ってこの映画の上映会をする計画があります。映画キャラバンです。向こうで上映するには吹き替えも必要ですし、移動の経費もかかります。どうぞ応援をよろしくお願いいたします。
（まとめ・撮影：白石映子）

★クラウドファンディングはこちらです。
https://motion-gallery.net/projects/okamovie

<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/makita20top.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="makita top.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/makita20top-thumbnail2.jpg" width="320" height="236" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/makita20top-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><blockquote><strong>＊プロフィール＊</strong>1958年生まれ。主に近畿地方の民俗行事や芸能の記録映像を監督。注力する「NPO法人映像記録」では市民活動やNGOを映像で支援している。本作はこの活動から誕生し、東京ドキュメンタリー映画祭2024でグランプリを受賞した。<br /><br /><strong>＊ストーリー＊</strong>　OKAこと栗本英世（くりもとひでよ）は、1985年から東南アジアで「ひとりNGO」として活躍した。人身売買や地雷の危険にさらされた人々を支援し、カンボジア各地に子どものための寺子屋を作り、2022年71歳で亡くなった。牧田監督は約15年にわたり、彼のそばで撮影を続けてきた。（OKAはカンボジアでチャンスの意味）<br /><br />HP　 <a href="https://www.haising.jp/movie-1/" target="_blank">https://www.haising.jp/movie-1/</a><br />(C)2024 NPO法人映像記録／ウェストサイドプロダクツ<br />作品紹介　<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/515063836.html" target="_blank">http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/515063836.html</a><br /><strong>★2025年5月10日（土）より新宿K'sシネマにて公開中、ほか全国順次公開</strong></blockquote><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/OKA_main1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="OKA_main1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/OKA_main1-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/OKA_main1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#3300ff;">―このドキュメンタリーを観るまで、OKAさんのことを知りませんでした。誰もしなかったことを、長い間一人で続けていたのに、知らなくってごめんなさいという感じです。</span><br /><br />あまり知られていないんです。よくマスコミに登場していたのは、2000年～2006年くらいの間です。テレビ出演などもしていました。それ以降は病気であまり顔を出していないので、見つけにくかったかもしれません。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―ネットで検索して読んだのはそのころの記事でした。監督はどういう経緯でOKAさんに出逢われたんですか？</span><br /><br />私は「NPO法人映像記録」というのを2000年くらいからやっています。NGOや市民の方々の活動などを空いた時間を使って応援しようじゃないかというグループなんです。<br />OKAさんを最初に知ったのは、「キッズ・ゲルニカ」というピカソの名画ゲルニカにちなんだ活動の取材です。日本や世界各地で子どもが同じサイズの平和の絵を描き、最終的にネパールのカトマンズからヒマラヤの風に乗って世界に平和を呼びかけるプロジェクトです。その「キッズゲルニカ」で、カンボジアで子どもたちに指導したのが彼でした。初めはカメラマンだけが行って、私はその後でした。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―そのときのOKAさんの印象はいかがでしたか？<br /></span><br />2000年ころに初めて会いましたが、想像していた「善人」とちょっと違ったんですよ。「あやしいオッサン」だったんです。いきなりタイを中心にした人身売買や臓器売買、地上げやマネーロンダリングの話などをするんですよ。まるで当事者のように次々と喋りまくる。地雷の村に寺子屋を建て、子どもたちに識字教育をしているやさしいボランティアのイメージからは程遠かったですね。普通の善人ではないなあというところが魅力でもありました。この人の心の奥には、いったい何があるんだろう？命がけなことも厭わない情熱はどこからくるんだろう？とボランティア活動のことよりそっちに興味がわいて根掘り葉掘り聞き出しました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/oka2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="oka2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/oka2-thumbnail2.jpg" width="320" height="238" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/oka2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#3300ff;">―子供の頃からとてもご苦労された方のようですね。<br /></span><br />映像の中で話していますが、極貧の家庭で育って、家族のことでとても辛い思いをしています。それで教会が心のよりどころになりました。中学を出ると牧師を志して上京しますが、幸運なことに留学の機会を得ました。千代田区にある富士見町教会の高名な島村亀鶴牧師に見出されて、台湾の大学に留学しました。ここで中国語を学んで、中国大陸にも行っています。禁止されていた本を持ち込んだりしたそうで、これはなかなか危険なことだったんですよ。<br /><br /><span style="color:#3300ff;">―ドラマチックな人生でご苦労もあるけれど、助けてくれる方がちゃんと現われるんですね。</span><br /><br />帰国後は神学校に学びますが、純粋すぎる彼は学校とうまくいきません。やがて牧師になることにも教会にも背を向けてしまいます。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―イエス様はいいけれど、組織がいやになったということでしょうか。</span><br /><br />そうですね。マザーテレサをずっと尊敬していました。1985年には一人で東南アジアに飛び出して、ミャンマー、タイ、ラオスの国境地帯をバイクで回ります。貧しさのために売られる子どもがいることに驚きます。そんな子どもたちを救いたいと奔走しますが、親が絶対的権限を持っているので、「親がいる子どもは救えない」というジレンマに苦しむことになりました。皮肉ですよね。何もできない自分を責め続けた挙げ句、一旦活動を停止し、バンコクでビジネスを立上げました。これが大成功しました。しかし、それは目指すところではないとすべて放り出して、裸一貫でラオスに入って活動を再開します。<br /><br /><span style="color:#6600cc;">―それは残しておいて、資金のために使えばよかったのにと思ってしまいますが。余分に持ちたくないんでしょうね。</span><br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9ka640.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="9ka640.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/9ka640-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/9ka640-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />1996年からはカンボジアで孤児のために「子どもの家」を、1999年から地雷原の村で村人とともに地雷を掘り出し、「寺子屋」を作るという活動を各地で展開しました。ポルポト政権のときに、お寺や学校が破壊されて、知識人、先生も生徒もたくさん殺されてしまいました。ですから子どもたちの親の世代は教育の機会も場所もなくて、文字の読み書きができません。それで識字教育を始めています。<br /><br />難民は生産手段がないので、困ると子どもを物乞いに出したり、売ってしまったりします。<br />町に公立の学校はあっても、タダではなくお金はかかから子どもを行かせられない。そういうところへOKAさんは手ぶらで行って、指笛を吹いたり歌ったりして、集まった子どもたちに寺子屋においでと誘います。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―日本でもカンボジアでも子どもたちに大人気でしたね。<br /></span><br />子どもが喜びそうなことを見つけて練習して、なんでもやるんです。<br />OKAさんテキヤさんをやったことがあるんですよ。寅さんみたいに口上を言ってものを売る。西瓜売りとか。その口上がとても上手なんです。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―啖呵売’（たんかばい）ですね。それは聞いてみたかった。日本から飛び出したけれど、たまに帰られたみたいですが。</span><br /><br />活動資金を集めるためにたびたび日本に帰ってきて、アルバイトや講演をしていました。講演会などでカンボジアの状況を話して支援をお願いする。小学校には支援者さんが作ってくださった腹話術の人形を使って子どもたちと会話して喜ばれています。そういのも習うのでなく、自分で面白くなるよう工夫するんです。すごく芸達者な人なんです。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―この寺子屋は風通しがよさそうです。人も出入りしやすいし、誰でも受け入れてくれそう。</span><br /><br />カンボジアではお寺がコミュニティセンターです。人が集まります。OKAさんは誰でも出入りできて、勉強もできる「寺子屋」をいくつも作りました。掘っ立て小屋ですが、みんなで作ったので壊れても自分たちで直せます。お金をかけてプロの人につくってもらうと、何かあってもまたお金がかかります。<br />彼は子どものころ厳しい境遇で育って、教会だけが安全で安らげる場所でした。それと同じように、子どもたちを守れる、子どもたちが安心できる寺子屋＝シェルターを作ったんですね。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6402028129.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="640 (1).jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/6402028129-thumbnail2.jpg" width="320" height="180" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/6402028129-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><span style="color:#6600ff;">―寺子屋はOKAさんが蒔いた種のようなもので、今はそこが学校になって花開いたということですね。こんなに大事なことなのに行政からの公的支援はなかったんですか？<br /></span><br />行政の支援はありません。それどころか州警察から逮捕状が出たりしていやがらせされていました。地雷がまだ埋まっている土地があちこちにあって危険なので、OKAさんたちは探知機を使って地雷を見つけては手で掘り出していたんです。逮捕状が出たのは危ないからでなく、民間人がそうやって掘り起こして地雷がなくなると、海外からの援助もなくなるからです。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―それは資料で読んだ「慈悲魔（じひま）」みたいですね。国が！？</span><br />（“慈悲魔”とは慈悲の情につけこんで入り込む魔。善悪の判断も狂わせる。金品に頼るようになり、親が子どもを痩せ細らせたり、傷つけたりして物乞いに使う）<br /><br />そうなんです。OKAさんは「カンボジアという国は“慈悲魔”に陥っている」と言っていました。行政の援助もなし、組織も作らず、支援してくれる方、ボランティアの方々はたくさんいますが、基本的に一人で動いていました。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―OKAさんのいい話がいっぱいありそうです。</span><br /><br />OKAさんって寝ないんですよ。入院したときは別にして、眠っているところを観たことがありません。いつも陽気で、動いていて、歌っているか喋っているか。ボランティアスタッフがね、OKAさんが出かけると歌本を隠すんだそうです。あると歌本の一番初めから終わりまで、知っている歌を次々と歌って止めないから。<br />支援者の方から伺った話です。いただいた支援金で普通は学用品などを買いますよね。OKAさんは木を買って植えました。カンボジアは暑いので、子どもたちに木陰を作ってあげたいって。その木は大きくなって子どもを日差しから守っています。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―まあ、いいお話ですね！<br />病気になられてからのシーンも必要ですよね。監督も撮っていて辛かったでしょう。</span><br /><br />先に脳腫瘍が見つかり、回復したんですがその後認知症の症状も出てきました。カンボジアに行きたかったんでしょうね。いつのまにか僕の車に乗っていて、「カンボジアに行きます」と言ったことがありました。認知症が進んでからはコミュニケーションを取れなくなりましたし、入院後はそれまでのように会えなくなりました。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_4736.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_4736.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_4736-thumbnail2.jpg" width="240" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_4736-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><div style="text-align:center;">牧田監督とシネジャ（宣伝さん撮影）</div><br /><span style="color:#6600ff;">―ドキュメンタリーを作ることについて、何かおっしゃいましたか？</span><br /><br />「いつでもなんでも撮っていい」と言ってくれて、いっさい要求はなかったです。映画を完成させる約束をしていましたが、間に合わなくて申し訳なかったです。撮りためていたのをときどき見せてはいました。施設にお見舞いに行ったときDVDを持っているのが映っています。あのときのOKAさんは髪の毛は真っ白になっているし、急に年取ったみたいで辛かったです。<br /><br /><span style="color:#6600ff;">―OKAさんを１５年間も撮り続けて来られて、この作品ができました。</span><br /><br />最初に会ったときから変わらない人でした。とっても魅力的で、知れば知るほど大好きになっていきました。OKAさんがいなくなって、肉親を亡くしたように寂しいです。<br />「どんな形でまとめたらええんや？」と悩んだりもしましたが、映画にOKAさんを残せて良かった。これでOKAさんを知ってもらえます。OKAさんのぬくもりが伝わっていけば、幸せです。<br />OKAさんの志を受け継いで現地にいるスタッフと相談して、村々を回ってこの映画の上映会をする計画があります。映画キャラバンです。向こうで上映するには吹き替えも必要ですし、移動の経費もかかります。どうぞ応援をよろしくお願いいたします。<br /><div style="text-align:right;">（まとめ・撮影：白石映子）</div><br /><br />★クラウドファンディングはこちらです。<br /><a href="https://motion-gallery.net/projects/okamovie" target="_blank">https://motion-gallery.net/projects/okamovie</a><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>インタビュー</category>
      <author>shiraishi</author>
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      <title>『いきもののきろく』初日舞台挨拶</title>
      <pubDate>Thu, 13 Mar 2025 01:59:19 +0900</pubDate>
            <description>３月７日（金）テアトル新宿原案＆主演永瀬正敏さん、ミズモトカナコさん、井上淳一監督が登壇。司会は井上監督作品紹介はこちら井上監督　ではさっそく。１１年・・・こんな日が来ましたね。みなさんいろんなところでご存じだと思いますが、２０１３年の暮れにこの映画を撮って、すぐ年が明けて２０１４年２月に映画を企画したシネマスコーレで上映して以来です。当時はなかなか４７分の映画を単独で公開できる環境になくて、公開できずにいました。まさかこんな風にテアトル新宿で満席のお客さんの前で上映できる日..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_9084.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_9084.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_9084-thumbnail2.jpg" width="320" height="240"></a>
３月７日（金）テアトル新宿
原案＆主演永瀬正敏さん、ミズモトカナコさん、井上淳一監督が登壇。
司会は井上監督

作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/511262839.html" target="_blank">こちら</a>

井上監督　ではさっそく。１１年・・・こんな日が来ましたね。みなさんいろんなところでご存じだと思いますが、２０１３年の暮れにこの映画を撮って、すぐ年が明けて２０１４年２月に映画を企画したシネマスコーレで上映して以来です。当時はなかなか４７分の映画を単独で公開できる環境になくて、公開できずにいました。まさかこんな風にテアトル新宿で満席のお客さんの前で上映できる日が来るとは思っていませんでした。

永瀬　監督、司会もやられて。（会場笑）

井上　僕が監督をやると誰も司会を別に用意しない（笑）。いろんな人に「書くより喋るほうが得意だろう」って言われるんです。

永瀬　本日はありがとうございます。（拍手）
ほんとに監督のご尽力と・・・テアトル新宿さんが空けて上映していただいて感謝しています。何より今日来ていただいたみなさんに感謝申し上げます。ありがとうございます。

ミズモト　ミズモトカナコです。今日はお越しくださいましてありがとうございます。１２年前の私いかがだったでしょうか？ こうして皆さんの前で上映ができてすごく幸せです。１１年間、井上監督が上映する機会をずっと考えていてくださったことが私も嬉しくて、そしてこうやって実現するということが何よりもすごいことだなと思っています。今日は短い時間ですが、皆さんと共有できたらと思います。よろしくお願いします。（拍手）

井上　ミズモトさんこの時は、京都造形芸術大学（現・京都芸術大学）の学生さんだったですよね？

ミズモト　そうですね。２２・・・

井上　いち。この前計算したら２１でした。（笑）

ミズモト　まだ大学生でほんとに芝居の「し」の字もわからないような小娘だったんです。当時の記憶が正直あんまりなくて・・・でも撮影が、皆さんが暖かくてフォローしていただいた記憶が大きかったです。プロとしての仕事もほとんどしていないような私に、一人の俳優として接していただいて。それが当時は有難いことだと理解していなかったんですよ。今こうして上映されることになって、当時のことを思い返してみると、それはいかに素晴らしい環境だったのかということをあらためて感じました。

井上　僕たちほんとに低予算で作ってるので、「気ぐらい使わないと」ってだけなんです（笑）。
パンフレットにも書いてあるんで、ぶっちゃけて言いますと撮影４日なんですよね。
ちょっと話が逆になりますが、出てくる工場を永瀬さんとロケハンで偶然見つけたとき、廃工場だと思ったら操業している鉄くず工場で、休みの日しか撮れなかったんです。１２月の２７から３０日でした。寒かった～。あの雪ほんとですもんね。

ミズモト　はい。あのときだけチラッと。良かったですね。あれは。

井上　最初からいうと、２０１３年の４月に永瀬さんと作った『戦争と一人の女』が公開になって、僕の師匠の若松孝二が作った名古屋シネマスコーレに舞台挨拶に行ったんです。１回目の舞台挨拶が終わってお昼ご飯に食べに行ったら木全支配人が永瀬さんに「今度短編映画撮るんだけど、監督しない？」って言ったんです。

永瀬　はい。

井上　あんかけスパゲティ食べながらですけど。

永瀬　「無理です」って言いました。

井上　すぐ答えてね。そのままやめりゃ良かったのに、永瀬さんが「出るだけならいいです」って言っちゃって（笑）。

永瀬　井上監督で、って。

井上　僕が。でもそういうことはこのまま終わるだろうと思った。で、２回目の舞台挨拶が終わって外に出たら車が用意されてて、そのままロケハンに連れていかれたという。

永瀬　僕、４０何年やってますけど、一番段取り良かった（笑）。スムーズで。

井上　「青春ジャック」ご覧になった方わかると思うんですけど、東出さんが演った木全さんですからね。普通そんな段取りがいいわけがない（笑）。そして鉄くず工場に行って、永瀬さんが持ってたカメラで写真を撮りまくって。そのまま僕は名古屋の実家に残って、今度は愛媛のシネマルナティックへ行くのに夜行バスに乗ったら、永瀬さんから（ガラケーに）メールでこのプロットが届いた。

永瀬　散文を監督にまとめていただいて。

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="iki1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki1-thumbnail2.jpg" width="320" height="213"></a>
井上　当時３・１１から２年と２ヵ月くらい経ったころ。それを読んだら、東日本大震災のことが色濃くにじんでいました。その時は永瀬さんといちいち話さなかったんです。今回、パンフレットの座談会とかで永瀬さんといっぱい話すことになったら、やっぱり震災後、半年くらい経って被災地に入ったときの思いが一番大きかったという。

永瀬　そうですね。具体的にではなかったですけど、「思い」はそこにちゃんと置いて。そこで出逢った方々や見聞きしたことばとかが浮かんできて。僕たちはミュージシャンの方たちと違って、すぐに何かをできないじゃないですか。

井上　そう。ギターだったり歌だったりね。

永瀬　心に寄り添えるんですけど、僕らなんにも役に立たないなって。でも被災地の人たちにね、「何かを残してください」って言われた言葉がずーっと胸にあって、それが出たって感じでした。

井上　この中ではオミットされていますけど「瓦礫、瓦礫っていうけどみんな生活の一部だったんだよ」っていうのも永瀬さんが実際に聞かれた言葉だったんですよね。

永瀬　お爺さんがご自宅であろうところを片付けされていて、話しかけたらもうばーっと。皆さん同じ境遇なので、弱音とか吐露できないんですね。

井上　みんなおんなじ喪失があるわけですから。

永瀬　だから僕みたいな部外者には話してくださって、そのときに「みんな瓦礫、瓦礫っていうけどよ。これは大事なもんなんだよ。生活の一部だったんだよ」っていう言葉が強烈に残って。それが胸に焼き付いて、書かせてもらったというか。

井上　もう１個だけ。ラストの非常にシンプルな「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」などの挨拶も撮影中に永瀬さんが急に「あそこでやろう」と言ったものです。そのときの体験が大きかった？

永瀬　そうですね。「昨日まで”おやすみ”って言えたのに、今朝まで”行ってらっしゃい”って言えたのに、言えなくなっちゃったんだよ」って言うのがまた深くこう突き刺さりまして。そんなシンプルな言葉を普通に言えないことの悲しみがずーっと残って。
この映画はほとんどセリフがなくて字幕しかないんですけど、シンプルなその思いをこめられれば、という風に思ったんです。

井上　セリフがないので録音部がいなかった。カメラマイクで僕がとったんですよ。

ミズモト　狭いところでとりましたよね。

井上　そうそう。外をバイクが通ってて、「信号が赤だからやろう！」みたいな。

永瀬　そうだったか。手作り過ぎますね。すごいですね。

井上　手作り過ぎますよ。ミズモトさんが最初僕たちと会ったときに、非常にアマチュア感で驚いちゃったんですよね。大学と変わらないと。

ミズモト　あのう良い意味で！（笑）安心したって感じがしました。プロの現場でも「思い」が一番にあって動いてる現場なんだと。商業的な映画だと、もっと次元の違うビジネス的な感じとそのときは思っていたんです。でも井上監督の現場では、根本は一緒なんだと、どれだけ規模が大きくなろうが「映画を作りたい」「こういう想いを届けたい」という根底は一緒なんだと確認、体験できてすごく安心しました。嬉しかったです。

井上　規模は大きくはなかったんじゃないですかね？（笑）

ミズモト　いえいえ、永瀬さんがいらっしゃいましたし。

井上　それを言うと、永瀬さんが我々に合わせてくれてた。

永瀬　いや、昔僕は「某」林海象監督（笑）と東大駒場寮が壊されるというので、短編を撮ろうと集まったことがあったんです。そのときに「某」大学の映研の方々が、同じところで撮影されていて、あまりにも機材がすごくて唖然としたことがありました。僕ら何もない、大丈夫？むこうすごい！（笑）

井上　学校の機材だから、あるんです。向こうは。だって、実はこの映画の撮影機材、全部そこにある宝塚大学の映像メディア学科から借りたんです。（笑）なんなら、ダビングもそこでやってますから。
主題歌のPANTAさんが生で歌ってくれると言ったときに、僕たち「今チャイムが鳴ったから、これからしばらく鳴らない！」とやってましたから。

ミズモト　そのへんは各大学と一緒かも。

井上　また戻しますけど、撮影前に（被災後の）石巻に行かれていたんですよね？

ミズモト　大学一年生の冬、大学の先輩のお父さんが石巻の高校の校長先生で、そこで京都でやった舞台を体育館でやらせていただきました。そこでは言葉にできない苦しさがあって、携帯を持っていても写真なんか１枚も撮れなかったし、目に焼き付けなきゃいけない、という気持ちが強かったです。「ゴジラ」というタイトルのポップな舞台だったんですが、これを見てどう思われるんだろうとプレッシャーもありました。反応はとても良く、明るいものだったという印象でした。被災地の人たちは逞しく乗り越えようとしていると感じて、逆にパワーをもらって帰った記憶があります。
<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="iki2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki2-thumbnail2.jpg" width="239" height="320"></a>
井上　永瀬さんのプロットから僕も震災のことを読み取って・・・そのままシナリオにできるんですけど、僕も何か仕事しなきゃまずいだろうと考えて（笑）。この男はなぜここで筏を作っていて、なぜ女は来たんだろう？その「なぜ」の部分を足していこうと思いました。
ご存じの方も当然いると思いますが、黒澤明監督の『生きものの記録』という映画があります。『七人の侍』という大傑作を作った翌年に撮るんですよ。ちょうどそのころ世界各地で水爆実験ががあって第五福竜丸事件が起こったりします。「放射能に殺されるのがいやだ」という三船敏郎が家族から孤立して、静かに狂っていく話。三船敏郎が狂わずにそのまま生きていたら、どうなるんだろう？このシナリオをプロデューサーの片嶋一貴に見せたらすっごいボロクソに言って、「お前このシナリオ救うには、『裸の島』（新藤兼人監督）にするしかない」って。ずっとセリフないんです。セリフなくなったんですけど、短編だし。
この台本もらってどうでした？ミズモトさん。セリフのないシナリオ来ちゃった！　みたいな？

ミズモト　どう・・・どうだったかな？

永瀬　ずいぶん前だしね。

ミズモト　びっくり半分、あっセリフ喋らなくていい！って気楽になったような。今だったらその大変さがわかってどうしよう～となると思うんですが、当時は軽い感じのノリでした。

井上　なるほど。

ミズモト　でもセリフはカッコ書きで何を喋っているのかはわかる。

井上　昔の無声映画みたいに、そこはやろうと思ってた。

ミズモト　もし喋ったら何と言うんだろうか、ほんとに喋らないのか、実際口は動いて会話できているけど音はとられないのか、アドリブ的なことを求められるのかしらと、考えました。

井上　永瀬さんは自分のプロットがセリフのない映画として戻ってきて、どうでしたか？

永瀬　素晴らしいアイディアの映画だと思いました。
自分が具体的に書かなかったこともあるんですけど、限定されちゃうかも、と。日々暮らしているといろんなことが起きるじゃないですか。そういうことに置き換えられる「何か」になればいいなぁと思っていましたので。そこに言葉を入れていただけるように、そう観ていただけるように僕たち頑張らなきゃいけないなぁと思いましたね。

井上　ほんとにね、セリフなしの映画で良かったと思っています。最後にカギカッコだけのところがあるので、エックスでそのカッコの中にみなさんが何か入れられるように、永瀬さんと漠然と話しています。ちょっとお待ちください。

永瀬　みなさんのカギカッコの中。

井上　それぞれにね、ある。
今日はQ&Aでなく、こういう挨拶にさせていただいて、明日はティーチインでいきますので。

永瀬　手を変え品を変え・・・

井上　１１年目の『いきもののきろく』あのときにそのまま公開されていたら、あの瓦礫、瓦礫といわれるものは「３・１１の後」にしか見えなかった。残念なことにその後、熊本地震があり、能登地震があり、大きな水害があり、火災があり。戦争でいえばミャンマーやウクライナ、ガザがあり。非常に大きなものの後に見えるんです。公開されることで見返して古びていないと思ったんです。映画としては幸運だけど、世の中としては不幸じゃないですか。
ミズモトさん何かありますか？今この映画を観てもらうことで。

ミズモト　そうですね。そういう意味ではこの物語を観て、どれに当てはまるか？　何が身近に感じるか？　
人それぞれだと思うんですけど、幅広くよりたくさんの人に観てもらえていろんなものを感じてもらえる映画になっていると思います。自分の中の傷と照らし合わせたり、思いを共有したりできたらと思います。

永瀬　いいことなのか、悪いことなのかっていうのはありますけど、僕たちは作品として残すことしかできないので。残した作品を観ていただける。そして初めて「映画」になるということでは、残せてよかったかなと思っています。大きいことじゃなくて、小さなことでも。
僕３日くらい調子良くなくて、ずっと部屋にこもっていたんですけど・・・地味ですか？（笑）監督とミズモトさんに会って、すかり元気になりました。日々いろいろありますから、そういうことを乗り越える、半歩でも進む「何か」になってもらえるといいなという思いはあります。
（井上監督の『いきもののきろく』シャツを見て）

永瀬　作ちゃったんですか？

井上　作っちゃったんですよ。

ミズモト　かっこいい！

井上　僕もひとこと言っていい？
この映画、最初に出る言葉は「時代はサーカスに乗って」というPANTAさんの歌で「どこからでもやり直しはできるだろう」。例えば震災で誰かを失った人を目の前にして「いやいや、どっからでもやり直しはできるだろう！」と肩叩いて絶対言えないわけですよ。これを「喪失と再生の物語」と大きく括ってしまうと陳腐になってしまうかもしれない。ただ大きなことを抱えたときに、「やり直しできるかもしれない」というのが、フィクションの唯一できること、責務みたいな感じがして。お二人のおかげで非常にうまくできました。一人でも多くの方に見てもらいたいと思っています。
こうやって舞台挨拶をやると、俳優と監督が出てきますけど、実に多くのスタッフの力でできています。絶対に呼ぶなと言われているんですけど、特撮監督の石井良和さん、編集の細野優理子さんがいるので、みなさん石井さんと細野さんに拍手を。（会場から暖かい拍手）

「配給と宣伝もやってたくさんお金がかかかるので」と井上監督からグッズの紹介、「ずるいよね」と言いつつ、「サインします」とご協力をお願い。
ここよりフォトセッション。カメラマンとのやりとりで会場を沸かせる井上監督。
（ほぼ書き起こし・まとめ：白石映子　写真：井上監督提供）

<a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_8744.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_8744.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_8744-thumbnail2.jpg" width="240" height="320"></a>（撮影・MIOKO）
★新宿テアトルシネマにて上映中
ほか全国順次上映
舞台挨拶に全国駆け巡ります。情報をお確かめください。
http://www.dogsugar.co.jp/ikimononokiroku/
☆当日のスタッフ日記は<a href="http://cinemajournal.seesaa.net/article/511371562.html" target="_blank">こちら</a>
<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_9084.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_9084.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/IMG_9084-thumbnail2.jpg" width="320" height="240" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/IMG_9084-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>３月７日（金）テアトル新宿</strong><br /><span style="color:#3300ff;">原案＆主演永瀬正敏さん、ミズモトカナコさん、井上淳一監督が登壇。<br />司会は井上監督</span><br /><br />作品紹介は<a href="http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/511262839.html" target="_blank">こちら</a><br /><br /><strong>井上監督</strong>　ではさっそく。１１年・・・こんな日が来ましたね。みなさんいろんなところでご存じだと思いますが、２０１３年の暮れにこの映画を撮って、すぐ年が明けて２０１４年２月に映画を企画したシネマスコーレで上映して以来です。当時はなかなか４７分の映画を単独で公開できる環境になくて、公開できずにいました。まさかこんな風にテアトル新宿で満席のお客さんの前で上映できる日が来るとは思っていませんでした。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　監督、司会もやられて。（会場笑）<br /><br /><strong>井上</strong>　僕が監督をやると誰も司会を別に用意しない（笑）。いろんな人に「書くより喋るほうが得意だろう」って言われるんです。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　本日はありがとうございます。（拍手）<br />ほんとに監督のご尽力と・・・テアトル新宿さんが空けて上映していただいて感謝しています。何より今日来ていただいたみなさんに感謝申し上げます。ありがとうございます。<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　ミズモトカナコです。今日はお越しくださいましてありがとうございます。１２年前の私いかがだったでしょうか？ こうして皆さんの前で上映ができてすごく幸せです。１１年間、井上監督が上映する機会をずっと考えていてくださったことが私も嬉しくて、そしてこうやって実現するということが何よりもすごいことだなと思っています。今日は短い時間ですが、皆さんと共有できたらと思います。よろしくお願いします。（拍手）<br /><br /><strong>井上</strong>　ミズモトさんこの時は、京都造形芸術大学（現・京都芸術大学）の学生さんだったですよね？<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　そうですね。２２・・・<br /><br /><strong>井上</strong>　いち。この前計算したら２１でした。（笑）<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　まだ大学生でほんとに芝居の「し」の字もわからないような小娘だったんです。当時の記憶が正直あんまりなくて・・・でも撮影が、皆さんが暖かくてフォローしていただいた記憶が大きかったです。プロとしての仕事もほとんどしていないような私に、一人の俳優として接していただいて。それが当時は有難いことだと理解していなかったんですよ。今こうして上映されることになって、当時のことを思い返してみると、それはいかに素晴らしい環境だったのかということをあらためて感じました。<br /><br /><strong>井上</strong>　僕たちほんとに低予算で作ってるので、「気ぐらい使わないと」ってだけなんです（笑）。<br />パンフレットにも書いてあるんで、ぶっちゃけて言いますと撮影４日なんですよね。<br />ちょっと話が逆になりますが、出てくる工場を永瀬さんとロケハンで偶然見つけたとき、廃工場だと思ったら操業している鉄くず工場で、休みの日しか撮れなかったんです。１２月の２７から３０日でした。寒かった～。あの雪ほんとですもんね。<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　はい。あのときだけチラッと。良かったですね。あれは。<br /><br /><strong>井上</strong>　最初からいうと、２０１３年の４月に永瀬さんと作った『戦争と一人の女』が公開になって、僕の師匠の若松孝二が作った名古屋シネマスコーレに舞台挨拶に行ったんです。１回目の舞台挨拶が終わってお昼ご飯に食べに行ったら木全支配人が永瀬さんに「今度短編映画撮るんだけど、監督しない？」って言ったんです。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　はい。<br /><br /><strong>井上</strong>　あんかけスパゲティ食べながらですけど。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　「無理です」って言いました。<br /><br /><strong>井上</strong>　すぐ答えてね。そのままやめりゃ良かったのに、永瀬さんが「出るだけならいいです」って言っちゃって（笑）。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　井上監督で、って。<br /><br /><strong>井上</strong>　僕が。でもそういうことはこのまま終わるだろうと思った。で、２回目の舞台挨拶が終わって外に出たら車が用意されてて、そのままロケハンに連れていかれたという。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　僕、４０何年やってますけど、一番段取り良かった（笑）。スムーズで。<br /><br /><strong>井上</strong>　「青春ジャック」ご覧になった方わかると思うんですけど、東出さんが演った木全さんですからね。普通そんな段取りがいいわけがない（笑）。そして鉄くず工場に行って、永瀬さんが持ってたカメラで写真を撮りまくって。そのまま僕は名古屋の実家に残って、今度は愛媛のシネマルナティックへ行くのに夜行バスに乗ったら、永瀬さんから（ガラケーに）メールでこのプロットが届いた。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　散文を監督にまとめていただいて。<br /><br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="iki1.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki1-thumbnail2.jpg" width="320" height="213" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/iki1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br /><strong>井上</strong>　当時３・１１から２年と２ヵ月くらい経ったころ。それを読んだら、東日本大震災のことが色濃くにじんでいました。その時は永瀬さんといちいち話さなかったんです。今回、パンフレットの座談会とかで永瀬さんといっぱい話すことになったら、やっぱり震災後、半年くらい経って被災地に入ったときの思いが一番大きかったという。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　そうですね。具体的にではなかったですけど、「思い」はそこにちゃんと置いて。そこで出逢った方々や見聞きしたことばとかが浮かんできて。僕たちはミュージシャンの方たちと違って、すぐに何かをできないじゃないですか。<br /><br /><strong>井上</strong>　そう。ギターだったり歌だったりね。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　心に寄り添えるんですけど、僕らなんにも役に立たないなって。でも被災地の人たちにね、「何かを残してください」って言われた言葉がずーっと胸にあって、それが出たって感じでした。<br /><br /><strong>井上</strong>　この中ではオミットされていますけど「瓦礫、瓦礫っていうけどみんな生活の一部だったんだよ」っていうのも永瀬さんが実際に聞かれた言葉だったんですよね。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　お爺さんがご自宅であろうところを片付けされていて、話しかけたらもうばーっと。皆さん同じ境遇なので、弱音とか吐露できないんですね。<br /><br /><strong>井上</strong>　みんなおんなじ喪失があるわけですから。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　だから僕みたいな部外者には話してくださって、そのときに「みんな瓦礫、瓦礫っていうけどよ。これは大事なもんなんだよ。生活の一部だったんだよ」っていう言葉が強烈に残って。それが胸に焼き付いて、書かせてもらったというか。<br /><br /><strong>井上</strong>　もう１個だけ。ラストの非常にシンプルな「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」などの挨拶も撮影中に永瀬さんが急に「あそこでやろう」と言ったものです。そのときの体験が大きかった？<br /><br /><strong>永瀬</strong>　そうですね。「昨日まで”おやすみ”って言えたのに、今朝まで”行ってらっしゃい”って言えたのに、言えなくなっちゃったんだよ」って言うのがまた深くこう突き刺さりまして。そんなシンプルな言葉を普通に言えないことの悲しみがずーっと残って。<br />この映画はほとんどセリフがなくて字幕しかないんですけど、シンプルなその思いをこめられれば、という風に思ったんです。<br /><br /><strong>井上</strong>　セリフがないので録音部がいなかった。カメラマイクで僕がとったんですよ。<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　狭いところでとりましたよね。<br /><br /><strong>井上</strong>　そうそう。外をバイクが通ってて、「信号が赤だからやろう！」みたいな。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　そうだったか。手作り過ぎますね。すごいですね。<br /><br /><strong>井上</strong>　手作り過ぎますよ。ミズモトさんが最初僕たちと会ったときに、非常にアマチュア感で驚いちゃったんですよね。大学と変わらないと。<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　あのう良い意味で！（笑）安心したって感じがしました。プロの現場でも「思い」が一番にあって動いてる現場なんだと。商業的な映画だと、もっと次元の違うビジネス的な感じとそのときは思っていたんです。でも井上監督の現場では、根本は一緒なんだと、どれだけ規模が大きくなろうが「映画を作りたい」「こういう想いを届けたい」という根底は一緒なんだと確認、体験できてすごく安心しました。嬉しかったです。<br /><br /><strong>井上</strong>　規模は大きくはなかったんじゃないですかね？（笑）<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　いえいえ、永瀬さんがいらっしゃいましたし。<br /><br /><strong>井上</strong>　それを言うと、永瀬さんが我々に合わせてくれてた。<br /><br /><strong>永瀬</strong>　いや、昔僕は「某」林海象監督（笑）と東大駒場寮が壊されるというので、短編を撮ろうと集まったことがあったんです。そのときに「某」大学の映研の方々が、同じところで撮影されていて、あまりにも機材がすごくて唖然としたことがありました。僕ら何もない、大丈夫？むこうすごい！（笑）<br /><br /><strong>井上</strong>　学校の機材だから、あるんです。向こうは。だって、実はこの映画の撮影機材、全部そこにある宝塚大学の映像メディア学科から借りたんです。（笑）なんなら、ダビングもそこでやってますから。<br />主題歌のPANTAさんが生で歌ってくれると言ったときに、僕たち「今チャイムが鳴ったから、これからしばらく鳴らない！」とやってましたから。<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　そのへんは各大学と一緒かも。<br /><br /><strong>井上</strong>　また戻しますけど、撮影前に（被災後の）石巻に行かれていたんですよね？<br /><br /><strong>ミズモト</strong>　大学一年生の冬、大学の先輩のお父さんが石巻の高校の校長先生で、そこで京都でやった舞台を体育館でやらせていただきました。そこでは言葉にできない苦しさがあって、携帯を持っていても写真なんか１枚も撮れなかったし、目に焼き付けなきゃいけない、という気持ちが強かったです。「ゴジラ」というタイトルのポップな舞台だったんですが、これを見てどう思われるんだろうとプレッシャーもありました。反応はとても良く、明るいものだったという印象でした。被災地の人たちは逞しく乗り越えようとしていると感じて、逆にパワーをもらって帰った記憶があります。<br /><div style="text-align: center"><a href="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="iki2.jpg" src="https://cineja-film-report.up.seesaa.net/image/iki2-thumbnail2.jpg" width="239" height="320" onclick="location.href = 'https://cineja-film-report.seesaa.net/upload/detail/image/iki2-thumbnail2.jpg.html'; 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            <category>舞台挨拶</category>
      <author>shiraishi</author>
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